22 / 23
クルガ編
にじういち
しおりを挟む
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
じたばたもがく上体を尻に敷いて押さえ、腕に抱えた両足を関節の人体の境地まで持っていく。ミシミシと背骨が軋む音がケツの下から響いてきた。とうとうアルザは呻き声も出せなくなったようで、ぴたりと悲鳴が止んだ。ゼイゼイ荒い息だけ聞こえてくる。
「おー、キマってんな。アルーは今度はなにやらかしたんだ?」
「メシ前によくやるな―」
「クルガ兄、食べる前に体綺麗にしなよ。土だらけだよ」
家の前で仕置きしているので、通りすがりの連中が声をかけてくる。双方慣れたものだが、そのアルザはミルカの声を聞いて、呻き声も出さなくなった。やりようもないのに必死に気配を消そうとしているが、ミルカはそんなアルザにちらりと目をやって、ほんのり苦笑しただけだった。
「クルガ兄、今日、私もごはん一緒にしていい?」
おれには挑発的な目を向けてくる。とっくにウミを監視もなにもない状態なので、頷いた。ミルカは少し目を丸くしたあと、「じゃあウミちゃんの分のお膳も持ってくね!」と嬉しそうに家に入っていった。
(あいつの引きこもり脱却もそろそろ考えないといけないか)
ウミが出ていくならついていくつもりだったが、今日ウミに言われてみて、この氏族に留まったままウミの隣にいる未来も少しはいいものに思えた。傍にいると約束されただけで弛んだ自分の単純さには呆れ笑いをこぼしたい。が、逃がすつもりだけはない。
一番いいのは、ウミにこの氏族をもっと気に入ってもらうことだ。離れがたいと思わせるように。楔になるものはいくらあってもいい。夜だけでないこの氏族を見せたいとも思う。
ミルカの姿がしっかり見えなくなってから、アルザの両足を離した。関節が固まってしまったのか、それだけで「ウッ」と声が上がっていたが、その点で慈悲はない。ぱたっと足が地面に落ちてうつ伏せのアルザは動くつもりがないようだ。その腰に載っかったまま、すっかり日が伸びて明るい夕空を見上げた。
「アルザ、お前もメシはおれの部屋で食え。ミルカに弁明するなら今しかないぞ」
「……なにもやることない。お前はおれが嫁さんに近づくの、もっと警戒したら?」
「しようがないし、それならそれでいいかとも思ってる」
「はあ?」
ドスが利いた「はあ?」だった。無理やり身じろぎしているが、自他ともに軟弱と認めるアルザがおれを押しのけられるわけがない。
誰も出歩いていないわけじゃないが、周囲はぱったりと人が絶えていた。
「突き詰めれば、お前でもいいんだ。あいつが安らげるんならな。おれには呪いをどうこうできない」
「……お前、どうしたの?」
「お前に呪術師を名乗らせるのは相変わらず気に入らないが、お前の意志で呪いをどうこうするのは、お前の勝手だ。おれが咎める筋合いはない。と、思った」
アルザはしばらく黙りこくったあと、盛大に舌打ちした。
「お前、やっぱり馬鹿。すんごい大馬鹿。救いようもないほど馬鹿!」
「お前も今日は馬鹿だぞ」
腰を上げるのと一緒に、アルザの腕を掴んで立たせた。これみよがしに足が、腰がとうるさいので、後々鍛錬をつけてやろうと言ったら、全速力で逃げられた。
追いかけ追いつき、投げ飛ばし、着替えのために納屋まで引きずっていった。
*
おれはウミとの食事中、大体は献立の解説くらいしかしない。ウミにも雑談する話題などない。逐一逃げようとするのを捕まえて無理やり座らせたアルザはふて腐れており、結果的にミルカがもっぱら会話の主導権を握っていた。
会話は些細なものばかりで、ミルカは基本的にウミに話しかけ、アルザに相槌を打たせた。おれはわりかし無視され気味だ。よりによってミルカに間男として使われているアルザの表情がどんどん死んでいっているが、ミルカは一切気にしていない。
ウミはぽくぽくと応じながら慎重に箸を扱っている。対面のおれを頑なに見ようとせず、膳か隣のミルカの方しか向かない。暇なので見つめているとそわっとするので、意識しているのが丸わかりだった。
「……ウミちゃん、そろそろ私のこと、普通に呼ばない?さま付けなんてしないでさ」
メシも終わりかけた頃、ミルカが雑談に紛れて提案すると、ウミは目に見えて困惑した。それだけ表情は柔らかく緩んでいる。だがそこで救いを求めるようにおれを見るな。ミルカが睨んでるだろ。
「好きに呼べばいいだろ。おれは呼び方なんて気にしてない」
歳上ぶりたいならむしろ呼び捨てにするべきではと暗に言うと、ウミはふるふるふるふると首を振った。恐れ多いらしい。よくわからない。
「クルガ兄のせいだ!」
本当によくわからない。
「強要してないって言っただろ。なんでおれのせいになる」
「クルガ兄がウミちゃんをまともに呼ばないから、萎縮しちゃってるんでしょ!お前とかあいつとかなんだか名前があるのに!」
「つってもな。その呼び名がしっくり来ないんだから仕方ないだろ。そのうち聞いてみようと思っていたんだ」
そのうちというか、口説き落とした後にしようと昼間に決めたばかりだった。最後の仕上げとして。
