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「なるほどな、あの挑発は思いがけず急所に深く突き刺さったのか」
レオンは悠然と足を組みかえて、しみじみと頷いた。
「正直君が手を上げてくれるほどのことを言ったつもりでもなかったんだが、納得がいった。改めて謝罪する」
しれっとさらっと言ったレオンは、姿勢を正して深く頭を下げた。
カルロスはさらりと滑り落ちる髪を、麻痺したような頭でぼんやりと見つめた。
今何の話をしていたか、今度こそ本当に忘れた。今の話のどこに、レオンがカルロスに頭を下げる必要があった?
「……は?」
「さて、この際なので尋ねておくが。君の女遊びは騎士団をやめたあとからか?」
「は?」
真顔で同じ言葉を繰り返したカルロスに、レオンが上目遣いに首を傾げた。
「私が調べた限りでは、君の女遊びの噂ははじめ、アステル騎士団の方から流れていた。しかし実態として集められた噂は、君が騎士団をやめたあとの頃からだ。というか夜這いされて完全に後手に回るとは、もしかしなくても、その時までそういったことに縁がなかったのでは?」
カルロスは固まった。頭に血が上るわけでも血の気が引くわけでもなく、そのままの状態で制止した。
婚約者になんということを尋ねているのかこの女。
答えないというか、答えられないカルロスは、意地でも呼吸を思い出して、無理やり喉を震わせた。
「……きし、団に、まさか、直接問い合わせたのか?」
「ん、いいや?ただ噂の出所を辿ってその者の親類縁者の共通点を洗い出しただけだ」
「だけ」で済む労力ではないことをあっさり言ってのけたレオンの意志と実行力にまた絶句した。
「不思議だったのは、騎士団が動く一方でドゥオール家側が全くそういったことに触れていなかったことだが、やはり直接話を聞いた方がわかることは多いな。騎士団とドゥオール家が取り引きしたとはさすがに考えつかなかった」
「誰もそこまで言ってない……」
「言ってないが、間違っていないだろう?」
とうとうカルロスは両手で顔を覆った。一体どこに感心しているんだこいつは。自画自賛か。自慢げですらないところが全力の脱力ポイントだ。
「……おれが除名処分を食らった理由は、団内の風紀を乱したからってことになったってのを、後でセレスに聞いた」
「ふむ、侵入者を手引きしたのではなく、か。除名処分は覆らずとも、限りなく柔めようとしたらそうなるか。対外的に侵入者のことに箝口令を敷くにしても、内部でまでそうする必要もなかったはずだがな」
アステル騎士団に名声実力比肩する戦闘集団の長として、レオンの理解は素早く的確だ。多分アルハイド家騎士団で同じ状況になったらとか考えているのだろう。
関係者全員叩きのめして積み上げた山の上で仁王立ちするレオンの姿が想像できた。いかにもありそうだ。高位貴族子弟が所属するようなところではないから、遠慮なく身内の制裁だけで片を付けられる。
「それで?君の家はどうした」
さてそのときレオンはつまらなさげに鼻を鳴らしているか、それとも足元を見て嘲笑を浮かべているか。いずれも似合うところが恐ろしい――という思考を、レオンの声によってなんとか振り切った。
「義姉は朝になって迎えに来た家の者に引き取られて、おれも半日遅れで騎士団を出た。だから父と団長がどんなやり取りをしたかは知らない」
「そういえば、セレス殿はいつ騎士団を抜けた?」
「父が話し合いついでに回収したらしい」
「君と一緒にではなかったのだな」
「それを周りに止められたからって、おれ並みの騒動起こそうとしたからふん縛って置いてきた」
正しくはリネットを殺しに行こうとした。騎士団の砦で貴婦人惨殺。カルロス並みというかそれ以上だ。
セレスは器用な質で、騎士団内ではカルロスより効率よく立ち回っていただけあって、ドゥオール家からひどい罰は科されないと計算していたはずだ。そもそも忍び込んだリネットに問題があったのだし。それでも、父イサークが回収する頃には頭もすっかり冷えていたのか、退団を願い出て去ったらしい。
