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第二章:断罪決行
断罪決行 21
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「おい! あの医者の女はどうした!? どこにいる!」
調理場から笠島さんが顔を出して、あたしたちを見回す。
「おかしいですね。一応部屋を訪ねて呼びかけてはおいたのですが、聞こえなかったのでしょうか?」
その後ろから川辺さんも現れ困ったように首を傾げるのを確認して、あたしは水道の水を口に含み口内をゆすぐ。
「すぐにでも彼女に現場と死体を見てもらうべきだ。オレたちだけでは細かい状況までは調べることができない」
お兄ちゃんの声もして、そこに歩く音も混ざる。
再び中扉の方を見ると、他の人たちを押しのけて出てきたお兄ちゃんが、食堂の入口へと向かっているところだった。
どうにか足に力を入れ、あたしはよろけながらもその後を追う。
「あ、マリネさん……」
呼び止めるような葵さんの声を背後に聞くも、止まるつもりはない。
「お兄ちゃん、あたしも一緒に行く」
廊下へ出たところで追いつき、腕を掴みながら横へ並ぶ。
「休んでいた方が良いんじゃないのか?」
よほど顔色が悪いのか、あたしを見たお兄ちゃんの瞳が僅かに細くなる。
だけど、あたしは首を横に振り更に力を込めて腕を掴む。
「無理。あの匂いを嗅いでるだけで気持ち悪くなるんだもん。歩いてる方がまだマシだよ」
「なら、木ノ江医師を呼びに行ったら、その後はそのまま自室に戻って休んでいろ。一段落ついたら声をかける」
「やだ。こんなときに一人っきりになれって言うの? あり得ない」
「じゃあどうする? 部屋に戻らないで、食堂にも行けない。廊下に立って待ってるか?」
調理場側の階段を上がり、二階へ到着する。
「……その方がまだ良いかなぁ。近くに誰かいるだけでも安心感はあるし」
話ながら、横目で絵馬さんが死んでいる部屋のドアを見てしまう。
今もこのドア一枚を隔てた向こう側に死体があるなんて、実感が湧かない。
――湧きたくないって気持ちが強いから、そう感じるのかな。
一種の現実逃避的な心理。あり得なくはない。
「木ノ江さんの部屋はどこだっけ?」
気を紛らわせるように口を開くと、お兄ちゃんが前方を指差す。
「二〇三号室だと聞いている。……ここから見る限り、ドアにカードは貼られていないようだな」
「やめてよそういうこと言うの」
殺された二人の部屋には例のカードが貼られていた。
犯人が殺人を完了したことの目印にしているのかはわからないけれど、もうあんな物は見たくない。
「絵馬は……」
「え?」
ポツリと漏らしたお兄ちゃんの呟きに、あたしは下げかけた頭を上げる。
「誰かに恨みを買ったりしていたんだろうか。オレが知る限りでは、彼女は人に嫌われるようなタイプだとは思えない。高校を卒業してから、何か変化があったと考えるべきなのか……」
犯人の動機。それがわからないと言っているのだろうか。
横から見るお兄ちゃんの顔は、戻らぬ過去に手がかりを求めるようなどこか遠い目をしていた。
「……ここだね」
二〇三号室の前で立ち止まり、あたしは呟く。
隣に立つお兄ちゃんがノックもないままガチャガチャとドアノブをいじくるも、鍵がかかっているらしく中の様子を窺うことはできないみたいだった。
「寝てるのかな……。このドア、何気に防音性があるみたいだから、こっちの呼びかけとか聞こえにくいのかも。廊下とか人が歩いてても、足音聞こえなかったりしたし」
「そうなのか?」
「うん。昨日、絵馬さんの死体を発見したとき川辺さんが木ノ江さんのこと呼びに行ったでしょ? あのときだって、急いで走ってきたはずなのに、ドアを開けるまで二人の足音なんてしなかったんだよ?」