じたばたもがく上体を尻に敷いて押さえ、腕に抱えた両足を関節の人体の境地まで持っていく。ミシミシと背骨が軋む音がケツの下から響いてきた。とうとうアルザは呻き声も出せなくなったようで、ぴたりと悲鳴が止んだ。ゼイゼイ荒い息だけ聞こえてくる。
「おー、キマってんな。アルーは今度はなにやらかしたんだ?」
「メシ前によくやるな―」
「クルガ兄、食べる前に体綺麗にしなよ。土だらけだよ」
家の前で仕置きしているので、通りすがりの連中が声をかけてくる。双方慣れたものだが、そのアルザはミルカの声を聞いて、呻き声も出さなくなった。やりようもないのに必死に気配を消そうとしているが、ミルカはそんなアルザにちらりと目をやって、ほんのり苦笑しただけだった。
「クルガ兄、今日、私もごはん一緒にしていい?」
おれには挑発的な目を向けてくる。とっくにウミを監視もなにもない状態なので、頷いた。ミルカは少し目を丸くしたあと、「じゃあウミちゃんの分のお膳も持ってくね!」と嬉しそうに家に入っていった。
(あいつの引きこもり脱却もそろそろ考えないといけないか)
ウミが出ていくならついていくつもりだったが、今日ウミに言われてみて、この氏族に留まったままウミの隣にいる未来も少しはいいものに思えた。傍にいると約束されただけで弛んだ自分の単純さには呆れ笑いをこぼしたい。が、逃がすつもりだけはない。
一番いいのは、ウミにこの氏族をもっと気に入ってもらうことだ。離れがたいと思わせるように。楔になるものはいくらあってもいい。夜だけでないこの氏族を見せたいとも思う。
ミルカの姿がしっかり見えなくなってから、アルザの両足を離した。関節が固まってしまったのか、それだけで「ウッ」と声が上がっていたが、その点で慈悲はない。ぱたっと足が地面に落ちてうつ伏せのアルザは動くつもりがないようだ。その腰に載っかったまま、すっかり日が伸びて明るい夕空を見上げた。
「アルザ、お前もメシはおれの部屋で食え。ミルカに弁明するなら今しかないぞ」
「……なにもやることない。お前はおれが嫁さんに近づくの、もっと警戒したら?」
「しようがないし、それならそれでいいかとも思ってる」
「はあ?」
ドスが利いた「はあ?」だった。無理やり身じろぎしているが、自他ともに軟弱と認めるアルザがおれを押しのけられるわけがない。
誰も出歩いていないわけじゃないが、周囲はぱったりと人が絶えていた。
「突き詰めれば、お前でもいいんだ。あいつが安らげるんならな。おれには呪いをどうこうできない」
「……お前、どうしたの?」
「お前に呪術師を名乗らせるのは相変わらず気に入らないが、お前の意志で呪いをどうこうするのは、お前の勝手だ。おれが咎める筋合いはない。と、思った」
アルザはしばらく黙りこくったあと、盛大に舌打ちした。
「お前、やっぱり馬鹿。すんごい大馬鹿。救いようもないほど馬鹿!」
「お前も今日は馬鹿だぞ」
腰を上げるのと一緒に、アルザの腕を掴んで立たせた。これみよがしに足が、腰がとうるさいので、後々鍛錬をつけてやろうと言ったら、全速力で逃げられた。
追いかけ追いつき、投げ飛ばし、着替えのために納屋まで引きずっていった。
*
おれはウミとの食事中、大体は献立の解説くらいしかしない。ウミにも雑談する話題などない。逐一逃げようとするのを捕まえて無理やり座らせたアルザはふて腐れており、結果的にミルカがもっぱら会話の主導権を握っていた。
会話は些細なものばかりで、ミルカは基本的にウミに話しかけ、アルザに相槌を打たせた。おれはわりかし無視され気味だ。よりによってミルカに間男として使われているアルザの表情がどんどん死んでいっているが、ミルカは一切気にしていない。
ウミはぽくぽくと応じながら慎重に箸を扱っている。対面のおれを頑なに見ようとせず、膳か隣のミルカの方しか向かない。暇なので見つめているとそわっとするので、意識しているのが丸わかりだった。
「……ウミちゃん、そろそろ私のこと、普通に呼ばない?さま付けなんてしないでさ」
メシも終わりかけた頃、ミルカが雑談に紛れて提案すると、ウミは目に見えて困惑した。それだけ表情は柔らかく緩んでいる。だがそこで救いを求めるようにおれを見るな。ミルカが睨んでるだろ。
「好きに呼べばいいだろ。おれは呼び方なんて気にしてない」
歳上ぶりたいならむしろ呼び捨てにするべきではと暗に言うと、ウミはふるふるふるふると首を振った。恐れ多いらしい。よくわからない。
「クルガ兄のせいだ!」
本当によくわからない。
「強要してないって言っただろ。なんでおれのせいになる」
「クルガ兄がウミちゃんをまともに呼ばないから、萎縮しちゃってるんでしょ!お前とかあいつとかなんだか名前があるのに!」
「つってもな。その呼び名がしっくり来ないんだから仕方ないだろ。そのうち聞いてみようと思っていたんだ」
そのうちというか、口説き落とした後にしようと昼間に決めたばかりだった。最後の仕上げとして。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる