黒曜石の花束を、あなたへ

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伝説

第五話 予言……透明

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 突如戦乱の嵐に呑まれ荒れ果てていた街は見る間に再興され、人々は日々を喜びに生きている。そこには王国民として認められていなかったはずの肌の黒い者や三日月刀を携える者が入り雑じっていた。たーん、たーんと広場の中に、歌に合わせて舞う踊り子の姿が見える。
 楽士は高らかに歌う。青空を居抜くように、朗々と、冴えざえと。
 生き残った王子――今日ようやく即位できた彼の功績を讃える讃美歌。

 誰もが、絶望のあの日に見た白く温かい光を、忘れられなかった。


















 あれを奇跡と呼ばずして、なんと言うのだろうか。

 戴冠を終えた若き国王は、そっと己の胸を擦りながら一人ごちた。振り返れば、付き従う味方は王子だったころに比べて格段に減った。国王もそれで構わなかった。

 あの時、死んだと思った。王国は到底許されざることをなしたのだ。また、王子だった国王は、たった一人の娘を守れぬほど無力であった。それもまた罪。
 夥しいほどの血を流しながら横たわっていた王子は、見ていた。男の望み。娘が最後に覚悟したこと。悲しきさだめ。恋だけでは変えられなかったものが、むしろうねってさらに複雑にしてゆく様は、どこまでも痛々しかった。
 娘はまるで神のように慈愛を浮かべ、口づけ、男を清めた。刃を持ち、二人を貫く。まるでこれ以上離れられぬように。五年前のように引き裂かれたりしないようにと。共に死にゆく男と娘は幸福そうに笑い合い、そこで剣から放たれた光が、世界を覆ったのだった。

 ……光が潰えたあと。傷がひとりでに癒えていた王子の視界には、破壊の者と聖女はどこにもいなかった。











 たった一人生き残った王子を、臣下たちはまさに選ばれし者と讃え、必要以上に持ち上げようとしたが、それを当の王子が許さなかった。
 反乱の恃みにしていた族長の息子を失い困惑していた部族に丁寧に頭を下げた。常に見下されていた彼らはさらに困惑したが、王子の部族の風習に倣った謝罪には、誠意しか見られなかった。……聖女が、王子に昔、教えていたことのひとつ。王子が、聖女が寂しくないようにと積極的に練習したのだ。

 思い出だけは、王子に残されていた。まるで双子のように愛しかった娘は、脳裏で不幸そうに微笑む。帰りたいと呟く少女に、寄り添うことしかできなかった頃。己の力不足を呪ったこともあった。それでも解き放てないうちに、運命の者が、聖女を取り戻そうとした。
 けれど、最後に幸せを見つけられたなら。やっぱり王子は、父を殺されても国を滅ぼされかけても、誰も憎めない。

 新たにその場で条約を結んだ。王子を旗頭に気勢を上げる国軍と、頭を失った部族では、力は拮抗していた。王子は部族の風習を学んでいた姿勢を示し、戸惑う彼らの心に巧みに近寄り、和平まで持ち運んだ。反対する味方は、王子自らで説得した。納得しないものは離れていったが、それもまた仕方なきこと。ましてや条約締結文には、部族を権威と武力で押さえつけることをやめ、恒久の融和を目指すことと記された。対等対価。部族の者どもより、味方の方が反発は強い。
 けれど、王子は一歩も引かなかった。幾度も暗殺を目論まれたが、その度に、常に顔を隠して王子の両脇に立つ二人の護衛が全てを打ち払った。
 誰よりも王子のなすことに、希望を見た二人だった。

 そして、数ヵ月後の今。王子は国王となった。

 今日も三人は共に歩く。国王を前とせず、後ろとせず、国王を間に挟んで。まるで護衛と主人というより、友のように。開け放たれたバルコニーの窓から、広場で歌われる声が聞こえる。

