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九章 破邪と夢幻の街
変化
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「──変な場所」
ジンの異能に飲み込まれたユーイオは、しばらくジンの異能によって作られた亜空間を歩いていた。そこは美術館のようでいて、何も作品は飾られていない。その代わりに、ジンの記憶の一部だろうか──使い込まれた木の棒や高そうな薬瓶がいくつか見られる。
「!」
ユーイオは目の前に飾られた絵を見て歩くのをやめた。やめた、と言うよりは引き止められたと言った方が正しいのかもしれない。
「これって……」
二人にそっくりな子供が家を追い出される様子が絵になっていた。もしかして、と他の壁を見てみると、二人が様々な様子で描かれている。男の子が食べ物を盗んで妹に分け与える絵、妹に襲いかかってきた野郎を返り討ちに遭わせる少年の絵、そしていつしかシスターになった妹の絵。
「本当にシスターだった? それともこいつの願望……幻覚?」
ユーイオにはわからない。ジンの記憶のすべてなのか、あって欲しいと願った現実がところどころ混ざった記憶なのかが、ユーイオには区別出来ない。道なりに進んでいくと、今度はカゴいっぱいに入ったカビの生えたパンが展示されていた。パンはごつごつとしていて、とてもじゃないが食べられそうにない。だが、その隣にはそのパンからむしったのだろうか──カビがなく、綺麗で食べられそうなパンの欠片があった。ユーイオはそれが不思議とジンがリアに分け与えたものだとわかった。こいつもきちんと兄だったのだ。ユーイオがそう実感した時、ひっそりとそのパンの奥に真新しいパンが現れていた。
「……?」
ユーイオはその変化を逃すことなく、ひっそりと現れたパンに意識を向ける。そのパンは前列に揃ったどのパンよりも綺麗で、店に並べるものと遜色ない見た目だ。
「……もしかして」
考えたくはない。ここがジンの記憶の一部を展示している場所だとしたら、僕が盗んでいたパンが現れるとは思えない。だが、それを否定してしまったら誰の記憶のパンか、その位置付けは不可能になる。ジンの作った空間なら、空間の状況を知るのはジンと、その場所に入れられたユーイオ自身だけだからだ。
「あぁ……これも」
さらに進むと二人の子供時代に着ていた服の隣に僕のボロキレのような服も並べられていた。僕は彼らと生きた時代も場所も違うのに、どうして一緒に生きたような展示の仕方をされるのだろう。
「……」
ユーイオは疑問を持ち続けたまま、ひたすら道なりに歩いていく。やがて記憶の欠片とも言うような展示品は少なくなり、完全に展示されなくなったところで行き止まりに辿り着いた。
「え……?」
一枚の巨大な肖像画だけがそこにあった。
「なんで……」
美しい女性の肖像画のタイトルは『リア・ヴェシリリア──享年二十四歳』。少女の姿で、大人しい口調でユーイオに「兄を止めて欲しい」と頼んだその人の名前だった。
「死んだ人がこの街で生き返るか? いつどこで死んだかにもよるよ」
何気ない僕の質問に、リーエイは淡々と答えてくれた。
「どこっていうのは?」
「この街の外で死んだら、この街で生き返るのは無理だね。この街で殺害以外──病気とか。まぁ、滅多にないけどそういう死因の場合は死んでからひと月以内ならメアルのところで蘇生が出来るよ。言ったでしょ、異能に完全はないって」
どや、とリーエイが格好をつけて説明を終える。僕はその時なんとなくで訊いたことだったために、適当に拍手をして話を終わらせたのだった。これが何回目の世界だったかは覚えていない。
「……享年、てことは既に他界してるんだ」
──「リアは、二十四歳。この姿は……これより十年以上前の姿」