当のカルロスは、その頃、アステル砦に最寄りのドゥオール家の別邸で待ち受けていた兄にしこたまぶん殴られていた。本職の騎士ではないがそれなりに鍛えている兄の拳は重く、甘んじて受けるのにかなりの忍耐を要した。
結局、次期当主夫人を寝取ろうとしたカルロスへのその制裁が激しすぎたゆえに、周囲はもう充分だろうと割って入って、縁を切ることはなくなった。兄の、縁を切った瞬間に弟ではなくなった男を殺しかねない気迫を、周囲は感じ取ったのだ。縁を切っても弟殺しは弟殺しだ。
弟という名の罪人を生かすためというより、兄の名に傷をつけないために間に入った親戚連中は、はたして兄に「動かされた」ことに気づいたのか、カルロスは今も知らない。
『お前はなんのために騎士団を目指したんだ!!』
兄のあの怒号は間違いなく本音で、振り上げた拳の震えも本物で。周囲がどう勘違いしようと、カルロスは兄の怒りの意味を、葛藤を、後悔を、やるせない悲しみを、全部正しく受け止めた。
(恵まれてたんだよな、本当に)
父も兄も、セレスや本邸のじいやたちすらも。一瞬も心を疑わなかった彼らを、カルロスは誇りに思っている。
そうして騎士団の不祥事からドゥオール家のお家騒動へ焦点をすり替えさせたカルロスは、殴られた痕が癒えるのを待たずに追い出される形で(実際には多少の財産をこっそり持たされて)家を出た。そこまで含めての制裁だった。
「……まあ、その後はあちこちの宿に泊まったりツバメ暮らししたり、だな。で、あんたに拾われて、今ここにいるってわけだ」
女性遍歴については無理やり流して終わらせた。当時、長年の夢を失い荒れるどころか腑抜けて、うっかり初めて接した商売女に溺れかけたことだって言いたくないので言わない。趣味という名の余裕を思い出したのは、ディールフィーネに出会ってからだ。これも言わない。冗談でも押し倒されたら今のカルロスでは逃げられない。
一通り話し終えてレオンの様子を窺うと、レオンは目を伏せてなにやら考え込んでいた。
ふっと、持ち上がった視線が交錯する。
「つまり、君が転々と住まいを変えて足取りを容易に追えなくしたのは、君の義姉上から逃げ回るためだな?」
「……どこでどう繋がって『つまり』なんだよそれは。間違ってはないが」
「君が一番恐れている事態が、過去が明るみになることよりも君の甥御の出自に傷を付けられることならば、考えられるのはそのくらいだ。夫人が一時期血迷っただけならまだしも、いまだに君に執着しているなど、世間に広めたい話ではないだろう。間違いなく私がくさしたようなことをほざく者が出てくる」
レオンは目を細めて冷たく微笑んだ。嘲笑うのではなく不敵な笑み。抜き身の剣のように光る瞳、絶対的な意志と自信が艶めく唇に刻まれる。
(ああ、この表情が一番ふさわしいかもしれない)
レオンは見誤らない。誇りを汚す真似を、名誉を踏みにじる者を、決して一時の満足で見逃がしたりはしない。
「それでは改めて、私たちの結婚について契約のし直しだ」
レオンが言いながら懐から折りたたまれた紙片を取り出した。開かれれば、そんなに昔ではないのに懐かしいと思えてしまう、レオンとカルロスの婚姻にまつわる契約書だった。レオンの筆を使う手さばきはとても速いのに、文字の一つ一つは丁寧に整っているのだから不思議なものだ。
「私は結婚について、私の当主権限を阻害する者どもの介入を許したくない。アルハイド家当主は私だ。私には我が家の誇りを守る義務があり、我が夫には当然協力を求める。そのために、君に最大限の便宜を図ろう」
言っていることはあの夜と同じ。ただそこに込められた意図は明らかに違う。短い期間でも、相手を知り、己を晒した分だけ変化する。それすら柔軟に受け止める契約書の文言から、レオンはもしかして出会った当初からこの予定だったのではないかと思ってしまう。
