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断章 誰も知らなくていい場所
やくそく
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──何もわからなかった。全部奪われて、何も無くなった。力も、命も、僕という人間の意味も。
「………ああ」
消えてしまった。姉さんを消してしまった。あの力は、一度消したものは二度と戻ってこない──それだけはわかりきっていたことなのに。自暴自棄になってしまったばかりに、僕は最後まで孤独で、救われない。ここは地獄でもない、天国でもない場所だとわかる。あの天皇が本当に神だったなら、こんな無慈悲なことはしない。そもそも民に死ねと簡単に言える奴が神なわけがない。そんな理不尽な神がいるなら言われる前に自分から死んでる。ああ、それにしても腐った人生だった。
「こら。自分を卑下しない」
「え」
姉さんの声が聞こえた。流石にこれは幻だろうか。僕もいよいよ来るところまで来てしまったと言うべきか。
「こら! 無視しないで」
「えぇ?」
べし、と頭を叩かれた感覚がして、後ろを見る。
「……姉さん」
「あの子にね、最後の最後で借りを作っちゃった」
どうやらユーイオとやらが「輪廻」を自分に残すことをせず、姉さんに全て渡したらしい。姉さんが言うには、あと少しでも遅かったら取り返しのつかないことになっていたかもしれないとのことだ。
「……言ったでしょ。わたしはどんな道になろうとも、あなたとまた一緒に生きたいって」
「言ってたけど……でも、それじゃ姉さんが!」
無駄に不幸になってしまう。それなのに、姉さんは笑って僕を見つめた。
「円がいれば、わたしなーんにも怖くないよ。二人だからあの時代でも生きてこれたんだと思ってるよ」
「……」
「それに、円だけが不幸せになるなんて許さないよ」
わかっている。姉さんが何を言って、どう思うかなんてある程度わかっている。僕達は体を半分ずつ分け合って、そこからもう一度育ってきたんだ。忌み子だと殺されなかったのは最初で最後の幸運だった。
「二人じゃないと意味が無いの。わかる?」
「………わからない訳じゃないよ」
「わたしは神でもなんでもない、ただのあなたの双子の姉なの。体を分け合ったなら、不幸も分け合って然るべきでしょ。どうして自分だけを責めるの」
神格化するな、と言われてしまった。別にそうしていたつもりは……無かったのだが。確かに、この百年でやってきたことは、巷の人間が天皇にやっていた態度や行動と遠くはなかったかもしれない。それは認めた方がいいだろう。
「さ、円。わたしはあなたと今度こそ一緒に最後まで仲良く生きるつもりだけど。円は? こんなわたしは嫌?」
ぎゅ、と優しく抱きしめられた。母さんのそれとは違う、あたたかさ。生前は結核のせいで五歳までしかされることのなかった、懐かしいぬくもり。自然と涙が出てしまう。
「…………嫌じゃない。嫌じゃないに決まってる。僕だって何回でも姉さんの弟に生まれたいと思うよ! 今度は僕も健康に生まれて……姉さんと一緒に走り回ったり………勉強したりしたいって!」
「……良かった。同じ気持ちでいてくれてありがとう」
全身に痛みが走り始める。真っ暗な世界が一転して針山や灼熱の池を見せ始める。当然ながらあんなことをしでかした僕は問答無用でこちら側だ。
「耐えるよ、円と生きる未来の為ならいくらでも」
「……僕も、頑張る」
肺結核の比なんてものじゃないだろうけれど、体に痛みや苦しみが走り渡ることはそれなりに慣れているつもりだ。
「──あら、ユーイオ様の魂に居た……」
「宮島美代子です。こちらは弟の円です」
「ええ、存じております。……こちらの時間にして千年、人間界の時間にて百年もの地獄での生活、ご苦労様でした」
「二人でまた生きるって決めたから頑張れただけだよ」
転生の順番が来ない天界の住人は仲の良い双子を見て微笑ましく思った。
「左様ですか。……ここまでの記憶は一旦消させてもらいますがよろしいですね?」
「……覚えてない方が幸せだろうし」
双子は頷く。
「折角ですのでおふたりの覚悟と決意を尊重させてもらいます。……どうか、今世は楽しめますよう人間界からは見えない天界から、願っておりますよ」
