上 下
136 / 148
【第4章】 三日月峠の戦い

82 地獄の釜

しおりを挟む


 炎が緩やかに勢いを失っていく、しかし完全に失われたわけではもちろんない
 ガレキの山は静まり返っていた
 時折、聞こえるのはパチパチという”何か”が燃えている音だけ

「ふぅ、暑いな」

 くすぶる炎は熱を帯びて周囲の温度を上げていく

 頬を伝う汗
 いつもならお断りな状況だが今は違う
 度重なる空腹、汚れたドレスにその身を通し、艱難辛苦かんなんしんくの末にやっと目の前に豪華な褒美が待っていると分かっているこの場面、その歩みを止めるわけにはいかなかった。

「近づくと良いにおい…では、ないな」

 既にほとんどの人間は人間としての形を成していない。
 例えるのなら死体は子供の遊び道具としてぞんざいに扱われた後の人形のような状態だった。
 奥に行けば行くほど地獄のような瘴気が漂い、ガレキの隙間から轟々と火が上に向かって燃え上がる

「ど、どんどん…暑くなるな、臭いし」

 周囲のガレキが赤く染まっていた
 折り重なるようにガレキと死体が並ぶ
 カーナはそれらを慎重に見極めながら一歩ずつマリアンヌの手を引く

「マリアンヌ様、やはりこのような足場の悪い場所を歩かれるのは危険です。今からでも遅くはありません、引き返して100%の安全が確保できた後に行かれたほうがいいのでは?」

 心配げなか細い声
 マリアンヌはそれを聞くと足元の凹凸激しいガレキの隙間から飛び出している死体をあえて踏みつけながら、いたずらっぽく声を躍らせた。

「それだとせっかくのラストステージを見逃してしまうではないか、それにこの世に100%安全なんて場所などありはしない」
「ですが、、、もしここが崩れなどしたら…」
「ならお前が我を守れ、もちろん守ってくれるのであろう?」
「もちろんです!」
「うむ、よい返事だ」

 しかしもし崩れた時、どうやってこいつは我を助けるつもりだ?
 崩れたら最後、我々は一巻の終わりのような気がするのだが…

 う~~ん、分からん!!

 まぁいっか、こいつなら何とかするだろう

「そろそろ着きます」
「おっ!ついにか!」

 そう言うとマリアンヌは再びその細く美しい足を前へと進める
 すると目の前にはムンガルの部下達が集まっていた

 マリアンヌが近づくとサッと兵たちがその場から離れた
 そして出来る1本の道
 視線を飛ばすと横たわる何かが見えた

 先に到着していたヒナタがマリアンヌの前で頭を垂れる

「危険ですので、お気をつけください」

 軽く手をあげて「うむ、分かっている」と示すと、足をもう1つ、2つ先へ

「それで副官とやらは…こいつか、どれどれ~♪」

 上から覗き込むようにするマリアンヌ
 血だらけで横たわっている人間は視線を伏せたままピクリとも動かなかった

「カーナ、生きているのかコレ?」

 マリアンヌには…いや、常人には聞き取れない呼吸音に耳を傾けるカーナ
 少し、間を置いて答えた

「吐息から推測する絶命までまだ少し時間があるかと」

 吐息、聞こえますかな?
 若干自分の耳に疑心暗鬼を覚えそうになるが、たぶんこいつが異常なだけだろう。

 そしてカーナの言う通り確かにこの人間は生きていた
 ナメクジのようなゆっくりとした速度で顔を上げていくと目を丸くした

「バカな…なぜあなたが、こんなところに」

 そして見上げたまま時間が止まったかのように動かない
 時を置いて言ったのは

「マリ…アンヌ、第一…皇女」

 という、うわ言にも似た言葉であった。

 そんなに驚いてくれるとこちらも危険を承知で来た甲斐があったというものだ
 その顔を見ているだけで心がウキウキ♪してくるぞ

「おいおい、様ぐらい付けたらどうだね」

 思いのほか驚いてくれたことで気分を良くしたマリアンヌ
 礼節を重んじると言わんばかりにひょいっとお辞儀をした

「初めまして、優秀な副官君。我が名はプルート国、第一皇女マリアンヌ・ディ・ファンデシベル。 ありはしない以後にどうぞお見知りおきを」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...