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小話
側近Bの受難②
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それはいつものごとく突然でした。
「…………は?」
思わずばさりと書類を机の上に落としましたが、ベリオルさまは涼しい顔で自分の机の前に座り、自分の書類をぺらぺら捲っています。
「……え、と、あの、幻聴ですか?」
「馬鹿か。おれは本気で言ってる」
まるで世間話のように淡々と言い返されますがやはり目が合いません。やっぱり幻聴だなと自己暗示的に無理やり納得して書類を拾おうとすると、さらにひどいことを言われました。
「ああ、それからお前の実家に根回ししようとしたが、目が腐ってたぞ」
仮にも人の身内に向かって何を言ってるんだと思いましたが、そういえば十年以上も前に絶縁状叩きつけてきてたのでした。あれからは城でずっと生活してたので一度も帰ってませんし、もちろん夜会など社交界にも、側近の仕事以外では顔は出してません。実家から何も言われませんでしたし、直接渡された招待状は実家の弟宛てに再送付。運良く婚約者もいなかったし、ディアマンテ家嫡男の義務は放棄してます。
「……誰に会ったんです?」
気づけば、ベリオルさまはこちらに視線を向けていました。黙って、冷たさを感じない無表情で。
「お前の弟だったと思うが。『兄は元気ですか』だと」
「……はっ」
乾いた笑い声がこぼれました。絶縁状を送りつけてから手紙も連絡もとろうとしなかったくせに、全部片付いたら、さも弟として当然のように「兄」を心配してくる……?
(そんなに浅ましい子どもだったかな……?)
七つも歳が離れた弟に対して残っている記憶は、学園卒業後、久々に帰った実家で気味の悪い目で見られたこと。それなりにいい兄弟仲を築けていたと思っていたから、衝撃を受けたのを覚えています。まあ弟や家族が悪いわけでもなく、私が悪いわけでもなく、しょうがないことだったんですけどね。傷つく時には傷つくというだけで。
あれから、弟もディアマンテ家には染まらず、野心家になったようです。何があったのか興味が一瞬湧いて、すぐに消えました。……もはや、どうでもいいことです。
「それは、『元』身内がご迷惑をおかけしました」
「構わん。城に呼び出したのはおれの方だ。……いいのか」
長い付き合いなので、それとなく込めた侮蔑にも気づかれてしまいました。もうごまかす気力も湧かず、ええ、と息をついてベリオルさまを見ました。わずかでも綻びを見逃さないような注意深い視線……。ベリオルさまは王族で、上司で、私の人生を狂わせた人です。
そして、長年共に城を――陛下を守り続けてきた同志です。
だから、今、ばっさり切り捨てたことに気づいたのでしょう。珍しく心配してくれるのはありがたいですが、それでいいのか、と言われたところで、答えは決まっているんですよね。
「それこそ構いません。ディアマンテ家が私の名を処分していないのなら手回しは私がします。本当に申し訳ありません」
元弟はまだ家を継いでいないのでしょうか。それにしても浅ましい。愚かしい。今さら繋がりを取り戻そうとしたところで、先に見限ったのは私です。その時点で、どの面下げて私に取り入ろうとするんでしょうね。その認識の甘さもそうですが、……もし私が絆されたところで、私が陛下の名を利用すると考えていることが、最も許しがたい。
人の忠誠心をこけにして、ただで済むと思ってるんでしょうかね。
「殺気立っているところ悪いが、その場で弟のディアマンテ当主就任を陛下の御璽付きの書類で承認してきた。略式だがな。お前の名前も除籍させた」
……。……あの、いや、私もそうするつもりはありましたけどね?
