旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第四章:孤独な鏡

孤独な鏡 9

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 職員用トイレを含めた旧校舎にある全ての鏡をチェックして、最終的にわかったことは一つ。

 どこの鏡を調べてみても、何一つ不思議な存在や気配を察知することはできない。

 ただこれだけだった。

 特に幽霊や妖怪が映り込むこともないし、割れていたり鏡面に歪みが生じていたりといったおかしな現象も発生はしていなかった。

 当然――なんて言いたくないけど――マロンちゃんの行方ゆくえもわからないまま。

 たった三十分にも満たない程度の時間で、あたしたちにできることはなくなってしまい、仕方なく部室に引き返すとすぐに高宮先生の力を借りようということで話がまとまった。

「それじゃあ、よーみ。申し訳ないけれど、高宮先生をここへ呼んでもらえるかしら? それとも、すぐに呼ぶのは難しい?」

 自分の椅子に座る流空が訊ねると、よーみは「大丈夫だと思う」とあっさりとした返事をする。

「高宮先生は、普段どこにいるのかしら?」

「校長室っていうところ。日中はその中で眠っているような感じ。あなたたちの邪魔をしないようにっていう、配慮らしいけど」

 幽霊が睡眠を必要とするわけもないため、眠っているというのはあくまでも比喩だろう。

 それでも、ここまで気配を消して潜んでいるのだから、自らの霊気をコントロールする能力はかなり高いのかもしれない。

「そう。それじゃあ、私たちはここで待機しているから、すぐに先生を呼んできてくれるかしら。マロンちゃんの件で、先生の助けを借りたがっているって」

「わかったわ」

 流空に言われて素直に頷くと、よーみはチリンと鈴の音を鳴らして壁の中へと消えていった。

「どうなるんだろう。今まで色んな幽霊視てきたけど、こんなパターン始めてだよ」

 待つという行為は、無駄にあれこれと思考する時間を作りだしてしまう。

 あの曇った鏡面の中から、どんな姿をした幽霊が現れるのか。

 もしも襲われてしまったら、自分は果たしてどんな風になってしまうのか。

 不安に苛まれながら暫く大人しくしていると、校舎内に以前感じたのと同じ高宮先生の霊気が漂い始めた。

「話が伝わったようね」

 気配を察したのは流空も同様らしく、窓の方へ向けていた視線を壁の先――校長室がある方向へとシフトさせ呟いた。

「高宮先生、こっち来るかな?」

 以前初めて会ったときのように、殺気立った感じで現れたら嫌だななどと若干警戒して不安をこぼすと、流空は少し可笑しそうに笑って「大丈夫よ」と言葉を返してきた。

「別に今は夜間ではないし、私たちは何も悪いことなんてしていない。むしろ、悪い何かに被害を受けてしまっているんだから、それに対し自分たちで対応ができない以上、大人を頼るのは当たり前じゃない。ましてや、ここは学校なんだから」

「――その通りだ」

 流空の声に返答したのは、あたしではなかった。

 前触れもなく突然に、部室の入口に高宮先生が姿を現し、難しい表情を浮かべてこちらを見つめてくる。

 そのすぐ足元にはよーみもいたが、こちらはいつもと変わらぬ澄ました態度でちょこんと座っているだけ。

 校長室から一瞬で、こちらへ移動してきたのか。

 高宮先生の気配が動くのを察知できなかったことからそう推測するしかないが、あながち間違いではないはず。

 きっと、逃げても逃げても先回りしてくるようなタイプの幽霊も、高宮先生と同じことをしているのかもしれない。

「先生、わざわざ来ていただいて申し訳ありません」

 大して驚いた素振りもなく、流空が立ち上がって頭を下げる。

「構わないよ。正直、私も気になっていた。今夜中にもう一度校内の鏡を調べて、悪さを働いた者をつきとめてやろうと考えていたところだ」

 流空の言葉へ神妙に頷くと、高宮先生はあたしと流空を交互に見つめてゆっくり距離を縮めてきた。

「あの……先生は、マロンちゃんを連れていった犯人が誰か、わかっているんですか?」

 上目遣いに高宮先生を見上げ、あたしはそっと手を上げつつ質問をする。

「いや、気配を探ってはみたが、わからなかった。あんな霊気を持つ者がこの学校にいたことには、私も戸惑っているくらいだよ。ただ……」

 質問に答える最中も、高宮先生はずっと難しい顔をしたままで、さすがに貫禄があるなとついそんなことを思ってしまう。
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