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【 出会いと別れ 】
人と共存する魔王 後編
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白く小さな体。血の染みこんだ黄色い布を、胸と腰に巻いただけの姿。そして無表情な、だが好奇心に満ちた輝く赤紫の瞳。
「見つけたかな! 魔王!」
その嬉々とした弾む声が聞こえるや否や、相和義輝の乗る浮遊式輸送板はバラバラに切断される。
突然空中に放り出され、目の前に真っ白い苔が迫るが――ふわりと体が浮き上がる。
たった今現れた少女が、空中で自分の体をお姫様抱っこしていたのだ。
「初めましてかな。魔王の魔力、確かに渡したよ」
音も無く、重力も感じさせない着地。細く艶やかな薄紫の髪が、ふわりと揺れただけだ。
「でもねーちょっとかな。んんーだいぶかな。減っちゃったけど仕方ないよね。過ぎた事はクヨクヨしても仕方がないって誰かが言ってたよ」
表情は張り付いたように動かず、体勢は片足に体重を乗せた自然な直立ポーズ。なのに声の感情だけが豊か。まるで人形の向こうから、誰かが話しているような違和感だ。
一方で、自分の体からは、油絵の具の雲が微かな煙のように湧き出している。あまりにも突然の出来事。だが確かに今、自分自身が魔王になったと実感する。
だがなぜだ? 何も変わらない。俺は俺……物凄い力とか、謎の知識とか、そういったものが一切無い。何かに期待していたというより、それなりに覚悟をしていたが、なんだか拍子抜けだ。
色々と聞いてみたい。だが今はそれどころでは無さそうだ。
周りでは、墜落した浮遊式輸送板から脱出した兵士達が立ち直りつつある。その中に、ひときわ怒りの色を滲ませた瞳で俺を睨む男……。
「説明してもらおうか、アイワヨシキ。いや、俺の聞き間違いじゃなければ魔王なんだってな!」
オルコスが、手にした長剣を構えゆっくりと立ち上がった。
周囲の生き残りの兵達も俺達を囲み、じわじわと包囲を狭めてくる。奥では通信兵が二枚貝を持って踊っている。正直絶体絶命だ。
だが、元々この展開は予想していたのだ。町を出る時に既に。
深呼吸し、気持ちを整える。きちんと伝えなければいけない……。
「なあオルコス、今まで魔王ってのは悪だったんだろ? だから人類総出で、大勢の人が犠牲になって、それでも倒さなければいけなかったんだよな。だが俺は違う。この世界の事を知らないし、悪意も恨みも無い。もう無駄な戦いは必要ないんだ。人類側と話し合いがしたい」
あの天に上る油絵の具の雲を見た時、あれが自分のものだと理解した。同時に、それを持つ者が魔王と呼ばれるのだという事も分かっていた。
そして俺は、自分の意志でここに来て、魔王になった。
だが魔王の定義は自分で決めればいい。以前の魔王が悪なら、自分も悪になれなんて話は無い。確かにあの時、君は自由だと言われたではないか。
「俺は、人と共存する魔王になる」
「判った、良いだろう。こちらに来い」
オルコスが発した言葉は、確かに相和義輝が期待したそれだった。
だがそれを聞いた時、これは詰んだと思った。自分の認識の甘さを知った。表面だけの言葉では、どうにもならない現実を。
どうやっても生存する道がない。オルコスは策を弄しそうな人間には見えない。
だがそれは、自分の人生経験が彼よりはるかに少ないため計れていないためか?
それとも魔王討伐の栄誉欲には勝てなかったのか? 部下を抑えられなかったのか?
頭の中でオルコスの首や胴体が飛ぶのが見える。そして切り離された両手が握る剣が、自分の腹に突き刺さるのが。或いは誰かの放った矢が刺さる風景が、また或いは浮遊式輸送板に乗り込む時に、後ろから槍で刺される姿が。
いずれも自分を殺した者は、すぐさま細切れになって死んでいる。しかしそれは慰みにはならない。
「死を回避する時は大きく回避―――か」
天を仰ぎ溜息をつく。このままオルコスと行く道に生き残る可能性を見つけたとしても、それはどんどん狭まる綱渡り。
――その先は袋小路に入り込んだ死。
「どうした、何を言っている。来ないのか?」
オルコスが怒声を上げる。しかし――
「ここから逃げる。何か手段はあるか?」
俺はそう、少女に呟いた。
「突撃! 殺せぇーー!」
その言葉を合図にオルコスや兵たちが殺到する。すぐさま周囲の兵達は真っ赤な飛沫を上げながら、バラバラの肉塊となって崩れ落ちる。そしてオルコスも両手を切断され、その武器は虚しく地に落ちた。だが――!
「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
それでもオルコスは向かってくる。口を開き、牙を立て――!