何この行動力。側近候補になったときのことを思い出しますよ。
「……また勝手に動いたんですか?」
「今お前の意志は確認しただろ」
「いやそれ事後承諾!御璽って陛下まで何してるんですか!!」
「あいつが一番、お前の領主代理就任に乗り気だからだよ」
「…………それ、本気だったんです?」
「最初から本気だって言ってただろーが」
あ、これ逃げられないやつだ。ふらりと椅子の背もたれに寄りかかって、天井を仰ぎました。……ええー。
(なんだろうこの手遅れ感)
嫌がるのももはや意味がない気がします。ディアマンテ家と縁を切ったのは「領主代理就任」のための手段だったのでしょうし。城に呼び出して縁を切らせて今私に確認を求めるって……。その場に呼ぶこともできたでしょうに、この方は。
怒りを通り越して、元弟に哀れみが込み上げてきます。
この数ヵ月、ルシェル派の瓦解で、まるでリーナさまの死後のように国の機能を停止しかねない中で大忙しだったのですが、あのときとは違ってアルビオン家もいるし、味方が多いし、疲労なんて苦にならないくらいだったんです。
これも全てリエン王女さまのお陰です。
ベリオルさまはその状況下で、外宮の事実上執行者として、病床の陛下に代わって表舞台に立ち続けました。ルシェル派相手の裁判に、リエンさまやアルビオン家の情報提供などをふんだんに使って追い込みました。
官僚から大貴族まで、財力も権力も関係なく、容赦なく関係者を地獄に叩き落としたために、最近では市井で「青の獅子」とか呼ばれているそうです。ミシェルさまが教えてくれました。エルサ・ユーリ女伯爵さまの「ジヴェルナの守り刀」と同じです。
二十年近く側近として働いているのに今さらこんな通り名がついたのは、結局は、これまでが功績を功績として認められる環境ではなかったからでしょう。陛下が即位したての頃は功績なんてありませんし、それからはルシェル派を抑えるので精一杯でしたからね。ようやく日の目を見たということですね。
で、元弟は、そんな風に恐れられている人に呼び出されて、その部下である私に関係あることとでも思ったんでしょう。そしてやったことは絶縁の確認。
……思い上がったところを叩き落とすなんて、なんて性格が悪い。
「なんか言ったか?」
「いいえ。それより、領主ってお断りできません?」
「無理だな。ネフィルも根回ししているから、今さら断れば関係者各位の顔に泥だ」
「……だったら先に一言くらいくれませんかね!?」
絶叫すると、うるさそうに見られました。理不尽。とっっっても 理不尽!
「お前、ばらしたら回避しようとするだろ。学園でもそれで手を焼いたとアーノルドが言っていた。野心がないくせに無駄に危機察知能力が高いから、無茶を先回りで潰されたと。確かにお前の仕事ぶり見てたら否定できん」
「あの方は……!手を焼くってこっちの台詞ですよ!どれだけ後始末をやらされたことか!先回りしないと被害小さくできなかったんですよ!!」
言ってる最中も嫌な予感がしました。
「……まさか、側近の件もそれですか?」
「……」
ふいと目を逸らされてからの無言。
……つまり、最初から陛下に目をつけられていた、と。
「…………勘弁してくださいよ……」
両手で顔を覆って息をつくと、「諦めろ」と軽い口調で言われました。……なんとなく明るい声ですから、私が喜んでるの、気づいてますね。
……あー。もうやだこの人たち。
一応最後まで抵抗しましたが、ルシェル派の処刑に伴い増えた王家直轄領の一部を管理運営する「領主代理」の仕事を押し付けられました。代理といっても実質責任者は私です。建前は陛下が本当の領主という形ですからね。
……私、領地経営なんて学園で教えてもらったきりなんですが。ディアマンテの所領より与えられた領地の方が広いし、元ルシェル侯爵領の鉱山まで管理しろって言われました。無理でしょ。鉱山資源まで扱えませんって!
しかしとんでもない話はそれだけでは済みませんでした。ぽろっと、さらっとこぼしやがったんですよあの方は!
「それから、お前、宰相やれよ」
…………全力で殴りたくなりましたけど、我慢しました。絶対返り討ちに遭う。せめて気絶したかった。
「…………な、何の冗談です?」
しかし二十年近く実践で鍛えられた精神力ではそれも叶わず。
ディアマンテ家と縁が切れたということは、私、今平民ですからね?それで国政において公爵と同等の発言力を持つ宰相?何の冗談ですか。からかってますか。パワハラですか。実は私のこと嫌いなんじゃないですかこの人。
……まさか、領地を与えるのって、爵位付きじゃないですよね?
