27 / 45
【 王子との婚約は多くの国民に祝福された 】
城塞での生活
しおりを挟む「怒りますよ?」
「怒ってる! もう怒ってますって! これ以上つねると、私の頬がもっちもちみたいにびろんびろ~んと伸びちゃいますよ、綾乃さん!」
今度こそ懲りたようで、木村さんは重い息と共に手を離した。
立場上、病人に対してはこういうことをしてはいけないとなっているが、何故か彼と話をすると調子が狂ってしまう。
――ダメダメ、これでも一応担当なんだからしっかりしないと。
頭の中で自分に言い聞かせたが、納得がいかず、代わりに小さく息を吐き出す。
「まあ、でも」
思わず顔を向けたその瞬間、すぐに後悔した。
亮が頬を紅潮させ、もじもじし始めたのだ。人差し指をちょんちょんしたり、時にくるくる回したり。
恥じらう乙女の姿を体現している彼を目の当たりにされると、木村さんが生理的嫌悪感を露わにしたのは仕方のないこと。
「そこまで嫌というか、やぶさかではないというか……。だから……もっとしてくると、私は魂のシャウトを放ち、歓喜のあまりに感涙するヨ! 鶴喜だけに!」
一女性にドン引きされているにも関わらず、彼は眩しいくらいに爽やかな笑顔を浮かべた。まるでそう反応されるのが満更でもなかったかのように、彼は更に両手を広げる。
「さあ、どこからでもかかって――。はいたたた、はいたたたたっ」
――本当、病人ガチャ外れたな……アタシ。
そう思っていても決して本人の前で言うはずもなく。かと言って、『新人』という烙印を押された以上、変えるように部長と掛け合うのは論外。だから、彼が退院するまで我慢するしかない。
どれだけ自問自答をしても結局その結論に辿り着いてしまうことにため息一つ。手を離してあげると、彼は「ご褒美、ありがとうございますブヒ!」と調子を乗るから困ったものだ。
「全くもう……」
こめかみを押さえて頭を振って、またため息をつく。
彼と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、二人の会話はいつもこの調子だ。むしろ、会話が成立している今の方がよっぽど不思議なくらいだ。
「それじゃあ、部屋に戻りますよー」
気持ちを切り替えて、車椅子のハンドルを握って押し始める。
初日がこれでは、これからも大変になるだろう。そうなる自分の姿を想像できるのが簡単な分、げんなりして重い息を落とす。
ため息一つで何を思ったのか、亮は突然ハッとなった。
「もしや、これは今流行りの拉致監禁プレイなのカ!」
「ええー、まだ続くの……」
「フフフ、ハァーハハハ! 上等! 相手が白衣の天使なら、むしろ本望!」
彼女が「うわー」と流しても亮の勢いを止めることはできなかった。むしろ、それは彼を刺激するためのスパイスであることを、彼女は自覚していない。
「さあ、何でも受け入れる準備ができてるからネ! いつでもどこからでもウェルカムヨ!」
「はあ……。もう、ツッコむのも面倒くさ……」
「そんなぁ! ツッコミがなくなったら、私たちのコンビはどうなっちゃうノ!?」
「勝手に入れないでください」
「木村さーん、ちょっといいですかー」
車椅子を押している最中に背後から声をかけられて、木村さんが「は、はい!」と慌てて手を離して身体ごと振り向いた。ピンと背筋を伸ばす彼女を見て、先輩看護師はふふっと小さく笑う。
「部長がお探しですよ」
簡潔な伝言を残して、そのまま二人の横を通り過ぎる。
相手が廊下を曲がってから、木村さんは一気に緊張の糸が切れたように長い息を吐き出した。
彼女がこの仕事に就いてからまだ半年すら経っていない。
おまけに、院内で一番頭おかしな病人の担当になったのだ。他の同僚の前で未だに緊張が解けていないのは、無理もないだろう。
