この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 出会いと別れ 】

それぞれの道へ 後編

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 ガン――ガン――。

 白き苔の上、墜落した飛甲騎兵から金属音が響く。数度それが響いた後、ガコンと言う音共に歪んだハッチが開かれる。
 リッツェルネールが墜落したのは白き苔の領域からわずかに3キロ程だった。ここまで飛べたのは、彼の力量というより執念によるものだ。だがここからが難問であった。

「生きているかね、イリオン君」

 そう言いながら、後部にある動力炉を覗き込む。

「ふ、不本意ながら……」

 そこに座って――いや、転がっていたのは、本当にまだ若い少女の姿。
 栗色とも金色とも言えない薄い色の髪、夜明けのような藍と茜の混ざったような瞳。戦いを知らないあどけない顔。これはとんだ荷物を拾ってしまったものだ。

「それでは早いところここを脱出しようか。この地の養分になってしまう前にね」

 周囲には猛毒の靄がかかり始め、先程から苔の中でカサカサという音も聞こえてくる。軍服も着こなせていないド新兵。いや、正式には兵士ですらないイリオン・ハイマーを連れて、ここを脱出せねばならない。彼の心は未だ復讐鬼ではなく商国の軍人であった。

 死にに来た男が、死なねばならない少女を連れて死地を脱出する。世の中とは何とも理不尽で不条理だと思う。

「苔には絶対に触れないようにね。滑りやすいから特に足元に注意するんだ。それと蜘蛛に気を付けてくれ。小さくて分かりにくいが、結構きつい毒を持っているからね」

「もう……噛まれたっす……置いて行って……欲しいっす…………」

 飛甲騎兵を降りて10秒もしない内に噛まれたイリオンに解毒剤を打ち、それでも高熱を出した彼女をおぶって領域外に逃れたのは夜に入っての事だった。

 発煙筒を使いたかったがこの暗さでは意味が無い。仕方なしに焚火を作って救援を待つ。
 その間にイリオンの寝顔を見ながら今後の事を考える。

 おそらく相当数の兵役忌避者がいる。そして本国の人事部はそれを黙認し、戦えもしない人間を数減らしのために次々と送り込んできている。いったいどれほどの膿が溜まっているのだろうか。

 次に本国からの増員が来たら、全てを自身の目で確認しよう。だがその後どうする? 前線司令官程度の権限では何をするにもすぐに頭打ちになってしまう。

「やるべきことが多すぎて、今すぐにはそちらに行けそうにないよ……」

 空を見上げたその顔は、前線司令官のそれから商人のそれへと変わりつつあった。




 ◇     ◇     ◇




 数日後、リッツェルネールはゼビア王国軍が駐屯するシェリンク砂丘に挨拶に来ていた。
 階級は無官。飛甲騎兵を温存した責を受け、表面上は更迭されたからである。
 だが現地に駐在するコンセシール商国軍最高階位は未だ彼であり、有事の際には結局彼が指揮を執ることになる。
 この状況は、実は彼が自由に動くために望んでそうしたものであった。

 そして今、このシェリンク砂丘では緊急の案件が発生していた。
 ”戦場の定食屋”クランピッド・ライオセン運輸大臣が、兵12万を連れて徒歩での白き苔の領域への突入準備をしていたのである。

「本当にいくのですか?もう魔王が何処にいるかはわからない。それでも行かねばならないのですか?」

 クランピッドは自分の禿げ頭の汗をハンカチで拭きながら、リッツェルネールを見つめて言う。

「君も解っているのだろう。我々は前回の魔王討伐戦に失敗した。いや、ただ失敗したのではない。これからを失敗したのだよ」

 中央の指令により全ての浮遊式輸送板を投入、失った各国は輸送に深刻な問題をきたしていた。
 新たに編成し周囲の国からの補給を受けても、計算上ゼビア王国はどうしても12万人を削減しなくてはならなかったのである。


「君は飛甲騎兵を温存したね。それは正しい」

 空を見上げながらクランピッド大臣は話を続ける。

「あの空を私達は知らない。私達だけでは無く、我々人類の文献には存在しない。これから時代は変わる、いやもう変わってしまった。ここから先は伝説には頼れない、自分達で考えるしかないのだ。もっと戦力を温存したまえリッツェルネール君、何が起きても良いようにね」

 その空は相変わらずの油絵の具の雲。だが少し違う。
 流れるように動くそれには所々切れ目があり、そこからはまばゆい太陽の光が差し込んでいた。

 我々もそのために逝くのだ――そう言ってクランピッド大臣旗下12万の将兵は白き苔の領域へと消えていった。
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