リアに若返りの異能なんてなかったはずだ。そもそも時間を操る異能の頂点はリーエイで、他の劣化版の異能持ちの異形がやったことならすぐに見抜けるはずだ。そのリーエイが何も気付かなかった、異変と感じなかったということはそういう類のものではない。だとしたら、どうして──
「あ」
ジンだ。あいつの異能は「夢幻」、幻影を形作り、実態化させることも出来る厄介な異能だ。代償は忘れたが、特徴は作った幻を触れられるようにすることだ。リアには影もきちんとあったし、生気さえあった。記憶の欠片には居ないはずのリアのものまでいつもあった。ああ、ようやくわかった。時間がかかりすぎた。
「もう、居ないんだな」
それでも、少しでもこれ以上兄が間違った方向に行かないように、君はいつもそばに居たんだな。
「うわっ!?」
僕が優しく絵をさすってやると、突然その絵が光り、目を開けるとまた知らない所へ飛ばされていた。そこは小さな教会のような空間だった。
「なんだよ何回場所変されたらいいんだよ」
僕が悪態をついていると、目の前にシスターの姿をした女性が立っていた。
「………リアか?」
「気付いてくれてありがとう」
「別に………お前の兄貴が僕を勝手に閉じ込めただけだし」
大人のリアは少女のリアと違い弱々しさがなく、気品に溢れて凛としている。顔が整っているからだとか、神聖な雰囲気の場所でそういう服を着ているからとかではない。
「私はとっくに居ない人ですから。本当は新しい命に変わるべきなんでしょうけど──兄のことを見ていたら、もう数百年経っちゃいましたね」
困った兄です、とリアは笑う。ああ、この笑顔は幻なんかじゃない。弱々しく僕を頼った幼い幻は、ここに居ない。
「ユーイオさん」
「……?」
「幻影として実態化された、幼い私も言ったことでしょう。しかし、やはり本当のリア・ヴェシリリアとして頼み事をしてもよろしいでしょうか」
「今更断れないよ」
僕が困ったように言うと、それもそうですね、とまたリアは笑った。きっと彼はこの笑顔を守るために悪事を働いた。彼の世界には彼女一人、それだけだったのだ。
「兄を──ジンを、止めてください。もうこれ以上、私のために頑張らなくていいんだよって、もし良ければユーイオさんから私の伝言って兄に伝えておいてくれませんか」
「……それでリアが満足するなら」
「満足はとっくにしているんです。兄が悪いことをしてでも私を助けるために動いてくれたことには感謝してもしきれませんから。……シスターが悪事を見逃すのは変な事だと思いますか?」
「………いいや、人間なんて本当に大切な人のためには殺人だろうとなんだってやるでしょ。リアだって、逆の立場ならそうするって言えるんじゃない?」
「そう……ですね。きっと私も兄と同じようなことをしたでしょう。……あなたがちゃんとした人間で良かったです」
リアは僕の手をそっと握る。その両手に熱は一切ない。
「兄を頼みます」
「ああ。……止めることが出来たら、向こうに一緒に行ってあげたらいいよ」
「勿論です。私の兄は彼一人しかいませんから」
リアは最後まで笑っていた。熱のない手。ステンドグラスから月光らしい青白い光が空間内に注いでいたのに、リアは影すらなかった。熱も影もなく、魂だけの状態で数百年──よく気が狂わなかったものだ。
頼まれたからにはやるしかない。最愛の妹、彼にとっての世界、それを亡ってなお執着するのはわからないでもない。だが、そろそろ夢から覚めて貰わないと本物の妹が怒ると思わないのか。
「………かはっ!!」
「「「「ユーイオ!?」」」」
僕の体は床からずるりと引き抜かれるように出てきた。僕以外の全員が、何が起きたのか全くわからないと言わんばかりにこちらを見て動きが固まってしまっている。
「今までどこに……!」
「ちょっとおつかい頼まれてた」
