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第四章:孤独な鏡
孤独な鏡 14
しおりを挟む 特には、何も起こらない。
得体の知れない存在が飛び出してくる気配もないし、マロンちゃんの霊気を感知することもなく、ただ通りすぎるだけ。
ひとまずはそのまま素通りし、部室に到着したあたしは即座に鍵を外しドアを開けた。
「よーみ、今のわかった?」
ドアを開けてすぐ。
流空が使っている机の上にちょこんと座るよーみを見つけて――今日は白黒の混じったハチワレ姿だ――、あたしはすぐに声をかける。
「ええ。ほんの一瞬だけ、マロンちゃんの気配があったわね。でも、すぐに消えた。トイレの中からだったわ」
澄ました顔のまま言ってくるよーみの声を聞き、自分の感覚が間違っていなかったと確信をもつ。
「やっぱり。今の、どういうこと? てか、気づいたならどうしてそんなとこに座ってるのよ?」
いなくなったマロンちゃんの気配を察知しておきながら、あまりにも落ち着いた様子のよーみを非難すると、本人は僅かに目を細め小さく首を傾げてみせてきた。
「一瞬しか、気配が持続しなかった。たぶん、今行っても何も見つけることなんてできないわ。ただ重要なのは、どうして今、マロンちゃんの気配が突然現れたのかということと、気配を察知できたということは、どこか遠くに移動してしまったわけではない。それが一応証明されたこと」
真っ直ぐにあたしを見つめるよーみの青い瞳は、瞬きはおろか微動だにしない。
「確かに……言われてみればそうだね。マロンちゃん、まだこの旧校舎にいるってことか」
よーみの読みが正しいのなら、最悪の事態はまだ免れていることになる。
手の届かない場所まで離れてしまった訳でないのなら、こちら側にもチャンスはある。
「そうだ、先生は? 高宮先生は昨日の夜に調査みたいなことをしてくれたの?」
高宮先生なら、何か手がかりを掴んだと、希望を与えてくれるかもしれない。
一縷の望みを抱いて問うたあたしに、しかしよーみはあっさりと首を横に振る。
「したけど、駄目。特に何も起こらなかったし、怪しい気配も感じなかった。相手が出てこないんじゃ、わたしたちだって手出しのしようがないってことね」
「……そっか。毎晩出てくるとかってわけでもないんだね。何だろう、出てくるきっかけとかあるのかな?」
「さぁ。わたしに訊かれても、そこまではわからないわ。でも、相手は強力な霊気を持った悪霊ってわけでもなさそう、というのがわたしの考え」
「え? どうしてそう思うの? 鏡の中に引き込むような厄介な霊なのに」
珍しく思案するような表情を作り、微動だにさせなかった目を僅かに下げ、よーみは話を続ける。
「マロンちゃんが連れていかれるとき、強い霊気を感じなかった。本当に質の悪い強力な霊なら、嫌でもその存在が伝わってくるはずなのに、それがない。だからたぶん、今回の相手は鏡に連れ去る厄介な能力はあるけれど、霊気そのものは大したことのないレベルってこと」
「えっと、つまり――鏡に連れ込まれることさえ注意できれば、退治したりは難しくない……ってことで良いの?」
「まぁ、そんなとこかしら。ただあくまでも、相手の正体が不明な現段階でできる推測の範囲で言える話、というだけよ?」
「そ、そっか。でも、よーみがそう言ってくれると、ちょっとだけ安心感みたいなのが湧いてくるね」
霊能者ですらお手上げの悪霊などが相手では、恐いどころの話ではなくなってしまうが、霊気そのものは弱い相手なら、流空と一緒に対処法を見いだせる余地があるかもしれない。
あたしが告げた言葉の意味がわからなかったか、首を傾けるよーみを見つめていると、不意に背後から足音が聞こえ、あたしは廊下へ顔を出した。
「ごめんなさい、お母さんにあれこれ家のことをやらされてたら遅れちゃって」
昇降口から歩いてきていた流空が、あたしの顔を見ると同時に申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ううん、全然大丈夫だよ。いつもはあたしの方が後から来てばっかりなんだし。それよりさ、今ちょっと不思議なことが起きて」