結局その懸念も当たり。
「爵位を与えるに当たって、アーノルドが名付けに悩んでる。お前の功績も馬鹿にできないからな。いきなり公爵は駄目だから、伯爵辺りか?領地もちょうどいいし、ま、頑張れ」
「なんですかその初々しい父親のような様子!……それもまた事後承諾じゃないですよね……!?」
「当たり前だろ。それも折り込み済みだ!」
「元気よく言わないでください!!なんで私なんですか!あなたがやればいいじゃないですか!」
「爵位に縛られたくない。いつでもアーノルドのすぐ後ろに立てなくなるだろ」
「じゃあネフィルさまは!あの方あれでも公爵じゃないですか!なんであの方が根回ししてるんですか!!」
「あれは徹底的に向いてない。人間性がまともなやつじゃないと誰もついていこうとしないぞ。大体、派閥の首領ってだけにしとかないと、アルビオンが肥大化しすぎる」
お前はおれらと関係は良好だし、官吏からの信頼もある。派閥争いにも参加してないから反発は小さいとか云々言われましたが。
幼馴染み相手に「性格クズ」と断言したけどそれでいいのかとか現実逃避してしまいます。散々私をこき使うあなたも同類ですよ。まさか違うとか思ってないでしょうね。
「それにな」
ふと声音が変わった気がしていると、ベリオルさまはいたずらっぽく笑っていました。まるで子どものように。
「高みからとことん人の価値を軽んじる相手には報復はするべきだろ?」
『――所詮はベリオルさまの腰巾着だろう』
『――公爵たる私に対する口の利き方がなっていないな』
伯爵とはいえ、宰相位ならば準公爵も同等。それに気づいてしまいました。
「……知って、たんですか」
呆然として呟くと、ベリオルさまは「たまたまな」と言いました。
「オリフラムの馬鹿の顔面を殴った話、わりと社交界じゃ有名だったらしいぞ。化粧でごまかしきれないまま夜会などにも参加してたそうだからな」
言いつつ首の後ろを掻いていますが、やっぱり顔は悪がきのようなまま。
「おれはお前を引き込んだ責任を取っていなかったからな。お膳立てくらいはしてやる」
「……でもオリフラム家って伯爵位に転落するんじゃないですっけ。なら別に……」
「だめ押しだけどな。あいつ、浅ましくも宰相の座まで狙ってたんだ。それが今回の逆転劇で凋落。家名剥奪は免れたものの領地の大部分と財産を没収。実質、もう出世の道は閉ざされてる。少なくともこれからあと五代は苦労してもらう」
それに対し、こちらは伯爵位を賜り宰相となる。国でも有数の鉱山を扱う以上、財力もおそらく増していく。おそらく今、私、あくどい笑みを浮かべてるんだろうなぁ。野心とは無関係でいたいんですが、この仕返しは魅力的すぎます。
「ベリオルさまって性格悪いですよね」
「今さらだな。だが、悪くないだろ?」
「ええ。わざわざ機会をくれるなら、私もありがたく張り切ります」
さて。とりあえず貴族当主なら、誰であれ全員出席が義務付けられている建国記念式典がその舞台になりそうです。
爵位の付与も人事異動もその演目に含まれてますし、目の前で馬鹿にした相手の成り上がりを見守らなくてはならない……その様子を想像するだけでわりと気分がよくなります。それに、夜会でも裏切り者として居心地は悪くなるでしょうしね。でも欠席などできないから、せいぜい無様な姿を晒してもらうとしましょう。
犬猿の仲だったネフィルさまも呼べばもっと面白いことになりそう。
「わくわくしてきました」
「お前もひねくれたな」
――その年、ルシェル派瓦解に伴う少ない立役者の一人が脚光を浴びることになる。
ハロルド・リベル。
旧姓ディアマンテの彼は、前王妃死去の動乱を「青の獅子」と建て直しに奔走し、また家名を捨ててまで王に仕えた忠義の臣である。
王の信頼厚く、王家直轄地を預かり、また伯爵位と宰相位を同時に賜る異例の人事により、頭角を示した。
年若いなどといった反発は想像以上に小さく、また就任式の際にちょっとした騒動があったとされるが、機転により返り討ちにしてまた人望を集めたという。
当代の王の御代には、綺羅星の如く歴史に名を刻む優秀な人材は多くあったが、それらはほぼ遅咲きであった。最初の二十年程、政治が不安定だったからだとされる。
その先駆を努めた「青の獅子」に次ぐ彼はいずれ、「黒の宝帯」として畏敬を集めることとなる……。
「…………は?」
思わずばさりと書類を机の上に落としましたが、ベリオルさまは涼しい顔で自分の机の前に座り、自分の書類をぺらぺら捲っています。
「……え、と、あの、幻聴ですか?」
「馬鹿か。おれは本気で言ってる」
まるで世間話のように淡々と言い返されますがやはり目が合いません。やっぱり幻聴だなと自己暗示的に無理やり納得して書類を拾おうとすると、さらにひどいことを言われました。
「ああ、それからお前の実家に根回ししようとしたが、目が腐ってたぞ」
仮にも人の身内に向かって何を言ってるんだと思いましたが、そういえば十年以上も前に絶縁状叩きつけてきてたのでした。あれからは城でずっと生活してたので一度も帰ってませんし、もちろん夜会など社交界にも、側近の仕事以外では顔は出してません。実家から何も言われませんでしたし、直接渡された招待状は実家の弟宛てに再送付。運良く婚約者もいなかったし、ディアマンテ家嫡男の義務は放棄してます。
「……誰に会ったんです?」
気づけば、ベリオルさまはこちらに視線を向けていました。黙って、冷たさを感じない無表情で。
「お前の弟だったと思うが。『兄は元気ですか』だと」
「……はっ」
乾いた笑い声がこぼれました。絶縁状を送りつけてから手紙も連絡もとろうとしなかったくせに、全部片付いたら、さも弟として当然のように「兄」を心配してくる……?