その様子を見た魔人エヴィアは、相手の動き、角度、速度、そして魔王の身体能力から先の展開を正確に予想していた。
そしてその上で、大丈夫だと考えて放置した。オルコスを殺さなかったのも、彼が魔王の知り合いの様だったからだ。
確かこういう時、人間では別れの挨拶? 最後の言葉? みたいのが必要になるんだよね。
魔王の魔力喪失という大失敗はしてしまったが、自分は本来できる魔人なのである。
その無表情から伺うことは出来なかったが、魔人エヴィアは心の中でドヤ顔をしていた。
「見つけたかな! 魔王!」
その嬉々とした弾む声が聞こえるや否や、相和義輝の乗る浮遊式輸送板はバラバラに切断される。
突然空中に放り出され、目の前に真っ白い苔が迫るが――ふわりと体が浮き上がる。
たった今現れた少女が、空中で自分の体をお姫様抱っこしていたのだ。
「初めましてかな。魔王の魔力、確かに渡したよ」
音も無く、重力も感じさせない着地。細く艶やかな薄紫の髪が、ふわりと揺れただけだ。
「でもねーちょっとかな。んんーだいぶかな。減っちゃったけど仕方ないよね。過ぎた事はクヨクヨしても仕方がないって誰かが言ってたよ」
表情は張り付いたように動かず、体勢は片足に体重を乗せた自然な直立ポーズ。なのに声の感情だけが豊か。まるで人形の向こうから、誰かが話しているような違和感だ。
一方で、自分の体からは、油絵の具の雲が微かな煙のように湧き出している。あまりにも突然の出来事。だが確かに今、自分自身が魔王になったと実感する。
だがなぜだ? 何も変わらない。俺は俺……物凄い力とか、謎の知識とか、そういったものが一切無い。何かに期待していたというより、それなりに覚悟をしていたが、なんだか拍子抜けだ。
色々と聞いてみたい。だが今はそれどころでは無さそうだ。
周りでは、墜落した浮遊式輸送板から脱出した兵士達が立ち直りつつある。その中に、ひときわ怒りの色を滲ませた瞳で俺を睨む男……。
「説明してもらおうか、アイワヨシキ。いや、俺の聞き間違いじゃなければ魔王なんだってな!」
オルコスが、手にした長剣を構えゆっくりと立ち上がった。
周囲の生き残りの兵達も俺達を囲み、じわじわと包囲を狭めてくる。奥では通信兵が二枚貝を持って踊っている。正直絶体絶命だ。
だが、元々この展開は予想していたのだ。町を出る時に既に。
深呼吸し、気持ちを整える。きちんと伝えなければいけない……。
「なあオルコス、今まで魔王ってのは悪だったんだろ? だから人類総出で、大勢の人が犠牲になって、それでも倒さなければいけなかったんだよな。だが俺は違う。この世界の事を知らないし、悪意も恨みも無い。もう無駄な戦いは必要ないんだ。人類側と話し合いがしたい」
あの天に上る油絵の具の雲を見た時、あれが自分のものだと理解した。同時に、それを持つ者が魔王と呼ばれるのだという事も分かっていた。
そして俺は、自分の意志でここに来て、魔王になった。
だが魔王の定義は自分で決めればいい。以前の魔王が悪なら、自分も悪になれなんて話は無い。確かにあの時、君は自由だと言われたではないか。
「俺は、人と共存する魔王になる」
「判った、良いだろう。こちらに来い」
オルコスが発した言葉は、確かに相和義輝が期待したそれだった。
だがそれを聞いた時、これは詰んだと思った。自分の認識の甘さを知った。表面だけの言葉では、どうにもならない現実を。
どうやっても生存する道がない。オルコスは策を弄しそうな人間には見えない。
だがそれは、自分の人生経験が彼よりはるかに少ないため計れていないためか?
それとも魔王討伐の栄誉欲には勝てなかったのか? 部下を抑えられなかったのか?
頭の中でオルコスの首や胴体が飛ぶのが見える。そして切り離された両手が握る剣が、自分の腹に突き刺さるのが。或いは誰かの放った矢が刺さる風景が、また或いは浮遊式輸送板に乗り込む時に、後ろから槍で刺される姿が。
いずれも自分を殺した者は、すぐさま細切れになって死んでいる。しかしそれは慰みにはならない。
「死を回避する時は大きく回避―――か」
天を仰ぎ溜息をつく。このままオルコスと行く道に生き残る可能性を見つけたとしても、それはどんどん狭まる綱渡り。
――その先は袋小路に入り込んだ死。
「どうした、何を言っている。来ないのか?」
オルコスが怒声を上げる。しかし――
「ここから逃げる。何か手段はあるか?」
俺はそう、少女に呟いた。
「突撃! 殺せぇーー!」
その言葉を合図にオルコスや兵たちが殺到する。すぐさま周囲の兵達は真っ赤な飛沫を上げながら、バラバラの肉塊となって崩れ落ちる。そしてオルコスも両手を切断され、その武器は虚しく地に落ちた。だが――!
「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
それでもオルコスは向かってくる。口を開き、牙を立て――!
その様子を見た魔人エヴィアは、相手の動き、角度、速度、そして魔王の身体能力から先の展開を正確に予想していた。
そしてその上で、大丈夫だと考えて放置した。オルコスを殺さなかったのも、彼が魔王の知り合いの様だったからだ。
確かこういう時、人間では別れの挨拶? 最後の言葉? みたいのが必要になるんだよね。
魔王の魔力喪失という大失敗はしてしまったが、自分は本来できる魔人なのである。
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