それに、昨夜もそうだ。一緒に寝るためにあたしを迎えに来たお兄ちゃんの足音だって聞こえなかったし、ノックする音も小さくしか聞こえなかった。
調理場から笠島さんが顔を出して、あたしたちを見回す。
「おかしいですね。一応部屋を訪ねて呼びかけてはおいたのですが、聞こえなかったのでしょうか?」
その後ろから川辺さんも現れ困ったように首を傾げるのを確認して、あたしは水道の水を口に含み口内をゆすぐ。
「すぐにでも彼女に現場と死体を見てもらうべきだ。オレたちだけでは細かい状況までは調べることができない」
お兄ちゃんの声もして、そこに歩く音も混ざる。
再び中扉の方を見ると、他の人たちを押しのけて出てきたお兄ちゃんが、食堂の入口へと向かっているところだった。
どうにか足に力を入れ、あたしはよろけながらもその後を追う。
「あ、マリネさん……」
呼び止めるような葵さんの声を背後に聞くも、止まるつもりはない。
「お兄ちゃん、あたしも一緒に行く」
廊下へ出たところで追いつき、腕を掴みながら横へ並ぶ。
「休んでいた方が良いんじゃないのか?」
よほど顔色が悪いのか、あたしを見たお兄ちゃんの瞳が僅かに細くなる。
だけど、あたしは首を横に振り更に力を込めて腕を掴む。
「無理。あの匂いを嗅いでるだけで気持ち悪くなるんだもん。歩いてる方がまだマシだよ」
「なら、木ノ江医師を呼びに行ったら、その後はそのまま自室に戻って休んでいろ。一段落ついたら声をかける」
「やだ。こんなときに一人っきりになれって言うの? あり得ない」
「じゃあどうする? 部屋に戻らないで、食堂にも行けない。廊下に立って待ってるか?」
調理場側の階段を上がり、二階へ到着する。
「……その方がまだ良いかなぁ。近くに誰かいるだけでも安心感はあるし」
話ながら、横目で絵馬さんが死んでいる部屋のドアを見てしまう。
今もこのドア一枚を隔てた向こう側に死体があるなんて、実感が湧かない。
――湧きたくないって気持ちが強いから、そう感じるのかな。
一種の現実逃避的な心理。あり得なくはない。
「木ノ江さんの部屋はどこだっけ?」
気を紛らわせるように口を開くと、お兄ちゃんが前方を指差す。
「二〇三号室だと聞いている。……ここから見る限り、ドアにカードは貼られていないようだな」
「やめてよそういうこと言うの」
殺された二人の部屋には例のカードが貼られていた。
犯人が殺人を完了したことの目印にしているのかはわからないけれど、もうあんな物は見たくない。
「絵馬は……」
「え?」
ポツリと漏らしたお兄ちゃんの呟きに、あたしは下げかけた頭を上げる。
「誰かに恨みを買ったりしていたんだろうか。オレが知る限りでは、彼女は人に嫌われるようなタイプだとは思えない。高校を卒業してから、何か変化があったと考えるべきなのか……」
犯人の動機。それがわからないと言っているのだろうか。
横から見るお兄ちゃんの顔は、戻らぬ過去に手がかりを求めるようなどこか遠い目をしていた。
「……ここだね」
二〇三号室の前で立ち止まり、あたしは呟く。
隣に立つお兄ちゃんがノックもないままガチャガチャとドアノブをいじくるも、鍵がかかっているらしく中の様子を窺うことはできないみたいだった。
「寝てるのかな……。このドア、何気に防音性があるみたいだから、こっちの呼びかけとか聞こえにくいのかも。廊下とか人が歩いてても、足音聞こえなかったりしたし」
「そうなのか?」
「うん。昨日、絵馬さんの死体を発見したとき川辺さんが木ノ江さんのこと呼びに行ったでしょ? あのときだって、急いで走ってきたはずなのに、ドアを開けるまで二人の足音なんてしなかったんだよ?」
それに、昨夜もそうだ。一緒に寝るためにあたしを迎えに来たお兄ちゃんの足音だって聞こえなかったし、ノックする音も小さくしか聞こえなかった。
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