少年の行く先は

文字の大きさ
上 下
42 / 56
第一部

4-4

しおりを挟む
 その日もローナは夕方からの巡回当番だった。相方は一人から二人に増え、実働もその先輩方にお任せで、ローナは探索専任である。以前槍男を追えなかったのは状況に気を取られていたのも理由のひとつだと思われたので、なるべくその要素を排除するための割り振りだった。隊の精鋭ルークも今日は一緒なので、簡単に逃がさないという強い意志が感じられる。
「つっても相手が槍だからな……。取り回しにくい狭い場所に引き込むのが定石だが、こないだ発見したのってそれなりに狭い路地だろ?それでそんだけ機動力があるなら結構厳しいぜ」
「足止めに集中した方がいいな」
 ルークの言葉に歳が近いエルメスが頷いた。明るく調子のいいルークとは違って落ち着いた物腰で、慎重かつ生真面目でもある。しかし一度激すればルークが苦戦するほどの戦いっぷりを見せるらしい。残念ながらローナはまだお目にかかったことがない。
「ま、一日で全部うまくいくわけはないからな」
 気負うなよ、と二人に背中を叩かれてローナは頷いたわけだが、偶然かそういう星回りか、今回も見事に「当たり」だった。

「そこの角のさらに奥です!」
「お前引きがいいな!」
「ハヴィン、そこの陰に回れ。あとはおれたちが誘導する」
「はい!」
 ローナの耳には人を殴打していく音が届いている。隠しようもない物騒な気配には先輩二人ももう勘づいている。というか今回も狭い場所で暴れているみたいだが、なぜそれで槍を持っているのだろう。邪魔なだけじゃ……なさそうな身体能力だけども、あえて槍を持つ意味があるのだろうか。そもそもこれまで誰一人として殺されてないのはなぜだ?
 そんな風に思っていたからか、ローナは槍男が目の前を駆けていく姿を見ても、槍の方に意識が集中してしまった。あちらはどうやら、ローナには気づいていないようだった。
 ローナでは追いつけるべくもない疾風のような足の速さでは、どうしても気配さえ辿れない。なんとか駆け出してみたもの、すぐに探索圏内から外れてしまった。
「ちっ、やっぱ足が速い。おい、ハヴィン。無事か」
 ばたばたと剣を片手に持ったままやってきたルークにローナは頷いた。
「なんか掴めたか」
「一応……匂いとか背格好は覚えたと、思います。あと槍の特徴も。あれ、拾い物かなにかかなってくらい、ボロボロでした」
「ボロボロ?」
「刃の手入れもされてないような光の映し具合でしたし、柄も傷だらけで、多分、塗装も剥げてます。石突きにしたって……いや、あれ血の痕が染み着いてた?でも古い血だったな……」
「お前、そっちにばっか集中してどうすんだよ」
 エルメスが、槍男の倒した男たちを捕縛し終えてから合流した。
「こうして直に見ると、並々ならぬ腕前だな」
「だよな」
「しかも……眼帯をつけていたわりには死角への対処も素早かった。あれは古い傷なんだろう。無名ではなさそうだ」
「その辺りも報告書作るかぁ」

 この翌日から、ローナは時間を問わず巡回に駆り出されるようになった。もちろんその分、他の任務とは折り合いをつけてもらっている。しかし昼日中、人でごった返す王都の一角を歩くだけで槍男を特定できたら苦労はしない。常時異能を使うとバテるのも早いし、一度それで捕捉したと思ったら、追いかけているうちにまた範囲外に逃げられた。槍男の身体能力がローナを遥かに上回っている。

 仕事がうまくいかない分、疲れ果てたまま招待状をもらったパーティーに出席しても無駄に緊張せずに済んだのはよかったかもしれない。ぼーっとしているうちに数はこなした。ティリベルの部署の違う上司や有名な貴族や商人、それから招待主など、様々な人物から恐ろしい誘い(意訳)を持ちかけられたが、ものすごく鈍いふりをしとけという、シュカやルースやアイザスたち様々な人からのアドバイスに従い、のらりくらりとかわすことができた。
 単刀直入にカイトやランファロードとの仲を突っ込まれた場合には、事前にカイトから書状で「行方不明だった大叔母と親交があったため、とだけ言ってあとは放置しておきなさい」と言われていたのでその通りにした。知り合ったきっかけは、接点は、とさらに突っ込んで聞かれた時には親の代のことなのでと適当にはぐらかすと、あとは相手が勝手に推測してくれるだろうとまで。細やかな気配りがありがたい。
(いやでも、アンナも普通の人じゃなかったんだな……)
 十五年前、ルアと一緒にハヴィン家に転がり込んできた乳母アンナが、まさかカイトや王妃の大叔母――すなわちセレノクール家先々代当主の妹君だったとは。どこにでもある名前なので、全くその線は考えていなかった。ルアやクラウスは知っていたようだけど。これはおれが鈍いのか。やっぱりそうなのか。
 というか、だ。
(ルアの出自がますます謎なんだが……)
 まさかルアもセレノクールの縁者という可能性があるのでは。でもそうだったら、それこそどうしてハヴィン家に?当時のセレノクール家にはまだアンナの兄が当主として君臨していた。爵位が落ちたのはその何年もあとだし、今の王妃が当主を継いだ後だ。

