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第一章:偽りの招待状
偽りの招待状 18
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「ちょっとお兄ちゃん、ノックぐらいしないと――」
マナーのない行動をたしなめようとするあたしの声が終わらぬうちに、お兄ちゃんの掴んだドアノブがカチャリと静かな音を鳴らした。
「詩織、入るぞ。具合はどうだ?」
先頭に立って中へ入り、お兄ちゃんは声をかけながら奥に置かれたベッドへむかう。
「失礼しまぁす」
そのすぐ後に、あたしは遠慮がちな挨拶をしながらついていく。
首を巡らせて室内を眺めるも、特に何か行動を起こした形跡はなく、絵馬さんが持ってきていた荷物も棚の側へ無造作に置かれているだけ。
たぶん、部屋に入って荷ほどきもできないまま横になってしまったということだろう。
「詩織、寝ているのか?」
呼びかけるお兄ちゃんの声を合図に、あたしは視線を前へ戻す。
絵馬さんは、ベッドの上でうつぶせになって眠っていた。
布団もかけておらず、見た目だけの印象を延べるなら酔っぱらいが帰宅して、そのままベッドに倒れ込んでしまったときみたいな、漫画やドラマでたまに観るワンシーンのような光景だった。
顔は入口とは反対側を向いているため窺えないけど、熟睡してしまってるんだろうか。
「絵馬様、お食事をお持ちしました。お身体の具合はどうですか?」
棚の上にサンドイッチの皿を置きながら、川辺さんもベッドへと歩み寄る。
「反応ないね。絵馬さんすごく顔色悪かったし、無理に起こさない方が良くないかな? もしものときは木ノ江さんに診察してもらおうよ。あの人、医者なら原因とかわかるかもしれないし」
「ああ……、確かにその方法もありますね。後ほど、わたくしの方から木ノ江様には相談してみましょう」
あたしの提案に、川辺さんが同意してくれる。
だけど、お兄ちゃんは話を聞いているのかどうかもわからない様子で、ジッと絵馬さんを観察するように見つめると、おもむろに腕を伸ばして寝ている絵馬さんの肩を掴んだ。
「おい、詩織」
反応を確かめるように、軽く揺するお兄ちゃん。
だけど、それでも絵馬さんは動く気配をみせない。
「……」
肩を掴んでいたお兄ちゃんの手が離れ、ゆっくりと首筋へ移動する。
「…………おい、世話人」
数秒間の沈黙を挟んで、お兄ちゃんはあたしたちを振り返ることなく口を開く。
「は、はい、何でしょうか?」
「今すぐ医者の女を呼んでこい」
「は? 木ノ江様、ですか? あの、絵馬様は……」
普段から、お兄ちゃんの口調は一般人よりも固い。
でも、今はそれ以上に硬質化しているように聞こえて、何だかすごく緊迫感を含む声に変わっている様な気がする。
川辺さんも、同じ異常を感じ取ったかのように表情から余裕が消えていく。
お兄ちゃんは静かにこちらへ顔を向け、あたしたちを一瞥した。
「詩織の脈が無い。専門ではないため死体現象には詳しくないが、僅かだが既に死斑が見られる。最低でも死んで数十分は経過していると考えられそうだ」
「……は?」
いきなり告げられたその言葉に、あたしは反射的に絵馬さんの頭へ目をやってしまう。
「……そんな、亡くなってるのですか?」
隣に立つ川辺さんも、驚いたような呟きを漏らして絵馬さんを凝視するのが目の端に映った。
「ああ。原因はわからない。突発的な発作か、あるいは持病か何かか。いずれにせよ、素人判断で決めつけられない。今いるメンバーでこの事態に対応できるのは、医学の知識がある人間だけだ。早くあの女医師を呼ぶべきだろう」
「わ、わかりました……! すぐに」
動揺するみたいに大きく頷いて、部屋を飛び出していく川辺さん。
木ノ江さんの部屋は同じ階。部屋にいてくれれば、すぐに駆けつけるはずだ。
「……お兄ちゃん?」
絵馬さんから離れ、彼女の荷物へと歩いていく背中へ声をかける。
「詩織が持病でも患ったりしていたのなら、何か薬くらいは持参しているはずだ。それを確認する」