「……あんた、おれの話を聞いて、まさかなにも変わらないのか」
「変える必要があるか?」
「冗談だろ?下手したらおれの道連れだぞ。いつでも切り捨てられるように備えるのが賢い当主サマの仕事だろ」
「道連れにするつもりもないくせに。君の選択肢に自滅が必ず含まれているところが君の唯一の難点だな。兄君に散々叱られたのだろう?」
「茶化すな」
「おや、褒めたつもりなんだが。わざわざ使い勝手がいいだけの駒を、私の隣にも、目の前にすら座らせるわけがないだろうに。厄介者ならばなおさらだ」
にいっと深くなる笑みは、これまで見たことのない種類のものだった。しいて言うならば、剣稽古に付き合うと言った時に見せたあの表情か。無邪気というわけではないが、子どもっぽく、取り繕いもせず、己の欲を素直に晒すような。
カルロスが欲しいとレオンは告げた。君だからこそ欲しいと。
「自己犠牲に浸る甘ったれな無能はいらない。さて、君はどんな男かな?」
かれこれ三度目の挑発だ。一度目は爆笑して、二度目は本気でキレた。三度目にしてやっと、うまい加減でカルロスの自尊心をくすぐってきたあたり、同じ轍を踏まない女だ。
だがここで素直に乗せられてやるような男だと、カルロスはこの女に思われたくなかった。レオンに振り回されるだけ振り回されるなど、割に合わないにも程がある。
「いいぜ、受けて立つ」
内心を隠してにっこり笑って片手を差し出した。以前とは違う、対等な契約の証の握手に、レオンが嬉しそうに応じて手を伸ばす。
互いの指先が触れた瞬間にカルロスは手首を返して、レオンの手をすくい上げた。
同時に身を乗り出して、わずかに引き寄せた手の甲に接吻をする。ふりではなく、直に唇を当てた。体が上げる悲鳴はこの際無視だ。
これまでの経験上最も女性を魅了する微笑みで、上目遣いにレオンの様子を確認して、ますます笑みを深めた。
「改めてよろしく頼む、婚約者殿」
ぽかんと見開かれたレオンの瞳に自分しか映っていないことに、カルロスは心の底から満足した。
レオンは悠然と足を組みかえて、しみじみと頷いた。
「正直君が手を上げてくれるほどのことを言ったつもりでもなかったんだが、納得がいった。改めて謝罪する」
しれっとさらっと言ったレオンは、姿勢を正して深く頭を下げた。
カルロスはさらりと滑り落ちる髪を、麻痺したような頭でぼんやりと見つめた。
今何の話をしていたか、今度こそ本当に忘れた。今の話のどこに、レオンがカルロスに頭を下げる必要があった?
「……は?」
「さて、この際なので尋ねておくが。君の女遊びは騎士団をやめたあとからか?」
「は?」
真顔で同じ言葉を繰り返したカルロスに、レオンが上目遣いに首を傾げた。
「私が調べた限りでは、君の女遊びの噂ははじめ、アステル騎士団の方から流れていた。しかし実態として集められた噂は、君が騎士団をやめたあとの頃からだ。というか夜這いされて完全に後手に回るとは、もしかしなくても、その時までそういったことに縁がなかったのでは?」
カルロスは固まった。頭に血が上るわけでも血の気が引くわけでもなく、そのままの状態で制止した。
婚約者になんということを尋ねているのかこの女。
答えないというか、答えられないカルロスは、意地でも呼吸を思い出して、無理やり喉を震わせた。
「……きし、団に、まさか、直接問い合わせたのか?」
「ん、いいや?ただ噂の出所を辿ってその者の親類縁者の共通点を洗い出しただけだ」
「だけ」で済む労力ではないことをあっさり言ってのけたレオンの意志と実行力にまた絶句した。
「不思議だったのは、騎士団が動く一方でドゥオール家側が全くそういったことに触れていなかったことだが、やはり直接話を聞いた方がわかることは多いな。騎士団とドゥオール家が取り引きしたとはさすがに考えつかなかった」
「誰もそこまで言ってない……」
「言ってないが、間違っていないだろう?」
とうとうカルロスは両手で顔を覆った。一体どこに感心しているんだこいつは。自画自賛か。自慢げですらないところが全力の脱力ポイントだ。