──二日後の夜、双子が生まれた。技術が発達し、機械が大半の仕事を担う世界で性別の違う一卵性の双子が生まれたのは、記録に残っている例から実に百年ぶりだったらしい。
「………ああ」
消えてしまった。姉さんを消してしまった。あの力は、一度消したものは二度と戻ってこない──それだけはわかりきっていたことなのに。自暴自棄になってしまったばかりに、僕は最後まで孤独で、救われない。ここは地獄でもない、天国でもない場所だとわかる。あの天皇が本当に神だったなら、こんな無慈悲なことはしない。そもそも民に死ねと簡単に言える奴が神なわけがない。そんな理不尽な神がいるなら言われる前に自分から死んでる。ああ、それにしても腐った人生だった。
「こら。自分を卑下しない」
「え」
姉さんの声が聞こえた。流石にこれは幻だろうか。僕もいよいよ来るところまで来てしまったと言うべきか。
「こら! 無視しないで」
「えぇ?」
べし、と頭を叩かれた感覚がして、後ろを見る。
「……姉さん」
「あの子にね、最後の最後で借りを作っちゃった」
どうやらユーイオとやらが「輪廻」を自分に残すことをせず、姉さんに全て渡したらしい。姉さんが言うには、あと少しでも遅かったら取り返しのつかないことになっていたかもしれないとのことだ。
「……言ったでしょ。わたしはどんな道になろうとも、あなたとまた一緒に生きたいって」
「言ってたけど……でも、それじゃ姉さんが!」
無駄に不幸になってしまう。それなのに、姉さんは笑って僕を見つめた。
「円がいれば、わたしなーんにも怖くないよ。二人だからあの時代でも生きてこれたんだと思ってるよ」
「……」
「それに、円だけが不幸せになるなんて許さないよ」
わかっている。姉さんが何を言って、どう思うかなんてある程度わかっている。僕達は体を半分ずつ分け合って、そこからもう一度育ってきたんだ。忌み子だと殺されなかったのは最初で最後の幸運だった。
「二人じゃないと意味が無いの。わかる?」
「………わからない訳じゃないよ」
「わたしは神でもなんでもない、ただのあなたの双子の姉なの。体を分け合ったなら、不幸も分け合って然るべきでしょ。どうして自分だけを責めるの」
神格化するな、と言われてしまった。別にそうしていたつもりは……無かったのだが。確かに、この百年でやってきたことは、巷の人間が天皇にやっていた態度や行動と遠くはなかったかもしれない。それは認めた方がいいだろう。
「さ、円。わたしはあなたと今度こそ一緒に最後まで仲良く生きるつもりだけど。円は? こんなわたしは嫌?」
ぎゅ、と優しく抱きしめられた。母さんのそれとは違う、あたたかさ。生前は結核のせいで五歳までしかされることのなかった、懐かしいぬくもり。自然と涙が出てしまう。
「…………嫌じゃない。嫌じゃないに決まってる。僕だって何回でも姉さんの弟に生まれたいと思うよ! 今度は僕も健康に生まれて……姉さんと一緒に走り回ったり………勉強したりしたいって!」
「……良かった。同じ気持ちでいてくれてありがとう」
全身に痛みが走り始める。真っ暗な世界が一転して針山や灼熱の池を見せ始める。当然ながらあんなことをしでかした僕は問答無用でこちら側だ。
「耐えるよ、円と生きる未来の為ならいくらでも」
「……僕も、頑張る」
肺結核の比なんてものじゃないだろうけれど、体に痛みや苦しみが走り渡ることはそれなりに慣れているつもりだ。
「──あら、ユーイオ様の魂に居た……」
「宮島美代子です。こちらは弟の円です」
「ええ、存じております。……こちらの時間にして千年、人間界の時間にて百年もの地獄での生活、ご苦労様でした」
「二人でまた生きるって決めたから頑張れただけだよ」
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「左様ですか。……ここまでの記憶は一旦消させてもらいますがよろしいですね?」
「……覚えてない方が幸せだろうし」
双子は頷く。
「折角ですのでおふたりの覚悟と決意を尊重させてもらいます。……どうか、今世は楽しめますよう人間界からは見えない天界から、願っておりますよ」
──二日後の夜、双子が生まれた。技術が発達し、機械が大半の仕事を担う世界で性別の違う一卵性の双子が生まれたのは、記録に残っている例から実に百年ぶりだったらしい。
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