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【 出会いと別れ 】

天幕 後編

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 ふと天幕の一番奥――そこに張られた世界地図を見る。
 赤道を中心に南北極点まで延び、同等の横幅を持つ巨大大陸ライマン。
 東には大陸とは呼べないが島とも呼べない大きさの巨島と群島国家群が存在する。
 大陸のほぼ中心にティランド連合王国が存在し、自分たちの国はこの大雑把な地図には国境が書かれないほど小さい。

 そして西の端――縦4800キロメートル、幅3200キロメートル。
 線で囲まれた、大陸全体からすれば小さな土地。それが魔族領であった。
 
 
 結局会議は最初の報告の後、各自がそれぞれの持ち場に戻って応対する領域の攻略に当たるという、至極真っ当で元々の作戦方針に戻ることが決められた。
 魔王が発見されるまでは、ずっと長い間、その方針で侵攻と領域の浄化を繰り返してきたのである。

 ここまでに浄化に成功した魔族領は、全体の3割程となっている。人類未踏の領域で苦戦はしているが、魔王が倒れた今、領域の攻略も今まで以上に進むだろう。
 

 こうしておおよその行動指針に入ると、武勇伝のお披露目の場となる……のだが、魔王を倒した英雄がどこの誰かもわからない状態では、結局無駄話の社交場となるだけだった。
 
 リッツェルネールはこの社交場というものが苦手であった。
 商国の人間としてそういった教育も受けているが、本人の資質は事務員的なものであり、『必要な内容を必要な分だけ話せばいい』といった、おおよそ無駄話とは縁のない性格をしていた。
 
 そのため話を振られても流すだけだったが、今回は魔王討伐の数少ない参加者としてそうもいかない。
 そこで、皆の興味を意外と集めている記憶喪失の彼の話をすることにした。
 
「このコインを見てください」

 そう言うと、懐から1枚の銀のコインを取り出して卓の中央へはじく。
 
「フム、見たことの無いコインだな。何処のモノだ?」

 大きな指でそれを掴んだのは、第3席に座っていたユーディザード王国“歩く城塞”マリクカンドルフ王だ。
 220センチの巨躯に負けない幅広の体格と、それに負けない豪華な白い軍服に同色のマント。獅子を思わせる精悍な顔つきに、短く切りそろえられた金髪。オレンジ色の瞳は獲物を探る肉食獣の様であり、小さな子供が見たら即逃げだしてしまうだろう。
 だがその戦い方は戦術を重んじ、特に防衛戦においては、どの国からも一目置かれる名手であった。
 
「これは橋かしら、もう片面は更紗の模様……なかなかに美しいですこと。でも、これが何か関係していますの?」

 そう答えたのはナルナウフ教団司祭“かつての美の化身”サイアナ・ライナアだった。
 身長163センチ、長い銀髪の髪に深い鈍色の瞳。少し褐色の入った肌には、ネックレスや腕輪、指輪など金銀の宝飾が幾つも煌めいている。

 その細い体を纏うのは、教団司祭を示す濃緑の衣装。本来はダボダボのローブだが、今は薄いレオタードを着用している。だが見た目の薄さに対し、これは金属繊維を編み込んだ魔力増幅器マジックブースターだ。宝石も同様の増幅器ブースターであり、ただでさえ強大で知られる彼女の魔力がどれほどにまで高まっているのかは、少し知りたいところである。

 かつてはその美しさから聖母とも讃えられた司祭であったが、戦場に出てからは豹変。
 何とか女性と判別できると揶揄されるほどに体は引き締まり、戦場では容赦呵責の一切ない突撃戦法を得意とする。
 
「そのコインはヴィンカドーツ記念コインと言います。この世に32枚しか作られなかった貴重品ですよ」
 
 そのコインの表には橋の周囲をつる草が円形に囲むデザインが刻印されており、また裏面は一面の更紗の模様の刻印、そして横には己を縦に繋いだ溝が彫られている。
 どこから見ても、ただそれだけの銀のコインであった。
 
「当時の遊び心に溢れた骨董品で、まあ僕的には心が商人であり続ける為の御守りみたいなものです。ですが、子供の頃それは……暗号解読の教材として持たされました」
 
「暗号解読――」

 ハーノノナート公国”死神の列を率いる者”ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵が僅かに興味を示し、マリクカンドルフ王が弄ぶコインをまじまじと見る。
 身長178センチ、痩せ型だが筋肉質。短く切り揃えた淡い金髪に茶色の瞳。見るからに俊敏、精強な武人であり、彼が暗号関連に興味を持つことはリッツェルネールには意外だった。
 勿論、ただの社交辞令なのかもしれないが。
 
「表、裏、溝と3種類の言語で文字が隠されています。刻印の溝の僅かな太さの差であったり、光で出来る影であったり、それらの組み合わせであったりと中々に難解な品ですよ。僕は解読が完了するまで2年かかりました。それを――」
 
「へえ、一瞬でねぇ……私には、未だに何処が何やらわかりませんが」

 ゼビア王国”戦場の定食屋”クランピッド・ライオセン運輸大臣が大仰しく反応する。
 丸い体にコミカルな動き。愛嬌溢れる人物だ。だがその見かけに反し、補給のスペシャリストとして高い名声を博している。今ここにいないゼビア王国、ククルスト王の全権代理で来ている切れ者だ。
 
「普通は顕微鏡や試薬、多色系の投光器を使います。当然ですが、これらの技術を持つものは決してそれを表には出しません。特殊な任務に就いているわけですから。ペラペラと披露してしまったのは、彼の記憶に齟齬そごが生じていたからでしょう」

 そう言って、唯一話の輪に加わらない重鎮、マリセルヌス王国の”逃避行”ロイ王を見る。
 身長182センチ、オレンジの髪に金色の瞳。甘いマスクとシャツがら弾け出てきそうな筋肉の持ち主であり、女性兵からの人気も高い。
 その彼は同じ連合国の盟主であるカルター王としばし談笑した後は、すっと部下の兵士と会話しているだけだった。
 
 
「もしご必要でしたら今のうちに確保しておいた方が良いですよ。このままですと、彼の身柄は人事院の預かりになってしまいますからね」

 コンセシール商国では引き取らない――暗にそう言って、リッツェルネールはこの話を終了した。



 ◇     ◇     ◇



 ――結局何もないまま一日が終わってしまった……。

 ティランド連合王国に宛がわれた小さなテントで、相和義輝あいわよしきは横になって考え込んでいた。
 ベッドも何もない、土の上にわずかな枯草と布を引いただけの寝床。掛け布団も無いが、季節が夏らしいのは幸いだ。

 ――結局何をさせたいのだろう……。

 自分がこの別世界に呼ばれたのには、多分意味があったのだ。そしてそれは、魔王になるため……いや、魔王にするためだ。
 だがこの状況はなんだ? 想像していたイメージの魔王とは違い過ぎる。もっと立派な城みたいな所で、「よく来たな人間共、うははははははは」みたいな事をさせたかったんじゃないのか?

 日本にいたことを思い出しながら、ぼそぼそと独り言を言ってみる。山、川、海、民家や手拭いのような言葉は言えた。だが戦車、銃、スマートフォンなどの言葉は、頭に霧がかかったように言葉に出ない。

 ――元の世界にしか無い事は封印されているのか……だったら、わざわざ別の世界から召喚する意味が無いじゃないか。

 考えても分からない。思い出すのは、君は自由だという言葉……。
 頭に靄が掛かった様な奇妙な感覚を味わいながら、檻から出た一日目が過ぎていった。
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