(そんなに浅ましい子どもだったかな……?)
七つも歳が離れた弟に対して残っている記憶は、学園卒業後、久々に帰った実家で気味の悪い目で見られたこと。それなりにいい兄弟仲を築けていたと思っていたから、衝撃を受けたのを覚えています。まあ弟や家族が悪いわけでもなく、私が悪いわけでもなく、しょうがないことだったんですけどね。傷つく時には傷つくというだけで。
あれから、弟もディアマンテ家には染まらず、野心家になったようです。何があったのか興味が一瞬湧いて、すぐに消えました。……もはや、どうでもいいことです。
「それは、『元』身内がご迷惑をおかけしました」
「構わん。城に呼び出したのはおれの方だ。……いいのか」
長い付き合いなので、それとなく込めた侮蔑にも気づかれてしまいました。もうごまかす気力も湧かず、ええ、と息をついてベリオルさまを見ました。わずかでも綻びを見逃さないような注意深い視線……。ベリオルさまは王族で、上司で、私の人生を狂わせた人です。
そして、長年共に城を――陛下を守り続けてきた同志です。
だから、今、ばっさり切り捨てたことに気づいたのでしょう。珍しく心配してくれるのはありがたいですが、それでいいのか、と言われたところで、答えは決まっているんですよね。
「それこそ構いません。ディアマンテ家が私の名を処分していないのなら手回しは私がします。本当に申し訳ありません」
元弟はまだ家を継いでいないのでしょうか。それにしても浅ましい。愚かしい。今さら繋がりを取り戻そうとしたところで、先に見限ったのは私です。その時点で、どの面下げて私に取り入ろうとするんでしょうね。その認識の甘さもそうですが、……もし私が絆されたところで、私が陛下の名を利用すると考えていることが、最も許しがたい。
人の忠誠心をこけにして、ただで済むと思ってるんでしょうかね。
「殺気立っているところ悪いが、その場で弟のディアマンテ当主就任を陛下の御璽付きの書類で承認してきた。略式だがな。お前の名前も除籍させた」
……。……あの、いや、私もそうするつもりはありましたけどね?
何この行動力。側近候補になったときのことを思い出しますよ。
「……また勝手に動いたんですか?」
「今お前の意志は確認しただろ」
「いやそれ事後承諾!御璽って陛下まで何してるんですか!!」
「あいつが一番、お前の領主代理就任に乗り気だからだよ」
「…………それ、本気だったんです?」
「最初から本気だって言ってただろーが」
あ、これ逃げられないやつだ。ふらりと椅子の背もたれに寄りかかって、天井を仰ぎました。……ええー。
(なんだろうこの手遅れ感)
嫌がるのももはや意味がない気がします。ディアマンテ家と縁を切ったのは「領主代理就任」のための手段だったのでしょうし。城に呼び出して縁を切らせて今私に確認を求めるって……。その場に呼ぶこともできたでしょうに、この方は。
怒りを通り越して、元弟に哀れみが込み上げてきます。
この数ヵ月、ルシェル派の瓦解で、まるでリーナさまの死後のように国の機能を停止しかねない中で大忙しだったのですが、あのときとは違ってアルビオン家もいるし、味方が多いし、疲労なんて苦にならないくらいだったんです。
これも全てリエン王女さまのお陰です。
ベリオルさまはその状況下で、外宮の事実上執行者として、病床の陛下に代わって表舞台に立ち続けました。ルシェル派相手の裁判に、リエンさまやアルビオン家の情報提供などをふんだんに使って追い込みました。
官僚から大貴族まで、財力も権力も関係なく、容赦なく関係者を地獄に叩き落としたために、最近では市井で「青の獅子」とか呼ばれているそうです。ミシェルさまが教えてくれました。エルサ・ユーリ女伯爵さまの「ジヴェルナの守り刀」と同じです。
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で、元弟は、そんな風に恐れられている人に呼び出されて、その部下である私に関係あることとでも思ったんでしょう。そしてやったことは絶縁の確認。
……思い上がったところを叩き落とすなんて、なんて性格が悪い。
「なんか言ったか?」
「いいえ。それより、領主ってお断りできません?」
「無理だな。ネフィルも根回ししているから、今さら断れば関係者各位の顔に泥だ」
「……だったら先に一言くらいくれませんかね!?」
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「あの方は……!手を焼くってこっちの台詞ですよ!どれだけ後始末をやらされたことか!先回りしないと被害小さくできなかったんですよ!!」
