孤独な王女

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一段飛ばしで駆け上がる

再会②

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「へー、あんたがあいつの侍女」

 しばらく後にふらっとやって来たナオはレナと全く同じ反応をして、まじまじとユゥを見つめた。まるで珍種を発見したような態度なのは、レナが「ユゥは例外なんだってよ!」と言い添えたからだ。例外すなわち特別。とことん人間不信に陥ってしまった頑固者をへし折るなんてどんな猛者かと思っても仕方がない。
 しかも前世仲間だった男と同じ名前だなと内心で驚いていると、こそっとレナが「無関係らしいよ」と耳打ちしてきた。玲奈は直接には悠を知らないが、奈積や奈音がよく思い出話で語っていたので記憶にきちんと残っていたらしい。
 リエンが国王の予定が空いたと報せをうけて帰還報告に出ていった隙に、こんな会話をしたりもした。

「ナオ、もう明かしてもいいんじゃないの」
「気分じゃねえ」
「意地っ張りだなもう」

 でも、やっぱり明かしたい気持ちはあるんだ、とレナはにやにやした。












「……どうしたの、王さまたち。さっきまでのお仕事でなにかあった?」

 国王の執務室に入室したばかりのリエンは首をかしげて三人の大人を見た。珍しくベリオルだけでなくネフィルも集合している。ナージャを置いてきた経緯やシュバルツの動乱の終着について報告する前なのに、既に疲れきった顔だ。空気も固く、どこかに萎びたような雰囲気もあった。今回かぎりは怒られることをしてないので気分を楽にしていたのだが、別の意味で緊張してきた。リエンに関係がないなら態度には出さないくらいの腹芸は余裕でこなすはずだったのにこの調子では、何があったと身構えても仕方がないだろう。

「なにもない。ただ疲れただけだ」
「三人とも?」
「ああ」

 リエンは知らないが、アーノルドたちはレナとナオにこってり絞られた直後なのである。

「奈積だった頃が全然マシに思えるなんてまじでどうかしてやがる」
「子ども一人救えないでよく政治家なんてやってけるよね。ああ、でもリィを犠牲にした対価がそれなんだからやってけるのが当たり前か。反吐が出ちゃう」
「ガキの強がりを真に受けてんじゃねーよ。それでも大人かてめえら。なつだったから?は?なつは姫さんだってお前らちゃんと認識してたんだろうが。馬鹿なの?余計な手出し?右も左もわからねえガキの世話ってそういうもん丸っと無視してやるもんじゃねえっけ?」
「あなたたちがリィにあげたのは、リィが生まれつき持ってた権利だけでしょう。ひと欠片だって自分のものを差し出さなかったくせに、一丁前に保護者顔するの止めてくれない?」
「くそみたいな環境で生きてくために、お前らが変わらないから、あいつが自分を変えてくしかなかった。お陰で自分自身を切り離して救世主に仕立てあげるくらい歪みまくりやがったんだよ。それを全部あいつのせいにしやがって。――くそくらえってんだ」

 などなど、皮肉と暴言のオンパレードを受けた大人たちは見事けちょんけちょんになった。中でも一番堪えたのはとある見解を聞いたとき。

「あいつが王子さんになつのことを明かしてない理由?んなもん否定されたくねえからだよ。生前の記憶をもった生まれ変わりなんて荒唐無稽な話、信じろっつう方が無理な話だろうが。裏を返せばな、あいつがそれを自分から告白したのは、お前らに、これっぽっちも好意も信頼感も抱いてなかったからだよ」

 奈積リエンは告白した時、別にベリオルを信頼していたわけではない。信じろという甘えも一切なかった。ただ、強がりを押し通すために「見せつけた」だけ。この世界の知識も身分社会の知恵もない子どもが大人の手駒になる道から逃れるためには、不意打ちから畳み掛けるしか手段がなかったから。
 信じられなくてもいい。ただ隙を作るために、「リエン」という存在を心に深く深く刺し留めるために、なりふり構わなかっただけなのだ。

