この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 出会いと別れ 】

白き苔の領域 中編

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 白き苔の領域。人類最悪の地の一つ。
 大地は真っ白な分厚い苔に覆われ、さながら一面の銀世界である。
 この苔は火にも薬にも強く、また活性化すると猛毒の胞子をガスのように飛散させる。
 地表の苔は猛毒の針を持ち、軍服程度なら軽々と貫き通してしまう。
 また本体は地中深くに埋まる地下茎であり、それは互いに絡み合い養分を補給しあう性質を持つ。
 そのため、仮に地上を全て払っても一日と経たずに再生する。

 更に小石ほどの大きさながら猛毒を持つ蜘蛛、大型の軍隊蟻、苔下を根城にする大蛇等、様々な生物の生育地でもあった。

 碧色の祝福に守られし栄光暦217年6月15日
 リッツェルネールは現在動員できる全ての兵力を率いてこの領域へと出陣した。

 メンテナンス中で稼働できない11騎を除いた浮遊式輸送板62騎に兵員を満載。同じく稼働できない322騎を除いた飛甲騎兵5678騎。

 地上兵力5890人、飛甲騎兵操縦士5678人、浮遊式輸送板操縦士62人、浮遊式輸送板及び飛甲騎兵動力士5802人、整備兵40人、軍医22人の合計1万7494人。

 これで駐屯地に残るのは整備兵や軍医、作業員の7511名と兵士僅か1117人。
 魔族領に残るコンセシール商国の全軍と言っていい量だった。




 一方その頃、ランオルド王国が管理するアイオネアの門も大騒ぎになっていた。
 門内に駐屯していたティランド連合王国軍の浮遊式輸送板が、次々と出撃していたからだ。
 慌ただしい喧騒の中、街の人々が手を振り声援を送る。

 そんな中、オルコスは急遽編成された第22突撃隊の隊長に任ぜられ浮遊式輸送板の上にいた。
 あの死地から戻ってすぐの出撃ではあったが、彼の心は踊っていた。今度こそ、自分の手で魔王を討ち取れるかもしれないのだ。
 既に子供は全員失っていたが、その子供達がまだ生きている。ここで禍根を断つ為にも、なおかつ一族の繁栄の為にも戦いは望むところであったのだ。

「おおーい! オルコーース!」
 急に呼ばれたオルコスが後ろを見ると、相和義輝あいわよしきが走って追いかけてくる。

「おい、速度を緩めろ」

 操縦士に命じると、兵士でぎゅうぎゅうになっていた上を移動して相和義輝あいわよしきの方へ向かう。

「どうした、何か用か? 見ての通りだ。俺達はもう行かなきゃいけないんだ」

 おそらく見送りに来たのだろう、そう思っていたオルコスであったが、浮遊式輸送板と並走して走る彼の口から出た言葉は――

「俺も連れて行ってくれ、オルコス!」

 予想外の言葉であった。

 オルコスは彼を中央人事院身元不明者施設に預けたとき、既に今生の別れだと思っていた。身元引受人が居ない限り、彼の運命は決まっていたからだ。
 だが今また出会い、そして戦場へ連れて行けという。

 ありていに言えば、彼は相和義輝あいわよしきを体が大人なだけの幼児と評価していた。現実味が無くフワフワとした印象。だがそれは記憶が無いのだから仕方がないのだとも。
 しかし、今の彼はその印象とは違う。ハッキリと前を見て、どっしりと立っている印象。

「お前、記憶が戻ったのか?」

 進む浮遊式輸送板から手を伸ばして聞く。

「いや、そっちは変わらないな」

 そんな彼の手を掴んで相和義輝あいわよしきが乗り込む。
 記憶は戻っていない、そういう彼だがやはり別人のように映る。まあ、生還率は限りなく低い。何と言っても場所が場所だ。どうせ死ぬのなら、希望塚に行くより戦って死んだ方が遙にマシな人生だろう。




「これ使え、ベルトは後ろの備品箱に入ってる」

 そう言って、オルコスは息子の形見の剣をよこす。

「良いのか? だが俺は魔力の出し方とか知らないぞ」

「知らなくても、そのサイズなら振れるだろう。それでいい」

 判った――そう言ってぎゅうぎゅうに兵士で詰まった浮遊式輸送板の後ろで装備を整える。

 整えると言っても、大量に用意されていた防毒マスクを一つ。剣を装着するためのベルト、それに付けるポーチの中に手入れ用の布と以前貰った物と同じ水の入った小瓶を4本。更に適当な工具を幾つかと、二重円の周囲にひし形を並べたような模様の石を入れただけ。鎧も無しの質素な姿だ。

「もっと早く志願すれば、鎧も古いのなら用意してやれたんだがな。まあいい、お前は俺の隊って事になる。思いっきり死んで来いよ」

「そんな気はないよ、俺は死なないさ。それにしても、随分ボロい浮遊式輸送板だな。これで大丈夫なのか?」

 乗り込んだ浮遊式輸送板は鉄板を柵に幾つも付けた装甲型といった感じだが、あちらこちらに傷や汚れなど古さを感じる。しかも動きが僅かに上へ下へと波打っているようで、まるで船に乗っているみたいだ。
 というより、外装がつくとまるで空飛ぶ強襲揚陸艦だ。

「こいつはモブレンソニール16式って言ってな、まあ古いのは確かだ。それ以前に多すぎるんだよ、乗り込んだ兵がな。話だとゼビア王国軍が最初に到着してその後がスパイセン王国軍とコンセシール商国軍となる。俺達はそいつらと似たような距離だがボロいからな、到着は夜明けだろう」

 夜明けか――長い夜になるかもしれない。相和義輝あいわよしきはそんな気がしていた。

 既に時間は深夜。更に空が再び油絵の具の色に覆われた為、世界は完全に闇に包まれている。
 そんな中、緊急用の投光器サーチライトを点灯し、浮遊式輸送板に搭乗したコンセシール商国の部隊は、白き苔の領域へと突入しつつあった。
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