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【 出会いと別れ 】
白き苔の領域 後編
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「そろそろ飛甲騎兵が領域を超えます」
隣に控えるメリオから報告が入る。
足並みをそろえる為に浮遊式輸送板と同じ速度で行動していた飛甲騎兵であったが、そろそろ領域という時点で先行した。
おそらく先行して戦っているであろうゼビア王国軍を発見し、飛甲騎兵の先導でこちらも急行する。彼らと合流し、今度こそ魔王を討つ。その予定であった。
だが――、
「飛甲騎兵が領域に侵入しました」
その報告が入った瞬間、空が炸裂した。
まるでパレード一日で使う花火を一発で全て打ち上げたような、そんな爆発だ。
同時に、無数の火球が空に流星を描いて消えてゆく。
「全騎後退させろ! 今ので何騎やられた!」
リッツェルネールは認識が甘かった、甘すぎたと自覚した。勝つとか負けるとかの次元ではなかった。魔法魔術は魔族の範疇、それは十分に理解していた――そのつもりでいた。
「カザラット隊長戦死! 指揮を4番エルート……え、8番、11番、23番、ダメです追いつきません」
通信機に表示された数値を読むメリオが悲痛な報告を叫ぶ。いったい今ので何騎やられたんだ……リッツェルネールは唇を噛み締めながら、再び炸裂する空を見上げた。
2回目の炸裂の時点で殆どの飛甲騎兵は領域外へ撤退していた。それでも千騎以上が撃墜され、数百機が大破で墜落するという大損害を被った。
これ以上の飛甲騎兵は失えない。だが、地上軍は撤退するわけにはいかない。
引き返す飛行部隊に対し左手の指を伸ばして帽子のつばに触れる、ディランド連合王国に従属する前のコンセシール商国本来の敬礼で仲間を見送ると、そのまま白き苔の大地に突入した。
――どんな状態であっても前へ進む、それしかないのだから。
白き苔の領域は想像を超える状態であった。
「何だこれは……」
――そう思わざるを得ない。
周囲は夜の帳に包まれ、浮遊式輸送板の投光器が無ければ本来なら何も見えない。だがそこは、不気味なほどに赤く照らされていた。
周囲には切断された浮遊式輸送板の残骸やバラバラの人間の死骸が苔に埋まり、あるいは散らばっていた。そしてそれらの血を吸った苔は真っ赤に染まり、生を謳歌するかのように赤く発行しながら、白い煙のような胞子を噴出している。
そこはまるで、幻想的にイルミネーションされた死の世界の様であった。
チィィィィィィ……それは微かにしか聞き取れない音。
だがその瞬間、リッツェルネールの乗った――いや周囲全ての浮遊式輸送板が一斉に、まるで何か所も同時に斬りつけられたようにバラバラになって飛散する。
「いったい何が起きた!」
墜落した浮遊式輸送板の上で叫ぶ、だが今ので同じ浮遊式輸送板に乗っていた兵士の半数以上が切り裂かれている。他の浮遊式輸送板も同様だ。
落下地点の苔は赤く光り、喜びと共に胞子を吹き出す。
商国軍は炎と石獣の領域と同じくマスクをしていたが、防毒性はそれほど高くはない。
そう長くは保たないだろう。魔王の居場所も解らない。だが――、
「全軍突撃!」
苔の光の濃い場所。先行していたゼビア王国が戦闘していたのなら、魔王はその近辺に居るはずである。だがそこは同時に最も危険な毒の死地。それでも、前へ前へ、一歩でも前へ進まなければいけない。全軍一斉に走り始める。
その瞬間――目の前に一人の少女が現れた。
その少女の衣服は切られ、突かれ、掴まれ、もう一片として残ってはいなかった。代わりに全身は血に覆われ真っ赤に染まっている。
だがその透き通るような肌には掠り傷一つついてはいない。それは全て、ここまで倒してきた兵士達の血であったのだ。
刹那、意識を奪われた――異性としてではない。張り付いたような一切何の感情も持たぬ顔。纏う空気。一目見て人間でないことは理解した。