せっかく彼を見つけたというのに、なんという間の悪いタイミングで呼び出されたのか。いや、逆に看護師部長の呼び出しを喰らう節なんて、幾らでも思い付いてしまうから、困ったものだ。
1時間前に亮を探すために病院中を駆け回ったことや、30分前に亮が勝手に他人の病室に入ったことだって、もしかして20分前に亮が子供の患者の前を通りかかっただけで泣かされたこととか。
分単位で必ず何かをやらかすのが亮だから、本当に洒落にならない。
その都度、木村さんが彼を発見したが、隙とあらば行方をくらますから、毎回毎回彼を探す羽目になる。それだけならまだしも、彼がすぐに居なくなるから後始末をさせられるの、いつも彼女の方だ。
思い出すだけで頭が痛くなる話ばかりだが、今はそれどころではない。
――仕方ない。一旦鶴喜クンを部屋に……。
彼女がそう判断するも、振り返ったら彼が既に居なくなったようでは、今まで長い時間を掛けて懊悩したのがバカバカしくなる。
「って、もういないし! ああもう!」
ヤケクソ気味に叫び、怒った顔で走り出す木村さん。そんな彼女が去り、辺りが静まり返ってから数分後。
物陰からひょっこりと顔を出すのは、亮の勝ち誇った表情だった。
「へへ、何やらそう言われた気がしたから、先に逃げただとサ! 危険の前に察知するとは。さすが私! イェイ☆」
誰もいない空間に向かってキメ顔で言った直後、表情が沈んだ。
「せっかく都会に来たんだ。アレを実行するか」
一度深呼吸して、瞼を閉じる。まるで一世一代の大勝負に挑む前の選手かのような、シリアスな空気を纏って。
ついに決意を固めたかのように、目をカッと見開いた――!
「んもおぉう我慢できんぅ! ここまで散々待たせているのだ。今こそ、ナンパをする時が来たァ!
待っていてくれ、まだ見ぬ乙女たち! 貴女たちだけのエンターテイナー、鶴喜亮が今行きまぁーす!」
「怒ってる! もう怒ってますって! これ以上つねると、私の頬がもっちもちみたいにびろんびろ~んと伸びちゃいますよ、綾乃さん!」
今度こそ懲りたようで、木村さんは重い息と共に手を離した。
立場上、病人に対してはこういうことをしてはいけないとなっているが、何故か彼と話をすると調子が狂ってしまう。
――ダメダメ、これでも一応担当なんだからしっかりしないと。
頭の中で自分に言い聞かせたが、納得がいかず、代わりに小さく息を吐き出す。
「まあ、でも」
思わず顔を向けたその瞬間、すぐに後悔した。
亮が頬を紅潮させ、もじもじし始めたのだ。人差し指をちょんちょんしたり、時にくるくる回したり。
恥じらう乙女の姿を体現している彼を目の当たりにされると、木村さんが生理的嫌悪感を露わにしたのは仕方のないこと。
「そこまで嫌というか、やぶさかではないというか……。だから……もっとしてくると、私は魂のシャウトを放ち、歓喜のあまりに感涙するヨ! 鶴喜だけに!」
一女性にドン引きされているにも関わらず、彼は眩しいくらいに爽やかな笑顔を浮かべた。まるでそう反応されるのが満更でもなかったかのように、彼は更に両手を広げる。
「さあ、どこからでもかかって――。はいたたた、はいたたたたっ」
――本当、病人ガチャ外れたな……アタシ。
そう思っていても決して本人の前で言うはずもなく。かと言って、『新人』という烙印を押された以上、変えるように部長と掛け合うのは論外。だから、彼が退院するまで我慢するしかない。
どれだけ自問自答をしても結局その結論に辿り着いてしまうことにため息一つ。手を離してあげると、彼は「ご褒美、ありがとうございますブヒ!」と調子を乗るから困ったものだ。
「全くもう……」
こめかみを押さえて頭を振って、またため息をつく。
