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【 誰一人予想しなかった状況 】

嘘のような現実

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 ……ここはどこなんだろう?

 真っ暗だ。音もない。体がフワフワしている。浮いているの?
 分からない。
 もしかしたら死んじゃったのかな?
 そしてこのまま死後の世界に――なーんて。

 ……って冗談じゃ済みそうにないわね。
 何はともあれやる事は一つ。

「おーい! おーい! 誰かいませんかー! お母さーん! お父さーん! |佳奈かなー! |知登世__ちとせ__#ー! 誰かー!」

 ダメ。まるで虚空に吸い込まれるように消えていく。
 こだまの様な反響があるわけでもなく、遠くまで響いていく感覚もない。
 本当に、かき消されるように消えてしまう。

「うーん」

 足を組んで座ってみるが、そんな感覚がない。
 というか、どっちが上でどっちが下なのか?
 頭の方が上なんだろうとは思うけど、それは本当に正しいの?

「誰かとにかく何とかしてよー! 神様とかいないのー? あたしどうなっちゃったのー」




 ※     ※     ※




「ううん……なにか……うるさい……」

「クラウシェラ様! 先生、クラウシェラ様がお目覚めになられえました!」

「おお、クラウシェラ様! 私が分かりますか? 専属医のロベールです」




 うわ、眩し!
 急に明るくなった! ナニコレ!?




「ロベール……ロベール……」

「そうです、主治医のロベールです。良かった。何か覚えておいでですか? あの壁の下に倒れていたのです」




 え? 何、あれ?
 刻まれている文字。ゲームでは何度も見た。
 でも字幕があるから分かっていたけど、あたしはあの字を読むことは出来ない……はず。
 なのに読める。100? それにもう一つは……殺?




「嘘! 嘘でしょ!」

「ああ、クラウシェラ様!」

 小さな体が豪華な――正確には昨日までは豪華だったベッドから飛び跳ねる。
 そして真っ直ぐに壁まで走ると、信じられないような表情で刻まれた字をなぞる。




 え、なんなの?
 この子誰? クラウシェラ? まさかね。
 それに不思議。自分の手は今ここにあるのに、彼女が触れている壁の感触が伝わってくる。




 わたくしは知っている……全部覚えている。今までの事、全部。
 なんで? どうして今になって?
 今までは全て忘れていたのに。
 刻んだ文字も、誰かのいたずらだと侍女を責めていたのに。




 さらっと酷い事を言っている。
 でもそんな事よりも、感覚が無いのに嫌な悪寒のような物が全身を走る。




 100回……長かったわ。いつも無駄になると分かっていても、刻まずにはいられなかった。
 でもこれで報われる。報われた……いいえ、違うわね。たった今、始まったのよ。
 フフ……フフフフフフフフ……。




 この世界が、どす黒い感覚で満たされていくのが分かる。
 同時に無数の紙片が舞う。これは彼女の思考?
 それに100回? クラウシェラ? 分かっちゃう。分かってしまう。飽きることなく、何度も何度も繰り返した。
 だけどあれば15歳~17歳までの物語。今の姿は若すぎる。でも。




「今すぐ近衛を――いえ、それはダメね。軍を招集しなさい! これからいう人間を、必ず――」 




『だめー!』




「痛あぁ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「無理をしてはなりません。すぐにベッドに! 何をしている、運べ! 丁重にな! 天幕も早く張り替えなさい!」

「ぐ……ううう、今のは?」

 頭の中で教会の鐘が鳴り響いたかのようだった。
 うるさいどころではない。痛い!
 声を上げるどころか動く事も出来ず、わたくしは侍女たちによってベッドまで運ばれた。
 今のはいったい……なに?




 危なかった。
 クラウシェラが言葉にする前に、何を言葉にするかを読むことができて良かった。
 長い付き合いだから分かる。
 この人はどんな時にでも、決して感情的な言葉を発しない。
 たとえそう見えても、それは演出。
 どんな言葉にどのような感情を込めて口にするのが最も効果的か。それを常に意識する。

 ただの仇役として作られた無能なだけの悪役ではない。
 ヒロインの前に立ちはだかる真の敵。
 高度なAIによって複雑な計算を瞬時にこなす彼女は、真に正真正銘のラスボスという名にふさわしかった。
 だからこそ攻略した時は心が躍ったのだ。
 ただあくまでゲーム。人間を越えてしまったら誰もクリアできない。
 だから色々と制限が付いているけどそれは置いといて、今のはその冷静な性格のおかげで助かったわー。

 こいつ、今まで自分を破滅へと追いやった相手。ヒロインはもちろん、関係者一同、それにこの国の王や王妃、王子に王女まで殺そうと命令しようとしたのだ。
 そしてその瞬間、感情も流れ込んできた。
 ここまで味わって来た100回の破滅。その全てを。
 そしてそれは間違いない。あたしがやった事だ!

 いやでも仕方なくない?
 そうしないとゲームをクリアできないのだから。
 だけど今の記憶ではっきりした。
 ここは間違いなく“インフィニティ・ロマンチック”の世界。
 そして彼女こそが、将来ヒロインの前に立ちはだかる最強の敵。
 権力、財力、知性、それに運動能力を兼ね備えたまさにラスボス。

 それで、どうしてあたしは彼女の気持ちが分かるの?
 今どこにいるの?
 この無数の紙は何?
 考えるまでもない。ここは彼女の中。
 頭の中? 心の中? ううん、そんな事は関係無いわね。
 とにかく、なぜこうなったのかは分からない。
 それに壁に刻まれたあの文字、今まであったかしら?
 多分無かったわよね。
 でもそれはきっと成長して、ゲームが始まる前に修理されたのだと考えれば納得してしまう。
 ただ確実なのは、本当に此処が“インフィニティ・ロマンチック”の世界であれば、彼女は間違いなく破滅する。

 ううん、もしかしたらそうならないかもしれない。
 あたしだって、慣れるまでは何度も何度も攻略に失敗した物よ。
 だから大丈夫かもしれない。
 でも、今の所これは現実。
 あたしはゲームをプレイなんてしていないし、そもそもこのリアル感が否定する。

 今までも確かに凄かった。
 毎回生成される美麗なイラスト。雰囲気に合わせたミュージック。それに効果音。
 でもそれはあくまでゲームだから。
 ここはイラストの世界じゃないし、臨場感を高めるための音楽も、効果音も存在しない。
 そういった、非現実が何もないのよ。
 この状況自体が非常識だけど、今はとにかく受け入れよう。
 夢とかで違ったりしたら、その時考えれば良いのだから。
 その上で考えると、もしかして、彼女が破滅したらあたしも一緒に破滅しない?
 ここが死後の世界なのだとしたら、この上ないほど最低だわ!
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