だがその凛とした姿に、生命としての煌めきに、一瞬だが心を奪われ、動きが止まる。
並走していたメリオが半歩先に進む。その瞬間――周囲に血の噴水が吹き上がった。
時間がスローモーションのように流れる。
何かに巻き上げられたかのように大量の血が、切断された頭が、手が、胴体が、さっきまで人間であったモノたちが大量に上がり、そして落ちていく。
亜麻色の髪がはらはらと舞い、つい一瞬前までメリオだったモノが苔の上に落ち、ゆっくりと吸い込まれていく。
二人の約束を、夢を、未来を吸った苔が、赤く染まり光ってゆく……
目の前の少女が、落ちてきた誰かの腕を掴み、齧る。
すぐさまその場に大量の投擲槍と矢が飛来するが、そこにはもう誰もいなかった。
髪の毛よりも細く、金属よりも固く、不規則な大きさのノコギリの様な歯が四方に付いた長い筋肉繊維。それが魔人エヴィアの武器であった。小さな体から伸びたそれは人間の血肉を栄養に伸び続け、今では10キロ四方を毛細血管のように囲うまでに成長した。
苔に潜み、宙を漂い、まるで意志を持つように絡め、巻き、擦り、その全てを切断する。
魔人エヴィアに人肉食の趣味があるわけではない。腕を、齧ったのは、ただ単に威嚇のためだ。だが人間は怯まない、包囲を狭め、囲み、目の前で何人殺されても執拗に襲ってくる。
ホントしつこい――取り合えず捨てるのももったいないので、掴んだ腕をモグモグ食べながら先程のことを思い出していた。そういえば、一人死んでいなかったなと。
あれはたまたま好物の蜜蟻の巣があったため、それを斬らない様に外した結果であった。しかし確か、人間はああいった時に自分の幸運を感謝するのだ。
何に? 確か神にだった気がする。そんなことを考えていた。
「うわあああああああ!」
リッツェルネールは叫んでいた。頬にはカミソリで切られたような一筋の赤い線。防毒マスクは切断され落ちていた。それでも何の対処も出来ず、まるで初めて戦場に出た新兵の様に、ただただ泣き叫んでいた。
同じ国、同じ商家でありながら、リッツェルネールのアルドライト商家とメリオのフォースノー家は方向性の違いから仲は良くなかった。その為、互いには別々の相手があてがわれるはずだった。しかし二人は既に愛し合っていた。
折しも魔族領内への大侵攻が決まり、準備のために各国の人口制限が緩和された頃、二人は既成事実を作ることにした。だがどちらに問題がったのか、どれほどの逢瀬を重ねても子供は出来なかった。
そんな中、ディランド連合との戦争が起こる。二人は居場所を求めるように軍役を志願した。リッツェルネール68歳、メリオ33歳の時である。
以後218年間、二人は常に戦いの中にあった。死ぬ時は必ず一緒にと、死ぬまで前へ前へと進み続けようと誓った。
だが、自分は足を止めてしまった。共に逝くことが出来なかった。
これが、200年以上互いに守ってきた約束を、破ってしまった罰だというのか……
後悔が、リッツェルネールの全てを止めてしまった。
メリオの血で作られた赤い輝きが彼を照らし、メリオの肉で作られた白い猛毒の煙が彼を包み込む。
この世界は苦痛に満ちている。戦死、病死、事故死、自害……必ず最後は苦しみや悲しみと共に死ぬ。
どうしてこんな終わりしかないのだろう。もう十分だよ、ここが終点だよ、そういう自然な終わりが、誰もが納得する死がなぜ与えれらないのだろう。
この世界は牢獄なのかもしれない……意識が次第に失われていった……。
やがて周囲は静寂に包まれる。
辺りが赤く照らされ、白い靄が立ち込める中、そこに3つの影があった。
一つは魔人エヴィア、もう一つは2匹の蟹を重ね合わせたような異形、もう一つは巨大なムカデの異形だった。
蟹の異形は静かに、魔人エヴィアの背後から、その小さな体にハサミの先端を沈め、抜く。
しかし、そこにはなんの跡もない。ただ乾いて張り付いていた血がそこだけ消えていることが、今の行為が事実だと物語っていた。
