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プロローグ
プロローグ 3
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生まれつきの白髪。
肌も全身、みんな白い。
唯一、瞳だけはほんのりと赤いがこれもアルビノの特徴で、脈絡膜の色素を欠いているのが原因。
小学校や中学校では当然ながらすごく目立っていたらしくて、本人は見世物にされているみたいで毎日が不快だったと前に教えてくれたことがある。
いじめられたりしていたとか、そういうことも含んで言っているのかなと解釈していたら、それは全くの逆で何故か女子からはかなりモテていたらしい。
そして、それが凄く嫌だったと。
まぁ、あたしもわかるんだ。その女子たちの気持ちは。
白髪と言っても、老けて見えるとかお爺ちゃんみたいなイメージは微塵もないし、むしろミュージシャンにでもいそうなビジュアル系でかっこいいのだ。
あ、こいつ絶対にモテるなっていうのが傍目にもわかるオーラを、ビシバシ飛ばしてるみたいな。
でも、残念なことにお兄ちゃんには恋愛感情というものが欠落しているらしく、そういった周りの反応には無頓着。
告白されても即お断りで、未だに交際経験はゼロだという。
「オレにとっては、不必要で価値が無い」
だそうだけど、妹としては将来が不安になる。
――まぁ、変なのが付くことがないのは安心だけど。
あたしとお兄ちゃんは、偽りの兄妹。
お兄ちゃんが高校一年、あたしが小学五年のときにお互いの親が再婚して家族になった。
白状してしまうと始めて見た瞬間に一目惚れだったのだけれど、そんなあたしの気持ちになんて気づく気配もなく八年が経過した。
このまま現状を維持していれば、いずれはあたしまで行き遅れてしまいかねない。
「マリネは、自分のことだけを考えていれば良い。オレのことは気にするな」
個人的マイナス思考へ船を漕ぎ始めていたあたしの意識を、お兄ちゃんのクールな声が呼び覚ます。
自分のことだけ、とは大学受験に落ちて浪人中のこの現状を打破することに力を注げと言いたいのだろうか。
それは余計なお世話と言うものだ。
親が進学を勧めるから受験しているだけで、個人的に進学には興味ないんだし。
「気にするよー。あたし、自分の兄妹が孤独死して見つかる未来とかやだからね。ちゃんとしっかり計画性をもって生きてよ、大人なんだから」
自分を棚に上げているのは承知の上で、そんな説教を言ってみる。
「孤独死? マリネはそんな些細なことを気にしているのか? これは意外だ。人に看取られて死ぬことと一人で誰にも気づかれずに死ぬことに、果たしてどれほどの違いがある? 火葬され骨になろうと腐乱して骨になろうと結果は同じ。こんなことを問題にする必要性がない」
「……誰にも気づかれないまま死ぬなんて寂しすぎるじゃん。それに、自分の身体が腐ってくのなんて普通はやだよ。他人に迷惑もかかるし」
すっごく涼しい顔でグロいことを言ってくるお兄ちゃんに、あたしは表情をしかめる。
「嫌? 何故だ? 死んだ後には意識などない。良いとか嫌とか、そういった感情を持つ必要がないと言うのに、何を恐れる? それに、一人で死ぬのが寂しいというのはあまりにも勝手な決めつけだ。自分がそう思うからと言って、全員が同じ思想とは限らない。友人や家族に看取られるより、一人で静かに死ぬことを心から願う人間だって一定数は存在するし、そんな死に際のことなどどうでも良いと考えている人間もいることだろう。……強いて言えば、割合か。一人で死ぬ孤独死を嫌う傾向にある人間が大半を占めているから、孤独死は寂しいこと、または避けなければいけないことという思い込みが蔓延しているだけ。馬鹿馬鹿しい話だ」
はぁ、とこれ見よがしなため息をついて、お兄ちゃんはまた背もたれへ身体を預けてしまった。
「でも、他人に迷惑かけたくないってのは常識だし」
「死体処理か? それこそ、専門の業者ややるべき立場の者が対応するだけだろう。報酬を貰っての作業だ、文句を言えるものではない。そもそも、生まれて一度も周囲に迷惑をかけずに人生を終える人間など存在しないのだからお互い様だ」
「……歪んでる。お兄ちゃんの思考は何かが歪んでる」
悠然と構えるお兄ちゃんの顔へ、半眼になりながら呻いたときだった。
突然、何の前触れもなくお店のドアがノックされた。
反射的に、あたしたち兄妹は入口へと振り向く。
「誰か来たよ。返済の催促とかじゃないよね?」
割と本気でビクつきながらあたしが言うと、お兄ちゃんは
「オレに借金はない。普通に仕事の依頼だろう。ドアを開けてくれ」
と、あっさりとした返事をして座る姿勢を正した。
言われた通りに入口へと向かい、恐る恐るドアを開ける。
「こんにちは」
そこに立っていた人物は、女性だった。
二十代半ばくらいの、髪の長い綺麗な人。
まるで、どこかのビルで社長秘書でもしていそうな白い上質なスーツを着ているため、すごく知的に見える。
「えっと、依頼があって来たんだけど……中に入れてもらって良いかしら?」
ポカンとなってしまったあたしに余裕を含む笑みを見せ、女性が訊いてくる。
「……あ、はい。どうぞ」
ぎくしゃくとしながらドアを開き、エスコートするように中へ促すと、女性は
「ありがとう」
と微笑みながらドアをくぐった。
「……」
何の前触れもなく突然訪れた、見知らぬ女性。
上品に歩くその女性を眺めるあたしは、この来客が便利屋史上――と言っても歴史は浅いけど――最も残酷で悲惨な仕事を運んできたことになんて、まだ全然気がつくことなどできるわけもなかった。
