孤独な王女

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階段をのぼる

留学生②

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 レオンハルト殿下は、王立学園の最高学年の教室に編入するらしい。耳半分に聞いて、今さら年齢は十七歳だと知った。
 本来ならお披露目を終えて、ヴィーを学園に入学させるつもりでいた女王陛下だが、他ならぬヴィーが「城で勉強はできる」と言い、社交はその代わりパーティになるべく出席するということでけりをつけた。表向きは「母上と離れるのも寂しいですし、父上のお仕事をぼくも早く手伝いたいのです」ということで、その裏で「外はつまらないしリィといられないのが嫌」という理由は誰にも言っていない。……うん、ヴィーも腹黒くなってきた模様。どんどん口が悪くなる私に姉さまが引いてたわけが今さらわかった。けど、もう手遅れ。
「そうですか……学園でお会いできないのは残念ですね」
 レオンハルト殿下はしょんぼり眉を落としていたが、ヴィーが「パーティには参加できるのでしょう?お会いする機会はありますよ」とフォローするとすぐに元気な顔になった。
 女王陛下は、ヴィーが幼いながらも立派に国賓を接待していると感銘を受けていた。








☆☆☆





 一年のうち、とても厄介な日が近づいてきた。


 病弱な深窓のご令嬢を気取っている私でも、本気で病気にならない限り欠席が許されない行事――建国記念式典。
 お披露目と違い、大人たち貴族各家当主が主賓として揃い踏みし、日中は謁見で建国ウン十年(興味ないので覚えてない)の言祝ぎをし、国の威信をかけた軍によるパレードも行われる。夜は玉座の間で夜会。これには貴族の子女も出席する社交の場となる。

「リィ、ダンス覚えてる?」
 困り顔で聞いてきたのは隠し部屋までわざわざ訪ねてきたヴィーだ。
「……え?私踊るの?誰と?」
 思わず眉をしかめてしまった。夜会では男女のダンスもあるが、これまでは王さまも出席するだけで許してくれていたのだ。誰も孤立している王女をダンスに誘って女王陛下に目をつけられたいという子弟もいないのがそうする理由である。
「ほら、ぼくも今年から出席するでしょ?リィに一緒に踊ってほしくて」
「あなた、普段別の子と踊ってるじゃないの」
「父上が、出席するならリィと踊らないと、リィの面目潰れるぞって言ってたけど」
「……あの人は……」
 頭を抱えて唸りながらも、確かに公の場で誰もが王女を空気扱いするのは国としてまずい態度なのは納得していた。ただ、目立ちたくないのだ。面倒なのだ。
「今年はレオンハルト殿下も参加するらしくてそこら辺厳しいと思うんだ。母上も渋々だけど納得してたから安心して」
「……ああ、そういえばいたわね」
「そういうのを隠さない、正直なところはリィの美点だよね」
 言いつつヴィーは呆れている。いやしかし、忘れていたって仕方がないと思う。あの初対面の日から半年が既に経過しているが、これまで再会などなかったのだ。
 レオンハルト殿下は学園の寮暮らしだし私は城から出たことがないし。
「あなたは何度か会ってるのね?」
「うん、三回くらいかな。勉強楽しいって言ってたな。あと、リィに会いたがってた」
「え?どうして?」
 目を丸くしてしまった。私の方はあの初対面の日の態度が気になっていたが、あちらには私に会うメリットはないはずだ。国にとってなんの価値もなく、王子の後見たる家には嫌われているのだ。
 とうとうヴィーがため息をついた。まるで手のかかる子どもを見るような目を……なぜに?
「自覚がないってこれだから…………」
「何よ。私なにかやらかした?」
「……リィ。リィとリーナさまは瓜二つなんだよ?この意味わかる?」
「女王陛下に目をつけられてる理由よね。でもこの色彩好きなのよね……」
「……リーナさまとエルサさまの共通点は?」
「急にどうしたのよ」
「いいから答えてみて。はい!」
「……二人の共通点でしょ?……とんでもなく頭がいい」
 お母さまの肖像画とエルサの顔を思い浮かべる。顔は似ているわけじゃないが、もしお母さまが生きてたらエルサみたいな性格じゃないかな、とは思う。
 建国記念式典にはエルサも必ず訪れるから、実はそれだけがわずかな楽しみだ。
 のほほんと思い描いていると、目の前ではヴィーががっかり肩を落としていた。
「…………もういいや。どうせリィだし。無自覚だから父上も安心して放置してるんだろうなぁ……」
「は?どういうことよ」
「とりあえず、これからリィは研究の片手間にまたお勉強するってこと」


 ――お勉強。あのお披露目を思い出させる嫌な響きだ。
 厄介の度合いが例年より段違いになりそうな予感を、この時に感じた。



















 予感はものの見事に的中した。

(……どうしてこうなってるんだろーなー……)
 どうしようもなくて遠い目をしてしまう。上の空でも笑顔を保ち、音楽に合わせてステップを刻めているのは、まさにこれまでの努力の賜物だ。

「リエン姫。わがままに付き合っていただきありがとうございます」
「……いいえ、レオンハルト殿下が楽しんでいるのならそれで充分です……」

 至近距離で灰色の瞳が甘くとろける。
 それについてなにか思う前に背中に顔に体全身に、ぐさぐさと視線が突き刺さる。ヴィーが甘えに来るとき、同じような感情を向けられるので、嫌でも察した。――嫉妬。

 握られている右手を引かれ、腰に添えられている大きな手が離れ、くるっとターンする。レオンハルト殿下はとても生き生きとダンスを楽しんでいた。……周囲の雰囲気に気づいてるのか、そうでないのか。

 本当に、どうしてこうなったんだろう……。
 心の中で深く、深くため息をついた。 
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