やがて3つの影は白い靄の中へと消えていく。
白き苔の領域は、再び平穏な日々を取り戻していた。
隣に控えるメリオから報告が入る。
足並みをそろえる為に浮遊式輸送板と同じ速度で行動していた飛甲騎兵であったが、そろそろ領域という時点で先行した。
おそらく先行して戦っているであろうゼビア王国軍を発見し、飛甲騎兵の先導でこちらも急行する。彼らと合流し、今度こそ魔王を討つ。その予定であった。
だが――、
「飛甲騎兵が領域に侵入しました」
その報告が入った瞬間、空が炸裂した。
まるでパレード一日で使う花火を一発で全て打ち上げたような、そんな爆発だ。
同時に、無数の火球が空に流星を描いて消えてゆく。
「全騎後退させろ! 今ので何騎やられた!」
リッツェルネールは認識が甘かった、甘すぎたと自覚した。勝つとか負けるとかの次元ではなかった。魔法魔術は魔族の範疇、それは十分に理解していた――そのつもりでいた。
「カザラット隊長戦死! 指揮を4番エルート……え、8番、11番、23番、ダメです追いつきません」
通信機に表示された数値を読むメリオが悲痛な報告を叫ぶ。いったい今ので何騎やられたんだ……リッツェルネールは唇を噛み締めながら、再び炸裂する空を見上げた。
2回目の炸裂の時点で殆どの飛甲騎兵は領域外へ撤退していた。それでも千騎以上が撃墜され、数百機が大破で墜落するという大損害を被った。
これ以上の飛甲騎兵は失えない。だが、地上軍は撤退するわけにはいかない。
引き返す飛行部隊に対し左手の指を伸ばして帽子のつばに触れる、ディランド連合王国に従属する前のコンセシール商国本来の敬礼で仲間を見送ると、そのまま白き苔の大地に突入した。
――どんな状態であっても前へ進む、それしかないのだから。
白き苔の領域は想像を超える状態であった。
「何だこれは……」
――そう思わざるを得ない。
周囲は夜の帳に包まれ、浮遊式輸送板の投光器が無ければ本来なら何も見えない。だがそこは、不気味なほどに赤く照らされていた。
周囲には切断された浮遊式輸送板の残骸やバラバラの人間の死骸が苔に埋まり、あるいは散らばっていた。そしてそれらの血を吸った苔は真っ赤に染まり、生を謳歌するかのように赤く発行しながら、白い煙のような胞子を噴出している。
そこはまるで、幻想的にイルミネーションされた死の世界の様であった。
チィィィィィィ……それは微かにしか聞き取れない音。
だがその瞬間、リッツェルネールの乗った――いや周囲全ての浮遊式輸送板が一斉に、まるで何か所も同時に斬りつけられたようにバラバラになって飛散する。
「いったい何が起きた!」
墜落した浮遊式輸送板の上で叫ぶ、だが今ので同じ浮遊式輸送板に乗っていた兵士の半数以上が切り裂かれている。他の浮遊式輸送板も同様だ。
落下地点の苔は赤く光り、喜びと共に胞子を吹き出す。
商国軍は炎と石獣の領域と同じくマスクをしていたが、防毒性はそれほど高くはない。
そう長くは保たないだろう。魔王の居場所も解らない。だが――、
「全軍突撃!」
苔の光の濃い場所。先行していたゼビア王国が戦闘していたのなら、魔王はその近辺に居るはずである。だがそこは同時に最も危険な毒の死地。それでも、前へ前へ、一歩でも前へ進まなければいけない。全軍一斉に走り始める。
その瞬間――目の前に一人の少女が現れた。
その少女の衣服は切られ、突かれ、掴まれ、もう一片として残ってはいなかった。代わりに全身は血に覆われ真っ赤に染まっている。
だがその透き通るような肌には掠り傷一つついてはいない。それは全て、ここまで倒してきた兵士達の血であったのだ。
刹那、意識を奪われた――異性としてではない。張り付いたような一切何の感情も持たぬ顔。纏う空気。一目見て人間でないことは理解した。
だがその凛とした姿に、生命としての煌めきに、一瞬だが心を奪われ、動きが止まる。
並走していたメリオが半歩先に進む。その瞬間――周囲に血の噴水が吹き上がった。
