付け届けの花嫁※返品不可

文字の大きさ
上 下
7 / 23
クルガ編

しち

しおりを挟む
「今朝まではなかったはずだぞ」
「え、クルガ、寝てないのに素肌は確認したの?やらしー」
「うるさい黙れ熱々の鉄鍋で殴られたいか」

 アルザの間抜けがいつもの調子だったので、きゅうと狭まった視野が少しだけ広がった。もう一度ウミの顔を覗き込んで、ちょっと顔をしかめる。袖で顎の血の跡を拭うと、ウミが泣きながらでものろのろとおれに視線を合わせてきた。腫れてきた唇にぷくりと血が膨らんでいる。

「いつからだ」
「わ、わかり、ません。さっ、き、きゅうに」
「痛みは、どんなものだ」
「しぬほどいたいです」
「死んでない。ずっと痛いのか」

 ウミが小刻みに震えながらも小さく頷いた。
 アルザを見ると、ツンツン黒い模様をつついていた。遊ぶなと言いたいが、目は真剣だった。

「アルザ。上掛けを。それからネラから用意できたものを受け取ってこい」
「ああ、うん」

 ウミの背中を撫でるが、ろくな慰めにもならないだろう。ただ、ウミは痛がることに疲れたようにおれに体を預けてきて、再度蹲ることはなかった。汗で衣がしっとりしている。アルザが上掛けを足にかけて、ネラから物をもらうついでに何かを言付けていた。内容を漏れ聞く限り、やはりというか、まさかというか。嫌な予感は別の意味で大当たりしたようだった。

「クルガ、これ。唇腫れてきてる?他に自傷はなさそう」
「アルザ」
「足の方は呪いだよ、間違いなく。しかも見覚えあるんだよなあ」
「対処は」
「おれにかかればちょちょいのちょい、って言いたいけど、さすがに一晩じゃ無理。神様製だし、三日はかかるかな。お、二人おんなじ顔」

 おれが驚いたように、ウミも驚いたようだった。アルザの顔を凝視しているのは、初対面だからというだけではないらしい。

「ああ、おれ?はじめまして。クルガはアルザって呼ぶけど、他のみんなはおれをアルーって呼ぶ。稀代の呪術師だよ」

 ウミが真に受けて絶句したのですかさず訂正した。

「占い師だ。ポンコツのな」
「あはは。どっちだと思う?君はウミって言うんだってね。ラルトィ族からレィミヤ族へ嫁いできた、族長セキヤの娘」

 そして、とアルザは上掛け越しにウミの足を指差して続けた。

「流民の娘だ」

 ウミの表情が、ぱきんと凍りついた。













 エーミル国はまだその名がなかった頃、古くから乱立する様々な氏族が、戦と統合、消滅と再興を繰り返してきた土地だった。
 やがてその歴史に人々が倦んできた頃、主だった有力氏族の長が集い、氏族間の協議と交渉による運営を主とする取り決めをした。戦に先立ち両者の会する機会を作るために氏族議会を設け、平和的な紛争解決を目指したのだ。はじめは強大な氏族らに限られていたものの、それぞれの下に従属する氏族や他にも加盟が続々と増え、今では氏族議会に席があることそのものが、各々の氏族の名誉にもなっている。

 一方で、その流れに反発する氏族も当然ながら存在した。ある氏族に滅ぼされ、必死に再興したもの、戦好きなもの、理由は様々だ。しかし時代の流れとともにその思想も同一氏族の中で爪弾きにされ、酷いと追放されるようになった。彼らは氏族の名と証を剥奪され、国中をどこにもまつろわず点々と旅する。その末裔が流民である。

 という脳内復習を終えて、やっぱり意味がわからなかったので、素直に尋ねた。

「流民がどうしたんだ?」

 足を蝕む呪いと、流民。アルザの言からみると、血筋の問題。だがどこをどう繋げたらその答えになるのか。その時廊下からほとほとと戸を叩く音がした。ネラが届けてくれた品をアルザが取りにいく。

「まー事情は後にして、応急措置からね。唇噛みちぎるくらい痛いなら、まともに話もできないよ」

 アルザは、ネラから受け取った籠に手を突っ込むと、色々な物をその場に広げた。黒鋼蔦は清水に晒して一ヶ月ほどおくと、色が抜けて仄かに銀色に光る。懐紙の中には乾燥させ、粉末にした薬草や獣の内臓が入っている。レィミヤ族に冬を告げる渡り鳥の羽毛の芯で作った折れそうに細い筆、山奥の古木から丹精した炭は小皿に載せて火鉢の上の湯で溶かされた。

