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はじめの角を曲がる
閑話・囮の醍醐味④
しおりを挟むネフィルでさえ読めなかった、リエン姫の行動の理由。
それが勉強とはどういう意味なんだと思っていると、微笑まれたあと、唐突に頭を下げられた。
「ベリオル。外宮で、失礼な態度をとってごめんなさい。名前も嘘教えちゃったし、素性も、知りたがってたのにごまかした」
失礼な態度と聞いて、適当に質問をはぐらかされたことを……というか何を聞いても親戚としか答えなかったのを思い出した。
それから、あの怯えた顔。
って、違う。待て待て待て。流されるなおれ!
「いや、仕方ないことだってわかってるから。頼むから謝るな。居たたまれない」
慌てて頭を下げると、きょとんとされた。……こいつ、わかってないのか?
「むしろ謝るのはおれの方だって言いたいんだ。これまで、お前を助けなかったことを」
ちょっとわかったような顔になったと思ったら、視線が迷走し始めた。
……心当たりがないとか、そんなふざけたことじゃないよな?あるよな?ないって言われるとお前の正体疑わなくちゃならないんだが?
そうしてようやく目を合わせた姫は、至極真面目な顔をしてこう言った。
「……そう言えば、ベリオルって私の親戚?」
肩透かしというか、盛大に心の中でずっこけた。
「……それを今聞くのかよ……」
「だってジヴェルナって」
「そっちじゃねぇよ」
すでに頭が痛い。ここまで激しく振り回されたのは久々だ。
「……まあ、血は繋がってるよ。遠縁だからうっすいけどな。それに加えて、おれは王……お前の父親の側近だった」
「側近ってなに?」
心の準備もできてねぇのに間髪いれずんなこと聞くんじゃねぇ!
「……何で麻薬知っててこれ知らねぇんだよ…………」
思わず心の声が出た。これか。これがネフィルが悟れって言ってた意味か。確かにこれはどこかで受け入れないと心折れるわ。
「ベリオル?」
「何でもない」
悟れ、おれ。折れるなよ。
「側近ってのは、そうだな……その人に仕えていて、仕事を助ける人だ」
ふんふんと頷いた姫。わかってくれたか。
そう光明を見いだすのは早かったと直後に後悔した。
……おい。何でまた首傾げた。
「謝るような悪いこと?」
「……は?」
時が止まったように感じた。
何でおれがこんなにアホ面晒さなきゃいけないんだとかどうでもいいことばかり思う。いやだって理解できない。最大の謎が目の前にいる。
「……王たちを……本来なら、お前をあの女から守るべきだったおれたちを……恨んでないのか?」
喉はからからに干上がっていた。くそあの侍女どもめ。茶が猛烈にほしい。
一瞬記憶を遡るように視線を上に上げた姫は、ぽろっと言った。
「他の人はともかく、一年前なら恨んでたけど」
ぴたりと目が合う。さっきまでと違い、感情が読み取れないあどけない顔。
肌が粟立った。
――違う。感情が、ない。
全く込められていないのだ。
どこかで落っことしたように全てが欠落した顔で、姫は首をこてんと倒した。
「だって、私はみんなの一番じゃないんでしょ?」
☆☆☆
姫は言う。みんな自分勝手だと。
姫を侮辱したアンナという侍女とアーロン・コンティを捕らえさせたのは姫本人だが、その姿を見て純粋に嬉しかったと。
昔、何もしてないのに鬼の形相で暴力を振るったあの女は、今回は麻薬を流したアーロン・コンティに、王子に危機が迫っていたと知って殴りかかろうとしたと。