「しばらく二人とも、休めよ。ここまで賊を打ち払うのは大変だったろうに」
「何を言ってるの。あなたに比べれば私たちなんて、寝なかっただけよ。即位式でてんやわんやでも、手伝えなかったし」
「そうそう。わりかし平気。でもあんたがさっさと全員をまとめ上げられるようになったら、沢山休暇とりたい。新婚旅行」
「今からでもいいが」
「女房が許さないから言ってるんだ。お前ら、ほんとに兄妹愛?おれに内緒でなんかしてない?」
「あなたが四六時中そばにいるのに何をするのよ。ないない。こんな優柔不断男」
「余もありえないな、こんな猪女」
「人の女房になんてこと言いやがる」
「そなたは果てしなく面倒な男だな。素でそれだったのか」
「悪いか」
「いいや。頼もしい」

 国王と護衛の一人は顔を合わせ、にっと笑った。護衛の残った一人はよっぽどのけ者の気分で「むしろそっちの方が心配よ」とぼそりと呟いた。

 さわさわと風が吹き込む。銀の髪が揺れる。護衛は金の瞳を細めて、バルコニーの外の青空を見つめた。間抜けな空。
 どうした、と赤い目が、足を止めた護衛に振り返る。置いていくことに気づいて、立ち止まってくれていた。どうもしないわ、と護衛は笑って返事をして、二人に歩み寄った。

「でも、落ち着いたら、新婚旅行より先にすることがあるわ。結婚祝いとか宮廷お抱え雑技団になったお祝いとか。謝りに行かないと」
「結婚祝いは許せるが、あのへぼ一座に関わるなよ。特にあの座長」
「どうして?」
「お前に色目使ってた」
「気のせいでしょ。へぼじゃないし。兄さん姉さんたち、すごいのよ」

 国王の向こうで赤い目の護衛が不満そうな顔を浮かべているのが面白くて、国王と二人で笑った。

「そなたも悪い女だな」
「ええそうよ。でも、それでいいの」

 面倒くさい男と悪い女。ちょうど釣り合いがとれるだろう。国王もそうか、と頷いた。

「だが、余はもっとまともな嫁が欲しいな」
「あら、紹介するわよ?」
「おれも手を貸すぞ」
「やめてくれ。余は普通の恋がしたい」
「それで子どもが生まれたら、可愛がらせてよ」
「それより先におれたちだろ。でも男女だったら婚約させるか?」
「話を聞けそなたら」



































 時代の分かれ目、破壊の者生まれけり。
 永遠に満たされぬ者。水を求めるように血を求める。
 世界の全てを憎み、怒り、果てぬ思いに留まることを知らず、嵐のように荒れ狂う。

 対する聖女。破壊の者を唯一鎮められる乙女。破壊の者の渇く喉を、血ではなく手のひらから慈愛により生み出した水で潤す。
 果てなき怒りを、命をもって中和し、融け合わせる。

 しかし二者は永遠に交わらぬ。対極にあるゆえに力を解け合わせても、残るものはなき。かつてより時たま現れた一対は、必ず死まで折り合わぬもの。

 けれど、奇跡はある。完全に力を融け合わせれば。全ての怒りを露にし、それを全て受け止めきれれば。混じったものは癒しへ向かう。

 奇跡とも呼べぬ必然だったかも知れぬ。けれど、かつて成し遂げた者は存在せぬ。


 必然が破壊を癒す。傷を癒し、死を癒し、再興へ。再びやり直す時。
 少なくとも、そこに新たな王がいたことは、紛れもなく奇跡。

 もうひとつ。恋という名の奇跡。

 これから破壊の者は、数百年生まれぬだろう。過去の時代の生き残りが新たな時代を切り拓いた。果てぬ夢は続く。




















 ……やがて、千年先の史書に記される、千年王国のあらまし。その栄誉の先陣を努めた国王の隣には、常に生涯の友がいたという。
 一人。銀の髪と金の瞳。
 一人。黒い髪に赤い瞳。

 後に守護神として祀られる一対の存在。その二人の間に立つ国王は、千年の夢を描き続けた。


 
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