「クルガ、先にこっちの薬飲ませといて」
「わかった」

 ウミを片手に抱きながら、鉄鍋に手を伸ばして、近くに置かれた別の器に湯を注いだ。息を吹きかけて冷まし、唇に当てて温度を確かめた。ウミを見ると、ちょうど、痛みを堪える虚無の眼差しで唇の血をぺろりと舐めていた。腫れた唇では冷ましても滲みそうである。匙がほしいところだった。
 しかし、ウミは無意識なのか、さっきまで掴んでいた自分の膝をおいておれの衣を握りしめていた。仕方がない。

「多少、揺らすがいいか?」
「え」

 間抜けなウミの声を聞きながら、腰の下に手を差し入れておれの膝の上に小さな体を載せた。上掛けを腰からかけ直し、ウミを持ったままそっと立ち上がって、片腕に座るように調節した。
 できる限り揺れを起こさないよう歩き、戸を開ける時はおれの半身でウミをなるべく隠して、ネラに匙を頼むと、ちょうど膳が届いたところだった。優秀なまかない人はきちんと匙も添えてくれていた。ひとまず一つだけ膳を受け取り、ネラに戸を閉めさせる。
 湯に粉末を溶かし、匙で掬ってウミに飲ませた。どれほどまずいのか、やっと泣き止んでいたのに一口目でまた涙目になり、二口目に差し出された匙を絶望の眼差しで見つめ、三口目からは目を閉じ、口を開けっ放しにして待機していた。
 そのいやいやながら妙に潔いところを見ると、昨夜の水菓子を食べていたときを思い出した。

 アルザの態度から呪いだと悟った時、セリカが命じた「揉め事」はこれかと思った。レィミヤ族へ振りまく呪詛を嫁として送り込んだのかと。
 だが、違った。アルザがおれをウミから離そうとしないのは、移るようなものではないからだ。呪いは呪いでも、それはレィミヤ族へではなく、ウミを――ウミ一人だけを、蝕むものだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の鎮魂歌

ファンタジー
人の魂を天へ導く役目を負う葬送の一族・送り人が政治の舞台から退いて百年近く過ぎた時代。彼らは人々の記憶からも忘れ去られる存在になり、対する臣人の一族が権勢を誇っていた。 一地方の片隅で暮らす送り人の末裔クランは、幼いとき、深い森の底で、全てを失くした傷だらけの少年トルカと出逢う。 兄妹のように親しく育つ中、平穏な日常はトルカの心の傷まで癒していく。 しかし、そんな穏やかで幸福な日々は、ある日に終わりを告げた。 トルカの失踪を皮切りに不幸に見舞われたクランは、送り人として責務と重圧に押し潰されそうになりながらも、たった独りで胸を張っていた。 過去と死者の想いと出会う人々の温かな願い。 それらを大事に抱いて、クランは襲いかかる災禍に敢然と立ち向かう。 三部構成です(一章=第一部トルカ篇、二章~?章=第二部クラン篇)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

囚われの姉弟

折原さゆみ
恋愛
中道楓子(なかみちふうこ)には親友がいた。大学の卒業旅行で、親友から思わぬ告白を受ける。 「私は楓子(ふうこ)が好き」 「いや、私、女だよ」 楓子は今まで親友を恋愛対象として見たことがなかった。今後もきっとそうだろう。親友もまた、楓子の気持ちを理解していて、楓子が告白を受け入れなくても仕方ないとあきらめていた。 そのまま、気まずい雰囲気のまま卒業式を迎えたが、事態は一変する。 「姉ちゃん、俺ついに彼女出来た!」 弟の紅葉(もみじ)に彼女が出来た。相手は楓子の親友だった。 楓子たち姉弟は親友の乗附美耶(のつけみや)に翻弄されていく。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

聖女の婚約者は、転生者の王子だった ~悪役令嬢との再会に心を揺らす~

六角
恋愛
ラは、聖女として神に選ばれた少女である。彼女は、王国の平和と繁栄のために、王子と婚約することになった。しかし、王子は、前世の記憶を持つ転生者であり、ミラとは別の乙女ゲームの世界で悪役令嬢と恋に落ちたことがあった。その悪役令嬢は、この世界でも存在し、ミラの友人だった。王子は、ミラとの婚約を破棄しようとするが、ミラの純真な心に触れて次第に惹かれていく。一方、悪役令嬢も、王子との再会に心を揺らすが、ミラを裏切ることはできないと思っていた。三人の恋の行方はどうなるのか?

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...