アンナという侍女は、自分が助かるために仕えるべき主人に……姫をだしにした、と。
「自分のためなら、自分の大切なもののためなら、みんな。どんなこともやるんだって、今日あの騒ぎを見てて思ったの」
悟りを開いたところで理解できるはずがない。したくないと思ってしまった。
老成しているとかそういう話じゃない。この姫は……。
「ベリオルの一番って、王さま?」
なぜかその声が空っぽのような気がしてぞっとする。
「……あ、ああ。そうだが」
「王さまを守ってたら、私を助けられなかった?」
ぐっと詰まった。空っぽなだけに、胸に刺さる単純な事実。
王を守るためにこの姫を見捨てた。
「…………認めたくないが、そうなる」
「どうして認めたくないの?別にいいよ。誰も助けてくれないし、追い討ちかけてくる人たちばかりで、壊れそうには何度もなったけど。今、私無事だし」
「……お前はそれでいいのか。言い訳で、満足するのか」
何なんだこの姫は。どうして底が見えない。
深い深い谷にどこまでも落ちていく気がする。……得体が知れない。掴めない。
「するわけないよ。そうじゃなくて、話が違うってこと。謝るって反省するってことでしょ?私が受けとるのかどうかは関係なくて、あなたが悪いことをしたって思ってることが大事。でもさ。王さまを守ることは悪いことだったの?」
「……いや、それは違くないか」
なぜこの姫は選ぶことを知っている。なぜ切り捨てられたことを認める。
「違わないよ、どこも。……だって」
だって全部、仕方がないことだったんでしょ?
……なぜ、どこまでも世界を諦めているんだ。
何も言えなかった。情けないことに、子どもに対して夢を語ることができなかった。
当たり前だ。おれが教えられるわけがない。
結局切り捨てられるしかないと知っていて、夢が見られるわけがない。
……でも、それでもなにか言ってやりたかった。そう思って口を開いても言葉は浮かばず、水面に餌を求める魚のようにパクパクさせることしかできなかった。
そうしていると不審者を見るような顔で見られた。……ちょっと待て。
リエン姫は言い切って感情を少し取り戻したようだった。
光を反射するだけしかなかった瞳が、ゆらりと動いた。
「……でも、そうだよね。ネフィルも、一番は私じゃないでしょう。王さま、かなぁ」
ぽつりとこぼされた爆弾に肝が冷えた。いや、確かにお前と会ったのは思惑があってのことだったが。
「……いや、昔はともかく今はお前だよ」
「え?」
ちょっと待て。なぜそんなに驚く。姫はすぐに真剣な目で身を乗り出した。
「一番ってそんな簡単に変わるもの?」
この場にネフィルがいなくてよかった。ほんとによかった。
「……その言い方はネフィルが泣くぞ。膝から崩れ落ちて」
きょとんとした姫に何とも言えない思いをしつつ、『これでリエン姫の成人まで、一族を抑えられる……』と嬉しげに呟いた男が脳裏に浮かぶ。
『は?成人までって何だ』
『姫を放任するのに、何の対策もしないわけないでしょう。課題が出されてたんですよ、父から』
『課題?』
『ええ。一つは当然国庫の確保。当初はこれが目的で会おうとしてたんですから、姫をだしにしない分こっちでやらなくてはいけませんでした。姫を利用するべきじゃないと言い出しっぺの私の責任ですけどね』
『一つはってことは、他にもあるのか』
『もちろん。もう一つは、五年以内に何かしら後宮を変えること』
あのときは驚いた。……変える?後宮を?
