孤独な王女

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未来

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 誓ったのだ、あのとき。




 強くなって、怖いものも痛いものも全部はね返して。手を繋いでどこまでも、二人で一緒に歩いていくって。




 お願いだからいなくならないで。私を残して消えてしまわないで。
 もらったものがまだ返せてない。もらった以上にたくさんの幸せを渡したい。
 他のものなんていらない。ただあなたと過ごす時間だけがほしい。



  一番はとっくに決まってる。それがいなくなる世界になんていたくない。

 大切なものを、大切にできる世界で生きていたい。












 ……まだ何も守れないちっぽけな私の願いは。夢は。

 私を嘲笑って、するりと手のひらから逃げていく運命らしい。






















 ベリオルとの約束はすっぽかした。
 姉さまは困りきっていたけど知ったことじゃない。姉さまの魂胆なんて、叶えてなんてやるもんか。


<――リエンちゃん……>

 最近はずっと引きこもってる。代わりに姉さまが私の体の主導権を持ったまま。姉さまに会うのは小部屋で、これまでよりもべたべたに甘えてしまうのは悪くないと思う。

<リエンちゃん。こうしてても、徐々に「私」はすり減ってて……今さら立ち止まったって、流れは止まらないんだよ>

 聞こえない。

<大丈夫だよ、リエンちゃんなら。麻薬の件みたいに、一人でうまく立ち回れる>

 聞こえない。

<ネフィルもベリオルも、性格はわりとひどいけどリエンちゃんに自由を認めてくれてる。だから私がいなくっても……>

 何も聞こえない。


<……姉さまは、約束した。私の傍からいなくならないって。嘘?>

 ぎゅうぎゅうと姉さまの胴に手を回してお腹にすりすりと頬を寄せながらその顔を見上げた。
 姉さまは全部わかっている顔で、だから突き放せないと苦笑して、私の頭を撫でてくれた。

<……嘘じゃないよ>
<だったら>
<私の経験も、知識も、考え方も。全部リエンちゃんにそっくりそのまま受け継がれる。だからきれいさっぱり私はいなくなる訳じゃないんだよ?>

 やっぱりわかってない。全然わかってない。

<いらない。そんなものいらない。姉さま自身がいてほしい。頭を撫でてほしい。涙を脱ぐってほしい。手を繋いでほしい。一緒に歩きたいの、大きくなったら、肩を並べて。この小部屋に誰もいないなんてこと、嫌>

 この小部屋で――それどころか、現実の世界でもひとりぼっち。
 想像するだけで怖じ気づき、泣きたくなる。

<姉さまがいなくなったら、私は生きていけない。だから消えないで>

 この子は諦めきってると、姉さまはベリオルに言った。
 ……何を?諦めてなんかない。だって最初から期待なんてしていない。助けてっていう叫びを聞いてくれたのは姉さま、たった一人だけだもの。

 姉さまのためならこの最低な世界でも頑張って生きようと思えたんだもの。

<――リエンちゃん>

 ぽろぽろ泣いてばかりの私を姉さまはいつも面倒がらずにあやしてくれる。子どもだからってバカにしたりしないで話を聞いてくれる。私を私として認めてくれる稀有な人。とても愛しくて大切な、私の半身。

<リエンちゃん。それなら、約束して>

 目線をあげると、吸い込まれそうな美しい星夜空の瞳があった。
 泣きそうに歪められていてもきれいなままの顔が、くしゃりと崩れる。それでも目を惹く、純粋で美しい心。

 ぽたり、と頬に滴が当たった。黒くて長い髪が頭上に覆い被さる。つむじにそっと柔らかいものが押し当てられ、額にも印のように口付けられる。
 ぎゅっと姉さまから抱き締めてくれたから、負けじと胸に頭を寄せて、短い腕で懸命に姉さまの体を包む。

<……約束したら、消えなくなる?>
<多分ね>
 むっと唇を尖らせる。姉さまは嘘をつかない。それが姉さまの大好きなところだけど、今だけは「絶対」がほしかった。

<でも、リエンちゃんが約束してくれるなら、私も頑張るよ。……方向が間違ってても>
 最後、なにか聞こえた気がする。でもいい。今一番確実な手なら、それでいい。
<約束する>
<せめて内容を聞こうね……。詐欺にあっさり引っかかっちゃうよ>
<姉さまと一緒にいられるなら何でもいいもん。それが嘘じゃなければ、何でも>
<……ほんとに、なんて可愛い……>
 すりすりと頭に頬が寄せられた気がする。少しの重みが心地いい。

<どんな約束なの?>
<うん、これからね……――>















☆☆☆













 かつん、かつんと靴音が鳴る。

 相変わらず後宮に比べて静かな回廊は、誰もいないんじゃないかと思われるようにひっそりしてるけど、そこここの扉の向こうに人の気配を感じる。国が生きてる音、なのかな。
 窓の外に目をやって、この間は目に入らなかった広大な景色を見つめる。
 見たことがなくても、何の感慨も湧かない。いや、約束の通りにするなら興味を少しでも持った方がいいんだけど。
 余裕がない今はふいと目を逸らして、再び記憶にある道を辿る一歩を踏み出す。

 目当ての扉の前に立っていた侍従の人に、ぺこりと会釈する。その人は私のことを覚えててくれていたみたいで、にっこりと笑って、部屋の人に確認をとるために扉を開けた。

「ご主人さま、小さな客人がいらっしゃいました」
「入れ」

 間髪いれずに知っている声が耳に届く。ぶっきらぼうで、人に命令し慣れてる声。
 次に騒がしい足音が聞こえてくる。ああ、あの人もいたんだ。
 侍従の人に目配せされて、一歩下がると勢いよく扉が開け放たれた。

「――待ってたぜ、リィ!!」

 私を受け入れてくれるらしい台詞。でも心が全然動かされない。姉さまとの約束だから、いつか受け入れられるようにはなりたいけど。

「……だから、ここはあなたの部屋じゃないんですよ。騒がしい」
「うっせー!お前だってインクこぼしかけたくせに!こらリィ!突っ立ってないで入れ!」

 そっと侍従の人に背中を押されて一歩踏み出す。その部屋は窓のカーテンが開け放たれて昼の日差しが燦々に差し込み、とても眩しかった。まるでこの世ではないような。

 その光の中で、緑と青の瞳がこちらをじいっと見つめてる。私に何かしらの思惑を持っている人たち。でも、一番私の心に近い人たちでもある。

「……三ヶ月も、待たせてごめん。もらえるものを、もらいに来ました」






 先のことはわからない。

 それでも、生きていくために。






 本当にほしいものを勝ち取るために。
  
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