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第二章:断罪決行
断罪決行 1
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那鵙島到着一日目。八月一日、火曜日。
午後二時十八分。一階調理場。
九十九研究所に到着後、全員が最初に通された談話室で配られたアイスコーヒー。
その中に毒を盛られていた可能性を指摘したお兄ちゃんの頼みで、あたしたち兄妹と木ノ江さんは川辺さんに案内されて問題のコップの前までやってきた。
洗い場の近く、ステンレス製のおぼんにまとめて乗せられた十個のコップ。
柄のないシンプルな作りのものだけど、本当にこれを見て絵馬さんの死因が他殺かどうかがわかるんだろうか。
「お兄ちゃんの考えだと、この中のどれかに毒が入ってるってことだよね?」
「ああ」
「どれが絵馬さんの使ってたコップなのか、わかるの?」
調べようとする上で、最初に当たる問題をあたしは指摘する。
全て同じ種類のコップ。見分ける手段があるとすれば、中に残っているコーヒーの量くらいしかないけれど、正直そこから判別するなんて不可能に近い。
大体、誰がどれくらい飲んだかなんていちいち気にして見てた人もいないだろう。
確率は十分の一。適当に選んでどうにかなる数字ではない。
だけど、お兄ちゃんはあたしの疑問に
「わかる」
と短く答えると、いとも簡単に手前にあったコップを一つ手にとった。
「絵馬が飲んだコーヒーが入っていたのは、これだ」
「え? どうしてわかるの?」
あたしは驚いてコップに顔を近づける。
コップの中身はほとんど空で、残った氷が溶けて底に泥水みたいになった液体が溜まっているだけ。
それをいくらまじまじと見つめても、どうしてこれが絵馬さんの使用していたコップとわかるのか理解できない。
「簡単なことだ。ここをよく観察してみろ」
僅かにコップの角度を変えて、お兄ちゃんは縁の部分を指差す。
言われるとおりにその位置へ視線をスライドさせると、
「あ……これって、口紅の跡?」
薄らと付いた薄紅色の跡に気がついた。
「さっき絵馬の荷物を調べたときにリップが入っていたが、色がこれと類似している。当然、まだ完全な確証はないが、ここにいるメンバーから確認を取ればはっきりはするだろう。因みに、二人はリップを塗ったりはしているのか?」
コップを持ったまま、お兄ちゃんは川辺さんと木ノ江さんに顔を向けた。
「い、いえ。わたくしはそのような物とは無縁でございますね……」
「わたしも、たまに塗るときはありますけど今は持ってきてもいませんよ」
問われた二人は、順番に答えながら首を振る。
「そうか。マリネ、お前もこういう物はあまり使わないタイプだったな?」
「うん。一応持ってはいるけど、色が違う。ここに来てからは使ってもいないし」
あたしは素直に頷いて、顎を上向かせて唇を強調してみせる。
「それなら問題ない。当然、オレもこんな物を口に塗る趣味はない。これで少なくとも、この場にいる人間が使ったコップでないことだけは確認できたな」
そこで一度コップを置き、お兄ちゃんは何かを考え込むように動きを止める。
たっぷり二十秒はノーリアクションでいたと思う。
あたしを含む三人が、場の静寂に居心地の悪さを味わいだした頃、ようやく首を動かしたお兄ちゃんの視線は木ノ江さんへとロックされた。
「この中に、毒が含まれているかどうかを調べることは可能か?」
「はい?」
コップを指差し唐突に告げられたその台詞に、驚きと戸惑いの混じる声を木ノ江さんは発する。
「それはさすがに無理ですよ。こんな事態になるなんて予測もしてませんでしたし、必要な道具類すらありません」
「そうか。さすがに厳しいか……。どうにかして、この中に毒が含まれているかを調べる方法があれば……ん? そう言えば、談話室に金魚鉢があったな」
