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クルガ編
じうろく
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ポンコツ占い師の託宣通りに丸一日雨が降りしきった後、雪が消えて若芽が顔を見せたと思ったらにょきにょき育っていったように、色んな問題が飛び出てきて、族長のおれも族長補佐のミルカも、あちこち走り回る羽目になった。
「雨漏りは大体全部の家だね……」
「全部直すまでに二ヶ月はかかるな。納屋と鍛冶屋と機織り小屋の傷みは最優先で取りかかるぞ。納屋はついでに場所を広げる」
「やっぱり今年も冬は酷いかな」
「備えといて悪いことでもない」
おれもミルカも親がもういない。氏族の連中はみんな気のいい奴らだが、困った時に全面的に頼りになるわけでもなく(野放しにしたら斜め前方に爆走する)、こういうとき、いつも爛漫なミルカが不安げにする。年長者として導かねばと決意を新たにしたところで、駆け込んできた一人。
「クー坊!水車がぶっ壊れた!」
「どんだけ雑な使い方しやがった!そっと使えそっと!」
「クルガ兄、そっとは難しいんじゃないかな……雪解け水で勢い増してたんだろうし……」
「壊れたってどんな風にだ!」
「骨組みほとんどばらばらになっちまった!」
「修理ってか作り直しかよ!」
集落の外縁を流れる川にばらけた素材がどんぶらこしていったらしい。水車は色々使う。雨漏りが発覚した納屋や鍛冶屋、機織り小屋より優先順位が上だ。というか水車が回らないと仕事が早く進まない。
「……氏族総出でなんとかするしかないな。各家に帰すのは当分先だ」
「……そうだね」
冬の間は乏しい燃料と食糧をせめても効率的に回すために、集落の中でも大きな家に全氏族を振り分けて住まわせていた。同じ氏族でも他人と、一つ屋根の下に放り込まれて壁一枚の距離くらいしか離れられなかったのだ。春になれば、雪が解ければ、と我慢させてきたところ悪いが、もう少し耐えてもらおう。
「木を伐るのと、狩りと、採集と……」
「調査もいる。冬の間に山の気配が狂ってる。ここらじゃ見ない獣がまだ残っているかもしれない。こっちは狩りと一緒にさせた方がいいな」
「じゃあクルガ兄はそっちだね」
「ミルカ、お前は採集をやれ。伐採はタンカ、農地はゼラクに任せる。見張りを置いて警戒を怠るな。奥にはまだ入り込むなよ」
「うん。集落から出すぎないように、だね」
氏族をそれぞれに振り分けたら、仕事の始まりだ。
こうして、短くも濃い夏が始まった。
*
必然的に、遠出するおれがウミの側にいることが難しくなり、代わりに近辺で働くミルカが日に何度か様子を覗くようになった。おれがウミと喋るのは朝メシの合間くらいで、夕方のメシの時間に間に合わなくなってからは、ミルカが膳を運んで、一緒に食うようになった。
ウミは夜にはやはり眠れないようで、歩けるようになったのをいいことに、夜中に一人で散歩に出ようとする。夜目も利かず、火も持たないくせに。なので結局おれが抱えながらの散歩になる。そして、相変わらず無言を共有するのだが、言いたいことは言ったあとなので、今さらなにか喋る必要もないなと思ってしまった。時々耳を澄ませてしまうことはあるものの。
めっきり会話が減ってしまったので、ある日、ミルカに尋ねてみた。最近仲良くしてるが、お前の目から見てあいつはどうだ、と。
「ウミちゃんって、物静かで落ち着きがあっていいんだけど、何気ない仕草もじっと見てられる気がする。うちの人たちとはどこか違うなって思っていたけど、いつも、姿勢が崩れないの。あぐらなんて掻かないで、正座ですっと背筋が伸びてて、お箸を扱う指先まできれいなの。ラルトィ族だからじゃないよね?」
ミルカのその言葉を聞いて、まかない人に、匙では食えない――箸で食うしかないメシを用意させたことは、別に嫌がらせでもなんでもないと思っている。
久々に一緒にできた夕メシ時のこと。
ウミがちょっと絶望的な顔をして大きめの椀を見下ろしていた。
「……クルガさま、これは、なんですか?」
「我が氏族名物の麺煮込みだ。最近大きな収穫があったし、水車も直ったからな。久々に食いたいと頼んでおいた。お前にも食わせてみたかったし」
「……あの、つるつるしてるんですね。それになんだか切れ目が見えないんですけど……」
「それが麺だ。これをなるべく熱いまま、箸でつるっと食うのがいいんだ」
目の前でやってみると、ウミはじっとその様子を見たあと、自分の膳の上を見た。これ一椀だけなので、当然匙はついていない。さあ、箸を取れ。上達した箸さばきを見せてみろ。そう思いながらおれの分はつるつる食ってしまう。
ウミが椀を手に取った。もう片手には箸。来たか、と思ったら、ウミは椀を口に当たりそうなほど近づけた。箸で少しだけ掻き込むようにして、……控えめにちゅるちゅるっと音が鳴った。
(こいつ)
いっちょ前にごまかしてきやがった。椀を離してもぐもぐしている顔が憎らしい。自分でやっておきながら作法的にどうなのか不安らしく、おれを上目遣いに見ていた。おれも騙し討ちをしたのでお互い様、勝負は引き分けだ。
「うまいか」
「……新しい食感です。おいしいです」
「そうか」
ウミが無表情でもほっとしたような顔をしたので、思わず付け加えた。
「箸の持ち方は板についたな」
「クルガさまに練習させられたからですね」
