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「……」
「……」
父さんと二人っきりになった控え室で、無言のまま向き合う。
さっきの昂志とのやり取りを親に見られた気まずさもあり、こういうとき何を言えばいいのか分からなかった。
かと言って、無言のまま式場に向かうのもおかしい気がする。
「……父さん」
とりあえずと声をかけ顔を上げたところで、優しい、けれどどこか寂しげな顔をした父さんの姿を見つけ固まった。
「……幸せになるんだよ、とは言わないよ」
瞬きすら出来ず、ゆっくりと口を開く寂しげな父さんの顔を見つめる。
「昂志くんなら、必ず樹を幸せにしてくれるだろうから。……でももし、辛いことがあったら、どうしても悲しいことがあったら、いつでも戻ってきなさい。私はこの先、何年何十年経っても樹のお父さんで、わたし達は家族だからね」
「……と……父さん」
――本当だったら、俺は川邊家を継ぐ長男だった。弟の綴がいるから息子は俺の他にもいたけど、長男が俺なのは紛れもない事実だった。長男である俺がいつかは嫁をもらって、家を継いで、子供を作って、父さんに孫の顔を見せる筈だった。次世代に繋ぐ予定だった。絶対、父さんもそれを夢見ていた筈なんだ。期待してた筈なんだ。間違っても俺自身が嫁にいくなんて想像はしていなかっただろう。俺が子供を産むなんて、考えもしなかっただろう。当の本人である俺がそうなんだから、父親である父さんには予想外の出来事どころか天地がひっくり返える衝撃の上をいっていた筈だ。
俺は、普通の父親だったら悩まなくていい事情で父さんを散々悩ませた筈だ。普通の父親が当たり前に描く夢を奪った筈だ。父さんの期待を、裏切ったのに。
それをおくびにも出さず、色々な葛藤があっただろうに、息子だった俺を娘として送り出してくれる父さんに嗚咽が漏れそうになり、とっさに奥歯を噛み締めた。
「父さん」
父さんの気持ちを無駄にはしない。
俺はこれから昂志と一緒に生きていくけど、絶対忘れない。
「……今まで育ててくれて、ありがとうございました」
絶対、幸せになるから。
パイプオルガンの音が響く中、花びらで埋め尽くされたチャペルの中央通路を、いわゆるヴァージンロードを父さんの手を引かれながら歩く。
祭壇に向かって右側に昂志の家族が、左側に俺の家族が着席していた。
赤ちゃんも母さんの腕に抱かれ、参列している。
左右後方には、高校で一緒に汗を流した野球部の皆が笑顔で座っていた。雁屋がうまいこと言ってくれたらしい。
皆の俺を見る目が優しくて、嬉しくて堪らなかった。
祭壇前では牧師様が立っている。
その手前に昂志の姿を見つけ、父さんの手をそっと離した。
手を差し出す昂志にゆっくりと歩み寄れば、その手に指先な触れる前に腕を捕まれ引き寄せられる。
「っ!」
「おっ、熱いねぇ!」
「ちょ、バカッ!」
昂志の胸に抱き込まれた瞬間、後方からヤジが飛んだ。たぶんセカンドの加藤だ。とても広い守備範囲の対応も難なくこなすくせに、相変わらず空気が読めないらしい。
小声で怒っているのはマネージャーだった古宮だろう。
俺は本来の式の手順と違う、と昂志を軽く睨みながらその胸から離れ、牧師様に向き合った。
牧師様が苦笑を浮かべながら視線を誓約書に落とす。
「汝、五十嵐昂志はその健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
テレビドラマでお決まりの文句だ。
「はい」
昂志の低い声が響く。
「樹に誓います」
「……!?」
思わず隣の昂志を見た。
ここは神様に誓う場面だろう!
