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【 出会いと別れ 】
青空 前編
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部屋中、いや、廊下まで含めて発生した亀裂は、床と共に多くの兵士達を飲み込んで行く。
だがリッツェルネールは、運良く相和義輝が入っていた檻の近くにいた。その格子を掴み、懸命に揺れに耐える。
音が遮断された世界でも、ここまで響くと轟音だ。しかも天井にはバキバキと亀裂が走り、一部は穴へと落下していく。
――巻き込まれたら死ぬな……。
そんな事を考えながらも、それはそれで良いかもしれないという気も起きる。
生きている限りは責任がある。やらねばならぬ事はまだまだ山積みだ。だが、こうして死の運命が訪れた時、それに逆らうだけの生への執着が僕にはあるのだろうか。
足元には奈落の闇が広がっている。今まで殺してきた者が、死んだ同僚が、そこから呼んでいる気がする。
ああ、ここで良いかもしれない。だが手はしっかりと格子を掴む。死が恐ろしいのではない。責任感と……そう、約束が――
そんな彼の手を誰かの小さな手が掴む。
「今、引き上げる!」
「メリオ!」
同じ位置にいた彼女は、檻が残った床部分にいた。まだ揺れは収まっていなかったが、彼の為に這いながらここまで来たのだった。
彼女の必死で真剣な眼差しが、リッツェルネールの生を呼び覚ます。
そうだ、メリオと約束した。いつかは逃れられぬ死が訪れる。だからこそ、その日が来るまで精一杯生きようと。責任も義務も、命もまた投げ出したりなどしない。この手が届く限り、限界まで伸ばそう。そして、やれる事は全てやり遂げよう。
「最後まで、一緒に前へ進みましょう」
「ああ、一歩でも前へ。二人で!」
空いている手で石畳の縁を掴み、一気に上がる。一方で、揺れも徐々に収まりつつあった。
地震の影響であちこちが崩れ、壊れた壁からは外の景色が見える。
二人でよろよろとそこへ行くと、眼下には信じがたい景色が広がっていた。
何処から流れたのだろうか、大量の溶岩が山を飲み込んでいる。蒸気を上げ濁流のように流れる真っ赤な大地が、まだ残っているかもしれない人々を飲み込みながら麓まで流れて行く。
だが、二人が驚いていたのはそれではない。
「雲が……空が…………」
生き残っていた兵士が呟いた。
油絵の具の空でも昼は明るく、夜になれば暗くなる。
だから、世界とはこういうものだと思っていた。
太陽も月も星も見たことは無かったが、それはきっとおとぎ話の世界。
だが今、魔王がいる目印の渦、そこから白い強烈な輝きが柱のように漏れている。
その渦は、まるで油絵の具をかき消すかのようにゆっくり、ゆっくりと広がり、それに合わせるように輝きもまた大きく広がり、世界を、今まで見たことも無いほどの眩い光で照らしていく。
東の空には輝く白い球。直視できないほど眩しく、それは神々しい。
アルドライド商会の人間として世界各国を回り、軍役に就いてからは国家間の戦争、魔族領侵攻と毎日が闘いの日々だった。
多くの人々と交流し、商人として騙してきた。
数多くの仲間を失い、またそれ以上に殺してきた。
泥にまみれ、血に染まり、魔族との戦いに明け暮れた。
どんな時も、空には暗く深い油絵の具の空があった。
「ああ、あれが……」
渦が消えた穴からあふれ出す光の更に先、今まで見たことの無い色の空が広がっている。
それは想像よりも鮮やかで、だが透明で、ずっとずっと遥か先まで行けそうに見える。
気が付けば、自分も周りの兵士たちのように涙を流し、膝から崩れ落ちていた。
この世に生れ落ちて276年。
リッツェルネールにとって、生まれて初めて見た青空であった。
碧色の祝福に守られし栄光暦217年6月10日。
魔王を倒した者が、何処の誰なのかは分からない。結局どんな姿だったのか、それを知る事は叶わなかった。
だが確かにこの日、人類はついに悲願である魔王討伐に成功したのだ。
炎と石獣の領域攻略戦。
