フォギーシティ

淺木 朝咲

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五章 嘘と真実の街

ゲレクシス

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 ──不要物の終着点。霧の街フォギーシティ、その最下層を築き上げたのが世界初の不要人物だった。初めは名前すら持たなかったその者は、増え出した不要物を必要とし、その不要物が再び必要とされる未来を奪った。そうして生まれたのが霧の街生まれの子ども。つまり、不要物だ。不要物が不要物を産んだのだ。
 不要物の始祖の時代から三百年後、とうとう不要物の子孫として「不要すぎる」存在が生まれた。その子供の名前をリファ・ゲレクシス。当時誰よりも不要とされ、その死後の転生の未来まで無くなったゲレクシス家最大の被害者だ。だが、誰もが彼を必要としなくても、彼には誰か自分を認めてくれる存在が必要だった。困った彼の親はなんとか見合いをさせて、挙句の果てに相手の親を脅して結ばせた。そうして産まれた子は、リファと同じ「不要すぎる」存在だった。賢く、物わかりが良い子だったが、母親には全く見向きもされなかった。ここだけの話だが、リファは人をあらゆるに溺れさせるのが得意だったらしい。きっと誰かに振り向いてもらうために手に入れた力だろう。
 ゲレクシス家の人間は人間でありながら皆何かしらの異能が使えた。さらに、再び必要とされる未来がないためずっと最下層に留まっていたことから、いつしか最下層の権力者として君臨していた。不要とされても忘れられることはなかった彼らは、不要物が再び必要とされるまでの間、快適にその順番を待てるようにと最下層を整備した。綺麗になった街に不要物は喜んだ。ゲレクシスへの信頼はさらに大きくなった。ゲレクシスは不要物から集まった資金を手に、増え続ける不要物のために、霧の街の開発を続けた。下層を設置し、再必要の未来が近い不要物を下層に移した。それで、また不要物が増えて街がパンク状態になれば今度は中層を増やした。最後に上層を増やし、最上層としてぽつんと再必要の扉を置いた。彼らは自画自賛で終わっていた。これなら、不要物の中でも誰が必要とされやすいかがわかりやすい、とランク付けを勝手に行ったのだ。ちなみにゲレクシス家は不要物に必要とされた上にリファから続く負の遺伝があったため、街の開発が終わったあとも最下層に居続けた。その後も最下層のゲレクシスへの信頼は途切れなかった。一時期は「ゲレクシスに嫁ぐと特別な力に寵愛される」とまで言われたほどだ。おかげさまでその時代、ゲレクシス家の当主たちは結婚に困らなかった。実際にゲレクシス家は基本浮気をしなかった。そもそも自分自身がこの世で最も不要な存在だとわかりきっていたから、逆に選んだ人間以外に期待をしなかったのだという。だが、リファの力に近い異能を持っていたゲレクシスの人間は愛人もいた。それでも、彼の兄弟に何かを隠したり、真実と嘘を入れ替えたり出来る異能持ちがいれば、そのことが表に出ることは無かった。
 ゲレクシス家による霧の街の統治が続いたのは不要物が人間だけだったからと言える。おぞましい後天性異形──怪物が現れて、それは一瞬で崩れたのだから。
 その当時までゲレクシス家の異能は何かを守る、誤魔化す、増減をコントロールするといったあまり戦闘向きではないものしかなかった。怪物が街に誕生した時のゲレクシス家当主もまた、「魅了チャーム」の異能持ちだった。不要物に必要とされ、愛し愛されるための異能だったのだ。



