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 最低な意地悪女神により、異世界に転移させられた少年、春は気が付くと町の中にいた。
 ヨーロッパのような中世の世界観に海が広がっている。
 木造で造られた家や、石材で出来た家が並ぶ。
 たくさんの人通りがあり、普通の人間だけでなく、動物の耳と尻尾が生えた身体能力が高い獣人や、耳が長く魔法に長けたエルフ、色んな人達がいる。

「どうしよう……」

 何の説明もなく、この世界に来た少年には、どうやって稼げばいいか分からず、まず何をしたらいいのか理解出来ていない。
 途方に暮れて通行人の邪魔にならないように、端っこによって座り込む。

 少年は、そこから動かずにずっと、座ったままで過ごし、日が暮れて夜になった。

 街灯などは無いが月の明かりのお陰で、視界は少しだけ利く。
 この世界では夜になると外は冷える。
 服以外、何も持っていない春の身体は冷えて、ぷるぷるっと震えている。

「寒いよ~……ぐぅ~お腹減ったよぉ……」

 異世界に来てから、飲まず食わずで過ごしてきた少年は空腹で眠る事すら出来ない。
 このままでは死んでしまうと悟った春は、次通りかかった人に、勇気を出して声をかけてみようと覚悟を決める。

「はぁ~もう嫌だぁ……冒険者なんてやってられないわよ」

 人通りが少なくなった夜遅くに若い人間の女性が1人、少年の方へと歩いてくる。
 彼女の名前はアスナ18歳。
 腰まである長い銀髪を揺らす彼女は、14歳の頃から魔物を狩る冒険者ギルドのハンターとしての職業についたが、常に最低ランクのFランク冒険者で、魔物を倒すことより薬草等の採取をメインに活動している。

 採取系の仕事は、強くなくても知識さえあれば誰でも出来るが、実りが悪く稼ぎにならない為、誰もやりたがらない。
 アスナには魔法の才能もスキルも無く、剣ぐらいは持っているが、剣術が得意という訳でもない。
 そんな彼女が唯一できる仕事が採取なのだ。

 いつも夜遅くまで森の浅い場所で採取しても稼ぎは、ギリギリ生活できる限界のライン。
 もちろん貯金等は無く、休みなく働いている。
 アスナはそんな生活にウンザリしていたが、スキルも魔法も使えないのでは他の仕事に就くことは出来ず、毎日必死に耐えながら生活していた。

「早く帰って休もう……」

「お姉さんっ待って!」

「へっ!? 何よ???」

 暗い夜道で少年に声をかけられて驚き立ち止まるアスナ。
 
「お姉さんお願いします……ちょっとだけでいいから食べ物を恵んで下さい」

 何となく理由を把握した彼女だが、自分もギリギリの生活をしている為、渡すお金等ない。

「ごめんね。 私も人に渡せる分は無いの……」

「そんなぁ~。 うぅぅ~さ、寒いよ……」
 
 ひゅう~っと風が通り抜け、腹ペコで寒さに震える春をさらに苦しめる。
 そんな少年を見て、アスナは自分の過去を思い出す。

 当時14歳だった彼女は、両親に先立たれ独りぼっちになってしまった。
 スキルや魔法の才能が無くても、勉強したりして知識を身に着けて18で仕事に就くのが、この世界での常識だが、親に死なれ勉強するだけの、お金を持っていなかったアスナは、冒険者になる以外の選択肢が無かった。
 
 今目の前にいる少年が、その時の自分と被って見える。
 どうにかして、助けてあげたいという気持ちが彼女の中に芽生える。

「分かったわ! 助けてあげる」

「ほんとう?」

「ええ、本当よ! 家に来なさい!」

 
◆◆◆


 春を助ける為に自宅へと連れて帰ったアスナだった。
 外見は綺麗な家だが、中は酷くゴミは散乱し、タンスは倒れている。
 女性の部屋とは思えない程散らかっていて汚い。

「お姉さん……家……」

「い、言わないでっ! 仕事が忙しくて片付ける暇がないの!」

 半分嘘である……確かに仕事を休む暇がないぐらい金銭的に余裕は無いが、元々片付けが下手で炊事、洗濯、掃除、家事全般が苦手で、自炊も出来ないため、いつも店で購入した出来合いの物を食べている。