参加将兵総勢466万2151人。
戦死・行方不明者421万7992人。
戦果、魔王一名の討伐に成功。
人類の――大勝利であった。
だがリッツェルネールは、運良く相和義輝が入っていた檻の近くにいた。その格子を掴み、懸命に揺れに耐える。
音が遮断された世界でも、ここまで響くと轟音だ。しかも天井にはバキバキと亀裂が走り、一部は穴へと落下していく。
――巻き込まれたら死ぬな……。
そんな事を考えながらも、それはそれで良いかもしれないという気も起きる。
生きている限りは責任がある。やらねばならぬ事はまだまだ山積みだ。だが、こうして死の運命が訪れた時、それに逆らうだけの生への執着が僕にはあるのだろうか。
足元には奈落の闇が広がっている。今まで殺してきた者が、死んだ同僚が、そこから呼んでいる気がする。
ああ、ここで良いかもしれない。だが手はしっかりと格子を掴む。死が恐ろしいのではない。責任感と……そう、約束が――
そんな彼の手を誰かの小さな手が掴む。
「今、引き上げる!」
「メリオ!」
同じ位置にいた彼女は、檻が残った床部分にいた。まだ揺れは収まっていなかったが、彼の為に這いながらここまで来たのだった。
彼女の必死で真剣な眼差しが、リッツェルネールの生を呼び覚ます。
そうだ、メリオと約束した。いつかは逃れられぬ死が訪れる。だからこそ、その日が来るまで精一杯生きようと。責任も義務も、命もまた投げ出したりなどしない。この手が届く限り、限界まで伸ばそう。そして、やれる事は全てやり遂げよう。
「最後まで、一緒に前へ進みましょう」
「ああ、一歩でも前へ。二人で!」
空いている手で石畳の縁を掴み、一気に上がる。一方で、揺れも徐々に収まりつつあった。
地震の影響であちこちが崩れ、壊れた壁からは外の景色が見える。
二人でよろよろとそこへ行くと、眼下には信じがたい景色が広がっていた。
何処から流れたのだろうか、大量の溶岩が山を飲み込んでいる。蒸気を上げ濁流のように流れる真っ赤な大地が、まだ残っているかもしれない人々を飲み込みながら麓まで流れて行く。
だが、二人が驚いていたのはそれではない。
「雲が……空が…………」
生き残っていた兵士が呟いた。
油絵の具の空でも昼は明るく、夜になれば暗くなる。
だから、世界とはこういうものだと思っていた。
太陽も月も星も見たことは無かったが、それはきっとおとぎ話の世界。
だが今、魔王がいる目印の渦、そこから白い強烈な輝きが柱のように漏れている。
その渦は、まるで油絵の具をかき消すかのようにゆっくり、ゆっくりと広がり、それに合わせるように輝きもまた大きく広がり、世界を、今まで見たことも無いほどの眩い光で照らしていく。
東の空には輝く白い球。直視できないほど眩しく、それは神々しい。
アルドライド商会の人間として世界各国を回り、軍役に就いてからは国家間の戦争、魔族領侵攻と毎日が闘いの日々だった。
多くの人々と交流し、商人として騙してきた。
数多くの仲間を失い、またそれ以上に殺してきた。
泥にまみれ、血に染まり、魔族との戦いに明け暮れた。
どんな時も、空には暗く深い油絵の具の空があった。
「ああ、あれが……」
渦が消えた穴からあふれ出す光の更に先、今まで見たことの無い色の空が広がっている。
それは想像よりも鮮やかで、だが透明で、ずっとずっと遥か先まで行けそうに見える。
気が付けば、自分も周りの兵士たちのように涙を流し、膝から崩れ落ちていた。
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魔王を倒した者が、何処の誰なのかは分からない。結局どんな姿だったのか、それを知る事は叶わなかった。
だが確かにこの日、人類はついに悲願である魔王討伐に成功したのだ。
炎と石獣の領域攻略戦。
参加将兵総勢466万2151人。
戦死・行方不明者421万7992人。
戦果、魔王一名の討伐に成功。
人類の――大勝利であった。
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