孤独な王女

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まず足場を固めていこう

閑話・裏返った思惑②

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 俗な言い方をすれば、舐めていた。

 しかし言い訳させてほしい。
 相手は三歳で、ほとんどまともに人と接したことはなかった。それに比べてこちらは一族でも評判のいい我ながら優秀な大人である。

 誰が幼女の方が勝つと信じられる?ちなみに私はまだ負けた事実を飲み込めていない。膝を屈したくなるような声に、表情に、その存在感にまだ現実を認められない。

 だから絶賛現実逃避中だ。

「ねえ」
 急に話しかけられて驚いた。興味なかったんじゃないのか。胸にうずくまる幼女を見ているとありとあらゆる罵詈雑言をいうような顔で見上げられた。なんとも理不尽な思いなのだが。
「私って、生後何歳?誕生日っていつ?」
 ここにきて何をアホなことを。もっと他に気になることあるだろう。ないのか?ダメだ本当に思考が読めない。
「誰も教えてくれないから教えて。親戚なんでしょ、知ってるよね」
 ……本当にアホなのか?「親戚」を利用するならもっとましなものがあるだろう。それこそ子どもらしくねだったりとか……子どもらしくないんだった。自己完結した。
 とてつもなく真剣な顔で見上げてくるものだから、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「君を見ているとその記憶に自信がなくなってきたな」
 常識ってどこからどこまでだったっけ?

「具体的に、いつ」
「は?」
 こいつそんなことも知らないのか?冗談だろうと思って見下ろすと、本当に知らないようだった。そこでようやく調査結果を思い出す。……ここまで忘れていた私は断じて悪くないと思う。
 そうか、知らないのか。
 次の瞬間また悪寒が走った。何だこの子ども。同情にたいして敏感すぎないか。
 そのとき悟りが開けたんだと思う。
 そうか、常識を知らないからこんな常識やぶりなんだ。
 ようやく納得がいった。



  なぜか逆に哀れみの目で見られたりしがみついてきたのに思わず絆されて頭を撫でたり(その間不審者を見る目で見られたのは傷ついた)。
 とにかく幼児を部屋に返してから、これからのことを考え直そうと思ってまだ荒れた庭に佇んだ。そして。

 今度こそ本当に度肝を抜かれた。

「やった、これがとかげ?」

 うん、それはもう。思わず耳を疑い、こっそり声が聞こえるところを覗いて目すら疑ったとも。
 何が「やった」?とかげ捕まえてどうするんだ。おい、姫だろ君。
「晩ごはん~♪」

 ……………………は?

 あっ首締めた。そこら辺の木の枝拾って……刺した!?
「これを焼けばいいんだね」
 ふぁっ?
 幼女は固まるこっちに気づかずんしょんしょと窓から這い登って部屋に消えた。
 思わずこっそりと部屋を覗いた。ら、幼女は暖炉にそれを刺す。暖炉の上のマッチを手に取る。しゅっと火をつけ、暖炉に投下。燃え上がる薪。
「あ、焦げるかも」
 重い火かき棒を体全体でささえ、薪を崩して火の勢いを弱めさせる。
 焼き上がるまでの時間潰しか、体を清め、服を洗い。髪を綺麗にとかし、わくわくと暖炉の前で待つ。
 ……おいまさか。
「できた?わあ、おいしそー!」

 ……………………さすがにそれ以上は見たら自分の何かが崩れ落ちていきそうで窓から逃げ出した。



「な、何なんだあの子。なぜとかげを食べる」
 よろよろと茂みの中に腰を下ろした。土がつくとか考えなかった。脱力が半端なかった。何だかトラウマになりそうな気がしてきた。あの人にそっくりで可愛らしい幼女が嬉々としてとかげをかじりむしる。想像するだけでちょっとやばかった。どこウケするんだ。
 日が落ちはじめて薄暗くなってきた。冷たい風が首筋を撫でていくので、ようやく我に返った。
 この短時間で自分がどれほど不測の事態に弱いか……というかポンコツなのか思い知らされた。何なんだ本当に。私今日ろくなことしてないぞ。この私が。

