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第三章:罪人の記し
罪人の記し 5
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口をすぼめたばかりの笠島さんが、息を吹き返したかのように意地悪い笑みを浮かべて身を乗り出す。
「しかし、本当にそれで良いのか?」
そんな笠島さんを無視してお兄ちゃんが確認を取るも、川辺さんの意志が変わることもなく。
「もちろんです。己の疑いを晴らすためでもありますので。ただ、明日の朝は五時か五時半くらいに、部屋から出していただけると助かりますね。食事の準備などもしなくてはなりませんので」
「そうか。それなら、あんたの意見を尊重しよう。つっかえ棒になりそうな物は、オレが適当に探しておく」
「はい、よろしくお願いします。あの……わたくしはそろそろ夕食の準備を始めたいと思いますが、大丈夫でしょうか? 皆さま、昼食も召し上がっておりませんし、今日は少し早めに夕食をお出ししたいと思いますが」
「ふん、良いのか? 受け取った手紙の指示には、そんな勝手なことをして良いと書いてなかっただろうに」
いい加減、喧嘩を売っているのかと思えてくるような笠島さんの嫌味に、川辺さんは微かな笑みを浮かべる。
「今更、あのようなものに従うつもりはございません。ここからはわたくしの判断で、皆さまに御遣いさせていただこうかと思います」
大人の対応というやつかなと、あたしは川辺さんの言葉を聞きながら思った。
ここまで色々と癇に障ることを言われたら、あたしは絶対に怒ってしまっているだろう。
「食事の用意はお一人で大丈夫ですか? 調理場には、まだ貴道さんの遺体がそのままですよね?」
夕食の準備と聞いて、心配するように美九佐さんが声をかける。
「ご心配には及びません。ご遺体には先程シーツをかけておきましたから。それに、あそこへ行かなければ食事は作れませんからね。割り切りませんと」
落ち着いた声音でそう告げて、川辺さんは一礼して談話室を出ていく。
それから少しの時間、室内には微妙な沈黙が下りた。
「今夜からどうする? やっぱ一か所に集まって行動した方が良いのかな」
その沈黙を最初に破ったのは、伊藤さん。
探るような視線を彷徨わせ、おずおずと口を開いてくる。
「あたしは、それが良いような気がします。一人になるのはさすがにもう……」
重い声音で葵さんが応え、深く息を吐いた。
「どっちでも良いだろうそんなことは。俺は自由に動くぞ。今夜は、あの世話人が部屋の中に隔離されることになったんだ。不安な要素など何もない」
弱気になるメンバーたちの口調とは正反対に、意気揚揚とした声を上げたのは笠島さん。
僅かに口元を吊り上げ、これ見よがしに肩を竦めてみせてくる。
「だってそうだろう? 一番信用できない奴を閉じ込めることになるんだ。心配の種が消える。俺はあいつが犯人だと確信しているからな。でなければ、ここまでの出来事に説明がつかない。ドラマや映画じゃあるまいし、巧妙なトリックで意外な犯人なんてのは、考慮するだけ無意味だ」
あれだけお兄ちゃんに言い返されても、まだ自分の意見を変えるつもりはないらしい。
「大体、全員で固まっているから安心というのもおかしい話だ。一歩間違えば、それこそまとめて殺されて終わりだろう。生き残る可能性を逆に潰しかねない」
「笠島さん、それは少し不謹慎ではありませんか?」
得意そうに喋り続けようとする笠島さんを、美九佐さんが静かにたしなめる。
「貴方の言い分も理解はしますが、言い方に気を遣った方が良いですよ」
「ふん、それは失礼。とりあえず、俺は部屋に戻る。食事の準備ができたら教えてくれ。できれば、あの世話人以外でな」
そう言葉を残し、笠島さんは席を立つと廊下へと向かってしまう。
「……あの人、苦手ですね。全然協調性を持ってくれないですし。あたし、何だか胃が痛くなってきました」
両手をテーブルの上で組みながら、花面さんが突っ伏すように顔を伏せた。
「大丈夫ですか? あたし胃薬とか持ってますけど、使います?」
「ありがとうございます。でも、まだ平気です。どうしても駄目そうなときは後でいただきます」
気遣うように声をかける葵さんだったけれど、花面さんは一度顔を上げ弱々しい笑顔で首を振るとまたそのまま伏せてしまった。
――これからどうなるのかな。もうこれ以上誰も殺されなきゃ良いのに……。
まだ気分の優れない状態に鬱々としながらお兄ちゃんを見ると、ぼんやりと白い天井を見上げていた。
天井に何かがあるわけではないため、きっと考え事をしているのだろう。
犯人を突き止めると言っていた兄の横顔には、特に疲労感も焦りも、不安すら浮かんでおらず。
