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クルガ編
じうご
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まぶたのすぐ上を、手が掠める気配がした。触れそうで触れない距離だとなんとなく肌がざわつく。
ぼんやり浮上した意識が、頭の後ろの温かく柔らかい感触を伝えてきた。体の上にもなにか掛けられている。……感触があるということは。
「……殺し損ねたか」
静まったとはいっても、なくなったとはいってない。少女の夢についていけなかったら夜討ちに出かけようかと思っていたのに。夢の夢は、裏返して現実らしい。戻ってきてしまったものは仕方がない。
だがまだ眠い。目をつむったままごろりと寝返りを打とうとした。
「クルガ、嫁さんの膝でぬくぬくしたい気持ちになるのはいいんだけどさ。一旦起きて。目ぇ開けるだけでいいから。ってか今の物騒な独り言なに?誰?」
「…………寝言だ。気にするな」
渋々目を開けたら、ウミとアルザの顔が視界に入った。ウミの顔は逆さまで、鼻から上くらいしか見えない。
アルザがおれの目をぐいっと覗き込んでくる。近い。
「なんの夢見てたの?」
「……くっそみたいに甘い物を食った夢」
「へー。あ、昔のあれ?で、殺すって誰を?」
「夢だと腹を下さないでいいからまだしもだ」
そろそろ顔を押し退けた。アルザがなにを感じ取ったにせよ、起きたおれに異変はない。むしろ久しぶりによく寝た。夢で動き回ったわりに。そしてまだ眠い。
「おれ、お前の呪術師だよ?」
「お前はレィミヤ族の占い師で医師で、間違っても呪術師じゃない」
ちえっと言いながらアルザは仕方なさげに笑った。
「じゃあ、まあいいよ」
「……いいんですか?」
「ちょっと変な感じはあったけど、起きたらさっぱり消えてるもん。しかも弱りもへたりもしてない。今んとこ、おれができることはないね」
「おれとしては、夢よりもこの態勢の方が気になる」
納得いかない顔をしていたウミがぎくっと固まり、「あの、これは」とおれの頭の上でワタワタ手を振っている。アルザが吹き出した。
「それでも起きようとしないんだ?」
「不快ってわけじゃないからな」
むしろ役得、とは口にしないが。
ウミの布団のすぐ側、板間の上に寝ていたのに、体は強張りもせず、指先まで温まっている。ありがとうと言うと、ウミはもごもごしたあと、はい、と小さく答えた。
「じゃあ、お邪魔虫は退散しようかな」
「そっちは異変は?」
「族長案件はまだないね。あったらちゃんと起こしに来るから、まだ寝てな」
「そうする」
膝枕から頭を上げないまま言ったら、アルザはまた笑って部屋を出ていった。
「クルガさま、まだお休みになるなら、お布団で……」
「お前、足、痺れてないか」
「は、はい」
「じゃあもうしばらくこっちがいい。付き合わせて悪いが……」
「……いえ」
ウミの手が置きどころなくさ迷っていたので、片方掴んだ。驚くウミと見つめ合う。何度受け答えしても、まだまだ寝ぼけている。まぶたが重かったが、寝落ちてしまう前に言わなくてはいけないことがあった。
「半年……経ったら、出ていくって言ったな」
「……はい」
「もう少しいろ。ミルカが族長になって、アルザがちゃんとここに腰を据えられるまで。それまで、いくらだって休んでいい。引きこもりたいならそれでいい。時々、運動はさせるけどな……」
もう片方の手でウミの頬を逆さまに撫でた。
行くなとは言わない。それこそが、ウミが全部を耐えて生きてきた理由だろうから。
ウミがそっと息を吐いて尋ねた。ほんの少しの衝撃で割れる、薄い氷のような無表情で。
「……どうしてですか?」
笑わせたいなと思った。今、この顔を。もう我慢しなくていいからと。
笑っていい。泣いてもいいし、痛みにはたくさん叫んでほしいし、いくらだって寝たっていい。
髪を引っ張った。鈴を付けるのは最終手段だ。だっておれは、まだなにも、ウミに伝えたことがなかった。必要なことを全部尋ねきれてもいない。でもそれは今は後回し。
「おれも連れてけ。だから、それまでに、置いていこうと思うなよ」
恨むぞ……と言ったところで限界がきた。
どうして、とまた声が聞こえた気がする。どうしてだろうか、おれ自身もよくわからない。でも、多分、馬鹿だからだろう。底抜けのお人好しの大馬鹿者。自覚はちゃんとある。こいつ一人で放り出したら、早々に毒きのこにでもあたって死にそうだ。それだと寝覚めが悪いし、病をはじく神罰を取り除かせた責任が、あると言えばある。
……でも、理由はどこか別のところにもあるような気もした、が、駄目だ頭が働かない。
「後で、うまいもん食わせてやるから……」
分け合うものがあるうちは、小刀はそのために使おう。食わせたいものはいっぱいあった。これから青い夏が来て、すぐに秋も来る。山々が黄に赤に染まる実りの秋……。