ネフィルは、これまで見たことがないほど優しく、そして愉快げな表情で言った。
『姫と私の共同での課題とのことでしたが、もちろんあの姫は知りませんよ、そんなこと。私が全部一人でやるつもりでしたし。……二つとも、思いっきりリエン姫が動かしてしまったんですけどね』
あの姫の強運はどこまでも恐ろしいな、と思った。意図していないのに引き寄せる。重たく絡みつく沼からこいつを引き抜くほどに、強く。
『ベリオルさま。私が表に立てない分、思いっきりやってくださいね。詰めが甘いと、私、勢い余って毒婦と王子を殺すかもしれません』
「え?何でネフィルが泣くの?」
何と、あの重い愛が一方通行とは。
……ネフィル。頑張れ。
☆☆☆
これ以上の謝罪はどうしようもなく、ネフィルの言っていた課題はともかく、外宮で起きた変化を伝えた。
国庫が逼迫していたこと、ルシェル派の存在とその動向。それがどうひっくり返ったか。
後宮についても、少なくとも麻薬に関わった人間はみな排除すると伝えると、安堵の息をつかれた。
すっかり調子を戻した姫は満面の笑みだった。
「嬉しそうだな?」
「うん。やっぱり私がやったことは間違ってないって。常識一つ身についたよ」
「……おい勉強ってそういうことか?」
「うん。あと、やっぱり悪いものは置いておけないから。王子いるし」
「……あの女の子どもだぞ」
「だから何?まともに育ってくれるならどうでもいいよそんなこと。大嫌いなのは私を虐める女王陛下と侍女たちだけ。いちいち気にしてたらここで生きていけないもん」
あっけらかんとした言葉はどこまでも嫌みがなく、清々しい。処世術として賢すぎる判断だ。
幼さを捨てている姿にやるせなさを感じ、頭をかいた。
「……まあ、これから風通しはよくなるから、その辺も安心しな」
「え?」
「国庫が逼迫してるって言ったろ。ここの人員削減して金を貯める方向になった。特にあの女周辺は、後宮の管理不足の罰として半数に減らして、固定する。その代わり新しい王子の教育係はルシェル家当主が決めることになったがな」
あちらさんもコンティ家が消えて利害はある程度均等になった。財布も取り戻したそうだが、派閥が建て直される前に新たな釘は刺しておくつもりだ。
そう、これから数ヶ月はまだ外宮は勢力争いに揺れる。主にルシェル派内部だが。その中で後宮だけは、人員の固定化が錨になる。
全くネフィルもよくやったものだし、おれも働いたよ。
「忘れていたが、軍部にも割り込める隙間ができたな」
「軍部?」
「ここの兵士たちの所属だ。お前がアーロン・コンティの身分証を持ってただろ?その間、アーロン・コンティは絶対必要な身分証なく後宮の内外へ出入りしていた。さっき聞いてみたら、顔だけで通行を許されていたらしい。兵士たちもルシェル派だから、身内に甘くなったんだろうな。警備が甘いってことで少なくとも人材は一新される」
どこまで理解しているとか、考えなかった。この姫の上限ない規格外さは充分知った。
……そうだ、それもあったな。
「お前さ、いつから『覚醒』してた?」
「え?」
聞いたのは純粋な疑問から。化け物とかはもうどうでもいいが、同じ血を引く者として興味がある。
「王族は、決まってってほどでもないが、お前のように早熟な連中が多い。けどな、これはあんまり知られてることじゃないんだが……早熟になるのに、きっかけがあるんだよ」
きょとんとしている姫。これは早熟の意味を知らないな?だいぶわかってきたぞ?
「そいつらは、早熟にならざるを得ない理由がある。一歩早く大人にならないといけないって奴らが、そうなるのをおれは『覚醒』って呼んでる」
ちなみにおれにもあった。両親の死だ。王城に引き取られるうちに、気づけば視点も考え方も変わった自分に驚いたものだ。
アーノルドの場合は……どこまでもリーナが中心だったな。初恋と認識してからすぐに変わった。
この姫のきっかけは今回の件じゃないことは、ネフィルが三歳の時に言い負かされたと言っていたから察している。
じゃあ少なくとも三歳までに、何かしらきっかけがあって。
……ここまで子どもでいることをかなぐり捨てたのだ。
リエン姫は思い当たる節があるのか、強張った顔をしていた。怯えているような、知らない扉を開けてしまって恐怖しているような顔。
血の気の引いた唇がぽつりと「姉さま……」と動いたのを、はっきりとこの目に捉えた。
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