「……おれが除名処分を食らった理由は、団内の風紀を乱したからってことになったってのを、後でセレスに聞いた」
「ふむ、侵入者を手引きしたのではなく、か。除名処分は覆らずとも、限りなく柔めようとしたらそうなるか。対外的に侵入者のことに箝口令を敷くにしても、内部でまでそうする必要もなかったはずだがな」
アステル騎士団に名声実力比肩する戦闘集団の長として、レオンの理解は素早く的確だ。多分アルハイド家騎士団で同じ状況になったらとか考えているのだろう。
関係者全員叩きのめして積み上げた山の上で仁王立ちするレオンの姿が想像できた。いかにもありそうだ。高位貴族子弟が所属するようなところではないから、遠慮なく身内の制裁だけで片を付けられる。
「それで?君の家はどうした」
さてそのときレオンはつまらなさげに鼻を鳴らしているか、それとも足元を見て嘲笑を浮かべているか。いずれも似合うところが恐ろしい――という思考を、レオンの声によってなんとか振り切った。
「義姉は朝になって迎えに来た家の者に引き取られて、おれも半日遅れで騎士団を出た。だから父と団長がどんなやり取りをしたかは知らない」
「そういえば、セレス殿はいつ騎士団を抜けた?」
「父が話し合いついでに回収したらしい」
「君と一緒にではなかったのだな」
「それを周りに止められたからって、おれ並みの騒動起こそうとしたからふん縛って置いてきた」
正しくはリネットを殺しに行こうとした。騎士団の砦で貴婦人惨殺。カルロス並みというかそれ以上だ。
セレスは器用な質で、騎士団内ではカルロスより効率よく立ち回っていただけあって、ドゥオール家からひどい罰は科されないと計算していたはずだ。そもそも忍び込んだリネットに問題があったのだし。それでも、父イサークが回収する頃には頭もすっかり冷えていたのか、退団を願い出て去ったらしい。
当のカルロスは、その頃、アステル砦に最寄りのドゥオール家の別邸で待ち受けていた兄にしこたまぶん殴られていた。本職の騎士ではないがそれなりに鍛えている兄の拳は重く、甘んじて受けるのにかなりの忍耐を要した。
結局、次期当主夫人を寝取ろうとしたカルロスへのその制裁が激しすぎたゆえに、周囲はもう充分だろうと割って入って、縁を切ることはなくなった。兄の、縁を切った瞬間に弟ではなくなった男を殺しかねない気迫を、周囲は感じ取ったのだ。縁を切っても弟殺しは弟殺しだ。
弟という名の罪人を生かすためというより、兄の名に傷をつけないために間に入った親戚連中は、はたして兄に「動かされた」ことに気づいたのか、カルロスは今も知らない。
『お前はなんのために騎士団を目指したんだ!!』
兄のあの怒号は間違いなく本音で、振り上げた拳の震えも本物で。周囲がどう勘違いしようと、カルロスは兄の怒りの意味を、葛藤を、後悔を、やるせない悲しみを、全部正しく受け止めた。
(恵まれてたんだよな、本当に)
父も兄も、セレスや本邸のじいやたちすらも。一瞬も心を疑わなかった彼らを、カルロスは誇りに思っている。
そうして騎士団の不祥事からドゥオール家のお家騒動へ焦点をすり替えさせたカルロスは、殴られた痕が癒えるのを待たずに追い出される形で(実際には多少の財産をこっそり持たされて)家を出た。そこまで含めての制裁だった。
「……まあ、その後はあちこちの宿に泊まったりツバメ暮らししたり、だな。で、あんたに拾われて、今ここにいるってわけだ」
女性遍歴については無理やり流して終わらせた。当時、長年の夢を失い荒れるどころか腑抜けて、うっかり初めて接した商売女に溺れかけたことだって言いたくないので言わない。趣味という名の余裕を思い出したのは、ディールフィーネに出会ってからだ。これも言わない。冗談でも押し倒されたら今のカルロスでは逃げられない。
一通り話し終えてレオンの様子を窺うと、レオンは目を伏せてなにやら考え込んでいた。