……肥え太らせ、動けなくさせるのもアリかなと、一瞬だけ思った。
ぼんやり浮上した意識が、頭の後ろの温かく柔らかい感触を伝えてきた。体の上にもなにか掛けられている。……感触があるということは。
「……殺し損ねたか」
静まったとはいっても、なくなったとはいってない。少女の夢についていけなかったら夜討ちに出かけようかと思っていたのに。夢の夢は、裏返して現実らしい。戻ってきてしまったものは仕方がない。
だがまだ眠い。目をつむったままごろりと寝返りを打とうとした。
「クルガ、嫁さんの膝でぬくぬくしたい気持ちになるのはいいんだけどさ。一旦起きて。目ぇ開けるだけでいいから。ってか今の物騒な独り言なに?誰?」
「…………寝言だ。気にするな」
渋々目を開けたら、ウミとアルザの顔が視界に入った。ウミの顔は逆さまで、鼻から上くらいしか見えない。
アルザがおれの目をぐいっと覗き込んでくる。近い。
「なんの夢見てたの?」
「……くっそみたいに甘い物を食った夢」
「へー。あ、昔のあれ?で、殺すって誰を?」
「夢だと腹を下さないでいいからまだしもだ」
そろそろ顔を押し退けた。アルザがなにを感じ取ったにせよ、起きたおれに異変はない。むしろ久しぶりによく寝た。夢で動き回ったわりに。そしてまだ眠い。
「おれ、お前の呪術師だよ?」
「お前はレィミヤ族の占い師で医師で、間違っても呪術師じゃない」
ちえっと言いながらアルザは仕方なさげに笑った。
「じゃあ、まあいいよ」
「……いいんですか?」
「ちょっと変な感じはあったけど、起きたらさっぱり消えてるもん。しかも弱りもへたりもしてない。今んとこ、おれができることはないね」
「おれとしては、夢よりもこの態勢の方が気になる」
納得いかない顔をしていたウミがぎくっと固まり、「あの、これは」とおれの頭の上でワタワタ手を振っている。アルザが吹き出した。
「それでも起きようとしないんだ?」
「不快ってわけじゃないからな」
むしろ役得、とは口にしないが。
ウミの布団のすぐ側、板間の上に寝ていたのに、体は強張りもせず、指先まで温まっている。ありがとうと言うと、ウミはもごもごしたあと、はい、と小さく答えた。
「じゃあ、お邪魔虫は退散しようかな」
「そっちは異変は?」
「族長案件はまだないね。あったらちゃんと起こしに来るから、まだ寝てな」
「そうする」
膝枕から頭を上げないまま言ったら、アルザはまた笑って部屋を出ていった。
「クルガさま、まだお休みになるなら、お布団で……」
「お前、足、痺れてないか」
「は、はい」
「じゃあもうしばらくこっちがいい。付き合わせて悪いが……」
「……いえ」
ウミの手が置きどころなくさ迷っていたので、片方掴んだ。驚くウミと見つめ合う。何度受け答えしても、まだまだ寝ぼけている。まぶたが重かったが、寝落ちてしまう前に言わなくてはいけないことがあった。
「半年……経ったら、出ていくって言ったな」
「……はい」
「もう少しいろ。ミルカが族長になって、アルザがちゃんとここに腰を据えられるまで。それまで、いくらだって休んでいい。引きこもりたいならそれでいい。時々、運動はさせるけどな……」
もう片方の手でウミの頬を逆さまに撫でた。
行くなとは言わない。それこそが、ウミが全部を耐えて生きてきた理由だろうから。
ウミがそっと息を吐いて尋ねた。ほんの少しの衝撃で割れる、薄い氷のような無表情で。
「……どうしてですか?」
笑わせたいなと思った。今、この顔を。もう我慢しなくていいからと。
笑っていい。泣いてもいいし、痛みにはたくさん叫んでほしいし、いくらだって寝たっていい。
髪を引っ張った。鈴を付けるのは最終手段だ。だっておれは、まだなにも、ウミに伝えたことがなかった。必要なことを全部尋ねきれてもいない。でもそれは今は後回し。
「おれも連れてけ。だから、それまでに、置いていこうと思うなよ」
恨むぞ……と言ったところで限界がきた。
どうして、とまた声が聞こえた気がする。どうしてだろうか、おれ自身もよくわからない。でも、多分、馬鹿だからだろう。底抜けのお人好しの大馬鹿者。自覚はちゃんとある。こいつ一人で放り出したら、早々に毒きのこにでもあたって死にそうだ。それだと寝覚めが悪いし、病をはじく神罰を取り除かせた責任が、あると言えばある。
……でも、理由はどこか別のところにもあるような気もした、が、駄目だ頭が働かない。
「後で、うまいもん食わせてやるから……」
分け合うものがあるうちは、小刀はそのために使おう。食わせたいものはいっぱいあった。これから青い夏が来て、すぐに秋も来る。山々が黄に赤に染まる実りの秋……。
……肥え太らせ、動けなくさせるのもアリかなと、一瞬だけ思った。
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