フォギーシティ

淺木 朝咲

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四章 死と霧の街

異能

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「あのさっきの人……先天性異形なんだ」
「どっちもだ。人だし異形だ」
 僕は人であり異形の意味がよくわからなかった。
「え? それならリールたちもそうならない?」
「? どういうことだ」
 地球儀が首を傾げる姿はなんとも不思議だ。
「元々人間で、今の見た目は地球儀とか時計とかだけど……二人とも人間の顔を見せてくれる」
「ユーイオ、俺たちはこの街に入った時から異能を使えたわけじゃないよ」
 前に話したこと忘れたでしょ、とリーエイは笑う。彼らは人間の状態でこの街に入り、何日かしてこの異形の姿になったと話してはいた。異能を使ったかどうかは一切話していない。
「……じゃあ僕はどうなる?」
「元々「輪廻サムサラ」はいつ使えるようになってもおかしくなかったはずなんだ。ユーイオの脳は異形と同じ造りだし」
「そこなんだ。彼は人間の状態で自分を秘匿した。ユーイオも人間の状態で命の循環、逆転をすることが出来る」
 そこから考えられるのは、そう現実的ではないこと。
「ユーイオは彼の子孫にあたるかもしれない」



 ──中層・リーエイの家
「今日は時計屋やってないんだ~」
 「臨時休業」の文字が書かれた扉の前に少年とその従者は立っていた。
「おかしいなぁ、夢で姉さんがこの家にいるのを見たんだけど」
 数分家の周囲をうろうろして、少年は笑った。
「もしかして姉さん、僕に会いに行こうとしてるのかな? だって夢で見たんだよ、じゃあ姉さんこの街に来てるってことだよね、シルフィ」
「そう、ですね……」
 機械仕掛けの従者は珍しく詰まったような答え方をした。
「何、シルフィはもしかして姉さんがこの街に来れないとでも思ってるの? 僕がいるところに姉さんがいないのはおかしいよね、だって姉さん死ぬまで僕のこと見放さなかったんだよ」
 がっ、と従者の肩を掴んで少年は話す。その様子はどこかおかしい。
「主様──」
「わかんない? 姉さんだけが僕を最期まで愛してくれてたんだ。じゃあこんなこの世の果てに姉さんが居てくれたっておかしくないだろ、姉さんは僕を探しに来てくれたに違いないんだよ」
 肯定以外の返事を主が求めていないことぐらい、この先天性異形の機械はわかる。だが、どうしても首を縦に振る気になれなかった。
「……もういいよ、君も僕を理解してくれないんだ。姉さん以外の奴らは全員敵だ。そうなんだろう!?」
 少年は過去に「吸収」した異能を使おうとした。けれども、その手を、頭を、脳を縛られた。
「なっ……」
「主様に無礼なことはしたくありませんでしたが……主様がその気ならわたしがストレス、の発散相手になって差し上げます」
 「束縛スティグマ」。彼の機械仕掛けの従者シルフィの異能。相手の体の部位を不自由にさせるものだ。
「主様、わたしは……貴方様の問いには常に首を縦に振らなければいけないことぐらいわかります。ですが………お言葉ですが、主様は……している」
「はぁ?」
「力だけでは全て自分の思い通りにはならない……機械仕掛けの身体だからこそわたしにはよくわかることです」
「っ……………お前もそうやって僕を捨てるんだな」
 ──「消滅バニッシュ」。
「「束縛」を解きますか……主様、そういうところなんですが、ねっ!」
 シルフィは円に向かって右手で持った大きな剣を左足で蹴り飛ばす。わかっている。勝てる相手ではない。だから逃げる時間を作るだけだ。
「おい、効くと思………逃げたか」
 剣を消し、円が前を見るとそこには誰も居なかった。



 地下の本来の街並みはいくら歩いても経た年月を感じさせないほどに保存状態が良かった。下層を通り抜け、中層に入ろうとした時三人は人が倒れているのを見つけた。
「だ……大丈夫、ですか?」
 異形のふたりを置いてユーイオは倒れている人に駆け寄る。遠目からはわからなかったが、彼女は機械仕掛けの身体をしていた。