何を考えているのか読めないと同時に、既に何かを掴んでいるのではないかという期待感も少しだけ湧き上がり、あたしは暫くの間そのまま見慣れた横顔を見つめ続けていた。
「しかし、本当にそれで良いのか?」
そんな笠島さんを無視してお兄ちゃんが確認を取るも、川辺さんの意志が変わることもなく。
「もちろんです。己の疑いを晴らすためでもありますので。ただ、明日の朝は五時か五時半くらいに、部屋から出していただけると助かりますね。食事の準備などもしなくてはなりませんので」
「そうか。それなら、あんたの意見を尊重しよう。つっかえ棒になりそうな物は、オレが適当に探しておく」
「はい、よろしくお願いします。あの……わたくしはそろそろ夕食の準備を始めたいと思いますが、大丈夫でしょうか? 皆さま、昼食も召し上がっておりませんし、今日は少し早めに夕食をお出ししたいと思いますが」
「ふん、良いのか? 受け取った手紙の指示には、そんな勝手なことをして良いと書いてなかっただろうに」
いい加減、喧嘩を売っているのかと思えてくるような笠島さんの嫌味に、川辺さんは微かな笑みを浮かべる。
「今更、あのようなものに従うつもりはございません。ここからはわたくしの判断で、皆さまに御遣いさせていただこうかと思います」
大人の対応というやつかなと、あたしは川辺さんの言葉を聞きながら思った。
ここまで色々と癇に障ることを言われたら、あたしは絶対に怒ってしまっているだろう。
「食事の用意はお一人で大丈夫ですか? 調理場には、まだ貴道さんの遺体がそのままですよね?」
夕食の準備と聞いて、心配するように美九佐さんが声をかける。
「ご心配には及びません。ご遺体には先程シーツをかけておきましたから。それに、あそこへ行かなければ食事は作れませんからね。割り切りませんと」
落ち着いた声音でそう告げて、川辺さんは一礼して談話室を出ていく。
それから少しの時間、室内には微妙な沈黙が下りた。
「今夜からどうする? やっぱ一か所に集まって行動した方が良いのかな」
その沈黙を最初に破ったのは、伊藤さん。
探るような視線を彷徨わせ、おずおずと口を開いてくる。
「あたしは、それが良いような気がします。一人になるのはさすがにもう……」
重い声音で葵さんが応え、深く息を吐いた。
「どっちでも良いだろうそんなことは。俺は自由に動くぞ。今夜は、あの世話人が部屋の中に隔離されることになったんだ。不安な要素など何もない」
弱気になるメンバーたちの口調とは正反対に、意気揚揚とした声を上げたのは笠島さん。
僅かに口元を吊り上げ、これ見よがしに肩を竦めてみせてくる。
「だってそうだろう? 一番信用できない奴を閉じ込めることになるんだ。心配の種が消える。俺はあいつが犯人だと確信しているからな。でなければ、ここまでの出来事に説明がつかない。ドラマや映画じゃあるまいし、巧妙なトリックで意外な犯人なんてのは、考慮するだけ無意味だ」
あれだけお兄ちゃんに言い返されても、まだ自分の意見を変えるつもりはないらしい。
「大体、全員で固まっているから安心というのもおかしい話だ。一歩間違えば、それこそまとめて殺されて終わりだろう。生き残る可能性を逆に潰しかねない」
「笠島さん、それは少し不謹慎ではありませんか?」
得意そうに喋り続けようとする笠島さんを、美九佐さんが静かにたしなめる。
「貴方の言い分も理解はしますが、言い方に気を遣った方が良いですよ」
「ふん、それは失礼。とりあえず、俺は部屋に戻る。食事の準備ができたら教えてくれ。できれば、あの世話人以外でな」
そう言葉を残し、笠島さんは席を立つと廊下へと向かってしまう。
「……あの人、苦手ですね。全然協調性を持ってくれないですし。あたし、何だか胃が痛くなってきました」
両手をテーブルの上で組みながら、花面さんが突っ伏すように顔を伏せた。
「大丈夫ですか? あたし胃薬とか持ってますけど、使います?」
「ありがとうございます。でも、まだ平気です。どうしても駄目そうなときは後でいただきます」
気遣うように声をかける葵さんだったけれど、花面さんは一度顔を上げ弱々しい笑顔で首を振るとまたそのまま伏せてしまった。
――これからどうなるのかな。もうこれ以上誰も殺されなきゃ良いのに……。
まだ気分の優れない状態に鬱々としながらお兄ちゃんを見ると、ぼんやりと白い天井を見上げていた。
天井に何かがあるわけではないため、きっと考え事をしているのだろう。
犯人を突き止めると言っていた兄の横顔には、特に疲労感も焦りも、不安すら浮かんでおらず。
何を考えているのか読めないと同時に、既に何かを掴んでいるのではないかという期待感も少しだけ湧き上がり、あたしは暫くの間そのまま見慣れた横顔を見つめ続けていた。
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