 しかししばらくして感情の整理ができると、一周回って面白くなってきた。

 放置されているのは知っていたが、身の回りの世話をする侍女もいないとは思っていなかった。食事も与えられていないとは。
 だからといって、飢え死にそうで部屋でひっそり嘆いたりするのが普通じゃないのか。あの姫はそんな繊細な可愛げなどどぶに捨てろとばかりに元気に外に出て自ら食糧を調達、着替えも体を清めるのも一人でやる。
 
 出会った時の子どもとは思えない言動。垣間見せた王の風格。
 王族は総じて早熟な者が多い。そしてもう半分の血は、情をかければこの世の果てまで執着する「修羅の一族」のもの。

『ありがとうございます』
 別れ間際に初めて見せた媚びた目。あれきりならあの娘は突き放そうとするだろう。あれは『次』を確信していた目だ。
 目的はある程度察した。暦を知らなかったように、他にも知らないことがある、それを知りたいのだろう。
 そんな風に、自分の境遇を客観視しておかしいと気づいているのに、儚むことなく貪欲に生きようとする。

 あの突拍子もない王女が王族として常識を身に付けたら?

「……どのみち、あれでは素直に駒になってくれないだろうしな」
 くくっと喉の奥から笑いがこぼれる。ああ、楽しい。こんなに楽しいのはあの人の葬儀以来だ。

 単純に言うなら、あの姫が自力でどこまでやるのか見たくなった。とてつもない興味本意。
 一人でどこまでのしあがれるか。見渡す限り敵しかいない中で、君はどんな奇跡を起こしてくれる?
「さて、そうと決まれば一族の説得か。……私のこれまでの功績ってどれくらい強い切り札カードになるんだろうな……」
 だるい。面倒くさい。けれど、やりがいはある。
「王女が『次』をご所望なら、期待には応えてあげないとな」

 「修羅の一族」の笑顔は「魔の微笑」と界隈で恐れられている。なぜならその笑顔を向けられた者の運命はそこで決定するからだ。本来なら誰も抗えない。
 今の自分は相当悪人面だろうなぁと思いながらも、あの泰然とした(人をぽんぽんと手玉にとってくれた)王女の呆気にとられた顔を想像するだけで、楽しくなってしまうのだった。





☆☆☆



 不本意ながら一族に正気を疑われたりしながらもなんとか説得し、後宮に根回しをし、私自身が迎えに行った。
 怪我がほとんど治った幼女のアホ面が出迎えた。
 苦労の甲斐があった。
 間抜けだなというと睨まれたが今さらだ。相変わらず警戒心が強い。
 「おはよう」とか知ってると思わなかった。心積もりしていたのに、人の想像の上を行くのが得意な姫だ。しかし負けてなどいられるか。
 主導権など幼女に遠慮してやる必要などないんだ。
 血色はよくなったが相変わらず軽すぎる体を抱え上げると、強い緑の瞳に刺し貫かれた。
「どこ行くの」
「君の新しい部屋だ」
 は?という表情も間抜けだった。ああ、どうせ私は三歳児と張り合って、勝って喜ぶ小さい男だよ。
「どういうこと。あと相変わらず言うのが遅い」
 これがただの三歳児ならの話だが。
「後宮から出る訳じゃない。しかし少なくともここよりまともな場所に案内しよう」
 ふっと笑いがこぼれた。意味を知らないはずなのに地味に怯えているのが愉快だ。
 私だけではない。報告を聞いた一族がみな、この姫に本気で興味をもった。
 ……だから。
(せいぜいかき乱せよ?) 



























 「修羅の一族」のだれも、この青年でさえも。十年以上経ったあとに、期待以上の結果となるとは、この時、つゆとも想像しなかった。




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