付け届けの花嫁※返品不可

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クルガ編

さん

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「私を嫁に送り込んだのは、セキヤではなく、セリカの考えです。この冬が長引き、レィミヤ族が窮したあまり、ラルトィ族に強襲をしかけるのではないかというところから、セキヤはレィミヤ族に食糧を分けて宥めようと決めたのですが、セリカは甘いと判じたのです」
「……甘いか?」
「甘いらしいです。なんだか、ラルトィ族周辺は近年物騒になっているようで。具体的なことは知りませんけど。駄目押しのようなものですね。多分想像の通り、私はセキヤの正室の子ではないので、ちょうどいいから嫁いでこいと言われて送り出されたんです」

 ラルトィ族の一行を見送ってすぐに、ウミはしれっと姿を現した。
 もう疲れ果てたので、無言でウミの手を引っ張った。結局渡しそびれた懐の書状の処理に、家の厨房に寄って火にくべ、代わりに二人前の膳をもらって冷やかされながら部屋に戻った。ウミももう逃げるつもりはないらしく、どころか食事中の雑談にしてはちょっと物騒な裏事情を自分から暴露し始めたのだった。

「体のいい厄介払いか」
「はい。なので帰されたら困ります。私が」
「こっちだって、押し付けられても困るんだよ」
「半年ほどは我慢してもらえませんか。族長に子ができないとなれば側妾か離縁の口実になります。私自身が正嫡ではないので、ラルトィ族に抗議されてもきちんと言い訳できると思います。認められたらそのままこの氏族から出ていきますので」

 ウミはきちんと膝を揃えて座り、背筋もすっと伸びていた。顔立ちは整っており、ほとんど表情が動かないので、凛として見える。しかし、どこかちぐはぐな雰囲気だった。よく見ると、箸を持つ手の動作がおぼつかなかった。
 先に食い終わって、ウミが膳を突っつく様子をなんとなく見守る。

「兄のセリカの許可はわかったが、セキヤは、娘であるお前の婚姻には納得しているのか。後で帰せと言われたら帰すぞ」
「あ、私、名目はセリカの妹ですけど、セリカより二つ歳上です」
「は?」

 ウミが椀から掬い上げた雑穀がぽろんと箸から落ちる様子を見ながらも、ちょっと脳内での計算に集中した。おれはセリカの一つ歳下だ。つまりウミはおれより三歳上。おれの五つ下のミルカより少し上くらいかと思っていた。体格的に。

「……本当か?」
「見た目は貧相ですけど、そうです。それから、セキヤも厄介払いには賛成してました。血筋が微妙で取り扱いが難しいので」
「自分の取り扱いとか言うな」
「あと、子づくり、実際にしたくないです」
「……お前、押しかけてきたわりにけっこう図々しいな?」
「押しかけさせられたんです」

 そこが重要らしい。だけども、いやいやには見えない。なぜなのかと問いかけると、「春を食い潰す冬くらい珍しい機会だからです」という答えが返ってきた。どうしようもない真顔で。

「とりあえず氏族を出たかったので。でも、そちら側にも都合がいいと思います。セリカには適当に揉め事を起こしてこいみたいなこと言われましたけど、ここにわざわざ見張りなんて置いていないようだし、私個人としてはここでは穏便に過ごすつもりです。そちらとしても、強引に私を送り返すのは余計な摩擦を生みますから避けるべきでしょう?半年、宿を貸し出すものと思ってくれれば……」
「……そんなに食いにくいなら、椀から掻き込んでもいいぞ」
「あ、ありがとうございます」

 そばの実を摘んで口に入る前に落ち、入る前に落ちを繰り返して、雑談だけは進むものの、食事は遅々として進んでいなかった。そして、掻き込むのも、なにやら下手くそっぽい。「ふもっ」て、どんだけの量を口に入れたんだ。

「ちょっと待て。そこに椀を置け。おい、鼻のてっぺんに付いてるぞ」
「ふみまふぇ」
「いいからまずは口の中のもんゆっくり噛んで飲み込め。こっちは汁の残り入れとくからな。しばらくするとふやけるから、それまで置いとけ。匙取ってくる」
「ほむほむ」

 口を閉じたまま顎を動かし、そのまま頭を下げてきたので、礼を言っていたらしい。いいから、と手を振って、おれの空の膳を持って部屋を出た。

「……おいこら」

 どたどたと泡を食ったような足音が聞こえ、廊下の角にぴょっと人影が入り込んだのがぎりぎり見えた。自分たちの若い族長にいきなり嫁が来たのが、それだけ気になるらしかった。食のゆとりがちょっとできただけで、脳みそ浮かれ騒いでるんじゃないか。

「明日はもっと予定を詰めてもよさそうだな」

 聞かせるような声でひとり言を漏らすと、さらに足音が遠ざかっていった。ふんと鼻を鳴らして厨房に顔を出すと、まかない人が下手に出た笑顔と熱々の茶湯と水菓子を差し出してきた。水菓子は皮の硬い柑橘で、茶ともども今日もらったものだ。保存が利くものなので今日は出すなと言ったはずだったが、「もう切っちゃったので、どうぞお二人でごゆっくり」と押し付けられた。切ったどころか、中身をくり抜いて雪と混ぜ合わせちょっとした氷菓にして、皮に入れ直している。料理の仕事だけは優秀なので、呆れるしかない。

「もちろん、水菓子はその一個しかまだ手を付けてませんから!ちゃんと許可が出るまで保管しときますから!早く食べないと水っぽくなっちまいますよ!」
「それでよくごゆっくりと言えたな」
「あ、クルガ兄、今日は後のこと、私に任せてね。それもウミちゃんのお膳も部屋の外に置いてくれたら、こっちで片付けとくから」
「ちゃん!?」

 ひょっこり厨房に顔を出したミルカも野次馬の一員だったのだろうにやにや笑いを浮かべていたが、おれの声できょとんとなった。

「えっ、だってクルガ兄のお嫁さんなら私とも親戚になるし、歳も近いみたいだし」
「……お前……いや」

 あいつはお前と八歳差だぞ、と教えようとして、なんとなく止めた。まかない人にもらった盆にはちゃんと匙も二つついている。

「あ、今のうちにお布団敷いておこうか?」
「せんでいい。それよりあいつの部屋を一つ作ってくれ」
「え?お嫁さんなのに?」
「族長、今日ははじめなんだからきちんとしとかねえと!精のつくもん用意しましょうか?」
「……」

 いやだってあいつから断ってきたし、という言葉を飲み込んだ。おれ自身も端から上げ膳据え膳のつもりなんてなかったし。しかし、言っても信じないだろうなと思った。あと、言ったら余計な不名誉だけ被りそうな気配がする。主に厨房の出入り口、ミルカのいる付近から。暇な連中多すぎ。

「……いや、やっぱりいい」
「どっちが?」
「どっちもこっちもない!」

 おいまかない人その亀は最初から必要としてないから仕舞っとけ!どこから出したそれ!

「……部屋の外に出された膳はおれが下げるんで、後で必要だって思ったら、書き付けといてくれたら」

 別に妹分ミルカの前だから遠慮してるとかじゃないから、さっさと放してこい!
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