 わかっていたはずなのに、槍のように尖った事実が深々と心に突き刺さった。

「――そういうわけで、遅くてもひと月後にはナージャ殿下はまた学園に戻ってくるから。これが王さま宛のナージャ殿下とレオンハルト殿下連名の信書。確認しておいて。あとこれお土産ね。ベリオル、こっちはハロルドと大臣さんたちみんなにも回して。今回の無茶の迷惑料ってことで。それで、私とヴィーの誕生祭の進捗について確認したいんだけど」
「それなら、要点をまとめたものをタバサが管理しておる。確認して不明点はヴィオレットと打ち合わせろ」
「ヴィーはいつ頃帰ってくるの?」
「予定では明日の昼前だな」
「わかった。じゃあ次はタバサか。ちょうどいいな」
「何がだ」
「お宅の娘さんもらいますって言ってこようと思ってたから」

 大人たちの背後に雷が落ちた。一瞬完全に思考が停止し、復活した三人ともが揃って同じ行動をとった。盛大なため息とともに目頭を揉んだのである。
 ……ナオたちに与えられた緊張感を根こそぎ持っていかれた。ごっそりと。

「言葉をもっと選べんのか」
「お前が言うな。絶対お前の遺伝だぞ」
「……リエン姫、つまりあの娘を正式に侍女に召し上げるということだな?方便ではなく」
「うん、そう」
「紛らわしい言い方をするな。結婚申し込みに聞こえただろうが」
「一生を縛りつけちゃう意味では同じことだし」
「大雑把すぎんだよ!」

 リエンはそれぞれの文句を受けつつもひらりと踵を返した。開かれた扉を進み、ちらりと大人たちを振り返る――。
 可憐な唇がほんのりと持ち上がった。
 その大人びた横顔が、見も知らぬ誰かのものに見えた。

「ああ、そうだった。ただいま」









 ――後悔も反省も、大いにやってよ。ただし慢心だけはしないでね。無意識にでもリィをこれ以上踏みにじるなら、ぼくは絶対にあなたたちを赦しはしない。

 ――これも同胞のよしみだ。お姫さまってやつの義務も責任も、この国の行く末も。おれには知ったことじゃないって肝に銘じておけ。あいつの心からの望みを、進みたいと願った道を塞ぐなら、おれが相手になってやるよ。







 過激で苛烈な愛を言葉にする同胞でも、既についた傷を癒すことはない。
 リエンは一人で立ち上がるしかない。それでも、支えになる杖は選べる。――今しがたやっと選び出した、二本目。

 そしてよたよたと歩き始めたリエンを、置き去られた大人たちは今この時のように、見送ることだけが許されているのだった。








☆☆☆








 その日はそのまま城の客間で夕食を摂りつつ、リエンはふと気になっていたことを尋ねた。

「二人っていつまで王都にいるの?」

 ナオがレナを見た。レナはナオを見た。

「リィの誕生日、お祝いしたいな」
「それならあと一ヶ月かそこらか」
「遊びに来てくれて嬉しいけど、ちょっと色々用事があってあんまり一緒にいれないかも。ごめん」
「気にしないで。勝手に観光してるから。邪魔はしないけど、時々リィの顔を見に行くのは許してね」
「ああ、じゃあ学園の寮の部屋も教えておくわ。サームの部下さんたちを蹴散らせたのなら警備は簡単に抜けられるとして。ガルダ、ユゥ、この二人は自由に通していいからね」
「男子禁制なんですがね……」
「旦那も男じゃん」
「護衛はもちろん例外だ。しかもリエンさまは王女なんだぞ」
「ふーん。女の護衛とか、いねえの?」
「いないな」

  王女の食事にしては軽食なのは、タバサの手配りだろう。それをナオもレナもガルダもユゥも一緒に食べている。
 タバサとは誕生祭の進捗を確認したときに少し話したが、ナオとレナのことはリエンの友人として、風変わりだが受け入れているようだった。リエンが分け隔てなく接することも。ユゥを侍女と認める、と初っぱなに言ったからではないと思う。多分。

「宿はどうする?なんだったら私の離宮に泊まる?」

 そう問いかけたら、なぜか二人揃って遠い目をした。

「……今になってリィはお姫さまなんだなって思ったよぼく」
「『私の離宮』だからな」
「ちょっと、今さら?」
「だってリィってお姫さまっぽくないじゃん。今みたいなドレス着てても中身がリィだからなあって思ってたんだけど……そっか富豪か」
「中身って言い方止めてよね」
「だいたい、なんで離宮なんか持ってんだよ。この間までそんなのなかったってバルトも言ってたぞ」
「あ、バルトさん元気?裏町に被害なかった?キーランは?」
「問題なかったし全員元気だ。それで?」
「王さまに借りたのよ。せっかくだからもうちょっと私らしい王女さまでも模索しようかと思って、どこまで及ぶか権限を使ってみた感じ」
「……あーなるほどな。それで宮殿一個分って、規模がでけえ」
「話が戻ってるんだけど」

 一足先に満腹になったリエンに気づいてユゥが食後のお茶を淹れてくれた。それを飲みながらも雑談を続けていたら、レナにもナオにも気づかれてしまったようだった。

「リィ、あんまり食べてないね」
「旦那が言ってた通りの異常な少食だな」

 いつの間にガルダとそんな話を、とリエンが首をかしげていたら、ガルダは「お前こそ思ったより食べているな」と言った。

「食う量が増えたもん。旦那の兄ちゃんのところでリハビリがてら山狩りしてたら、いつもの量じゃ腹が減って腹が減って仕方なくってさ。水も旨いし空気もいいし、結構気に入ったな、あそこ」
「タニアさん……イウターナさんの料理も美味しかったな。山で採れる栄養たくさんの野草にも詳しくって、色々教えてもらったよ。多分そのせいもあるんじゃないかな。ぼくもナオも、身長伸びたんだよ!」
「私だって身長伸びたわ」

 なんとなく焦って言ったら、二人に「どこが?」という顔をされた。素直に傷ついた。

「ほんとだもの!ね、ガルダ、ユゥ!」
「……確かに少し目線が上がった気がしますね」
「お召しになる量は以前に比べてパン一個分増えましたよ」
「ものすごく微妙な援護だね」
「おいおい、気ぃ遣われてるぞチビ姫さま?」
「言ったな。ナオ、立って。現実を見せてあげようじゃないの」
「いいぜ?うちひしがれるのはお前の方だしな」

 リエンが立つと好戦的にナオも立ち上がり、間のレナは「また始まった」と肩を竦めた。リエンとナオは背中合わせになって後頭部をぴたりとくっつけ、二人同時に頭上に手をかざした。「おい姫さん顎上げてるだろ、髪擦れたぞ今」「ナオこそ背伸びしてるんじゃないの?」「お前こそ靴の踵、それ反則だろ、脱げ」「脱いだけど、大して変わらないよね、ほら私の手の方が高くない?」「んなわけねえだろ、お前が斜めに飛ばしてるんだろうが。絶対おれの方が背が伸びてる」と、背中合わせのくせに全く会話は途切れない。
 これまでのどんなときよりも無邪気で奔放で――取り繕ったのではなく自然体で子どもらしい主人の姿を目の当たりにしたガルダとユーフェは、ひたすら目を丸くしていた。
 レナはその全てを見渡して口許を綻ばせた。誰にも聞こえない声量で、そっと呟きを落とす。

「生まれ変わってもこういうところは変わらないんだから……」

 その後、お互いの手を弾きあって掴み合いになり、頭突きや足蹴の応酬も始まり、レナが仲裁に出たのはもはや当然の流れだった。

 身長はどこからどう見ても差がなかった。
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