心配かけないでよ、とリーエイが僕を抱きしめ、その僕の頭をリールがぽんぽんと撫でる。
「それより……アレ、何?」
僕はヴァクターの方を指す。真っ白な髪の少女が発狂しながら「拒絶」の力を振り撒いているではないか。
「ユーイオ、アレが異能の暴走だよ」
「あれが……!?」
まいった。会話もまともに通じない幻影はきっとジンも操作が出来ないはずだ。だからこそ焦った顔をしているのだろうが。どの道意識が偽物に向いているなら僕は頼まれたことをするだけだ。
「「輪廻」」
ゆらり、とユーイオの姿が、気配が、存在が消える。誰もそれに気付かない。気付けない。
「──寝坊助、妹が数百年待ってくれてるぞ」
「は?」
「いい加減夢から覚めてやれ、「雷霆」」
「がっ………!!」
どさ、とジンは倒れる。ゆらりと消える訳でもないので、どうやら異能は使っていないらしい。というか幻影のリアのせいでろくに使えないのだろう。
「なっ……妹が…………数百年? 何を言ってるんだ……妹なら今そこで暴走して………」
「お前の妹が本当にあんなに幼いか?」
「……」
「この空間だけじゃない、あの子も全部最初からお前が作ったまやかしなんだ」
そっか、とリーエイが納得したように声を出す。
「だから君は一回だけ女の子のことを「あの子」って呼んだんだね?」
「…………!」
ジンの目が大きく見開かれた。
「なんだ、もう少しじゃん。数百年も健気に待ってくれてる妹のためにも、もうこんなこと終わりにしよう。疲れたろ? お前も」
「……………………ああ、そう、だな。疲れてるな……俺は」
やや落ち着いたものの未だ暴走が止まらない幻影の妹にジンは手を伸ばす。
「なあ」
声は届かない。わかっている。拒絶の力が痛くてたまらないのを、どうにか異能で誤魔化していく。
「ごめん」
「あああぁぁぁぁ…………あああ………」
癇癪のようだったそれは、ジンが幻影の体を優しく抱きしめたことで収まった。
「俺のワガママに今まで付き合ってくれてありがとう」
そして、おやすみ。
「あぁぁ………」
偽物のそれは徐々に薄くなっていき、やがて完全に消えた。
「ユーイオ、ごめん」
「謝らなくていいよ」
僕はただ、お前の素直で優しい妹に頼まれただけだ。
「俺は上の命令か何かで自害が出来ない……リアのところに連れていってくれるか?」
「生は死に、死は生へ。……お前だけは死なずにこの街に来てしまったんだな」
「ああ」
「少しでも辛くないように祈るよ。『君は十分役目を果たした。愛し愛されることを祈りながら次までゆっくり休んだらいい』」
──「輪廻」。
静かな光がジンを包む。罪の名を与えられた睡蓮が、たったひとつの宝物を守る為に罪を犯した睡蓮が、どうか今度は寄り添って力強く咲く綺麗な二輪の睡蓮になるように。
「──遅いよ、兄さん」
助け合って生きる二人になるように。
「行こう? んで……また私を妹にしてよ」
今度こそ幸せな二人であるように。
「………………はぁ疲れた」
数日後、ユーイオは時計屋でぐったりとだらけていた。
「まぁユーイオが久しぶりに『本気で』『真面目に』異能使ってたもんね……」
その横でリーエイはいつものように時計の修理を手際よく進める。
「………ねぇそれ本当に楽しい?」
「やってみる?」
「ううん」
「そっか時計屋継いでくれないか……」
僕が即答するとリーエイはわかりやすすぎるほどに落ち込んだ。
「今は別にいいってだけ」
「そっかぁ~今はか~」
じゃあいいや、とリーエイは姿勢を正して再び歯車をいつもの手際で時計に填めてまたひとつ修理を完了させた。
「楽しみにしとくよ」
「何を」
「ユーイオが時計屋を継ぐって言う日」
「来るかもわからないのに?」
僕がわざとそんなことを言うと、リーエイは「ユーイオならきっとそう言ってくれる」と自信満々に言った。