「……だめだ、考えなきゃいけないのに時間がない」

 仕事中に、そんなに余所事に気を取られているわけにはいかないのだ。調べものがしたい。城での内勤なら蔵書室が近いのに。おのれ槍男。
 そんな風に進展のない日中の巡回中、ローナは人混みの向こうにルアとナジカがいるのに気づいた。昼の買い出し中らしいが、見慣れた金髪と銀髪が並んでいるのは、こうして離れて見ると、大分浮き上がっていた。往来を歩いていく人々も近づけば一度は必ずそちらに視線を向けるのでさらに目立っている。
 勤務時間がまちまちなのとパーティーが多いせいで、家でも団欒の時間はほとんどなかった。こうして二人の和気藹々としている様子を眺めているだけで気持ちが和む。しかしこちらも仕事中だし、あっちの買い物の邪魔もしちゃいけないだろうなとそっと離れようとしていた時、違和感を感じて振り返った。
「……なんだ?」
 ルアたちに向けられる視線はだいたい一瞬だ。忙しい昼の時間ならそれが普通。だからこそ、やたらと注視している姿は不審にさえ思えた。
 黒い帽子を被った紳士の格好をした男だった。つばの影が落ちて顔がよく見えない。伴もなく一人で杖を片手に、ルアたちの方に首を向けていた。歩調も緩んでいる。
 知らず視力を上げていたローナは、男の唇が弧を描いたのを見留めた。
 男はそれとない仕草でルアたちの背後を正面とするように方向転換し、歩き始めていた。あちこちを見物しながら歩くルアとナジカに簡単に追い付き、気安く片腕が伸ばされる――のを、ローナがその手首を掴んで止めた。
「……おや?」
「あれ、ローナだ」
 ナジカが先に振り返り、ルアもあら、と驚きで目を丸くした。
「ローナ、どうしたの?お仕事中?」
 紳士とローナを見比べつつ、ルアが首をかしげている。ローナはその視線を遮るように体を滑り込ませた。
「突然失礼しました。彼女たちは私の身内ですが、あなたは一体どなたでしょうか」
「なんのことだね?……いや、身内?」
 紳士の視線がナジカ、ルア、ローナと動く。ナジカに触れようとして止めた手はもう解放している。その分ローナは自分の背中に二人を隠すようにまた立ち位置を直した。
 ただの紳士には見えなかった。数ヵ月でもティリベルで犯罪者を相手にする仕事をしているのだ、そこで培われた勘が、この男をルアとナジカに近づけてはいけないと強く訴えていた。
(だいたい、通りすがりでナジカに目をつけるなんて、ろくな目的じゃないはずだ)
 このティリベルの制服を見て立ち去ってくれ。不躾だろうがなんだろうが目で威嚇していると、紳士はまた笑った。くつくつと肩を震わせている。
「これは、これは……。そういう縁もまた面白い」
「……なんのことでしょう」
「いやいや、君は役人だろう、お勤めご苦労様だ。よかったら詫びにこちらを受け取ってくれないか。ちょうど余っていてね」
「え?は、ちょ」
 紳士は気安くローナの肩を叩き、胸元から取り出した封筒をローナの懐に押し込んだ。
「そこの金の君と共におとないたまえ、待っているよ」
 くるりと踵を返して去っていく姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。急な展開にローナは立ち尽くしていたが、目の前にふと見知った顔が出現し、度肝を抜かれた。
「おい、ローナ・ハヴィン」
「うわ!?ケイトさん!?どこから!?」
「それ寄越せ」
 出会い頭に懐に手を突っ込まれて封筒を抜き取られた。遠慮のえの字もない暴挙だ。
「ケイト。久しぶり」
「よう銀ちび」
 ケイトは声だけでナジカに挨拶し、封筒をひっくり返して見つけた送り主の名前に盛大に舌打ちを洩らした。
「クソが。こんなとこに隠れてやがったか」
「あ、あの……?」
 ハヴィン家三人が見つめる前で、えらく不機嫌な顔でケイトは懐から小さな紙片とペンを出してなにか書き付けたと思うと、ローナに封筒ごと押し付けた。
「金銀二人をセレノクールに連れてってこのメモ見せろ。カイかセナがいるだろ」
「え?」
「今すぐしろ」
「え、いや、今仕事ちゅ……」
 ローナが言いかけているうちに、ケイトはまた姿を消していた。気配を追うべくもない鮮やかな技だ。ふわりと鼻に触れた残り香に、ローナは思わず槍男を思い出した。……匂いが、似ていたような気がする。
「ローナ、なに?どうしたの?私たち、なにかあったの?さっきの人は誰?」
「……いやなんもわからん。あの男の人、二人の知り合いじゃないよな」
「ええ」
「知らない人だった」
「……そうか」
 ここで考えても埒が明かない。ローナは二人を促して一緒に城に向かうことにした。巡回当番を代わってもらい、そのあとは言われた通りにセレノクール家を訪ねた。
 待っていたのはセナトだった。ケイトのメモを渡すと、「あちゃー」と首を振っていた。
「これは公爵カイトの判断が必要なやつだな。三人ともこの部屋で寛いどいて。って、あ、そうだ。ローナ君はちょっとこっち」
「はい?」
 二人から離れたところでわざとらしくセナトがこそっと伝えてきた内容に、ローナは耳を疑った。
「君たちティリベルの追ってる眼帯の槍男ね、うちの客だから。どうせ君ならすぐ気づいちゃうから言っちゃうけど」
「は?」
「彼には私が離れてる間に屋敷の番犬を頼むけど、銀の子には会わせない方がいい。詳しいことはカイから説明があると思うからよろしく」
 セナトもまた、指図するだけして去っていった。

(……カイって、カイトさんのこと?だよな?槍男がこの家の客って……なんで?)
 色々訳がわかないが、なんだか、ローナの知らないところでローナたちに関わるものが蠢いている気がしてならなかった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...