困惑する俺を置いて、牧師様は続ける。
「汝、川邊樹はその健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「っ!」
どう答えるべきか、昂志を窺い見ればその視線は祭壇の十字架で、俺は覚悟を決めた。
「……はい」
どうせ、とっくに他の選択肢はなかったんだから。
「昂志に誓います」
神様ごめんなさい。昂志が俺に誓ってくれるなら、俺も昂志に誓いたい。
「では誓いのキスを」
牧師様の言葉を聞いて、昂志が待ってました!と言わんばかりに俺のベールに手をかけた。
そっとベールを持ち上げるその指先も、実は緊張に震える足も、鼻の下伸ばした情けない顔も、全部ぜんぶ愛してる。
この愛のすべてで、永遠を誓うよ。
「愛してる樹」
「俺も愛してるよ昂志」
俺は唇に触れた幸せを、力一杯抱きしめた。
END
「……」
父さんと二人っきりになった控え室で、無言のまま向き合う。
さっきの昂志とのやり取りを親に見られた気まずさもあり、こういうとき何を言えばいいのか分からなかった。
かと言って、無言のまま式場に向かうのもおかしい気がする。
「……父さん」
とりあえずと声をかけ顔を上げたところで、優しい、けれどどこか寂しげな顔をした父さんの姿を見つけ固まった。
「……幸せになるんだよ、とは言わないよ」
瞬きすら出来ず、ゆっくりと口を開く寂しげな父さんの顔を見つめる。
「昂志くんなら、必ず樹を幸せにしてくれるだろうから。……でももし、辛いことがあったら、どうしても悲しいことがあったら、いつでも戻ってきなさい。私はこの先、何年何十年経っても樹のお父さんで、わたし達は家族だからね」
「……と……父さん」
――本当だったら、俺は川邊家を継ぐ長男だった。弟の綴がいるから息子は俺の他にもいたけど、長男が俺なのは紛れもない事実だった。長男である俺がいつかは嫁をもらって、家を継いで、子供を作って、父さんに孫の顔を見せる筈だった。次世代に繋ぐ予定だった。絶対、父さんもそれを夢見ていた筈なんだ。期待してた筈なんだ。間違っても俺自身が嫁にいくなんて想像はしていなかっただろう。俺が子供を産むなんて、考えもしなかっただろう。当の本人である俺がそうなんだから、父親である父さんには予想外の出来事どころか天地がひっくり返える衝撃の上をいっていた筈だ。
俺は、普通の父親だったら悩まなくていい事情で父さんを散々悩ませた筈だ。普通の父親が当たり前に描く夢を奪った筈だ。父さんの期待を、裏切ったのに。
それをおくびにも出さず、色々な葛藤があっただろうに、息子だった俺を娘として送り出してくれる父さんに嗚咽が漏れそうになり、とっさに奥歯を噛み締めた。
「父さん」
父さんの気持ちを無駄にはしない。
俺はこれから昂志と一緒に生きていくけど、絶対忘れない。
「……今まで育ててくれて、ありがとうございました」
絶対、幸せになるから。
パイプオルガンの音が響く中、花びらで埋め尽くされたチャペルの中央通路を、いわゆるヴァージンロードを父さんの手を引かれながら歩く。
祭壇に向かって右側に昂志の家族が、左側に俺の家族が着席していた。
赤ちゃんも母さんの腕に抱かれ、参列している。
左右後方には、高校で一緒に汗を流した野球部の皆が笑顔で座っていた。雁屋がうまいこと言ってくれたらしい。
皆の俺を見る目が優しくて、嬉しくて堪らなかった。
祭壇前では牧師様が立っている。
その手前に昂志の姿を見つけ、父さんの手をそっと離した。
手を差し出す昂志にゆっくりと歩み寄れば、その手に指先な触れる前に腕を捕まれ引き寄せられる。
「っ!」
「おっ、熱いねぇ!」
「ちょ、バカッ!」
昂志の胸に抱き込まれた瞬間、後方からヤジが飛んだ。たぶんセカンドの加藤だ。とても広い守備範囲の対応も難なくこなすくせに、相変わらず空気が読めないらしい。
小声で怒っているのはマネージャーだった古宮だろう。
俺は本来の式の手順と違う、と昂志を軽く睨みながらその胸から離れ、牧師様に向き合った。
牧師様が苦笑を浮かべながら視線を誓約書に落とす。
「汝、五十嵐昂志はその健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
テレビドラマでお決まりの文句だ。
「はい」
昂志の低い声が響く。
「樹に誓います」
「……!?」
思わず隣の昂志を見た。
ここは神様に誓う場面だろう!
困惑する俺を置いて、牧師様は続ける。
「汝、川邊樹はその健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「っ!」
どう答えるべきか、昂志を窺い見ればその視線は祭壇の十字架で、俺は覚悟を決めた。
「……はい」
どうせ、とっくに他の選択肢はなかったんだから。
「昂志に誓います」
神様ごめんなさい。昂志が俺に誓ってくれるなら、俺も昂志に誓いたい。
「では誓いのキスを」
牧師様の言葉を聞いて、昂志が待ってました!と言わんばかりに俺のベールに手をかけた。
そっとベールを持ち上げるその指先も、実は緊張に震える足も、鼻の下伸ばした情けない顔も、全部ぜんぶ愛してる。
この愛のすべてで、永遠を誓うよ。
「愛してる樹」
「俺も愛してるよ昂志」
俺は唇に触れた幸せを、力一杯抱きしめた。
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