ジンの異能に飲み込まれたユーイオは、しばらくジンの異能によって作られた亜空間を歩いていた。そこは美術館のようでいて、何も作品は飾られていない。その代わりに、ジンの記憶の一部だろうか──使い込まれた木の棒や高そうな薬瓶がいくつか見られる。
「!」
ユーイオは目の前に飾られた絵を見て歩くのをやめた。やめた、と言うよりは引き止められたと言った方が正しいのかもしれない。
「これって……」
二人にそっくりな子供が家を追い出される様子が絵になっていた。もしかして、と他の壁を見てみると、二人が様々な様子で描かれている。男の子が食べ物を盗んで妹に分け与える絵、妹に襲いかかってきた野郎を返り討ちに遭わせる少年の絵、そしていつしかシスターになった妹の絵。
「本当にシスターだった? それともこいつの願望……幻覚?」
ユーイオにはわからない。ジンの記憶のすべてなのか、あって欲しいと願った現実がところどころ混ざった記憶なのかが、ユーイオには区別出来ない。道なりに進んでいくと、今度はカゴいっぱいに入ったカビの生えたパンが展示されていた。パンはごつごつとしていて、とてもじゃないが食べられそうにない。だが、その隣にはそのパンからむしったのだろうか──カビがなく、綺麗で食べられそうなパンの欠片があった。ユーイオはそれが不思議とジンがリアに分け与えたものだとわかった。こいつもきちんと兄だったのだ。ユーイオがそう実感した時、ひっそりとそのパンの奥に真新しいパンが現れていた。
「……?」
ユーイオはその変化を逃すことなく、ひっそりと現れたパンに意識を向ける。そのパンは前列に揃ったどのパンよりも綺麗で、店に並べるものと遜色ない見た目だ。
「……もしかして」
考えたくはない。ここがジンの記憶の一部を展示している場所だとしたら、僕が盗んでいたパンが現れるとは思えない。だが、それを否定してしまったら誰の記憶のパンか、その位置付けは不可能になる。ジンの作った空間なら、空間の状況を知るのはジンと、その場所に入れられたユーイオ自身だけだからだ。
「あぁ……これも」
さらに進むと二人の子供時代に着ていた服の隣に僕のボロキレのような服も並べられていた。僕は彼らと生きた時代も場所も違うのに、どうして一緒に生きたような展示の仕方をされるのだろう。
「……」
ユーイオは疑問を持ち続けたまま、ひたすら道なりに歩いていく。やがて記憶の欠片とも言うような展示品は少なくなり、完全に展示されなくなったところで行き止まりに辿り着いた。
「え……?」
一枚の巨大な肖像画だけがそこにあった。
「なんで……」
美しい女性の肖像画のタイトルは『リア・ヴェシリリア──享年二十四歳』。少女の姿で、大人しい口調でユーイオに「兄を止めて欲しい」と頼んだその人の名前だった。
「死んだ人がこの街で生き返るか? いつどこで死んだかにもよるよ」
何気ない僕の質問に、リーエイは淡々と答えてくれた。
「どこっていうのは?」
「この街の外で死んだら、この街で生き返るのは無理だね。この街で殺害以外──病気とか。まぁ、滅多にないけどそういう死因の場合は死んでからひと月以内ならメアルのところで蘇生が出来るよ。言ったでしょ、異能に完全はないって」
どや、とリーエイが格好をつけて説明を終える。僕はその時なんとなくで訊いたことだったために、適当に拍手をして話を終わらせたのだった。これが何回目の世界だったかは覚えていない。
「……享年、てことは既に他界してるんだ」
──「リアは、二十四歳。この姿は……これより十年以上前の姿」
リアに若返りの異能なんてなかったはずだ。そもそも時間を操る異能の頂点はリーエイで、他の劣化版の異能持ちの異形がやったことならすぐに見抜けるはずだ。そのリーエイが何も気付かなかった、異変と感じなかったということはそういう類のものではない。だとしたら、どうして──