躊躇する様子も見せずに、お兄ちゃんの手がバッグを開けて中を探りだす。
マナーのない行動をたしなめようとするあたしの声が終わらぬうちに、お兄ちゃんの掴んだドアノブがカチャリと静かな音を鳴らした。
「詩織、入るぞ。具合はどうだ?」
先頭に立って中へ入り、お兄ちゃんは声をかけながら奥に置かれたベッドへむかう。
「失礼しまぁす」
そのすぐ後に、あたしは遠慮がちな挨拶をしながらついていく。
首を巡らせて室内を眺めるも、特に何か行動を起こした形跡はなく、絵馬さんが持ってきていた荷物も棚の側へ無造作に置かれているだけ。
たぶん、部屋に入って荷ほどきもできないまま横になってしまったということだろう。
「詩織、寝ているのか?」
呼びかけるお兄ちゃんの声を合図に、あたしは視線を前へ戻す。
絵馬さんは、ベッドの上でうつぶせになって眠っていた。
布団もかけておらず、見た目だけの印象を延べるなら酔っぱらいが帰宅して、そのままベッドに倒れ込んでしまったときみたいな、漫画やドラマでたまに観るワンシーンのような光景だった。
顔は入口とは反対側を向いているため窺えないけど、熟睡してしまってるんだろうか。
「絵馬様、お食事をお持ちしました。お身体の具合はどうですか?」
棚の上にサンドイッチの皿を置きながら、川辺さんもベッドへと歩み寄る。
「反応ないね。絵馬さんすごく顔色悪かったし、無理に起こさない方が良くないかな? もしものときは木ノ江さんに診察してもらおうよ。あの人、医者なら原因とかわかるかもしれないし」
「ああ……、確かにその方法もありますね。後ほど、わたくしの方から木ノ江様には相談してみましょう」
あたしの提案に、川辺さんが同意してくれる。
だけど、お兄ちゃんは話を聞いているのかどうかもわからない様子で、ジッと絵馬さんを観察するように見つめると、おもむろに腕を伸ばして寝ている絵馬さんの肩を掴んだ。
「おい、詩織」
反応を確かめるように、軽く揺するお兄ちゃん。
だけど、それでも絵馬さんは動く気配をみせない。
「……」
肩を掴んでいたお兄ちゃんの手が離れ、ゆっくりと首筋へ移動する。
「…………おい、世話人」
数秒間の沈黙を挟んで、お兄ちゃんはあたしたちを振り返ることなく口を開く。
「は、はい、何でしょうか?」
「今すぐ医者の女を呼んでこい」
「は? 木ノ江様、ですか? あの、絵馬様は……」
普段から、お兄ちゃんの口調は一般人よりも固い。
でも、今はそれ以上に硬質化しているように聞こえて、何だかすごく緊迫感を含む声に変わっている様な気がする。
川辺さんも、同じ異常を感じ取ったかのように表情から余裕が消えていく。
お兄ちゃんは静かにこちらへ顔を向け、あたしたちを一瞥した。
「詩織の脈が無い。専門ではないため死体現象には詳しくないが、僅かだが既に死斑が見られる。最低でも死んで数十分は経過していると考えられそうだ」
「……は?」
いきなり告げられたその言葉に、あたしは反射的に絵馬さんの頭へ目をやってしまう。
「……そんな、亡くなってるのですか?」
隣に立つ川辺さんも、驚いたような呟きを漏らして絵馬さんを凝視するのが目の端に映った。
「ああ。原因はわからない。突発的な発作か、あるいは持病か何かか。いずれにせよ、素人判断で決めつけられない。今いるメンバーでこの事態に対応できるのは、医学の知識がある人間だけだ。早くあの女医師を呼ぶべきだろう」
「わ、わかりました……! すぐに」
動揺するみたいに大きく頷いて、部屋を飛び出していく川辺さん。
木ノ江さんの部屋は同じ階。部屋にいてくれれば、すぐに駆けつけるはずだ。
「……お兄ちゃん?」
絵馬さんから離れ、彼女の荷物へと歩いていく背中へ声をかける。
「詩織が持病でも患ったりしていたのなら、何か薬くらいは持参しているはずだ。それを確認する」
躊躇する様子も見せずに、お兄ちゃんの手がバッグを開けて中を探りだす。
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