孤独な王女

文字の大きさ
上 下
37 / 288
まっすぐ進む

お披露目②

しおりを挟む
 ゴールを十歳のお披露目とした地獄の勉強会が幕を開けた。
 ネフィルもベリオルも、サームまでもが鬼と化し、これまで以上に厳しく教育された。

 教養については、字の勉強と同時平行で貴族年鑑なんてものも持ってこられて、少なくともお披露目参加者の家は覚えておけとのこと。また、各地の地理や風土、特産物も。貴族同士の関係図は、見事にほぼルシェル派一色なので大して意味はないらしい。アルビオンのように対立しているものは水面に上がってはこないので、そこは省略すると言われた。
 なぜそんなことを覚えなければならないのかというと。

「披露目のスケジュールはこうだ。集合、移動、謁見、会食。そのうち謁見と会食は玉座の間――陛下その他高位貴族たち揃い踏みだ。高官もな。お前は当代の最高位だから挨拶は一番最後。その後の会食は無礼講となってはいるが、十歳の子女が試される場でもある。お前の場合、問題はここなんだよ」
 毎年王さまの側近として公式行事をこなしているのか、ベリオルの説明は淀みない。独自の注釈というか暗黙の了解らしきものも教えてくれるのでありがたい。まあ、確かに王さま以外も来るのなら下手な行動はできないなぁ。
「問題って?」
「言っただろ、試されるって。謁見がすんだ時点で社交は解禁だ。んでもってお前は王女。主にあの女のせいで世間じゃろくな情報出回ってねぇから、繋がりを持とうとする人間は多いんだよ」
「……それは、子どもたちだけじゃないね?」
 世間じゃ、ということはその上の貴族たちも知らないのだろう。じゃないと情報が流れないなんておかしい。
「ああ、その通りだ」
「我々アルビオンの血を引くこともほぼ無意味だからな。何しろ一時国政から離れた身だ。表向きにも公言していないから、後見をも見透かそうとする輩は必ずいる」
「え……。じゃあ、私、利用されないためには大人たちもかわさないといけないの?そのための予備知識が、今から付け焼き刃になるわけ?」
「そういうことだ」

 なんとまあ……。思わず顔がひきつった。

「なにその高難度」
「だから今のうちからやろうってんだ。行儀作法も込みだぞ。つけ込む隙を見せたら食われちまうからな」
「これ、月一じゃ間に合わないね?」
「だろうな。せめて三度は来てもらうとして、教養は宿題として……」

 受けて立ったのは私だけど、かなり面倒なことになった。ネフィルが淡々と学習計画立ててるけど、過密な気がする。いや、勉強自体は楽しいからいいんだけど。後宮でどれだけ人目をごまかせるか……最近女王陛下うるさいしな……。ヴィーとも約束あるし……。……あ、ヴィーのこと忘れてた。

「ねえ、外宮じゃ、ヴィー……ヴィオレット王子ってどんな受け止め方されてるの?」
「何だ急に」
「あと私の評価も知りたい」

 二人はヴィーのことに目を険しくした。……なんか、ベリオルはいつものことだからいいけど、基本無表情だったはずのネフィルは駄々漏れになってきたなぁ。女王陛下が大嫌いでたまらない、それに関するものも全部!って顔。
 好奇心だけど、それ以外のこともある。いずれ私がここを出ていくときに、後継者(=厄介ごとを押しつける相手)のことは考えておかないと。せっかくでたのにポンコツだったりして連れ戻されてはかなわない。それに、お披露目をどう切り抜けるかも変わってくると思うのよ。

「……そうさなぁ」
 城を出ることは言わずお披露目のことだけ話すと、ふむ、とベリオルは考え込んだ。
「ほとんど後宮から出ていないから何とも言えないが……」
「たまには出てるんだ?」
「ああ、あの女が陛下と強引に飯を食わせて……と、悪い」
「別に王さまに興味ある訳じゃないからいい」

 スパッと言い切ると、三人ともが微妙な顔をした。なぜに。
(一度も顔会わせたことないし、期待もなにもないのに)
 姉さまによると、後宮に来たことはあっても私の前に姿を現したことはなかった。それで興味を持てとは。父親としてすら見れないのに。

「……なるほどな。だから『王さま』ね……」
 ベリオルが頭を抱えている。
「そこら辺本当にどうでもいいから、続き」
「……あの女が可愛がってるわりには、純真無垢な、将来有望な王子だと思った」
「ああ、それ。だってあの人、息子にだけはまともだもん。周りの人もね。暴力も陰口も全部遠ざけられてる。善意しか与えられない楽園で暮らしてるんだから、ひねくれようがないでしょうよ」

 今度は三人とも私を見て微妙な顔でなるほどと頷いていた。
「……言いたいことあるならはっきりどうぞ」
「……つまり、その分の悪意を、君が受け持っているということか?」
「そういうこと」

 代表して訊いたネフィルに答えると、悲しみと怒りが混じった表情をした。……何を今さら。
「みんな、ヴィーに癒されて私で鬱憤を消化する。それで回ってるんだよ、あの場所。……ヴィーにとっては楽園で、私にとっては地獄だね」
           
 はっと鼻で笑う。この間熱が回復したあと呑気なヴィーに会ったときはもっと抑えきれない激情を持ったが、今では落ち着いて皮肉るくらいはできる。
 ……それくらい、ヴィーは私にとって「何か」をくれた。私自身もいいものか悪いものか掴みきれないようなものを。

「じゃあ、ヴィーは期待を集めてる、てことでいいんだね。私は?」
「お前はそもそも表に出てないだろ。……おれがそう思って言うんじゃないが、『可哀想なお姫さま』と……揶揄されたりは……してる。――って、おい」
「なに?」

 にっこり笑ってしまった私は悪くないと思う。怒りをごまかすには笑うのが一番いいと、最近ようやく知った。様子を窺うベリオルが顔をひきつらせているが、知ったことではない。
「一応聞くけど、それは満場の意見?」
「……ルシェル派は、そうだ」
「他もでしょ?別にそれだけで潰したりしないから安心してよ。……少なくとも今は」
「リィ。私の一族は説得済みだ」
「あっお前逃げやがったな!?」
「可哀想以外には?」
 ネフィルとベリオルが顔を見合わせた。
「……その他?」
「……ああ、なるほど。私表に全く出てないから、個人として直接に評価できてないのか。……ふうん、そっか」
 それは楽そうだ、と内心で呟く。
 売女と言われた件は解決の目処がたってるし、事実これまでの私に関する評価は噂にしかよらない。印象操作はまっさらな方がやりやすい。

「……おい、リィ。お前、披露目で何やらかすつもりだ?」
「……特になにも?」
「その空白は何だ」
「これから計画立てるつもり。安心して、基本受け身態勢だから」
「……確かに、自分から動くと毒婦がうるさくなるか……」
「そういうこと」

 お披露目の参加を妨げられないって言ってたけど、妨害なら他にもやりようがある。あの人が「義務」の一言で嫌がらせしなくなるなら、これまで虐められたりなんてしなかった。


  ……ああ、これを加えると課題が山積みだ。
 そもそも、脅された後もヴィーともちょくちょく会っているのだ。今のところこっそりだが、その分の報復に女王陛下が来ることも考えないといけない。

 激しく面倒だ。 
しおりを挟む
感想 84

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...