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IDEA of IDENTITY
エス 四章五節
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♰
夢の中で夢を見ていた。
感覚としてはそんなところだ。私はしばし、幻に酔いしれていたのである。温かい食事と、優しい家族。愛しき友人達。これから訪れる甘い恋の予感と、皆で築き上げる幸福な毎日を。
だがそこにいるのは僕じゃない。
僕ではありえない。
人に寄り添えぬ僕には、出来ないことなのだ。
当たり前のことだった。これは虚実ではない。私でないからこそ描ける未来である。皆、離れて行った。私はそれを止めなかった。止める理由がなかったからだ。
私は目の前の、私にとっての現実に意識を戻す。
籠の中の鳥は――ジュリア少年は、緩く微笑んでいる。
この一年で伸びた襟足が、眩しい肩に影を落としていた。掛け値なしに美しいと思う。目が離せない。綺麗だ。手放したくない。
欲しい。
――なぜ、彼だけなのだろう。
僕はなぜ、この子にだけ特別を――感じるのだろう。
唐突に飢えを感じた。ここは私の深層意識。無意識に閉じ込められた欲求の巣窟。とはいえ、生理現象など覚えるはずがない。喉が渇いたような、お腹が空いたような。口が寂しいような、肌が恋しいような。寒くて、恐ろしく、不安になる。私は震える足を踏み出した。少年に近付く度に、激烈な文字が網膜に浮かび上がる。
独占したい。
僕だけのものになってほしい。
できないのであれば。
いっそ。
私は少年の首に手を伸ばした。壁に押しつけるようにして覆いかぶさる。力はまだ込めていない。だが時間の問題だ。私の指は彼の頸動脈にかかっている。強く脈打つこの箇所を、軽く抑えるだけでいい。人間は簡単に死ぬ。寿命も短い。脆くて容易く壊れる。
完璧な存在であるはずの私が。
どうしてかくも儚き命を元に創られたのか。
――ずっとわからなかった。
教えてくれると言った。君は。それを。どうしてあの時、私は君を抱きしめたいと思ったのか。今、こんなにも抱きしめたいと思っているのか。それが理解できれば、私は君に近付けるのだろうか。
人を識りたいと思うのは。
――果たして、父に命じられたからなのか。
私は――貴方達に惹かれているのではないのか。
懸命な生に。
憧れているのでは。
「ジュリア……ジュリア、僕は」
少年の甘い唇が、私の言葉を塞いだ。
唾液はまるで麻薬のようだった。僕はあっという間に虜になった。滑り込んできた舌を迎え入れる。裏を舐めると、僕に縋るジュリアの手に力がこもった。湧き上がる感情がある。それらは干からびた胸をぐじゅぐじゅに潤す。僕の欠けた部分を埋め合わせてくれる。あたたかい。やさしい。僕は彼の背に爪を立てた。印を残したかったのだ。
「はぁ、は……」
「んん……っ、ふぁ、あ」
額に。頬に。顎に。口付けた。僕が触れる度にジュリアは伏せた睫毛を震わせた。耳の下を軽く吸うと、気怠い吐息が耳朶をくすぐった。西洋人形のごとき整った美貌に反して、声は低いのがこの子の良いところだ。掠れた喘ぎは劣情をこれでもかと煽ってくる。余裕のなくなってきた頃の裏声もたまらなく可愛い。ジュリア、と名前を呼ぶと、イッシュ様、と彼は応えた。それが嬉しかった。呼んだら応えてくれる。そんな当たり前の事実が。今この瞬間は僕だけのものだという虚妄が。薄い桃色の乳首を舌で転がすと、ジュリアは恥ずかしそうに身を捩った。僕は冷えた床に彼を横たえた。
「あ、あっ。ぅう、ん……イッシュ、様……ぁ、あぅっ、あ」
僕は未発達な体を舐めまわした。臍を、背骨のくびれ一つ一つを、膝の裏を、尻のえくぼを、足指の水かきを。最後に丹念に尻穴をほぐす。下から上へと舐め上げる。四つん這いになったジュリアは、たまらず自分の手で前をしごいていた。僕はそれを止めさせて、怒張する自身をひくつく穴に擦りつける。焦らしているうちに腿の弾力に夢中になった。ジュリアは早く早くとねだった。
「イッシュ様……ちょうだい……もう、我慢できません……っ」
「――――……はは」
僕は笑った。
虚しかった。
無闇に泣きたくなる。
私の知るジュリアはそんなことは言わない。
――哀れな妄想だ。
これが私の願望? 組み伏せ、服従させることが? 唯々諾々と従わせることが? 淫らに腰を上げ、局部を擦りつけてくる従順な姿が?
私の、欲しかったもの?
