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雪鳴月彦

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第三章:罪人の記し

罪人の記し 10

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 八月三日。木曜日。午前二時四十分。

 一階の廊下に、台車を移動させるローラーの音が静かに反響する。

 予め用意しておいた台車の上に柩と同じ大きさの長方形をした箱を乗せ、調理場まで運んでいく。

 無人の調理場には、シーツを被せられた貴道 勇気の死体が動かされることなく残っていて、それを横目で一瞥する。

 これまでに散々、多くの料理を作り続けてきた男。

 まさか最期は、自らが食材のように扱われてしまうなどとは考えてもいなかったことだろう。

 もしもこの世に幽霊などと言うものが存在しているのならば、今頃はその辺で己の死体を見つめていたりするのだろうか。

 ――……どうでも良いか。

 そんなくだらない妄想を失笑しながら振り払い、地下室へ下りるための階段へやってくる。

 先に一度下へ行き、冷蔵庫へ続くドアを開けるとすぐに調理場まで引き返した。

 ここから、この大きな箱を下に運ぶ必要がある。

 少しばかり面倒な作業になるが、文句も言えない。

 大きな音を出したとしても、上の階にいる連中の耳までは届かないはずだし、慎重にいけば箱を壊したりすることもなく、作業を完了できるだろう。

 ――発注業者には、なるべく軽い素材を使うよう頼んでおいたのは正解だった。これならどうにかなる。

 塗料でわかりにくくなってはいるが、材質がほぼアルミニウムであるおかげで重量がそれほどないことと、階段の傾斜が緩やかなのが最大の救いか。

 台車から下ろした箱を静かに引きずるような恰好で、万が一にも壊さないよう少しずつ階段を下っていく。

 箱の角が階段の段差にぶつかる度に嫌な音が響いたが、これもまだ許容範囲。

 それほど広範囲に広がる音ではない。

「……ふぅ」

 どうにか狭い階段を下りきり、引きずっていた箱から手を放す。

 冷蔵室の入口を閉め、それから事前に運び込んでいたもう一つのアイテムへと視線を落とした。

「…………」

 つい先程、首を絞めて殺した四人目の罪人。

 念のためにと、もう一度脈を測り完全に事切れていることを確かめる。

「……よし」

 こうして全員がバラバラに行動してくれたのは、嬉しい誤算だった。

 当初に立てた予定では、全員がまとまって迎えを待とうとすることもあり得ると思い、そちらのパターンに合わせた計画を優先的に考えていたのだが。

 案外、うまく事が進むものだ。

 再び空の箱を引きずり、冷凍庫へと向かう。

 マイナスの温度に若干目を細めながら、室内の中央に箱を設置。

 チラリと、腕時計で時刻を確認する。

 なるべく早く終わらせて、次にいかないと。今夜中に、更にもう一人殺してしまわなくては。

 二日連続になる深夜の作業で、寝不足もある。

 もう少し人数が減るまで、下手なミスをしたくはない。

 寝かせていた死体を引きずり移動させながら、無理矢理あくびを噛み殺し。

 私は、淡々と作業を進めていく。
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