時間がスローモーションのように流れる。
何かに巻き上げられたかのように大量の血が、切断された頭が、手が、胴体が、さっきまで人間であったモノたちが大量に上がり、そして落ちていく。
亜麻色の髪がはらはらと舞い、つい一瞬前までメリオだったモノが苔の上に落ち、ゆっくりと吸い込まれていく。
二人の約束を、夢を、未来を吸った苔が、赤く染まり光ってゆく……
目の前の少女が、落ちてきた誰かの腕を掴み、齧る。
すぐさまその場に大量の投擲槍と矢が飛来するが、そこにはもう誰もいなかった。
髪の毛よりも細く、金属よりも固く、不規則な大きさのノコギリの様な歯が四方に付いた長い筋肉繊維。それが魔人エヴィアの武器であった。小さな体から伸びたそれは人間の血肉を栄養に伸び続け、今では10キロ四方を毛細血管のように囲うまでに成長した。
苔に潜み、宙を漂い、まるで意志を持つように絡め、巻き、擦り、その全てを切断する。
魔人エヴィアに人肉食の趣味があるわけではない。腕を、齧ったのは、ただ単に威嚇のためだ。だが人間は怯まない、包囲を狭め、囲み、目の前で何人殺されても執拗に襲ってくる。
ホントしつこい――取り合えず捨てるのももったいないので、掴んだ腕をモグモグ食べながら先程のことを思い出していた。そういえば、一人死んでいなかったなと。
あれはたまたま好物の蜜蟻の巣があったため、それを斬らない様に外した結果であった。しかし確か、人間はああいった時に自分の幸運を感謝するのだ。
何に? 確か神にだった気がする。そんなことを考えていた。
「うわあああああああ!」
リッツェルネールは叫んでいた。頬にはカミソリで切られたような一筋の赤い線。防毒マスクは切断され落ちていた。それでも何の対処も出来ず、まるで初めて戦場に出た新兵の様に、ただただ泣き叫んでいた。
同じ国、同じ商家でありながら、リッツェルネールのアルドライト商家とメリオのフォースノー家は方向性の違いから仲は良くなかった。その為、互いには別々の相手があてがわれるはずだった。しかし二人は既に愛し合っていた。
折しも魔族領内への大侵攻が決まり、準備のために各国の人口制限が緩和された頃、二人は既成事実を作ることにした。だがどちらに問題がったのか、どれほどの逢瀬を重ねても子供は出来なかった。
そんな中、ディランド連合との戦争が起こる。二人は居場所を求めるように軍役を志願した。リッツェルネール68歳、メリオ33歳の時である。
以後218年間、二人は常に戦いの中にあった。死ぬ時は必ず一緒にと、死ぬまで前へ前へと進み続けようと誓った。
だが、自分は足を止めてしまった。共に逝くことが出来なかった。
これが、200年以上互いに守ってきた約束を、破ってしまった罰だというのか……
後悔が、リッツェルネールの全てを止めてしまった。
メリオの血で作られた赤い輝きが彼を照らし、メリオの肉で作られた白い猛毒の煙が彼を包み込む。
この世界は苦痛に満ちている。戦死、病死、事故死、自害……必ず最後は苦しみや悲しみと共に死ぬ。
どうしてこんな終わりしかないのだろう。もう十分だよ、ここが終点だよ、そういう自然な終わりが、誰もが納得する死がなぜ与えれらないのだろう。
この世界は牢獄なのかもしれない……意識が次第に失われていった……。
やがて周囲は静寂に包まれる。
辺りが赤く照らされ、白い靄が立ち込める中、そこに3つの影があった。
一つは魔人エヴィア、もう一つは2匹の蟹を重ね合わせたような異形、もう一つは巨大なムカデの異形だった。
蟹の異形は静かに、魔人エヴィアの背後から、その小さな体にハサミの先端を沈め、抜く。
しかし、そこにはなんの跡もない。ただ乾いて張り付いていた血がそこだけ消えていることが、今の行為が事実だと物語っていた。
やがて3つの影は白い靄の中へと消えていく。
白き苔の領域は、再び平穏な日々を取り戻していた。
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