「……家に入れてくれて、ありがとうございますぅ!」

「あっ……えっと、どういたしましてぇ」

 何年ぶりだろうか……アスナは久しぶりに人から感謝され、トゲトゲした物に刺されたかのような、むず痒い感覚に似た恥ずかしい気持ちになる。
 どうして、こんな感情を抱くのか分からない彼女は戸惑ってしまう。
 それ以上に、この少年を助けたいとは思ったアスナだが、自分の生活ですらギリギリなのに、本当にどうして家に招いたのか分からずに困惑している。

 とりあえずお互いに自己紹介して、名前と年齢を教え合い、春があの場所にいた理由を聞く。

 少年は包み隠さずに、自分が別の世界から来たことを明かし、女神様から魔法の才能もスキルすら与えられなかった事を説明した。

「そうだったのね……辛かったわね」

「うんうん。 今は辛くないよ。 だってアスナさんに出逢えたから幸せだよ!」

 嬉しそうに話す春を見ている彼女は、変な気持ちになっていく。
 アスナは不幸で、少年も不幸なはずなのに、お互いが出逢えたキッカケは不幸だったから。
 不幸なはずなのに嬉しい……2人は今幸福を感じている。
 不幸なはずなのに辛くない、何故か幸せなのだ。
 矛盾した気持ちのせいで、彼女は困惑してしまっている。

「ぐぅ~……あっ!?」

 空腹の春がお腹を鳴らす。
 
「ふふふ、ちょっと待っててね。 ご飯持ってくるから」

 自分がいつも食べる分の2個の黒いパンを、散らかったキッチンから運んでくる。
 1枚の皿に載せられた2個の黒パンがテーブルの上に置かれる。

 1番安いパンである黒パンは、硬過ぎてスープでふやかして食べるのが一般的だが、そのスープすら買うお金がない程に貧乏なのだ。

 アスナは食費を切り詰めるために、1日2食しか食べない。
 朝と夜の2回で、一回の食事で黒パン2個。
 ここまでやらないと生活できない。

 そして今日は春の分も出さないといけない……

 2個のパンを分け合い、1人1個になる。

「ごめんね。 こんな食事で……黒パンなんて美味しくないよね」

「おいしい! おいしいよ! ありがとうアスナさん!」

 硬い黒パンにかぶり付き、がむしゃらに食いちぎっている。
 そんな少年の姿を見て、美味しい理由がないと、冗談で「おいしい」と言ってくれていると思ったアスナは、いつもの馴れた不味いパンに口をつける。

「え、嘘でしょう……なんでっこんなに美味しいの!?」

「ね、凄くおいしいね!」

 両親がいなくなって以来、久しぶりに他人と一緒に食べるパン。
 硬くて不味いはずのパンが美味しく感じる。
 もっと不思議なのは……いつもは2つ食べても満足せず空腹なのに、今日は分けたせいで1個しか食べていないにも関わらず、幸福な気分で満たされている。

「お、おかしいわ……ぐすん……私不幸なはずなのにぃぃぃぐすん……なんで、こんなに幸せなの? 何故こんなに美味しいの? ぐすんっっっ」

 アスナは考えても答えが出せず、溢れる涙を止められない。
 ハンターとして1人で生きていかなければ、いけないと思い込んでいた。
 1人で孤独にご飯を食べ、毎日1人でハンターとして働く日々は、辛く悲しいものだった。
 「自分は何のために生きてるのか?」自問自答する事は合ったが、答えが帰って来る事はない。
 そんな答えのない苦痛を常に胸に秘めていた彼女は、春の柔和で優しい性格に冷え固まった心を溶かされていく。

「アスナさん大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃないよぉ……辛かったよ……寂しかったよ。 うぅぅぐすっっっ」

「もう大丈夫だよ! ボクがお姉さんを守るから! アスナさんを泣かせるやつは許さない」

「ぐすんっ……ハルのせいよっ!」
 
「え、ボクのせい?」

「そうよ! ぐすん……ハルと一緒にいると嬉しくて幸せな気分になるから、泣いちゃうのよぉぉぉ!」



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