ふっと、持ち上がった視線が交錯する。
「つまり、君が転々と住まいを変えて足取りを容易に追えなくしたのは、君の義姉上から逃げ回るためだな?」
「……どこでどう繋がって『つまり』なんだよそれは。間違ってはないが」
「君が一番恐れている事態が、過去が明るみになることよりも君の甥御の出自に傷を付けられることならば、考えられるのはそのくらいだ。夫人が一時期血迷っただけならまだしも、いまだに君に執着しているなど、世間に広めたい話ではないだろう。間違いなく私がくさしたようなことをほざく者が出てくる」
レオンは目を細めて冷たく微笑んだ。嘲笑うのではなく不敵な笑み。抜き身の剣のように光る瞳、絶対的な意志と自信が艶めく唇に刻まれる。
(ああ、この表情が一番ふさわしいかもしれない)
レオンは見誤らない。誇りを汚す真似を、名誉を踏みにじる者を、決して一時の満足で見逃がしたりはしない。
「それでは改めて、私たちの結婚について契約のし直しだ」
レオンが言いながら懐から折りたたまれた紙片を取り出した。開かれれば、そんなに昔ではないのに懐かしいと思えてしまう、レオンとカルロスの婚姻にまつわる契約書だった。レオンの筆を使う手さばきはとても速いのに、文字の一つ一つは丁寧に整っているのだから不思議なものだ。
「私は結婚について、私の当主権限を阻害する者どもの介入を許したくない。アルハイド家当主は私だ。私には我が家の誇りを守る義務があり、我が夫には当然協力を求める。そのために、君に最大限の便宜を図ろう」
言っていることはあの夜と同じ。ただそこに込められた意図は明らかに違う。短い期間でも、相手を知り、己を晒した分だけ変化する。それすら柔軟に受け止める契約書の文言から、レオンはもしかして出会った当初からこの予定だったのではないかと思ってしまう。
「……あんた、おれの話を聞いて、まさかなにも変わらないのか」
「変える必要があるか?」
「冗談だろ?下手したらおれの道連れだぞ。いつでも切り捨てられるように備えるのが賢い当主サマの仕事だろ」
「道連れにするつもりもないくせに。君の選択肢に自滅が必ず含まれているところが君の唯一の難点だな。兄君に散々叱られたのだろう?」
「茶化すな」
「おや、褒めたつもりなんだが。わざわざ使い勝手がいいだけの駒を、私の隣にも、目の前にすら座らせるわけがないだろうに。厄介者ならばなおさらだ」
にいっと深くなる笑みは、これまで見たことのない種類のものだった。しいて言うならば、剣稽古に付き合うと言った時に見せたあの表情か。無邪気というわけではないが、子どもっぽく、取り繕いもせず、己の欲を素直に晒すような。
カルロスが欲しいとレオンは告げた。君だからこそ欲しいと。
「自己犠牲に浸る甘ったれな無能はいらない。さて、君はどんな男かな?」
かれこれ三度目の挑発だ。一度目は爆笑して、二度目は本気でキレた。三度目にしてやっと、うまい加減でカルロスの自尊心をくすぐってきたあたり、同じ轍を踏まない女だ。
だがここで素直に乗せられてやるような男だと、カルロスはこの女に思われたくなかった。レオンに振り回されるだけ振り回されるなど、割に合わないにも程がある。
「いいぜ、受けて立つ」
内心を隠してにっこり笑って片手を差し出した。以前とは違う、対等な契約の証の握手に、レオンが嬉しそうに応じて手を伸ばす。
互いの指先が触れた瞬間にカルロスは手首を返して、レオンの手をすくい上げた。
同時に身を乗り出して、わずかに引き寄せた手の甲に接吻をする。ふりではなく、直に唇を当てた。体が上げる悲鳴はこの際無視だ。
これまでの経験上最も女性を魅了する微笑みで、上目遣いにレオンの様子を確認して、ますます笑みを深めた。
「改めてよろしく頼む、婚約者殿」
ぽかんと見開かれたレオンの瞳に自分しか映っていないことに、カルロスは心の底から満足した。
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