肌も全身、みんな白い。
唯一、瞳だけはほんのりと赤いがこれもアルビノの特徴で、脈絡膜の色素を欠いているのが原因。
小学校や中学校では当然ながらすごく目立っていたらしくて、本人は見世物にされているみたいで毎日が不快だったと前に教えてくれたことがある。
いじめられたりしていたとか、そういうことも含んで言っているのかなと解釈していたら、それは全くの逆で何故か女子からはかなりモテていたらしい。
そして、それが凄く嫌だったと。
まぁ、あたしもわかるんだ。その女子たちの気持ちは。
白髪と言っても、老けて見えるとかお爺ちゃんみたいなイメージは微塵もないし、むしろミュージシャンにでもいそうなビジュアル系でかっこいいのだ。
あ、こいつ絶対にモテるなっていうのが傍目にもわかるオーラを、ビシバシ飛ばしてるみたいな。
でも、残念なことにお兄ちゃんには恋愛感情というものが欠落しているらしく、そういった周りの反応には無頓着。
告白されても即お断りで、未だに交際経験はゼロだという。
「オレにとっては、不必要で価値が無い」
だそうだけど、妹としては将来が不安になる。
――まぁ、変なのが付くことがないのは安心だけど。
あたしとお兄ちゃんは、偽りの兄妹。
お兄ちゃんが高校一年、あたしが小学五年のときにお互いの親が再婚して家族になった。
白状してしまうと始めて見た瞬間に一目惚れだったのだけれど、そんなあたしの気持ちになんて気づく気配もなく八年が経過した。
このまま現状を維持していれば、いずれはあたしまで行き遅れてしまいかねない。
「マリネは、自分のことだけを考えていれば良い。オレのことは気にするな」
個人的マイナス思考へ船を漕ぎ始めていたあたしの意識を、お兄ちゃんのクールな声が呼び覚ます。
自分のことだけ、とは大学受験に落ちて浪人中のこの現状を打破することに力を注げと言いたいのだろうか。
それは余計なお世話と言うものだ。
親が進学を勧めるから受験しているだけで、個人的に進学には興味ないんだし。
「気にするよー。あたし、自分の兄妹が孤独死して見つかる未来とかやだからね。ちゃんとしっかり計画性をもって生きてよ、大人なんだから」
自分を棚に上げているのは承知の上で、そんな説教を言ってみる。
「孤独死? マリネはそんな些細なことを気にしているのか? これは意外だ。人に看取られて死ぬことと一人で誰にも気づかれずに死ぬことに、果たしてどれほどの違いがある? 火葬され骨になろうと腐乱して骨になろうと結果は同じ。こんなことを問題にする必要性がない」
「……誰にも気づかれないまま死ぬなんて寂しすぎるじゃん。それに、自分の身体が腐ってくのなんて普通はやだよ。他人に迷惑もかかるし」
すっごく涼しい顔でグロいことを言ってくるお兄ちゃんに、あたしは表情をしかめる。
「嫌? 何故だ? 死んだ後には意識などない。良いとか嫌とか、そういった感情を持つ必要がないと言うのに、何を恐れる? それに、一人で死ぬのが寂しいというのはあまりにも勝手な決めつけだ。自分がそう思うからと言って、全員が同じ思想とは限らない。友人や家族に看取られるより、一人で静かに死ぬことを心から願う人間だって一定数は存在するし、そんな死に際のことなどどうでも良いと考えている人間もいることだろう。……強いて言えば、割合か。一人で死ぬ孤独死を嫌う傾向にある人間が大半を占めているから、孤独死は寂しいこと、または避けなければいけないことという思い込みが蔓延しているだけ。馬鹿馬鹿しい話だ」
はぁ、とこれ見よがしなため息をついて、お兄ちゃんはまた背もたれへ身体を預けてしまった。
「でも、他人に迷惑かけたくないってのは常識だし」
「死体処理か? それこそ、専門の業者ややるべき立場の者が対応するだけだろう。報酬を貰っての作業だ、文句を言えるものではない。そもそも、生まれて一度も周囲に迷惑をかけずに人生を終える人間など存在しないのだからお互い様だ」
「……歪んでる。お兄ちゃんの思考は何かが歪んでる」
悠然と構えるお兄ちゃんの顔へ、半眼になりながら呻いたときだった。
突然、何の前触れもなくお店のドアがノックされた。
反射的に、あたしたち兄妹は入口へと振り向く。
「誰か来たよ。返済の催促とかじゃないよね?」
割と本気でビクつきながらあたしが言うと、お兄ちゃんは
「オレに借金はない。普通に仕事の依頼だろう。ドアを開けてくれ」
と、あっさりとした返事をして座る姿勢を正した。
言われた通りに入口へと向かい、恐る恐るドアを開ける。
「こんにちは」
そこに立っていた人物は、女性だった。
二十代半ばくらいの、髪の長い綺麗な人。
まるで、どこかのビルで社長秘書でもしていそうな白い上質なスーツを着ているため、すごく知的に見える。
「えっと、依頼があって来たんだけど……中に入れてもらって良いかしら?」
ポカンとなってしまったあたしに余裕を含む笑みを見せ、女性が訊いてくる。
「……あ、はい。どうぞ」
ぎくしゃくとしながらドアを開き、エスコートするように中へ促すと、女性は
「ありがとう」
と微笑みながらドアをくぐった。
「……」
何の前触れもなく突然訪れた、見知らぬ女性。
上品に歩くその女性を眺めるあたしは、この来客が便利屋史上――と言っても歴史は浅いけど――最も残酷で悲惨な仕事を運んできたことになんて、まだ全然気がつくことなどできるわけもなかった。
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