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第四章:決壊する絆
決壊する絆 11
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「有野先生」
突然降ってきた明るい声に、私はパソコンに向けていた顔を上げ、声の主へと向けた。
「あら、星咲さん。ああ、パソコンを取りに来たのね」
今朝にパソコンを預けられたことを思い出し、星咲さんが自分の元を訊ねてきた理由を察する。
「はい。お願いします」
「ちょっと待ってて」
席を立ち、生徒から預かった私物を保管している金庫へと向かうと、設定されたダイアルを回して中にあるパソコンを取り出し、すぐに星咲さんの元へと戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出したノートパソコンを両手で大事そうに受け取り、星咲さんはペコリと頭を下げる。
「そう言えば、星咲さん。以前最終選考に残ったって言ってた小説、今日最終結果が出るんだったわよね? もう確認はしたの?」
数日前から、部室へ顔を出す度にそんな話題で盛り上がっていたため、私も結果は気になっていた。
「あ、はい。ここに来る前に、みんなで結果を見ました」
「あら。それで、どうだったの?」
落ち込んでいる様子がない星咲さんの振る舞いを見るに、ひょっとしたら良い結果を掴み取れたのかという期待を持ったが、そんな私の予感とは裏腹に、星咲さんは困ったように笑い静かに首を横へと振ってみせてきた。
「駄目でした。佳作すら無理で、完敗です」
「あぁ……それは、残念だったわね」
話す内容とは対照的な、悲壮感の欠片もない声音に戸惑い、私は当たり障りのない慰めの言葉をかけることしかできなかったけれど、星咲さんは全く気にする風でもなく
「大丈夫ですよ。まだ来年も再来年もチャンスはありますし、良い経験になったことは間違いないですから。自分には勝負ができる最低限の実力はあるんだって、自信もつきましたし」
明瞭な口調でそう告げると、今度は迷いのない満面の笑みを浮かべてみせた。
「……しっかりしているのね、星咲さんは。でも、自信がついたからといって、無理はし過ぎないようにしてね。身体を壊しちゃったりしたら、夢も追えなくなっちゃうから」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、あたしは部活に戻ります」
大きく一礼をして、星咲さんは踵を返し職員室を出ていく。
その背中を見送ってから、私はほぅっと息をつき仕事を中断した状態のパソコン画面へ、ぼんやりとした視線を送る。
「……夢を追う子を見守るのは、やっぱり辛いものがあるなぁ」
誰にも聞こえないくらいに小さな呟きが、虚しく宙を舞い消えていく。
九条さんも、星咲さんも、もちろん他の子たちだって、叶えたい夢があるのなら是非ともその夢を掴んでほしい。
嘘偽りなく、そう思う。
だけど、夢を追うことは、一歩間違えれば悲劇を生むこともある。
「貴一……」
頭に浮かぶ、遠い昔の思い出。
それを無理矢理追い払うように、ギュッと目を瞑り平常心を保つよう気持ちを静めてから、私は仕事の続きを再開するためキーボードに指を滑らせ始めた。
「有野先生」
突然降ってきた明るい声に、私はパソコンに向けていた顔を上げ、声の主へと向けた。
「あら、星咲さん。ああ、パソコンを取りに来たのね」
今朝にパソコンを預けられたことを思い出し、星咲さんが自分の元を訊ねてきた理由を察する。
「はい。お願いします」
「ちょっと待ってて」
席を立ち、生徒から預かった私物を保管している金庫へと向かうと、設定されたダイアルを回して中にあるパソコンを取り出し、すぐに星咲さんの元へと戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出したノートパソコンを両手で大事そうに受け取り、星咲さんはペコリと頭を下げる。
「そう言えば、星咲さん。以前最終選考に残ったって言ってた小説、今日最終結果が出るんだったわよね? もう確認はしたの?」
数日前から、部室へ顔を出す度にそんな話題で盛り上がっていたため、私も結果は気になっていた。
「あ、はい。ここに来る前に、みんなで結果を見ました」
「あら。それで、どうだったの?」
落ち込んでいる様子がない星咲さんの振る舞いを見るに、ひょっとしたら良い結果を掴み取れたのかという期待を持ったが、そんな私の予感とは裏腹に、星咲さんは困ったように笑い静かに首を横へと振ってみせてきた。
「駄目でした。佳作すら無理で、完敗です」
「あぁ……それは、残念だったわね」
話す内容とは対照的な、悲壮感の欠片もない声音に戸惑い、私は当たり障りのない慰めの言葉をかけることしかできなかったけれど、星咲さんは全く気にする風でもなく
「大丈夫ですよ。まだ来年も再来年もチャンスはありますし、良い経験になったことは間違いないですから。自分には勝負ができる最低限の実力はあるんだって、自信もつきましたし」
明瞭な口調でそう告げると、今度は迷いのない満面の笑みを浮かべてみせた。
「……しっかりしているのね、星咲さんは。でも、自信がついたからといって、無理はし過ぎないようにしてね。身体を壊しちゃったりしたら、夢も追えなくなっちゃうから」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、あたしは部活に戻ります」
大きく一礼をして、星咲さんは踵を返し職員室を出ていく。
その背中を見送ってから、私はほぅっと息をつき仕事を中断した状態のパソコン画面へ、ぼんやりとした視線を送る。
「……夢を追う子を見守るのは、やっぱり辛いものがあるなぁ」
誰にも聞こえないくらいに小さな呟きが、虚しく宙を舞い消えていく。
九条さんも、星咲さんも、もちろん他の子たちだって、叶えたい夢があるのなら是非ともその夢を掴んでほしい。
嘘偽りなく、そう思う。
だけど、夢を追うことは、一歩間違えれば悲劇を生むこともある。
「貴一……」
頭に浮かぶ、遠い昔の思い出。
それを無理矢理追い払うように、ギュッと目を瞑り平常心を保つよう気持ちを静めてから、私は仕事の続きを再開するためキーボードに指を滑らせ始めた。
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