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【 親友の住む砦と新たな自分 】

陽々路の竜

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 あの勢いで焼き払ったらあたしたちも死ぬんじゃない?
 とか思うけど、慣れているのか、成長したのか、焼き払っているのは兵士だけ。
 武器や鎧は溶けているけど、まだ着火はしていない。
 だけどそれはそれで時間の問題よね。

「さて、そろそろ外に出るとしましょう。さすがに可燃物に火かつくわ」

「は、はい」

「そんなにおどおどしないで堂々としていればいいわ。今確認したけど、この館の中に人間はいないわ」

「そんな、じゃあ……」

「悪いけど諦めて」

 侍女たちの事だろう。
 脱出している可能性だってあると言いたいけど、そんな歩くサイレンを生かしておくわけがない。
 この館にはクラウシェラ付きの侍女も滞在していた。
 でも、今はそれを悲しんでいる余裕はない。

 二人で急いで館を出る。
 入り口が空きっぱなしになっていたけど、
 外には普通の兵士が見える。弩弓隊はいないわね。
 突入したからもう待ち伏せは意味が無いって事かしら。

「やっぱりたいした数じゃないわね。もう半部以上減ったんじゃないの? これからどうするのかしら?」

「ま、魔女め!」

「あら、今更気が付いたの? エルダーブルグ公爵家の伝承くらいは調べておくことね」

「おとぎ話だ!」

 あれ? ちゃんと知っているんだ。
 でもそれを現実に目にするとは夢にも思っていなかったろうね。

「さて聞きたい事もあるし、2~3人は残してあげるわ。さあ、誰が残るの? わたくしが選ぶ? それとも自分たちで選んでもよろしくてよ。ホーホッホッホ」

 クラウシェラらしいと言えるけど、言っている事が酷い。

「まさか本当だったとは夢にも思わなかったぜ」

「残念だったわね。さて、そろそろ火を見つけて兵が来るわ。味方かしら? それとも……」

「答えは……これだ」

 え?
 クラウシェラの膝から力が抜ける。
 消え去る様に、黒い霧の竜が失われていく。
 これって攻略アイテム!
 王墓の地下にある、公爵家と契約した古竜の魂――いわば力を鎮めるための物。
 つまりはクラウシェラの力を封印する道具。
 これを入手する事は、攻略にほぼ必須と言って良い。無ければ難易度はグッと上がる。
 でも何で今、それがここにあるの? 王墓の地下に安置されているのよ? 万が一、公爵家が牙を剥いた時の為に!

 ――この感覚、知っている。でも違う。今までとは別物。

『クラウシェラ、しっかりして! クラウシェラ!』

 ――だめ……だわ。意識が……。

『クラウシェラ! クラウシェラ!』

 だめだわ、大声を出しても反応が無い。
 まるで意識が深い水底に沈んでしまったよう。
 体も膝から崩れ落ちて、ピクリとも動かない。

「クラウシェラ様! 大丈夫ですか? クラウシェラ様!」

「それ、本当に効いたんですかい?」

「間違いねえな。だが、首を落とすまで注意は怠るなよ」

「分かっているって。アリアン様にも申し訳ありませんねえ。せめてもう少し時間があれば、女の喜びを教えてやれたんですが」

「へへ、違いねえ。ここで始末するのが惜しいぜ」

「あなたたち、それでもフェルトラン騎士領の兵士ですか!」

「悪いねえ、俺たちは騎士様じゃないんだよ」

「2人の騎士様はそこの魔女が焼いちまったしな。残っているのはそこにいる……」

「無駄話はそこまでにしろ! いますぐに別の部隊が来てもおかしくないんのだぞ」

「了解です」

「それじゃあな」

 ――お願い。彼女だけでも……お願いよ。

『クラウシェラ!?』

 だめだ、また声が届かない。
 もうダメなの? 何とかしなくちゃ。
 あのクラウシェラが頼んだのよ! 託したのよ!
 ここで一緒に……まだゲームが始まってすらいないのに破滅してどうするのよ!

 涙が流れた感覚が頬を濡らす。
 あれ?
 クラウシェラの感覚はいつも感じている。この中に入ってから、もうずっとそう。
 だけどあたし自身は?
 何も無い。上も下もない不思議な感覚はあるけど、ただそれだけ。
 熱い、寒い、嬉しい、楽しい、辛い、悲しい、痛い、満腹、空腹……感覚は全てクラウシェラと共有してきた。
 じゃあ、この涙の感覚は?

 自然と、左頬に手をやる。
 確かに泣いている。左目からだけ涙が出ている。
 なんで? というより、この手は?

「クラウシェラ様!」

 はっとなって上を向く。
 斧を持って慎重に迫ってくる兵士。それがもう目の前にいる。
 これは誰の視点?
 いつもの曖昧な視界じゃない。
 ハッキリと分かる、リアルな人間の視点。

 こちらが頭を上げて事で、兵士がたじろいた。
 斧を振りかぶったまま、数歩後ろに下がる。

「何をしているんだ!」

「早くやっちまえ!」

「お、おう。分かっているよ」

 また一歩踏み出してくる。
 何が出来る?
 彼女が剣術を習っていた時の感覚はある。だけど、肝心のそれがない。
 ならもう一つは?
 あれはクラウシェラ独自の物。彼女が出している時も、あたしには何の感覚もない。
 多分あれは彼女が生まれもって手に入れていた力。あたしには、根本的に理解できないんだわ。

 でもそんな泣き言を言ってどうなるのよ!
 公爵家の血に住まう邪竜。古の誰か、遠い先祖が武力と言葉で従わせた力。常に彼女を守る存在。
 だったらここで何とかしなさいよ!
 ゲームであたしをあれだけ苦しめたのよ!
 こんな状態で発動しないで、何のために存在して――痛!

 左目が痛い。
 何かに刺された……違う、逆。何かが抜けていく感覚。
 咄嗟に抑えるが、指の間から漏れていく黒い霧。これは!?

「お、おい」

「ま、待ってくれ。出てる! あれが出ているぞ!」

「カルツギ様!」

「あ、アイテムは動いている。発動しているんだ。問題はない。ええ、それはこけおどしだ。そもそもそれは単なるき……り……」

 左目の色素が抜けていくかのように様に流れ出た黒い霧。
 それは間違いなく、誰が見ても竜の姿を取っていた。
 だが違う。クラウシェラが操るのは無数の竜。蛇の様に胴が長く、見ようによっては龍だろう。
 しかし今現れたのは、クラウシェラの体を包み込むような巨体。
 見た目は同じ霧や靄といった様子だが、形自体は中条陽々路が普段イメージする、ファンタジー世界に登場する竜そのものであった。
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