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【 出会いと別れ 】

領域の内 前編

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 外の熱風と蒸気、それに喧騒や悪臭に対して、山の中は異常なほどに静かな空気を漂わせている。

 円形にり貫かれた坑道。いや道とは言えないだろう、ただの穴と言っても差し支えは無い。地中に住む生き物が掘り進んだような、そんな穴だ。
 上下幅は狭かったり広かったりと一定ではない。何かの巣穴……まさか石獣の? そんな不気味な雰囲気が漂う。
 もし狭い部分で石獣に会ったら、武器を振る事さえできずに全滅するだろう。
 とは言え、壁には少し湿り気があり気温も低い。外よりはだいぶマシな環境だ。

 山肌に面した部分には外に繋がる小さな穴が開いており、そこから僅かに外の風が吹き込んで来る。
 こういった外と面した部分では通信は可能らしい。だがあくまで『らしい』だ。何度か試してみたが、司令部や味方部隊との連絡は途絶えたまま。この戦場の生存者は、もはや自分達だけ……そんな嫌な考えが頭をよぎる。

 出来れば連絡を取ってから行動したい。そうは言っても山肌に面した部分は稀だ。坑道の殆どは地中奥深くに掘られており、長く留まれない以上は、連絡を諦め移動するしかない。
 
 先に入った部隊はどうしたのだろうか?
 だが呼んでも叫んでも返事は無く、彼らの痕跡すら見つけることは出来ない。

「ねえ、魔王ってどんな姿だと思う?」

 そんな不安の中、ふいにメリオから質問が飛んだ。少し、周囲の気分を和らげようとしたのだろう。

「竜みたいのじゃないか? ずっと人類を苦しめて来たんだ。きっと巨大な奴だな」
「案外、古代人の作った機械かもな。あの雲を作り続けているんだろ?」
「実態を持たない……幽霊みたいな奴だったらどう対処しましょうかね。聖水足りるかな……」

 皆はそれぞれ魔王の姿を想像し、どうやって倒そうか考える。だが相手は人類最大の敵だ。それこそ仇敵と言って良いだろう。その強さを想像するたびに絶望が湧いてくる。
 しかし同時に、心に踊るものがあるのも確かだ。今まで人類を苦しめてきた敵の姿。死ぬ前にそれを見ることが出来るのなら、これまでの人生だって悪いものでは無いだろう。



 ◇     ◇     ◇



 あれからどのくらいが経過したのだろう。
 湿り気を帯びた円形の坑道の移動は困難であった。だが不思議と石獣との戦闘にはならず、途中交代でわずかな休憩を取りつつ黙々と移動するだけだ。

 ――地下には石獣は居ないのだろうか……。

 体内時間が正しければ、もう夜は明けている頃だろう。
 不要になったマスクは外していたが、疲労もあり坑道はやけに息苦しい。
 先にいたはずのコンシュール隊も、同じように中を彷徨っているのだろうか?

 そんな事を考えていると、不意に足から伝わってくる感触が変化する。
 なんだ!? ――確認すると、急に地面の構造が変わっていた。今まで円形だった足元は水平の石畳となり、壁もよく見ると石造りになっている。道幅は狭く、鎧を着た人間が二人並べば詰まってしまう程だ。

「構造が変わったな……ここからは間違いない、人工物だ」

 メリオをはじめとした兵士達の空気が一変する。
 今までも油断などしてはいない。だが意識が違う――警戒から戦闘へ、歴戦の兵士達は素早く体勢を切り替えた。

「メリオ、何処まで照らせる?」

「待って……」

 通信機を持つメリオの左手に幾重にも銀の鎖が巻かれると、通信機から眩い光が一点に収束して放たれる。それは暗い闇だった通路を白く照らし、ずっと先にある扉を浮かび上がらせた。

「敵は居ないな……途中に穴も無しか。では行くぞ」

 静かに、だが素早くリッツェルネールらは動く。金属の鎧を纏っているにもかかわらず、その動きは俊敏で音も殆ど立てていない。まるで特殊部隊の様だが、百年以上も戦っていれば嫌でも身につく技術だった。

 扉は石で出来ており、向こうから光は指してこない。闇の世界……魔族の界隈かいわい
 部下の一人が無言で動き、鎧を手入れするための油を取り出すと、石の扉周辺に塗り付ける。

「よし……開けるぞ」

 無音で開く石扉。各員が無言で武器を握りしめ、戦闘態勢を取る。何が出てきてもいいように……。
 だが、その穴からは出てきたのは少し暖かな空気のみ……風だ。
 扉の先は少し広い部屋。だがそこには、入ってきた扉以外に扉はない。
 しかし天井には、ぽっかりと開く大きな穴が開いている。そして天頂から差し込む光は金属製の梯子を怪しく照らしていた。
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