ふと思い出したと言うように僅かに顎を上げ、お兄ちゃんは談話室がある方角でもある調理場入口、食堂と繋がる中扉を見つめる。
那鵙島到着一日目。八月一日、火曜日。
午後二時十八分。一階調理場。
九十九研究所に到着後、全員が最初に通された談話室で配られたアイスコーヒー。
その中に毒を盛られていた可能性を指摘したお兄ちゃんの頼みで、あたしたち兄妹と木ノ江さんは川辺さんに案内されて問題のコップの前までやってきた。
洗い場の近く、ステンレス製のおぼんにまとめて乗せられた十個のコップ。
柄のないシンプルな作りのものだけど、本当にこれを見て絵馬さんの死因が他殺かどうかがわかるんだろうか。
「お兄ちゃんの考えだと、この中のどれかに毒が入ってるってことだよね?」
「ああ」
「どれが絵馬さんの使ってたコップなのか、わかるの?」
調べようとする上で、最初に当たる問題をあたしは指摘する。
全て同じ種類のコップ。見分ける手段があるとすれば、中に残っているコーヒーの量くらいしかないけれど、正直そこから判別するなんて不可能に近い。
大体、誰がどれくらい飲んだかなんていちいち気にして見てた人もいないだろう。
確率は十分の一。適当に選んでどうにかなる数字ではない。
だけど、お兄ちゃんはあたしの疑問に
「わかる」
と短く答えると、いとも簡単に手前にあったコップを一つ手にとった。
「絵馬が飲んだコーヒーが入っていたのは、これだ」
「え? どうしてわかるの?」
あたしは驚いてコップに顔を近づける。
コップの中身はほとんど空で、残った氷が溶けて底に泥水みたいになった液体が溜まっているだけ。
それをいくらまじまじと見つめても、どうしてこれが絵馬さんの使用していたコップとわかるのか理解できない。
「簡単なことだ。ここをよく観察してみろ」
僅かにコップの角度を変えて、お兄ちゃんは縁の部分を指差す。
言われるとおりにその位置へ視線をスライドさせると、
「あ……これって、口紅の跡?」
薄らと付いた薄紅色の跡に気がついた。
「さっき絵馬の荷物を調べたときにリップが入っていたが、色がこれと類似している。当然、まだ完全な確証はないが、ここにいるメンバーから確認を取ればはっきりはするだろう。因みに、二人はリップを塗ったりはしているのか?」
コップを持ったまま、お兄ちゃんは川辺さんと木ノ江さんに顔を向けた。
「い、いえ。わたくしはそのような物とは無縁でございますね……」
「わたしも、たまに塗るときはありますけど今は持ってきてもいませんよ」
問われた二人は、順番に答えながら首を振る。
「そうか。マリネ、お前もこういう物はあまり使わないタイプだったな?」
「うん。一応持ってはいるけど、色が違う。ここに来てからは使ってもいないし」
あたしは素直に頷いて、顎を上向かせて唇を強調してみせる。
「それなら問題ない。当然、オレもこんな物を口に塗る趣味はない。これで少なくとも、この場にいる人間が使ったコップでないことだけは確認できたな」
そこで一度コップを置き、お兄ちゃんは何かを考え込むように動きを止める。
たっぷり二十秒はノーリアクションでいたと思う。
あたしを含む三人が、場の静寂に居心地の悪さを味わいだした頃、ようやく首を動かしたお兄ちゃんの視線は木ノ江さんへとロックされた。
「この中に、毒が含まれているかどうかを調べることは可能か?」
「はい?」
コップを指差し唐突に告げられたその台詞に、驚きと戸惑いの混じる声を木ノ江さんは発する。
「それはさすがに無理ですよ。こんな事態になるなんて予測もしてませんでしたし、必要な道具類すらありません」
「そうか。さすがに厳しいか……。どうにかして、この中に毒が含まれているかを調べる方法があれば……ん? そう言えば、談話室に金魚鉢があったな」
ふと思い出したと言うように僅かに顎を上げ、お兄ちゃんは談話室がある方角でもある調理場入口、食堂と繋がる中扉を見つめる。
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