「ユーイオ! 知らない人に近付いたら駄目だって何年も言って──」
「リーエイ? いきなり黙る………な」
「ふたりとも、このヒトって……」
「「異形……」」
 機械で出来た身体は動かないが熱い。排熱処理を行っているのかコシュー、と背中から湯気のようなものが出た。
「ん…………うう………再起動……成功」
 ゆっくりと閉じていたまぶたが開かれる。
「……………あなたは」
「僕はユーイオ。時計頭がリーエイで地球儀がリール。君は? どうしてこんな所で倒れてたんだ?」
「シルフィと申します。………先程までとあるお方の従者だったのですが、殺されそうになったのでこの「霧隠セシャペ」の異武装で逃げたんです」
 そう話したシルフィへリールが近寄る。
「失礼。「完全記憶フルメモリー」」
 リールがシルフィの頭に手をかざして異能を使う。そして数秒して、リールは知ってしまった。
「……おいリーエイ。今すぐユーイオを連れて逃げろ」
「? なんでさ」
「この女………の従者だ」
「「!」」
 リーエイが異能を使おうとユーイオを抱えてシルフィから距離をとろうとすると、シルフィは「待って」とだけ言った。
「記憶を見ただけならそうなるのも無理はありませんが……わたしは実際に殺されかけました。彼は……主様はわたしを本気で殺す気でした。つまり捨てられたんです。わたしはもうあの方の味方でもありませんし、あなた達の敵でもないただの機械。生かすも殺すも好きにしてくれて構いません」
「シルフィ……」
「それにわたしは、異能の代償で左腕と右脚が不自由なんです。「束縛スティグマ」──相手の体の部位の自由を無くす異能です」
 シルフィは何もかも諦めたようだった。ここで鉄屑スクラップになるのを望んでいるかのようにシルフィはゆっくり目を閉じる。
「……ねえリーエイ、僕このヒト悪いヒトじゃないと思う」
「お、奇遇だね。俺もこのヒトはここで放っておいたらダメな気がしたよ」
 ちら、と琥珀色の目と時計が地球儀を見つめる。
「…………俺が見る記憶に嘘はない。絶対にだ」
 その言葉を聞いてユーイオは笑った。
「シルフィ、僕たちと一緒に来ない?」
「……………え?」
「簡単なことだよ、一緒にこの一本道を抜けて最上層に行こうってだけ」
「!」
 シルフィはそれを聞いて首を横に振った。
「む、無理です……! そもそもわたしはここがどこかもわかりませんし、ましてやあの場所なんて簡単に入れるわけが──」
「出来るんだよ、見てごらん」
 機械の君ならわかるだろう? とリーエイは中層に作られた石柱を指した。下層のそれとは作りも同じだが文字が絶妙に違う。
「あ………ここが本当の霧の街? ………確かに主様もここの存在は知らないはず。それなら最上層に入ることも不可能ではありませんね」
 わかりました、とシルフィは立ち上がる。
「最上層の仕組みはわたしがこの中の誰よりも詳しいですし──ご一緒させてください」
 恐ろしく整った顔が微笑む。中層から上層へ進む道すがら、シルフィは今まで使えてきたがどんな人なのかを教えてくれた。
「そう、やっぱり暴君なんだ」
「はい……わたしはそんなつもりは無かったのですが──彼はわたしが彼を見捨てない、つまり否定しないと勝手に信じきっていたみたいで……」
 機械はえらく流暢に、人間のように話す。伏せられた目やその複雑な感情を示すような表情さえも人間のそれに近い。
「……信じるかどうかは自由にしてくれていいけど、僕の前世は彼の姉だった」
「! じゃあ、あなたが彼がよく話していた「姉さん」の……」
「そういうこと。………僕たちだけが君の異能を知ってるのは不公平だったね。僕の異能は「輪廻サムサラ」。簡単に言うとあらゆるモノの生死を逆転させる異能。代償は今言ったところで知る機会が無いものだから……省くよ」
 ユーイオがほら、とふたりにも異能を紹介することを促す。
「俺はさっきやって見せた通り「完全記憶フルメモリー」だ。俺が見聞きしたことは一生覚え続ける異能だ。代償は頭をよく使うから人一倍寝ないと体が上手く動かないことだ」