彼と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、二人の会話はいつもこの調子だ。むしろ、会話が成立している今の方がよっぽど不思議なくらいだ。
「それじゃあ、部屋に戻りますよー」
気持ちを切り替えて、車椅子のハンドルを握って押し始める。
初日がこれでは、これからも大変になるだろう。そうなる自分の姿を想像できるのが簡単な分、げんなりして重い息を落とす。
ため息一つで何を思ったのか、亮は突然ハッとなった。
「もしや、これは今流行りの拉致監禁プレイなのカ!」
「ええー、まだ続くの……」
「フフフ、ハァーハハハ! 上等! 相手が白衣の天使なら、むしろ本望!」
彼女が「うわー」と流しても亮の勢いを止めることはできなかった。むしろ、それは彼を刺激するためのスパイスであることを、彼女は自覚していない。
「さあ、何でも受け入れる準備ができてるからネ! いつでもどこからでもウェルカムヨ!」
「はあ……。もう、ツッコむのも面倒くさ……」
「そんなぁ! ツッコミがなくなったら、私たちのコンビはどうなっちゃうノ!?」
「勝手に入れないでください」
「木村さーん、ちょっといいですかー」
車椅子を押している最中に背後から声をかけられて、木村さんが「は、はい!」と慌てて手を離して身体ごと振り向いた。ピンと背筋を伸ばす彼女を見て、先輩看護師はふふっと小さく笑う。
「部長がお探しですよ」
簡潔な伝言を残して、そのまま二人の横を通り過ぎる。
相手が廊下を曲がってから、木村さんは一気に緊張の糸が切れたように長い息を吐き出した。
彼女がこの仕事に就いてからまだ半年すら経っていない。
おまけに、院内で一番頭おかしな病人の担当になったのだ。他の同僚の前で未だに緊張が解けていないのは、無理もないだろう。
せっかく彼を見つけたというのに、なんという間の悪いタイミングで呼び出されたのか。いや、逆に看護師部長の呼び出しを喰らう節なんて、幾らでも思い付いてしまうから、困ったものだ。
1時間前に亮を探すために病院中を駆け回ったことや、30分前に亮が勝手に他人の病室に入ったことだって、もしかして20分前に亮が子供の患者の前を通りかかっただけで泣かされたこととか。
分単位で必ず何かをやらかすのが亮だから、本当に洒落にならない。
その都度、木村さんが彼を発見したが、隙とあらば行方をくらますから、毎回毎回彼を探す羽目になる。それだけならまだしも、彼がすぐに居なくなるから後始末をさせられるの、いつも彼女の方だ。
思い出すだけで頭が痛くなる話ばかりだが、今はそれどころではない。
――仕方ない。一旦鶴喜クンを部屋に……。
彼女がそう判断するも、振り返ったら彼が既に居なくなったようでは、今まで長い時間を掛けて懊悩したのがバカバカしくなる。
「って、もういないし! ああもう!」
ヤケクソ気味に叫び、怒った顔で走り出す木村さん。そんな彼女が去り、辺りが静まり返ってから数分後。
物陰からひょっこりと顔を出すのは、亮の勝ち誇った表情だった。
「へへ、何やらそう言われた気がしたから、先に逃げただとサ! 危険の前に察知するとは。さすが私! イェイ☆」
誰もいない空間に向かってキメ顔で言った直後、表情が沈んだ。
「せっかく都会に来たんだ。アレを実行するか」
一度深呼吸して、瞼を閉じる。まるで一世一代の大勝負に挑む前の選手かのような、シリアスな空気を纏って。
ついに決意を固めたかのように、目をカッと見開いた――!
「んもおぉう我慢できんぅ! ここまで散々待たせているのだ。今こそ、ナンパをする時が来たァ!
待っていてくれ、まだ見ぬ乙女たち! 貴女たちだけのエンターテイナー、鶴喜亮が今行きまぁーす!」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる