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第三章:罪人の記し
罪人の記し 12
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八月三日、木曜日。午前五時十八分。
浅い眠りから覚めた朝は、疲れによる倦怠感が身体へ巻き付いたように離れない。
お兄ちゃんの起床へ合わせるように起きて、そのまま一緒に川辺さんの部屋へと向かう。
「マリネは寝ていても良いんだぞ?」
横に並ぶあたしを一瞥してそう言ってくるお兄ちゃんに、力なく首を振る。
「いいよ。どうせもう眠れそうにもないし」
正直瞼は重いけど、ベッドに戻っても二度寝ができる気はしない。
廊下の窓から見える外の景色は、今日も穏やかだ。これが嵐で雷鳴と豪雨にでも包まれていれば、この舞台にはおあつらえ向きなんだろうけど、現実はこんなもの。
むしろ、ここまで天気が良いと逆に皮肉に思えてきてしまう。
「……動かしたような形跡はないな」
川辺さんのいる三〇六号室まであっさり移動し、昨夜セットしたつっかえ棒を外すお兄ちゃん。
「川辺さん、部屋からは出てないってことだよね?」
「ああ。外から犯人が侵入して、連れ出したりさえしていなければな」
「またそういう不安がらせるようなことを平気で……」
サラッと縁起でもないことを告げるお兄ちゃんを半眼で睨み、あたしは唇を尖らせる。
だけど、そんなあたしなんか見ることもしないお兄ちゃんは、遠慮なくドアをノックし中にいるであろう川辺さんへと声をかけた。
「おい、世話人。起きているか?」
防音性があるドアだと既にわかっているためか、気持ち大きめに呼びかけ反応を待つと。
「はい。おはようございます」
ほんの数秒の間を挟んで、川辺さんが部屋の中から姿を見せた。
昨日最後に見たとき同様の姿ではあるけど、若干髪が乱れている。
「変わったことはなかったか?」
「ええ。わたくしの所は特に何も。そちらはどうでしたか?」
「さぁな。とりあえずオレたち二人は無事だが、他は知らない。何も無かったとしても、今はまだ全員寝ているだろう」
「そうですか。何も起きていなければ良いのですが……」
心配そうに呟いて川辺さんは廊下へ出ると、一度周囲を眺めそれからお兄ちゃんが手にしたままの棒を見下ろしながら言葉を続ける。
「ひとまず、わたくしは調理場の方へ行き朝食の準備を始めようと思います。お二人は、もう暫くお休みになられていてもよろしいですよ」
「いや、オレは念のため全員の部屋をチェックしてくる。また、例のカードが貼られたドアがあるかもしれないしな」
「……」
そんなことを言われたら、どう返事をしていいのか相手が困るだろうに。
言葉に詰まる川辺さんへ同情の気持ちを抱きつつ、あたしがそんなことを思ったりしていると。
早速というように、お兄ちゃんは持っていた棒を廊下の端に置くとそのまま自分の部屋の方へ引き返しだした。
「あ……待ってよ」
慌てて、あたしは川辺さんへ頭を下げてからお兄ちゃんを追う。
「もう、一人で行かないでよ」
文 句を言いつつ隣に並び、歩調を合わせる。
「ひとまず全員の部屋のドアにカードが貼られていないかだけを確認して、何も無ければ一度部屋に戻る。一人ひとりたたき起こして回っても良いが、さすがにまだ時間が早いしな」
「ああ……そういう常識だけは発揮するんだね」
前を向いたまま言ってくるお兄ちゃんへそんな嫌味的な言葉を返し、あたしたち二人と笠島さんの部屋の前を通り過ぎる。
――三階には異変なし、か。
どの部屋にもカードが貼られていないことを確認し、そのまま二階へ。
既に死体となった貴道さんの部屋を過ぎ、葵さんの使う二〇二号室の前へ。
「何も無いね。葵さんは無事ってことかな」
「一応な。だが、木ノ江医師の場合はドアではなく室内にカードが置かれていたことも考えると、絶対に生きてる保障もない」
「……それ言ったら、ドアだけ見てまわる意味ないじゃん」
八月三日、木曜日。午前五時十八分。
浅い眠りから覚めた朝は、疲れによる倦怠感が身体へ巻き付いたように離れない。
お兄ちゃんの起床へ合わせるように起きて、そのまま一緒に川辺さんの部屋へと向かう。
「マリネは寝ていても良いんだぞ?」
横に並ぶあたしを一瞥してそう言ってくるお兄ちゃんに、力なく首を振る。
「いいよ。どうせもう眠れそうにもないし」
正直瞼は重いけど、ベッドに戻っても二度寝ができる気はしない。
廊下の窓から見える外の景色は、今日も穏やかだ。これが嵐で雷鳴と豪雨にでも包まれていれば、この舞台にはおあつらえ向きなんだろうけど、現実はこんなもの。
むしろ、ここまで天気が良いと逆に皮肉に思えてきてしまう。
「……動かしたような形跡はないな」
川辺さんのいる三〇六号室まであっさり移動し、昨夜セットしたつっかえ棒を外すお兄ちゃん。
「川辺さん、部屋からは出てないってことだよね?」
「ああ。外から犯人が侵入して、連れ出したりさえしていなければな」
「またそういう不安がらせるようなことを平気で……」
サラッと縁起でもないことを告げるお兄ちゃんを半眼で睨み、あたしは唇を尖らせる。
だけど、そんなあたしなんか見ることもしないお兄ちゃんは、遠慮なくドアをノックし中にいるであろう川辺さんへと声をかけた。
「おい、世話人。起きているか?」
防音性があるドアだと既にわかっているためか、気持ち大きめに呼びかけ反応を待つと。
「はい。おはようございます」
ほんの数秒の間を挟んで、川辺さんが部屋の中から姿を見せた。
昨日最後に見たとき同様の姿ではあるけど、若干髪が乱れている。
「変わったことはなかったか?」
「ええ。わたくしの所は特に何も。そちらはどうでしたか?」
「さぁな。とりあえずオレたち二人は無事だが、他は知らない。何も無かったとしても、今はまだ全員寝ているだろう」
「そうですか。何も起きていなければ良いのですが……」
心配そうに呟いて川辺さんは廊下へ出ると、一度周囲を眺めそれからお兄ちゃんが手にしたままの棒を見下ろしながら言葉を続ける。
「ひとまず、わたくしは調理場の方へ行き朝食の準備を始めようと思います。お二人は、もう暫くお休みになられていてもよろしいですよ」
「いや、オレは念のため全員の部屋をチェックしてくる。また、例のカードが貼られたドアがあるかもしれないしな」
「……」
そんなことを言われたら、どう返事をしていいのか相手が困るだろうに。
言葉に詰まる川辺さんへ同情の気持ちを抱きつつ、あたしがそんなことを思ったりしていると。
早速というように、お兄ちゃんは持っていた棒を廊下の端に置くとそのまま自分の部屋の方へ引き返しだした。
「あ……待ってよ」
慌てて、あたしは川辺さんへ頭を下げてからお兄ちゃんを追う。
「もう、一人で行かないでよ」
文 句を言いつつ隣に並び、歩調を合わせる。
「ひとまず全員の部屋のドアにカードが貼られていないかだけを確認して、何も無ければ一度部屋に戻る。一人ひとりたたき起こして回っても良いが、さすがにまだ時間が早いしな」
「ああ……そういう常識だけは発揮するんだね」
前を向いたまま言ってくるお兄ちゃんへそんな嫌味的な言葉を返し、あたしたち二人と笠島さんの部屋の前を通り過ぎる。
――三階には異変なし、か。
どの部屋にもカードが貼られていないことを確認し、そのまま二階へ。
既に死体となった貴道さんの部屋を過ぎ、葵さんの使う二〇二号室の前へ。
「何も無いね。葵さんは無事ってことかな」
「一応な。だが、木ノ江医師の場合はドアではなく室内にカードが置かれていたことも考えると、絶対に生きてる保障もない」
「……それ言ったら、ドアだけ見てまわる意味ないじゃん」
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