流空が部室に到着するのを待って、あたしは自分が使用している椅子へと移動する。
得体の知れない存在が飛び出してくる気配もないし、マロンちゃんの霊気を感知することもなく、ただ通りすぎるだけ。
ひとまずはそのまま素通りし、部室に到着したあたしは即座に鍵を外しドアを開けた。
「よーみ、今のわかった?」
ドアを開けてすぐ。
流空が使っている机の上にちょこんと座るよーみを見つけて――今日は白黒の混じったハチワレ姿だ――、あたしはすぐに声をかける。
「ええ。ほんの一瞬だけ、マロンちゃんの気配があったわね。でも、すぐに消えた。トイレの中からだったわ」
澄ました顔のまま言ってくるよーみの声を聞き、自分の感覚が間違っていなかったと確信をもつ。
「やっぱり。今の、どういうこと? てか、気づいたならどうしてそんなとこに座ってるのよ?」
いなくなったマロンちゃんの気配を察知しておきながら、あまりにも落ち着いた様子のよーみを非難すると、本人は僅かに目を細め小さく首を傾げてみせてきた。
「一瞬しか、気配が持続しなかった。たぶん、今行っても何も見つけることなんてできないわ。ただ重要なのは、どうして今、マロンちゃんの気配が突然現れたのかということと、気配を察知できたということは、どこか遠くに移動してしまったわけではない。それが一応証明されたこと」
真っ直ぐにあたしを見つめるよーみの青い瞳は、瞬きはおろか微動だにしない。
「確かに……言われてみればそうだね。マロンちゃん、まだこの旧校舎にいるってことか」
よーみの読みが正しいのなら、最悪の事態はまだ免れていることになる。
手の届かない場所まで離れてしまった訳でないのなら、こちら側にもチャンスはある。
「そうだ、先生は? 高宮先生は昨日の夜に調査みたいなことをしてくれたの?」
高宮先生なら、何か手がかりを掴んだと、希望を与えてくれるかもしれない。
一縷の望みを抱いて問うたあたしに、しかしよーみはあっさりと首を横に振る。
「したけど、駄目。特に何も起こらなかったし、怪しい気配も感じなかった。相手が出てこないんじゃ、わたしたちだって手出しのしようがないってことね」
「……そっか。毎晩出てくるとかってわけでもないんだね。何だろう、出てくるきっかけとかあるのかな?」
「さぁ。わたしに訊かれても、そこまではわからないわ。でも、相手は強力な霊気を持った悪霊ってわけでもなさそう、というのがわたしの考え」
「え? どうしてそう思うの? 鏡の中に引き込むような厄介な霊なのに」
珍しく思案するような表情を作り、微動だにさせなかった目を僅かに下げ、よーみは話を続ける。
「マロンちゃんが連れていかれるとき、強い霊気を感じなかった。本当に質の悪い強力な霊なら、嫌でもその存在が伝わってくるはずなのに、それがない。だからたぶん、今回の相手は鏡に連れ去る厄介な能力はあるけれど、霊気そのものは大したことのないレベルってこと」
「えっと、つまり――鏡に連れ込まれることさえ注意できれば、退治したりは難しくない……ってことで良いの?」
「まぁ、そんなとこかしら。ただあくまでも、相手の正体が不明な現段階でできる推測の範囲で言える話、というだけよ?」
「そ、そっか。でも、よーみがそう言ってくれると、ちょっとだけ安心感みたいなのが湧いてくるね」
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あたしが告げた言葉の意味がわからなかったか、首を傾けるよーみを見つめていると、不意に背後から足音が聞こえ、あたしは廊下へ顔を出した。
「ごめんなさい、お母さんにあれこれ家のことをやらされてたら遅れちゃって」
昇降口から歩いてきていた流空が、あたしの顔を見ると同時に申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ううん、全然大丈夫だよ。いつもはあたしの方が後から来てばっかりなんだし。それよりさ、今ちょっと不思議なことが起きて」
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