「俺は「時間詐称タイムラグ」~。異能全覧にも載ってない異能だよ! 時間を好き勝手操ってやりたい放題出来ちゃうからリールが載せなかったんだよ。代償は人一倍永く生きること。代償の寿命を迎えるまでは何があっても死ねないんだ」
 シルフィはそれを聞いて驚いたようだった。
「……皆さんは主様の異能を知っていますか?」
「知ってるよ」
「そうですか。なら話は早いです。彼の本来の異能は「吸収アブソルプション」。学習能力の欠如が代償の強力な異能です。今は「消滅バニッシュ」を吸収しているのでそちらをメインに使っています。特徴が相反する異能ゆえにわたしは彼がふたつ同時に異能を使っているのは見たことないのですが……」
「……それ、もしかして「吸収アブソルプション」はもう使えないんじゃ?」
 リーエイが言った。それを聞いてユーイオだけが「ああ」と頷いた。
「シルフィ、アイツが「消滅」を「吸収」した後どうなった?」
「え、と……外見が少し変化したはずです」
「うんうん。じゃあ多分「消滅」しか使えないって思い込んでると思うよ」
 リーエイはさらりと言う。このアホ、頭が冴えているのかアホなのか、時々本当にわからなくなる。
「思い込んでる?」
「うん。だから「吸収」が全く使えなくなった訳じゃないけれども、使う気がない、使えないと思ってるって考えた方が正しいかも。だからどっちの代償も持ってる可能性が高いってこと」
 ──「吸収」が失われていないなら良かった。「学習能力の欠如」という代償が無ければ僕の「輪廻サムサラ」なんてすぐに強力なのがバレてしまう。考える頭がないというのはこちらとしてはありがたいことだ。
「おい、そろそろ上層だ」
 リールが言うと、全員前を見た。昔の霧の街は勾配が全然ない。どうして今の街に塗り替えられたのだろう。
「……やっぱり、変な石柱があるんだね」
「わたしが読みます──「解析アナライズ」」
 シルフィが薄藍のレイピアを石柱に向けてしばらく黙る。
「……これ、ちなみに下層のものは何が書かれていたんです?」
「この街が人間であり先天性異形だったひとりの人間によって作られたものだってこと」
「そう、ですか……」
 シルフィが俯く。リーエイは「何が書いてあったの?」と訊く。
「中層は世界に不要とされるのは家族に不要とされた時、みたいなことが書かれていました。ここには──この街にさえ不要とされるものはこの先へ行け、と」
「「「!!」」」
 彼の言っていたことと少し違う。彼は不要物が世界へ転生するための道が最上層の先にあると言っていた。だが、この石柱はどうだろう──まるでこの街も要らないものを見定めて捨てる準備がわざわざ出来ていることになるようなことを書いている。
「……この石柱たちは彼が生きてる頃? 死んだ後? どっちに造られたかなんて明確だな」
「そうだね。彼が嘘を吐いてなかったのだから、死後造られたものだろうね」
 リールも頷く。
「あ……」
 そんな時、ユーイオが「ライト切れちゃった」と言った。
「「輪廻」で点かないの?」
「……電池は電力のもとの部分と電解質が使い果たされてるから。化学反応とかの、分子レベルのことを還すことは出来ても蘇らせることまでは出来ないんだ。僕は化学の知識が乏しいからね」
 そう、「輪廻」も万能なわけではなかった。還す分にはその物体の性質を知っていなくても出来るのだが、生へ戻す場合は性質や特徴をある程度知っておかないと出来ない。ユーイオは生き物は好きだったため、猫を蘇生させたりネズミを還しては蘇らせたりを出来ただけである。
「僕はアイツの特徴をある程度知っておかないといけないんだ」
「まぁこの世に全知全能で万能な異能があっても困るだけだからねぇ」
 リーエイは軽く笑って言った。万能チート級の異能なんて、あったところで誰も面白くなくなるだけだからだ。その万能級の異能のヒトに対して憧れと諦めだけが向けられるのは何とつまらないことか。
「俺のライトも点滅し始めてるし、今日はもう帰る?」
 リーエイが異能で家に帰ろうと提案した時、シルフィだけは首を縦に振らなかった。
「シルフィ? 君も遠慮せずに家に来たらいいよ」