「…………」
「それが地下にあったゲレクシス家の一族について書かれた本だ」
 リールは地下から必死に探し出した本をユーイオに譲った。図書館長は本の管理が大雑把だ。
「……ふうん」
 ──なんとか怪物から逃れたゲレクシス家当主とその家族は霧の街が滅んだ後、息子に異能「偽創ファルスィフィカション」を使わせて、霧の街を新しく造り替えた。そうして、娘の「停滞スタニアション」で新しい霧の街の状態を固定した。ゲレクシス家最初の人間の「秘匿ディシミュラション」を模倣した上で街を再現した息子と、その全体の状態を固定させた娘のふたりは力を使い果たして亡くなったが、「魅了チャーム」の異能を使って当主は子供の死を無くすようにさらに子供を増やしていった。そのため、彼以降のゲレクシス家は異母兄弟の八人が総本家、本家、分家と分かれて反映していくこととなった。分家は持って生まれる異能も弱く、中には異能を持たないゲレクシスの人間までいた。本家は従来のパターンと同じ異能を持って生まれることが大半で、怪物に襲われれば高い確率で滅ぶ一族といわれた。総本家はゲレクシスの中で最も強い異能を持って生まれることが多く、中には危険から逃れるためかゲレクシス特有の銀髪と緑眼を持たずに生まれる子供もいた。これは総本家特有の現象である。
「……じゃあ僕って」
 一番格式高いゲレクシスの子孫になるらしい。だからリファは様付けで僕を呼んだのだろうか。生者を様付けで呼ぶのは普通、と言っていたが、理由はそれだけではなさそうだ。
 ──四つあった分家は滅び、本家も衰退し、総本家も隠居する日々が続いた。ゲレクシスの黄金時代は怪物の手によって遂に終わったのだ。全てを奪う「強奪エクストーション」の異能を持った後天性異形に分家と本家のほとんどの異能を奪われ、まともに動けるゲレクシス家は総本家のみとなった。怪物は最上層に立って、「お前らの綺麗な未来は来ねえ」と言って扉を破壊した。その後二百年この街は誰も必要とされなくなったが、ある日総本家に「輪廻サムサラ」の異能を持つ者が生まれた。その異能は初めて見る異能だった。全てを逆転させ、巡らせる力。薄桃の髪と灰色の目を持った総本家の彼女は怪物の力を無に還し、奪われた力を解放し、再必要の扉を戻した。
「!」
 ──「輪廻サムサラ」は特殊なのか、それだけの力を使っても彼女は倒れなかった。「悪魔は死んだ。必要とされたい者はここを抜けろ」と彼女は扉を開けた。二百年ぶりの開扉に不要物たちは喜んでその扉を抜けていった。霧の街生まれのゲレクシス家の人間は、初期のゲレクシス家には無かった寿命を持って生まれてきたため、彼女もまた寿命を迎え亡くなった。当時「霧の英雄」とまで称された彼女の名前はカーラマン・ゲレクシス。彼女がいなければこの霧の街は二度と再必要の、転生の扉を開けなかったとまで言われている。
「………「輪廻」の、異能持ち」
「ユーイオ本に載ってた?」
「んなわけねぇだろ。僕と同じ異能を持ったゲレクシスの人間がいたって記述があったんだよ」
 ほら、と見せるとリーエイは「本当だね」と興味深そうに本の内容を読んだ。
「ゲレクシスってエリート一族? って感じだったんだねー」
「そうだな、パーシー家のようなものだろうな」
 きっとイギリスの貴族か何かなのだろうが、さっぱりわからない。
「それにしても何千年も前に街を創った一族が今も残ってるのは凄いことだよね」
「ああ。脈々と異能を使える人としての血が受け継がれているのは相当凄いと思う」
「………でも、このページ近親婚とか書かれt」
「見なかったことにしような」
 近親婚が何かはある程度想像はつくが、それで生まれてきた子供は複雑な気持ちだっただろう。
「権力を持った家って絶対一回はやるからなぁ……それ」
 特に王家とか、とリーエイは付け足した。
「何にせよ、もしかしたらその人はユーイオの前世より前の命かもね」
「……」
 そう言われれば、そうかもしれない。
「同じ異能を持ったヒトは同じ時代に二人も存在しない。だが──数百年経って、同じ異能を持って発生、生まれることは珍しくないんだ」
 きちんとこの街なりに輪廻転生というのは働いているらしい。輪廻の概念があるからこそこの「輪廻サムサラ」の異能も存在するということだ。
「そっか。ちなみにこの時代から生きてるヒトっていたりする?」
「さあ……一応知り合いに聞いてはみるが。何を知りたい?」
 ユーイオは決まってるでしょ、と笑って言った。
「カーラマンについてだよ」
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