言ってる最中も嫌な予感がしました。
「……まさか、側近の件もそれですか?」
「……」
ふいと目を逸らされてからの無言。
……つまり、最初から陛下に目をつけられていた、と。
「…………勘弁してくださいよ……」
両手で顔を覆って息をつくと、「諦めろ」と軽い口調で言われました。……なんとなく明るい声ですから、私が喜んでるの、気づいてますね。
……あー。もうやだこの人たち。
一応最後まで抵抗しましたが、ルシェル派の処刑に伴い増えた王家直轄領の一部を管理運営する「領主代理」の仕事を押し付けられました。代理といっても実質責任者は私です。建前は陛下が本当の領主という形ですからね。
……私、領地経営なんて学園で教えてもらったきりなんですが。ディアマンテの所領より与えられた領地の方が広いし、元ルシェル侯爵領の鉱山まで管理しろって言われました。無理でしょ。鉱山資源まで扱えませんって!
しかしとんでもない話はそれだけでは済みませんでした。ぽろっと、さらっとこぼしやがったんですよあの方は!
「それから、お前、宰相やれよ」
…………全力で殴りたくなりましたけど、我慢しました。絶対返り討ちに遭う。せめて気絶したかった。
「…………な、何の冗談です?」
しかし二十年近く実践で鍛えられた精神力ではそれも叶わず。
ディアマンテ家と縁が切れたということは、私、今平民ですからね?それで国政において公爵と同等の発言力を持つ宰相?何の冗談ですか。からかってますか。パワハラですか。実は私のこと嫌いなんじゃないですかこの人。
……まさか、領地を与えるのって、爵位付きじゃないですよね?
結局その懸念も当たり。
「爵位を与えるに当たって、アーノルドが名付けに悩んでる。お前の功績も馬鹿にできないからな。いきなり公爵は駄目だから、伯爵辺りか?領地もちょうどいいし、ま、頑張れ」
「なんですかその初々しい父親のような様子!……それもまた事後承諾じゃないですよね……!?」
「当たり前だろ。それも折り込み済みだ!」
「元気よく言わないでください!!なんで私なんですか!あなたがやればいいじゃないですか!」
「爵位に縛られたくない。いつでもアーノルドのすぐ後ろに立てなくなるだろ」
「じゃあネフィルさまは!あの方あれでも公爵じゃないですか!なんであの方が根回ししてるんですか!!」
「あれは徹底的に向いてない。人間性がまともなやつじゃないと誰もついていこうとしないぞ。大体、派閥の首領ってだけにしとかないと、アルビオンが肥大化しすぎる」
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「それにな」
ふと声音が変わった気がしていると、ベリオルさまはいたずらっぽく笑っていました。まるで子どものように。
「高みからとことん人の価値を軽んじる相手には報復はするべきだろ?」
『――所詮はベリオルさまの腰巾着だろう』
『――公爵たる私に対する口の利き方がなっていないな』
伯爵とはいえ、宰相位ならば準公爵も同等。それに気づいてしまいました。
「……知って、たんですか」
呆然として呟くと、ベリオルさまは「たまたまな」と言いました。
「オリフラムの馬鹿の顔面を殴った話、わりと社交界じゃ有名だったらしいぞ。化粧でごまかしきれないまま夜会などにも参加してたそうだからな」
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それに対し、こちらは伯爵位を賜り宰相となる。国でも有数の鉱山を扱う以上、財力もおそらく増していく。おそらく今、私、あくどい笑みを浮かべてるんだろうなぁ。野心とは無関係でいたいんですが、この仕返しは魅力的すぎます。
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「わくわくしてきました」
「お前もひねくれたな」
――その年、ルシェル派瓦解に伴う少ない立役者の一人が脚光を浴びることになる。
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年若いなどといった反発は想像以上に小さく、また就任式の際にちょっとした騒動があったとされるが、機転により返り討ちにしてまた人望を集めたという。
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