上 下
22 / 45
【 心を黒く塗りつぶす悪夢のような逃避行 】

出会ってはいけないキャラバン

しおりを挟む
「確かに溜め込んだ財産を一気に放出すれば、感謝はされるわよ。でも同時に、自分たちが苦しんでいる時にこんなに溜め込んでいたのかという不信感を植え付けるわ。そこはまあ匙加減とそこまでの行動で変わるけど、今回はストレートに庶民の尻を叩いたわけね。当然彼らは生活が出来なくなった。だから生きていくために、公爵家に泣きついたの。“どうか我々の地を治めてください”ってね」

『それで滅ぼしたと。でもそんな国の人間が、ここまでの事をするの?』

「贅沢三昧って言ったでしょう。国民の大多数が飢えている横で、甘い汁を吸っていた肥え太っていた集団がいたのよ。おおかた、そこが別の国の支援を取り付けて行動したのでしょう。何せ小国とは言え、ほぼ一国分の財があったわけだし」

 確かにアゾール王国とエンティオーラ王国は滅んだけれど、そこ先にはまた別の国がある。
 そこもまた公爵領と接したことで危機感を感じてもおかしくはないのか。

「最初に戻るけど、わたしくしはもうやってしまいましたのよ。町一つを滅ぼすという暴挙をね。それにわたくしの勢力範囲にある町の殆どが反乱に加担したという事が、公爵家の権威を大いに失墜させた。本来ならね、普段の彼らには安定した生活をさせなければいけないの。反乱するほどの権勢や力は与えないけど、普通に生き、子を成し、育て、やがて死んでいく。ただただそれだけ。ごく普通の庶民の生活。でもそれを安定させるのがどれほど大変か。それに、人の欲には限りが無いの。もしもっと上の生活が出来ると思ったら、殆どの庶民は平然と牙を剥くわ。ましてや、町を住民を虐殺したのよ」

『でも今回は、身を護るためじゃない!』

「全員が納得するわけじゃないのよ……だから、わたくしは破滅したのでしょう?」

『う……まあそうなんだけど』

「なら今の状況も分かるでしょ。まだ実際にはほとんど離れていない。それに敵の規模が予想を遥かに超えるモノだった以上、それなりの兵を準備しないといけないわ。まだ出陣すらしていないでしょうね。だからこの辺りは、全く安心できないのよ」

 その言葉を紡ぐのに合わせて、怒りと悔しさが湧き出してくる。
 この何もない空間を埋め尽くすほどの憎しみを綴った紙が。
 そんな時、広めの街道に出た。
 彼女が道を間違えたとは思えないし、この辺りは少し安全なのかしら?

 ……と思ったら、野菜泥棒の為でした。確かに街道沿いには畑が多いわ。
 でも久しぶりのまともな食糧。まるで獣のようにむさぼり食べた。
 少しだけど、気力が戻った気がする。

「さて、山に戻るわよ」

『え、もう?』

「このまま進んだら、絶対に誰かに会うもの」

『確かにね。でも山の中でも今まで色々な人にあって来たけど』

「ふふ。夜盗とか盗賊とか人さらいとかね」

『確かに、碌なのがいなかったよねー』

 何だろう。あの意見以来、始めて笑った気がする。
 やっぱりお腹が膨れたせいかな?
 それに畑の持ち主が来る前に退散するのはある意味正しいわ。
 でもそれより先に、僅かに地面が揺れる。

「ちょっと遅かったわね」

 あれは……荷馬車の群れ?

「行商人のキャラバンよ。参ったわね。山まで行く前にどうやっても接触するわ」

『でも情報収集のチャンスよ! 今どうなっているかを知らなきゃ!』

「あなたの言い分ももっともね。精霊も案外考えているじゃない」

『いつも考えてますよー』

「はいはい。でもダメよ。彼らとは決して接触しない」

『なんで?』

「どうしてもよ」

 キャラバンが来たのは山に戻る方向から。
 でも山に入るより向こうの方が早い。
 だけど街道を歩き続けるわけにもいかないよね。
 状況が分からない以上、まだ整備された道には敵兵がいる可能性があるんだから。