「あ」
ジンだ。あいつの異能は「夢幻」、幻影を形作り、実態化させることも出来る厄介な異能だ。代償は忘れたが、特徴は作った幻を触れられるようにすることだ。リアには影もきちんとあったし、生気さえあった。記憶の欠片には居ないはずのリアのものまでいつもあった。ああ、ようやくわかった。時間がかかりすぎた。
「もう、居ないんだな」
それでも、少しでもこれ以上兄が間違った方向に行かないように、君はいつもそばに居たんだな。
「うわっ!?」
僕が優しく絵をさすってやると、突然その絵が光り、目を開けるとまた知らない所へ飛ばされていた。そこは小さな教会のような空間だった。
「なんだよ何回場所変されたらいいんだよ」
僕が悪態をついていると、目の前にシスターの姿をした女性が立っていた。
「………リアか?」
「気付いてくれてありがとう」
「別に………お前の兄貴が僕を勝手に閉じ込めただけだし」
大人のリアは少女のリアと違い弱々しさがなく、気品に溢れて凛としている。顔が整っているからだとか、神聖な雰囲気の場所でそういう服を着ているからとかではない。
「私はとっくに居ない人ですから。本当は新しい命に変わるべきなんでしょうけど──兄のことを見ていたら、もう数百年経っちゃいましたね」
困った兄です、とリアは笑う。ああ、この笑顔は幻なんかじゃない。弱々しく僕を頼った幼い幻は、ここに居ない。
「ユーイオさん」
「……?」
「幻影として実態化された、幼い私も言ったことでしょう。しかし、やはり本当のリア・ヴェシリリアとして頼み事をしてもよろしいでしょうか」
「今更断れないよ」
僕が困ったように言うと、それもそうですね、とまたリアは笑った。きっと彼はこの笑顔を守るために悪事を働いた。彼の世界には彼女一人、それだけだったのだ。
「兄を──ジンを、止めてください。もうこれ以上、私のために頑張らなくていいんだよって、もし良ければユーイオさんから私の伝言って兄に伝えておいてくれませんか」
「……それでリアが満足するなら」
「満足はとっくにしているんです。兄が悪いことをしてでも私を助けるために動いてくれたことには感謝してもしきれませんから。……シスターが悪事を見逃すのは変な事だと思いますか?」
「………いいや、人間なんて本当に大切な人のためには殺人だろうとなんだってやるでしょ。リアだって、逆の立場ならそうするって言えるんじゃない?」
「そう……ですね。きっと私も兄と同じようなことをしたでしょう。……あなたがちゃんとした人間で良かったです」
リアは僕の手をそっと握る。その両手に熱は一切ない。
「兄を頼みます」
「ああ。……止めることが出来たら、向こうに一緒に行ってあげたらいいよ」
「勿論です。私の兄は彼一人しかいませんから」
リアは最後まで笑っていた。熱のない手。ステンドグラスから月光らしい青白い光が空間内に注いでいたのに、リアは影すらなかった。熱も影もなく、魂だけの状態で数百年──よく気が狂わなかったものだ。
頼まれたからにはやるしかない。最愛の妹、彼にとっての世界、それを亡ってなお執着するのはわからないでもない。だが、そろそろ夢から覚めて貰わないと本物の妹が怒ると思わないのか。
「………かはっ!!」
「「「「ユーイオ!?」」」」
僕の体は床からずるりと引き抜かれるように出てきた。僕以外の全員が、何が起きたのか全くわからないと言わんばかりにこちらを見て動きが固まってしまっている。
「今までどこに……!」
「ちょっとおつかい頼まれてた」
心配かけないでよ、とリーエイが僕を抱きしめ、その僕の頭をリールがぽんぽんと撫でる。
「それより……アレ、何?」
僕はヴァクターの方を指す。真っ白な髪の少女が発狂しながら「拒絶」の力を振り撒いているではないか。
「ユーイオ、アレが異能の暴走だよ」
「あれが……!?」