「ジュリア」
普段なら、いくらでも吐ける愛の言葉が。
どうしてか、喉につかえた。
私は彼を仰向けにし、顔をしっかりと見つめた。腰を持ち上げ、陰茎をそこへ挿し込んでいく。ジュリアは抑えの知らぬ甲高い声で啼く。濡れた瞳が快感にぼやけ、早くも彼はイってしまった。白濁した精液が彼の白い腹を汚した。あまりの締め付けに僕ですら意識が飛びそうになる。恋人のするように互いの両手を絡め合わせ、僕達は襲いくる快楽の波に堪えきった。
私は彼を繰り返し犯した。
お世辞にも丁寧とは言えなかった。乱暴に、乱雑に。腹いせのように荒々しく腰を打ち付けた。どれだけ慾を吐き出しても衝動は収まらなかった。ジュリアは泣き叫びながら、それでも僕を拒まなかった。気持ちいいとよがる彼と僕は、今、快楽によって繋がっていた。それなのに、何かが足りなかった。
私は少年を抱きしめた。
いつまでもこうしていたかった。
こうしているだけで好いように思えた。
こうしたかっただけなのではないかと気付いた。
「――愛していると、言ってください」
僕は言う。
薄緑色の瞳が開く。
暗がりの中で尚、黒々とした闇がそこにはある。
深淵が覗いていた。
かちり――と。
歯車の、噛みあった音がする。
「できません」
彼は苦し気に言った。身が竦む思いがした。
私はみっともなく震える声で訊ねた。
「ど……どうして」
「だって――あなたには、必要ないでしょう?」
少年は私の腕の中でどろどろに溶けてしまった。
白い波濤は腐り果て、やがて無機質な石床に吸い込まれていく。
消える。消えてしまう。僕の胸に宿る、大切な感情が。
認めたくなかったのか。
認められなかったのか。
認めるまでもなかったのか。
僕は――きっと、君を――。
私は悲鳴を上げた。這いつくばり、少年の残骸を探した。待って、行かないでと叫んだ。置いて行かないで。一緒にいて。
僕の愛を受け入れて。
がしゃん――と、鉄格子が閉まった。
鍵のかかる音がする。
私は顔を上げた。そこには僕がいた。僕に瓜二つの少女が立っていた。にんまりとほくそ笑んでいる、そんな顔もそっくりだった。蔑みの視線は少女の勝利を決定づけ、萎れた僕は敗者となった。
私は失敗した。
夢の中で夢を見ていた。
感覚としてはそんなところだ。私はしばし、幻に酔いしれていたのである。温かい食事と、優しい家族。愛しき友人達。これから訪れる甘い恋の予感と、皆で築き上げる幸福な毎日を。
だがそこにいるのは僕じゃない。
僕ではありえない。
人に寄り添えぬ僕には、出来ないことなのだ。
当たり前のことだった。これは虚実ではない。私でないからこそ描ける未来である。皆、離れて行った。私はそれを止めなかった。止める理由がなかったからだ。
私は目の前の、私にとっての現実に意識を戻す。
籠の中の鳥は――ジュリア少年は、緩く微笑んでいる。
この一年で伸びた襟足が、眩しい肩に影を落としていた。掛け値なしに美しいと思う。目が離せない。綺麗だ。手放したくない。
欲しい。
――なぜ、彼だけなのだろう。
僕はなぜ、この子にだけ特別を――感じるのだろう。
唐突に飢えを感じた。ここは私の深層意識。無意識に閉じ込められた欲求の巣窟。とはいえ、生理現象など覚えるはずがない。喉が渇いたような、お腹が空いたような。口が寂しいような、肌が恋しいような。寒くて、恐ろしく、不安になる。私は震える足を踏み出した。少年に近付く度に、激烈な文字が網膜に浮かび上がる。
独占したい。
僕だけのものになってほしい。
できないのであれば。
いっそ。
私は少年の首に手を伸ばした。壁に押しつけるようにして覆いかぶさる。力はまだ込めていない。だが時間の問題だ。私の指は彼の頸動脈にかかっている。強く脈打つこの箇所を、軽く抑えるだけでいい。人間は簡単に死ぬ。寿命も短い。脆くて容易く壊れる。
完璧な存在であるはずの私が。
どうしてかくも儚き命を元に創られたのか。
――ずっとわからなかった。
教えてくれると言った。君は。それを。どうしてあの時、私は君を抱きしめたいと思ったのか。今、こんなにも抱きしめたいと思っているのか。それが理解できれば、私は君に近付けるのだろうか。
人を識りたいと思うのは。
――果たして、父に命じられたからなのか。
私は――貴方達に惹かれているのではないのか。
懸命な生に。
憧れているのでは。