「ただの浮浪児と無視してくれればいいんだけど」

『いやそれじゃあ情報が聞けないって』

「だから接触はしないんだってば」

 何でだろう? 今はとにかく人といる方が安全なのに。
 しかしそんな心配は杞憂だった。素直に向こうから話しかけてきたんだ。

「おーい、嬢ちゃん! こんな所でどうしたんだ? それにそんなひどい有様で」

「……はあ、結局はこうなるのね。館が襲われた時に、もう分かってはいたけど」

『ん?』

「もういいわ。変えられないのなら、運命に従うまでよ」

 そういうと、振り返り――、

「あの……カーナンの町から逃げてきたんです。沢山の兵隊がいきなり襲ってきて。それで家族と逃げたけど……うわあああああああん」

 うわ、演技上手い!
 本当に家族と生き別れた戦災孤児のようだわ。
 まあ無数の台本がこの空間に舞っているんだけどね。
 でも久々にクラウシェラらしい思考だわ。

「そうか、それは大変だな。俺達も噂を聞いてカーナンの町に行ってきたところだ。1週間くらい前かな」

『えっ! あたしたちが3ヵ月間放浪した時間をキャラバンだと往復1週間なの!?』

 ――早馬なら1日よ。だから言ったでしょ、全然離れられていないって。

「町はどんな様子でしたか? 襲った敵兵はいなかったんですか?」

「ああ、俺達も心配していたんだけどな。もう敵兵はいないって話で、畑や他の町に出ているって聞いたんだ。そこで復興に色々と入用だと思っていったんだけどな、まあダメだったよ」

「どうして?」

「金目のものは全部敵兵が持って行っちまっていてな。かつての商業都市もああなったら当分だめだな。でもまあ、流通の拠点ってのは変わらないしな。時が経てば元に戻るだろうさ。お嬢ちゃんも、カーナンの町に帰るなら送ってやるぜ」

『おかしい』

 ――わたしくも同意見よ。
 ちゃんと分っているじゃない。

 彼らは町の方から戻って来た。
 規模は50人くらいだろうか?
 幾つもの家族集団による行商人の隊列という感じ。
 彼らは常に村や町を周りながら商品を仕入れ、次の村や町に行って商品を売ってまた仕入れる。
 だから次の町か村まで乗せて行ってやるなら親切としてはあり得る。
 だけどたった一人の戦災孤児の為にUターンする事はない。

「お気持ちは嬉しいのですが、山に他にも逃げた人たちがいるんです。今の話を皆にも伝えないと」

「それは大変だな。何人くらいなんだ?」

「兵士の方々を中心にした20人くらいです。彼らのおかげで、私は生きていられたのです」

「へえ、そいつらはそんなに強いのか?」

「はい。夜盗なんて何倍もいたのに追い返した程です」

『クラウシェラ、後ろから近づいてきている男がいる』

 ――分かっているわ。

「ところで、あんたクラウシェラっていう公爵家の令嬢を知らないか?」

「お名前でしか。私の様な身分の者が会える方ではありませんし」

「そうか。なら直接確認してもらおう」

 後ろから来た男が、クラウシェラに縄をかける。
 実に見事な手際だ。
 その彼女の目の前に、後ろの馬車から一人の女性がやってくる。
 あれ? 彼女って?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】目覚めたらギロチンで処刑された悪役令嬢の中にいました

桃月とと
恋愛
 娼婦のミケーラは流行り病で死んでしまう。 (あーあ。贅沢な生活してみたかったな……)  そんな最期の想いが何をどうして伝わったのか、暗闇の中に現れたのは、王都で話題になっていた悪女レティシア。  そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。 「復讐って、どうやって?」 「やり方は任せるわ」 「丸投げ!?」 「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」   と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。  しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。  流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。 「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」  これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結】何度出会ってもやっぱり超絶腹黒聖職者

との
恋愛
「えーっ、戻るのここから?」 (もう少しマシなとこからはじめたかったなぁ⋯⋯と思うんですよ)  人生ハードモードだったローザリアは前世を思い出しながら『はぁ』と大きく溜息をついた。自分の意思で途中下車したけど、アレをやり直しはしたくない!  前世を繰り返しながらやり直しじゃなくて、前世を踏まえてNEWローザリアにバージョンアップしちゃえ。  平民になって『ただいま〜』って帰る家を持つの。家族と一緒にご飯を食べて⋯⋯そんな夢を叶える為、今回別バージョンのローザリアで頑張りまっす。  前回は助けてもらうばかりだったけど、2回目は戦います。 (大人のナスタリア神父かっこよかったけど、14歳のナスタリア助祭は超可愛い) 「私ですか? 腹黒聖職者と呼ばれるナスタリアと申します。ローザリア様? ポヤポヤし過ぎで余裕で囲い込みできますね。まあ、そう言う私も恋愛未経験者ですから⋯⋯おじさん、揶揄うのはやめろぉ!」  割とシリアス、少し真面目なストーリー。緩々の精霊王と可愛い精霊達に癒されつつ、脳筋・腹黒・能面⋯⋯超絶有能な大人達と出会い漸く世界に足を踏み出すローザリアの冒険譚。 「夢は⋯⋯お母さんって呼びたいかな」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・ タイトル変更しました

処理中です...