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【第4章】 三日月峠の戦い
89 決して揺るがなかった正義⑦
しおりを挟む「しかし!ここであなた様の命に背くはムンガルという人間の死を意味しています!」
えっ!?
「私はこれよりあなた様の剣となり盾となり戦うことをここに誓いをたてる!!」
マリアンヌの予想に反して食いしばった歯から解き放たれた言葉は裏切りではなく忠誠の言葉だった。
「これから先、あなた様に対して様々なことを言う人間は出てくるでしょう。偏見、嫉妬、周囲を見渡せば敵ばかりになるかもしれない、時には足掻くことすら出来ない苦境に立たされるかもしれない。しかし、このムンガル、ここであなた様にお約束いたします!!」
そう言うとムンガルは横たわる元副官の鼻先に両膝をついて跪くと鈍い光を放つ短剣を大きく振り上げた。
「こ、ここで、私が、、私がぁぁ!!」
覚悟を決めて雄叫びと共に振り上げたはずだったのにピタリと動きを止める筋肉で武装された腕
力を入れようとしても動かない、それはまるでムンガルの巨体を遥かにこえる巨大な怪物に腕を押さえられたようだった。
いや、
ムンガル自体、この姿が見えない巨人の正体は薄々分かっていた
それは自分自身の心の弱さ
ただ…殺したくない
かつての仲間をこの手で
あとは振り下ろすだけ、それだけなのに動かない
初めて元副官が軍に入って来た時、まだ自分も入ったばかりの新兵で右も左も分からなかったのに元副官は恐れ多くも上官に作戦のほころびを指摘していた。
自分と変わらない新兵からの意見、何度も叱責され殴られたのに元副官は止めなかった。
若き日のやつは言った「失敗する策を見過ごすことは出来ない」
その姿勢に馬鹿だと思ってしまった、そして同時に頭が下がった、こいつには勝てないと、こいつのようになりたいと若き自分は憧れた。
しかし性格が真逆すぎたのだろう何度も対立した
でも不思議と戦場では馬が合った
それはいつしか横にいるのが当たり前になるほどに…
月日が経って自分が家の公爵を継ぎ、軍を任せられた時、副官の席に誰を選ぶかと問われた。
私は悩まなかった
「っ!」
頭は命令するのに心がそれを拒む
その冷静な顔がまだ瞼に焼きついている
その思考と自信に満ちた声が鼓膜に張り付いている
心の奥に栓をしたはずの思い出が勝手に溢れ出てくる
唾がうまく飲み込めなかった
それどころかムンガルは喉の奥が焼けるように熱かった
「ぐぐぐぅぅぐ」
威勢よく振り上げてからここまでの流れはおよそ2、3秒
周囲にいる誰もが、まだ止まった腕に疑問を持ってもいない秒数、しかしムンガルには長く、とても長く感じられた。
その時だった
「いいかげん覚悟を決めろ」
「っ!?」
その言葉を聞いたのはムンガルだけだった。
聞きなれたその声にムンガルは冷水を浴びせられたように目を丸くした。
まるで鼓膜に直接語りかけてきたようにはっきりと聞こえた言葉。
しかしその言葉は今のムンガルの置かれている状況を全て察しているような的確な言葉であった。
急いで視線を落とす、しかしやはり血だらけの元副官は地に伏したままピクリとも動かない。
「……気の…せいか…?」
ムンガルは思う
もしかしたら風音を聞き間違えただけかもしれない、と
もし、本当に聞こえたのだとしても
それは既に敵となった自分への侮辱の言葉だったのかもしれない
もしくは以前の仲間であった自分へ対しての最後の感謝の言葉だったのかもしれない
いずれにしても分かるのはこの言葉を言った当人のみ
ムンガルの声が僅かに震える
「ミシバ…お前は…」
視線を落とした元副官の横顔、その口元は昔の戦場を共に駆けた時のように薄っすらと微笑んでいるように見えた。
奇しくもこの一方的なやり取りが10数年共に歩んできた2人の最後のやり取りになってしまった。
覚悟を決めるように奥歯をギリッと噛み締めるムンガル
武器を持つ指に力を込めた
「この私がその全てからあなたをお守り申し上げると!!マリアンヌ様ぁぁ!万歳!!」
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