「いえ、その……主様が家の前にずっと居るような気がして」
「何だって?」
 リールがシルフィを見る。怒っているわけではなさそうだが、背丈が高いのと、声が低いのとで威圧感だけはあった。
「い、いえその……家を壊されている訳ではないと思います。ですが……もし家の前に彼がいた場合、気配で家の中にいることが気付かれそうで」
 それを聞いて、仕方ないなぁ、とユーイオが近くにあった廃屋に「輪廻」を使う。木がよく燃えて加工しやすいものだという知識があれば、朽ちた家屋の木材は加工され、真新しい本来の姿へ戻っていく。
「水道とかその辺はよくわからないから多分戻せてない……食べ物はどうしようか」
「待ってて」
 ──「時空超過シフトバグ
 シルフィやユーイオ、リールの体感時間にしてわずか三秒でリーエイは四人分の食料を手一杯に持って帰ってきた。
「本当にクソ便利だよなお前の異能」
 リールがため息と共に言うと、リーエイはいやいや、と首を横に振った。
「その分疲れるんだよ? あんまり使いたくないんだよ?」
「はいはい」
「シルフィも食べる?」
 リーエイがパンを差し出すと、シルフィはいいえ、とパンを受け取らなかった。
「わたしは食事を必要としません。機械アンドロイドですので」
「そっか、じゃあどうやって動力を確保してるの?」
「空気中の二酸化炭素を分解して酸素だけを取り込んでいます。酸素そのものをいきなり体に取り込むと少し、なんというか……体調? が優れなくなるので」
 なんとまあ環境にやさしい機械だろう。リーエイやリールたちの時代はあらゆる煙を撒き散らし、鉛を川に流し、それでも人間は生き物の頂点だと威張っていたためふたりは目を見張った。
「え、じゃあ吸ったら臭くて噎せそうになる煙とかは?」
「煙? 排熱用に湯気……のようなものは出しますがそれは特に……」
「じゃあオイルとかはどうしてるんだ」
「オイルも特に必要ありませんね。わたしは「劣化しなくて壊れにくくて賢い機械が作りたい」という願いのもと造られた先天性異形ですので」
 ふたりはおお、と感嘆した。もしかしたら外の世界の技術力も今はこうなっているか、もしくはこれを超えるものになっているかもしれない。そう考えただけで少しこの街を消すことが楽しみになってしまった。
「それにしても」
 ユーイオは周囲を見渡す。
「どこも綺麗に残るもんだなぁ。僕はもっと瓦礫の山を登って歩くイメージを持ってたよ」
 石畳は今のものと歩きやすさがそう変わらないし、むしろ今と同じ石畳ではないだろうか。家屋は今とは全く違う形だが、それもまた趣があっていい。
「……でもやっぱり僕は納得がいかないんだ」
「?」
 リーエイが首を傾げた。
「戦争が起きたならもっと家屋は酷いことになってただろうし、歴史を塗り替える異能があるならそもそもこの旧い街を残す意味がわからない」
 たしかに、と三人は頷く。
「図書館地下の石も今の街になってから置かれたはずだからな」
「……………」
 シルフィは何も話さなかった。無視をしたわけではない。ただ、何か嫌な予感がしていた。
「シルフィ?」
「は、はい」
 リーエイがシルフィの顔を見る。
「大丈夫? 考え事?」
「あ……いえ、特にそんなことはしてないのですが」
「何か気になることでもあった?」
 ユーイオが訊くとシルフィは頷く。そして、ユーイオに何か耳打ちする。
「! …………リーエイ、今すぐ時空超過シフトバグ使って家に戻って」
「? なんでさ」
「早く!」
 ユーイオの明らかに焦っている様子にリーエイは仕方なく4人で家に戻った。地下では時間の流れがよくわからなかったが、かなり夜遅い時間だったらしい。通りに人の気配は一切なかった。
「……ユーイオ、シルフィに何言われたの」
 リーエイが訊く。ユーイオはシルフィの顔を見て、少し躊躇っているようだ。だが、リーエイは「ユーイオ」ともう一度名前を呼んだ。
「わかった。……その代わり絶対に落ち着いて聞いて」
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