皮肉っぽい言い方だがほんのり嬉しそうな声だった。それなら上達を一番におれに見せるのが筋だろう。とは、ミルカへの負け惜しみな気がして、断じて口にはできなかった。
「雨漏りは大体全部の家だね……」
「全部直すまでに二ヶ月はかかるな。納屋と鍛冶屋と機織り小屋の傷みは最優先で取りかかるぞ。納屋はついでに場所を広げる」
「やっぱり今年も冬は酷いかな」
「備えといて悪いことでもない」
おれもミルカも親がもういない。氏族の連中はみんな気のいい奴らだが、困った時に全面的に頼りになるわけでもなく(野放しにしたら斜め前方に爆走する)、こういうとき、いつも爛漫なミルカが不安げにする。年長者として導かねばと決意を新たにしたところで、駆け込んできた一人。
「クー坊!水車がぶっ壊れた!」
「どんだけ雑な使い方しやがった!そっと使えそっと!」
「クルガ兄、そっとは難しいんじゃないかな……雪解け水で勢い増してたんだろうし……」
「壊れたってどんな風にだ!」
「骨組みほとんどばらばらになっちまった!」
「修理ってか作り直しかよ!」
集落の外縁を流れる川にばらけた素材がどんぶらこしていったらしい。水車は色々使う。雨漏りが発覚した納屋や鍛冶屋、機織り小屋より優先順位が上だ。というか水車が回らないと仕事が早く進まない。
「……氏族総出でなんとかするしかないな。各家に帰すのは当分先だ」
「……そうだね」
冬の間は乏しい燃料と食糧をせめても効率的に回すために、集落の中でも大きな家に全氏族を振り分けて住まわせていた。同じ氏族でも他人と、一つ屋根の下に放り込まれて壁一枚の距離くらいしか離れられなかったのだ。春になれば、雪が解ければ、と我慢させてきたところ悪いが、もう少し耐えてもらおう。
「木を伐るのと、狩りと、採集と……」
「調査もいる。冬の間に山の気配が狂ってる。ここらじゃ見ない獣がまだ残っているかもしれない。こっちは狩りと一緒にさせた方がいいな」
「じゃあクルガ兄はそっちだね」
「ミルカ、お前は採集をやれ。伐採はタンカ、農地はゼラクに任せる。見張りを置いて警戒を怠るな。奥にはまだ入り込むなよ」
「うん。集落から出すぎないように、だね」
氏族をそれぞれに振り分けたら、仕事の始まりだ。
こうして、短くも濃い夏が始まった。
*
必然的に、遠出するおれがウミの側にいることが難しくなり、代わりに近辺で働くミルカが日に何度か様子を覗くようになった。おれがウミと喋るのは朝メシの合間くらいで、夕方のメシの時間に間に合わなくなってからは、ミルカが膳を運んで、一緒に食うようになった。
ウミは夜にはやはり眠れないようで、歩けるようになったのをいいことに、夜中に一人で散歩に出ようとする。夜目も利かず、火も持たないくせに。なので結局おれが抱えながらの散歩になる。そして、相変わらず無言を共有するのだが、言いたいことは言ったあとなので、今さらなにか喋る必要もないなと思ってしまった。時々耳を澄ませてしまうことはあるものの。
めっきり会話が減ってしまったので、ある日、ミルカに尋ねてみた。最近仲良くしてるが、お前の目から見てあいつはどうだ、と。
「ウミちゃんって、物静かで落ち着きがあっていいんだけど、何気ない仕草もじっと見てられる気がする。うちの人たちとはどこか違うなって思っていたけど、いつも、姿勢が崩れないの。あぐらなんて掻かないで、正座ですっと背筋が伸びてて、お箸を扱う指先まできれいなの。ラルトィ族だからじゃないよね?」
ミルカのその言葉を聞いて、まかない人に、匙では食えない――箸で食うしかないメシを用意させたことは、別に嫌がらせでもなんでもないと思っている。
久々に一緒にできた夕メシ時のこと。
ウミがちょっと絶望的な顔をして大きめの椀を見下ろしていた。
「……クルガさま、これは、なんですか?」
「我が氏族名物の麺煮込みだ。最近大きな収穫があったし、水車も直ったからな。久々に食いたいと頼んでおいた。お前にも食わせてみたかったし」
「……あの、つるつるしてるんですね。それになんだか切れ目が見えないんですけど……」
「それが麺だ。これをなるべく熱いまま、箸でつるっと食うのがいいんだ」
目の前でやってみると、ウミはじっとその様子を見たあと、自分の膳の上を見た。これ一椀だけなので、当然匙はついていない。さあ、箸を取れ。上達した箸さばきを見せてみろ。そう思いながらおれの分はつるつる食ってしまう。
ウミが椀を手に取った。もう片手には箸。来たか、と思ったら、ウミは椀を口に当たりそうなほど近づけた。箸で少しだけ掻き込むようにして、……控えめにちゅるちゅるっと音が鳴った。
(こいつ)
いっちょ前にごまかしてきやがった。椀を離してもぐもぐしている顔が憎らしい。自分でやっておきながら作法的にどうなのか不安らしく、おれを上目遣いに見ていた。おれも騙し討ちをしたのでお互い様、勝負は引き分けだ。
「うまいか」
「……新しい食感です。おいしいです」
「そうか」
ウミが無表情でもほっとしたような顔をしたので、思わず付け加えた。
「箸の持ち方は板についたな」
「クルガさまに練習させられたからですね」
皮肉っぽい言い方だがほんのり嬉しそうな声だった。それなら上達を一番におれに見せるのが筋だろう。とは、ミルカへの負け惜しみな気がして、断じて口にはできなかった。
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