16 / 23
クルガ編
じうご
しおりを挟む
まぶたのすぐ上を、手が掠める気配がした。触れそうで触れない距離だとなんとなく肌がざわつく。
ぼんやり浮上した意識が、頭の後ろの温かく柔らかい感触を伝えてきた。体の上にもなにか掛けられている。……感触があるということは。
「……殺し損ねたか」
静まったとはいっても、なくなったとはいってない。少女の夢についていけなかったら夜討ちに出かけようかと思っていたのに。夢の夢は、裏返して現実らしい。戻ってきてしまったものは仕方がない。
だがまだ眠い。目をつむったままごろりと寝返りを打とうとした。
「クルガ、嫁さんの膝でぬくぬくしたい気持ちになるのはいいんだけどさ。一旦起きて。目ぇ開けるだけでいいから。ってか今の物騒な独り言なに?誰?」
「…………寝言だ。気にするな」
渋々目を開けたら、ウミとアルザの顔が視界に入った。ウミの顔は逆さまで、鼻から上くらいしか見えない。
アルザがおれの目をぐいっと覗き込んでくる。近い。
「なんの夢見てたの?」
「……くっそみたいに甘い物を食った夢」
「へー。あ、昔のあれ?で、殺すって誰を?」
「夢だと腹を下さないでいいからまだしもだ」
そろそろ顔を押し退けた。アルザがなにを感じ取ったにせよ、起きたおれに異変はない。むしろ久しぶりによく寝た。夢で動き回ったわりに。そしてまだ眠い。
「おれ、お前の呪術師だよ?」
「お前はレィミヤ族の占い師で医師で、間違っても呪術師じゃない」
ちえっと言いながらアルザは仕方なさげに笑った。
「じゃあ、まあいいよ」
「……いいんですか?」
「ちょっと変な感じはあったけど、起きたらさっぱり消えてるもん。しかも弱りもへたりもしてない。今んとこ、おれができることはないね」
「おれとしては、夢よりもこの態勢の方が気になる」
納得いかない顔をしていたウミがぎくっと固まり、「あの、これは」とおれの頭の上でワタワタ手を振っている。アルザが吹き出した。
「それでも起きようとしないんだ?」
「不快ってわけじゃないからな」
むしろ役得、とは口にしないが。
ウミの布団のすぐ側、板間の上に寝ていたのに、体は強張りもせず、指先まで温まっている。ありがとうと言うと、ウミはもごもごしたあと、はい、と小さく答えた。
「じゃあ、お邪魔虫は退散しようかな」
「そっちは異変は?」
「族長案件はまだないね。あったらちゃんと起こしに来るから、まだ寝てな」
「そうする」
膝枕から頭を上げないまま言ったら、アルザはまた笑って部屋を出ていった。
「クルガさま、まだお休みになるなら、お布団で……」
「お前、足、痺れてないか」
「は、はい」
「じゃあもうしばらくこっちがいい。付き合わせて悪いが……」
「……いえ」
ウミの手が置きどころなくさ迷っていたので、片方掴んだ。驚くウミと見つめ合う。何度受け答えしても、まだまだ寝ぼけている。まぶたが重かったが、寝落ちてしまう前に言わなくてはいけないことがあった。
「半年……経ったら、出ていくって言ったな」
「……はい」
「もう少しいろ。ミルカが族長になって、アルザがちゃんとここに腰を据えられるまで。それまで、いくらだって休んでいい。引きこもりたいならそれでいい。時々、運動はさせるけどな……」
もう片方の手でウミの頬を逆さまに撫でた。
行くなとは言わない。それこそが、ウミが全部を耐えて生きてきた理由だろうから。
ウミがそっと息を吐いて尋ねた。ほんの少しの衝撃で割れる、薄い氷のような無表情で。
「……どうしてですか?」
笑わせたいなと思った。今、この顔を。もう我慢しなくていいからと。
笑っていい。泣いてもいいし、痛みにはたくさん叫んでほしいし、いくらだって寝たっていい。
髪を引っ張った。鈴を付けるのは最終手段だ。だっておれは、まだなにも、ウミに伝えたことがなかった。必要なことを全部尋ねきれてもいない。でもそれは今は後回し。
「おれも連れてけ。だから、それまでに、置いていこうと思うなよ」
恨むぞ……と言ったところで限界がきた。
どうして、とまた声が聞こえた気がする。どうしてだろうか、おれ自身もよくわからない。でも、多分、馬鹿だからだろう。底抜けのお人好しの大馬鹿者。自覚はちゃんとある。こいつ一人で放り出したら、早々に毒きのこにでもあたって死にそうだ。それだと寝覚めが悪いし、病をはじく神罰を取り除かせた責任が、あると言えばある。
……でも、理由はどこか別のところにもあるような気もした、が、駄目だ頭が働かない。
「後で、うまいもん食わせてやるから……」
分け合うものがあるうちは、小刀はそのために使おう。食わせたいものはいっぱいあった。これから青い夏が来て、すぐに秋も来る。山々が黄に赤に染まる実りの秋……。
……肥え太らせ、動けなくさせるのもアリかなと、一瞬だけ思った。
ぼんやり浮上した意識が、頭の後ろの温かく柔らかい感触を伝えてきた。体の上にもなにか掛けられている。……感触があるということは。
「……殺し損ねたか」
静まったとはいっても、なくなったとはいってない。少女の夢についていけなかったら夜討ちに出かけようかと思っていたのに。夢の夢は、裏返して現実らしい。戻ってきてしまったものは仕方がない。
だがまだ眠い。目をつむったままごろりと寝返りを打とうとした。
「クルガ、嫁さんの膝でぬくぬくしたい気持ちになるのはいいんだけどさ。一旦起きて。目ぇ開けるだけでいいから。ってか今の物騒な独り言なに?誰?」
「…………寝言だ。気にするな」
渋々目を開けたら、ウミとアルザの顔が視界に入った。ウミの顔は逆さまで、鼻から上くらいしか見えない。
アルザがおれの目をぐいっと覗き込んでくる。近い。
「なんの夢見てたの?」
「……くっそみたいに甘い物を食った夢」