「ジュリア……ジュリア、僕は」
少年の甘い唇が、私の言葉を塞いだ。
唾液はまるで麻薬のようだった。僕はあっという間に虜になった。滑り込んできた舌を迎え入れる。裏を舐めると、僕に縋るジュリアの手に力がこもった。湧き上がる感情がある。それらは干からびた胸をぐじゅぐじゅに潤す。僕の欠けた部分を埋め合わせてくれる。あたたかい。やさしい。僕は彼の背に爪を立てた。印を残したかったのだ。
「はぁ、は……」
「んん……っ、ふぁ、あ」
額に。頬に。顎に。口付けた。僕が触れる度にジュリアは伏せた睫毛を震わせた。耳の下を軽く吸うと、気怠い吐息が耳朶をくすぐった。西洋人形のごとき整った美貌に反して、声は低いのがこの子の良いところだ。掠れた喘ぎは劣情をこれでもかと煽ってくる。余裕のなくなってきた頃の裏声もたまらなく可愛い。ジュリア、と名前を呼ぶと、イッシュ様、と彼は応えた。それが嬉しかった。呼んだら応えてくれる。そんな当たり前の事実が。今この瞬間は僕だけのものだという虚妄が。薄い桃色の乳首を舌で転がすと、ジュリアは恥ずかしそうに身を捩った。僕は冷えた床に彼を横たえた。
「あ、あっ。ぅう、ん……イッシュ、様……ぁ、あぅっ、あ」
僕は未発達な体を舐めまわした。臍を、背骨のくびれ一つ一つを、膝の裏を、尻のえくぼを、足指の水かきを。最後に丹念に尻穴をほぐす。下から上へと舐め上げる。四つん這いになったジュリアは、たまらず自分の手で前をしごいていた。僕はそれを止めさせて、怒張する自身をひくつく穴に擦りつける。焦らしているうちに腿の弾力に夢中になった。ジュリアは早く早くとねだった。
「イッシュ様……ちょうだい……もう、我慢できません……っ」
「――――……はは」
僕は笑った。
虚しかった。
無闇に泣きたくなる。
私の知るジュリアはそんなことは言わない。
――哀れな妄想だ。
これが私の願望? 組み伏せ、服従させることが? 唯々諾々と従わせることが? 淫らに腰を上げ、局部を擦りつけてくる従順な姿が?
私の、欲しかったもの?
「ジュリア」
普段なら、いくらでも吐ける愛の言葉が。
どうしてか、喉につかえた。
私は彼を仰向けにし、顔をしっかりと見つめた。腰を持ち上げ、陰茎をそこへ挿し込んでいく。ジュリアは抑えの知らぬ甲高い声で啼く。濡れた瞳が快感にぼやけ、早くも彼はイってしまった。白濁した精液が彼の白い腹を汚した。あまりの締め付けに僕ですら意識が飛びそうになる。恋人のするように互いの両手を絡め合わせ、僕達は襲いくる快楽の波に堪えきった。
私は彼を繰り返し犯した。
お世辞にも丁寧とは言えなかった。乱暴に、乱雑に。腹いせのように荒々しく腰を打ち付けた。どれだけ慾を吐き出しても衝動は収まらなかった。ジュリアは泣き叫びながら、それでも僕を拒まなかった。気持ちいいとよがる彼と僕は、今、快楽によって繋がっていた。それなのに、何かが足りなかった。
私は少年を抱きしめた。
いつまでもこうしていたかった。
こうしているだけで好いように思えた。
こうしたかっただけなのではないかと気付いた。
「――愛していると、言ってください」
僕は言う。
薄緑色の瞳が開く。
暗がりの中で尚、黒々とした闇がそこにはある。
深淵が覗いていた。
かちり――と。
歯車の、噛みあった音がする。
「できません」
彼は苦し気に言った。身が竦む思いがした。
私はみっともなく震える声で訊ねた。
「ど……どうして」
「だって――あなたには、必要ないでしょう?」
少年は私の腕の中でどろどろに溶けてしまった。
白い波濤は腐り果て、やがて無機質な石床に吸い込まれていく。
消える。消えてしまう。僕の胸に宿る、大切な感情が。
認めたくなかったのか。
認められなかったのか。
認めるまでもなかったのか。
僕は――きっと、君を――。
私は悲鳴を上げた。這いつくばり、少年の残骸を探した。待って、行かないでと叫んだ。置いて行かないで。一緒にいて。
僕の愛を受け入れて。
がしゃん――と、鉄格子が閉まった。
鍵のかかる音がする。
私は顔を上げた。そこには僕がいた。僕に瓜二つの少女が立っていた。にんまりとほくそ笑んでいる、そんな顔もそっくりだった。蔑みの視線は少女の勝利を決定づけ、萎れた僕は敗者となった。
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