まいった。会話もまともに通じない幻影はきっとジンも操作が出来ないはずだ。だからこそ焦った顔をしているのだろうが。どの道意識が偽物に向いているなら僕は頼まれたことをするだけだ。
「「輪廻」」
ゆらり、とユーイオの姿が、気配が、存在が消える。誰もそれに気付かない。気付けない。
「──寝坊助、妹が数百年待ってくれてるぞ」
「は?」
「いい加減夢から覚めてやれ、「雷霆」」
「がっ………!!」
どさ、とジンは倒れる。ゆらりと消える訳でもないので、どうやら異能は使っていないらしい。というか幻影のリアのせいでろくに使えないのだろう。
「なっ……妹が…………数百年? 何を言ってるんだ……妹なら今そこで暴走して………」
「お前の妹が本当にあんなに幼いか?」
「……」
「この空間だけじゃない、あの子も全部最初からお前が作ったまやかしなんだ」
そっか、とリーエイが納得したように声を出す。
「だから君は一回だけ女の子のことを「あの子」って呼んだんだね?」
「…………!」
ジンの目が大きく見開かれた。
「なんだ、もう少しじゃん。数百年も健気に待ってくれてる妹のためにも、もうこんなこと終わりにしよう。疲れたろ? お前も」
「……………………ああ、そう、だな。疲れてるな……俺は」
やや落ち着いたものの未だ暴走が止まらない幻影の妹にジンは手を伸ばす。
「なあ」
声は届かない。わかっている。拒絶の力が痛くてたまらないのを、どうにか異能で誤魔化していく。
「ごめん」
「あああぁぁぁぁ…………あああ………」
癇癪のようだったそれは、ジンが幻影の体を優しく抱きしめたことで収まった。
「俺のワガママに今まで付き合ってくれてありがとう」
そして、おやすみ。
「あぁぁ………」
偽物のそれは徐々に薄くなっていき、やがて完全に消えた。
「ユーイオ、ごめん」
「謝らなくていいよ」
僕はただ、お前の素直で優しい妹に頼まれただけだ。
「俺は上の命令か何かで自害が出来ない……リアのところに連れていってくれるか?」
「生は死に、死は生へ。……お前だけは死なずにこの街に来てしまったんだな」
「ああ」
「少しでも辛くないように祈るよ。『君は十分役目を果たした。愛し愛されることを祈りながら次までゆっくり休んだらいい』」
──「輪廻」。
静かな光がジンを包む。罪の名を与えられた睡蓮が、たったひとつの宝物を守る為に罪を犯した睡蓮が、どうか今度は寄り添って力強く咲く綺麗な二輪の睡蓮になるように。
「──遅いよ、兄さん」
助け合って生きる二人になるように。
「行こう? んで……また私を妹にしてよ」
今度こそ幸せな二人であるように。
「………………はぁ疲れた」
数日後、ユーイオは時計屋でぐったりとだらけていた。
「まぁユーイオが久しぶりに『本気で』『真面目に』異能使ってたもんね……」
その横でリーエイはいつものように時計の修理を手際よく進める。
「………ねぇそれ本当に楽しい?」
「やってみる?」
「ううん」
「そっか時計屋継いでくれないか……」
僕が即答するとリーエイはわかりやすすぎるほどに落ち込んだ。
「今は別にいいってだけ」
「そっかぁ~今はか~」
じゃあいいや、とリーエイは姿勢を正して再び歯車をいつもの手際で時計に填めてまたひとつ修理を完了させた。
「楽しみにしとくよ」
「何を」
「ユーイオが時計屋を継ぐって言う日」
「来るかもわからないのに?」
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それがある日、ゴン太はルーシーからマーキング・デートを誘われることとなる。
果たして、ゴン太とルーシーの行く末はどうなるであろうか。
ゴン太の日常はつづいていく。
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