「へー。あ、昔のあれ?で、殺すって誰を?」
「夢だと腹を下さないでいいからまだしもだ」
そろそろ顔を押し退けた。アルザがなにを感じ取ったにせよ、起きたおれに異変はない。むしろ久しぶりによく寝た。夢で動き回ったわりに。そしてまだ眠い。
「おれ、お前の呪術師だよ?」
「お前はレィミヤ族の占い師で医師で、間違っても呪術師じゃない」
ちえっと言いながらアルザは仕方なさげに笑った。
「じゃあ、まあいいよ」
「……いいんですか?」
「ちょっと変な感じはあったけど、起きたらさっぱり消えてるもん。しかも弱りもへたりもしてない。今んとこ、おれができることはないね」
「おれとしては、夢よりもこの態勢の方が気になる」
納得いかない顔をしていたウミがぎくっと固まり、「あの、これは」とおれの頭の上でワタワタ手を振っている。アルザが吹き出した。
「それでも起きようとしないんだ?」
「不快ってわけじゃないからな」
むしろ役得、とは口にしないが。
ウミの布団のすぐ側、板間の上に寝ていたのに、体は強張りもせず、指先まで温まっている。ありがとうと言うと、ウミはもごもごしたあと、はい、と小さく答えた。
「じゃあ、お邪魔虫は退散しようかな」
「そっちは異変は?」
「族長案件はまだないね。あったらちゃんと起こしに来るから、まだ寝てな」
「そうする」
膝枕から頭を上げないまま言ったら、アルザはまた笑って部屋を出ていった。
「クルガさま、まだお休みになるなら、お布団で……」
「お前、足、痺れてないか」
「は、はい」
「じゃあもうしばらくこっちがいい。付き合わせて悪いが……」
「……いえ」
ウミの手が置きどころなくさ迷っていたので、片方掴んだ。驚くウミと見つめ合う。何度受け答えしても、まだまだ寝ぼけている。まぶたが重かったが、寝落ちてしまう前に言わなくてはいけないことがあった。
「半年……経ったら、出ていくって言ったな」
「……はい」
「もう少しいろ。ミルカが族長になって、アルザがちゃんとここに腰を据えられるまで。それまで、いくらだって休んでいい。引きこもりたいならそれでいい。時々、運動はさせるけどな……」
もう片方の手でウミの頬を逆さまに撫でた。
行くなとは言わない。それこそが、ウミが全部を耐えて生きてきた理由だろうから。
ウミがそっと息を吐いて尋ねた。ほんの少しの衝撃で割れる、薄い氷のような無表情で。
「……どうしてですか?」
笑わせたいなと思った。今、この顔を。もう我慢しなくていいからと。
笑っていい。泣いてもいいし、痛みにはたくさん叫んでほしいし、いくらだって寝たっていい。
髪を引っ張った。鈴を付けるのは最終手段だ。だっておれは、まだなにも、ウミに伝えたことがなかった。必要なことを全部尋ねきれてもいない。でもそれは今は後回し。
「おれも連れてけ。だから、それまでに、置いていこうと思うなよ」
恨むぞ……と言ったところで限界がきた。
どうして、とまた声が聞こえた気がする。どうしてだろうか、おれ自身もよくわからない。でも、多分、馬鹿だからだろう。底抜けのお人好しの大馬鹿者。自覚はちゃんとある。こいつ一人で放り出したら、早々に毒きのこにでもあたって死にそうだ。それだと寝覚めが悪いし、病をはじく神罰を取り除かせた責任が、あると言えばある。
……でも、理由はどこか別のところにもあるような気もした、が、駄目だ頭が働かない。
「後で、うまいもん食わせてやるから……」
分け合うものがあるうちは、小刀はそのために使おう。食わせたいものはいっぱいあった。これから青い夏が来て、すぐに秋も来る。山々が黄に赤に染まる実りの秋……。
……肥え太らせ、動けなくさせるのもアリかなと、一瞬だけ思った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
心を失った彼女は、もう婚約者を見ない
基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。
寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。
「こりゃあすごい」
解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。
「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」
王太子には思い当たる節はない。
相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。
「こりゃあ対価は大きいよ?」
金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。
「なら、その娘の心を対価にどうだい」
魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう
楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。
きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。
傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。
「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」
令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など…
周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる