少年の行く先は

文字の大きさ
上 下
41 / 56
第一部

4-3

しおりを挟む
「夜でもあんま寒くなくなってきたな」
「これから暑くなってくるだろうな」
「それは勘弁だわ」
「日中も気をつけとかないと、すぐ倒れるぞ」
「お前はどーせルアちゃんに看病してもらうからいいだろ!」
「いやなんだそれ。大人しく医務室に行くよ」

 ローナとシュカが雑談しながら歩くのは日暮れ後の王都。貴族邸宅が群れをなすこの辺りでは、社交シーズンという事でまるで昼間のように明るく、賑やかだ。
 本来夜警の権限などない警備部だが、ヘーゼルや槍男など諸々の事情を考慮して――本音は槍男を取っ捕まえるためだが――最近特別に許可された見廻りだった。夜警というには早い時間なのはダールとの折り合いのためだ。
 今日は先輩方がいないので軽口雑談には遠慮がないが、二人ともそれで任務を疎かにすることはない。ローナは「力」を使って気配を探るようにしているし、シュカも視線だけは鋭く周囲を警戒している。槍男の対処は新人だけには話が別で、何事も経験だと、だから無鉄砲な馬鹿な真似はするなと、アイザスから口を酸っぱくして訓戒されていた。

「そういや医務室といえば、お前、知ってる?ラードの研究室の一つなんだけどさ」
「どういう話題の転換だよ」
「いや、やべえ医者がいるらしいからふっと思って。お前、ティリベルの方もあんま通わない方がいいかもしれないぞ。城の医者会合もあるし、横の繋がりで目をつけられるかも」
「なんで?」
「人体実験とか色々やってるらしいぞ。お前のその変な力のこと聞くまでは眉唾物かと思ってたけど、そういう変な人間を国中から掻き集めて、夜な夜な切り刻んだり、変な薬飲ませたり、とにかくおっそろしいことばっかりするんだってよ。お前がそうなるとかぞっとしないわ」
「なんだそれ……アイザスさまからは何も聞いてないぞそんなの」
「ま、普通にしときゃ関わりないからじゃねえ?」
 ローナはがくっと脱力した。
「だったらわざわざ教えるなよ!無駄に怖くなっただろ!」
「だってよー。お前、こないだの夜会でラードにもちょっと顔が繋がったわけじゃん。こういうの、どんどん増えてくと思うぜ?ラスマリア伯爵家のも縁ができたから、それでルーリィとティリベル関連にも伝が広がってるわけだしさ。お前、そこまで理解してる?」
「うぐっ……」
「どーせお前のことだから、また『そんなの無理だ!』って言うかもしれないけどよ。おれからすればもったいないぜ。出自不明の美少女二人匿ってるんだから、もしものための逃げ場くらいなんとかしろよ」
「それは、カイトさんにお願いするつもりで……」
「そしたら極端になるんじゃねえの。あの子達が困るぞ」
「だよな……」
「これからもパーティー呼ばれてるんだろ?社交頑張ってこい」
「無理……」
「諦めはええな!」
「秘訣教えてくれよ……シュカみたいな話の上手さなんておれにはないんだ……」
 言いかけたローナは、……ん、と視線を上げた。
「おい、どうした?」
「……いや、今なにか……」
「見たのか、聞こえたのかどっちだ」
「聞こえた。あとちょっと血の匂いもする」
 シュカはそれを聞いて腰の剣に手をかけた。ローナはそれよりも気配を辿ることに集中しており、一瞬待って、こっちだ、と歩みを再開した。
 夜の街は昼日中の巡回と同じ場所を通るはずなのに、気分はがらりと変わる。街灯もさしてなく、頼りになるのは腰から下げた小さな携帯灯と、そこらの屋敷の灯りだけだ。二人は慎重に早いペースで歩いていき、やがてシュカもはっきりと物々しい気配に気づいた。
「あそこの曲がり角だな」
「確かにな。なんか音もするぜ」
「何人いるんだろう……五人、いや、今一人倒れた」
「お前のそれって便利だよな。乱闘……にしちゃ比較的静かだよな。夜だからか?」
「夜に暴れるような奴がそんなこと気にするわけないだろ」
「それもそうだ。じゃ、おれはあっちな」
「気をつけろよ」
 シュカは道の反対に回り込んでいった。用意ができたら挟み撃ちという寸法だ。変にはばかりのある不審者たちと言えど、ローナたちの仕事は彼らを捕縛することだ。流血もあれば遠慮はいらない。話は後で聞けばいい。
 用意が整った合図はシュカの警笛だ。まだ乱闘の気配が収まりきれない中、甲高く初夏の夜に響き渡った音と共にローナはその路地へ駆け出した。




 トーサはその音が耳に突き刺さったとき、やっと相手を二人にまで減らしたところだった。今日は速いな、と舌打ちをこぼし、残す二人に襲いかかろうとした。
「ひっ……ひいっ!」
 追い詰められた獲物の一人は一本道の路地でトーサとは反対方向に逃げ出した。逃がすか、と槍をぶん投げたら、回り込んだ誰かに払い落とされた。
「そこまでだ!お前ら、大人しくしろ!」
 トーサの背後からも声をかけられたが、いかにもしかつめらしく威張っただけの若い声だった。ちらりと見れば役人の格好をしていたので、警備兵の新人かそこらだろう。
「あっ、こら、逃げるな!」
 ローナは庇った男がへっぴり腰でどこかへ行こうとするので慌てて鞘で打って気絶させた。ローナ!という叫びが聞こえたのは同時である。はっと路地に顔を向ければ、男の影が残りの立っていた一人に襲いかかっていた。
「お仕事おつかれさん」
「待て!って、うおわっ」
 シュカが路地に駆け込もうとして、寝ている男たちに躓いた。ローナも慌てて距離を詰めたが、相手の方が夜の闇にも、逃げることにも長けていた。
 流れるようにローナの脇を通りすぎて槍を拾い上げると、そのまま駆け去っていった。
「嘘だろ!?」
 ローナは通りすぎる間際に相手の図体の大きさに気づいていた。それであの猫のように滑らかな動き。方向転換して追いすがろうとしたが、路地を出てももう誰も見つからない。気配を辿ろうにも無理だった。それだけ瞬時に遠ざかっていったということ。
 今さらのように自分が対峙した相手との実力差に気づいて、戦慄した。














 ローナとシュカが件の黒髪の槍男と遭遇した話は、瞬く間に警備部内を駆け巡ったらしい。アイザスには「またお前らか!」と理不尽な文句を言われた。
「特に第二の奴らがうるさいから、特徴と状況を今、ここで、洗いざらい吐け!」
「えっと、なんでおれらが尋問される側に……」
「そりゃあおれらが初めて遭遇したからだな。ちくしょー、他人事で笑っときたかった」
「お前な……」
 二人で代わる代わる報告すると、話を聞いていた全員が頭を抱えて珍妙な呻き声を上げていた。
「隊長……これある程度調書ごまかさないとハヴィンが他隊に誘拐されますよ……」
「誘拐どころか拉致だろ。お前の能力、本当に便利だなちくしょう!」
 一応褒められてはいるが、ローナはすみませんと言うしかない。
「黒髪に眼帯、槍使い、そんでもってでかくて若い男か……。証言通りだな。しかもなんだその『おつかれさん』って。ティリベル舐めてんのか」
「おれに言われても……」
「昼間にそっちの目撃証言って出てないんすよね、やっぱり後を追えなかったのは痛かったかあ……」
「しょーがねえ。ハヴィン、当分はお前に『夕方の見廻り』を多く割り当てることにする。その分昼間の仕事はやりくりしてやる」
「了解しました。あ、でも、時々都合が」
「あん?あー、今シーズンだからな。いくつか誘いが来てたんだったか」
 職場での監視役であるアイザスだから、当然ローナに送られてきた招待状について知っていた。ローナも包み隠さず色々と報告し、相談している。ローナの持つ不思議な能力のため隊長に目をかけてもらっていると周囲が勘違いしているので、わりと内緒話しやすい環境だった。
「その日は空けてやるから申告しろ」
「はい」
「ただし、気負うなよ。お前の力は便利だが、なくてもおれらの仕事は変わらん。それにお前が突っ走って、ルアちゃんやナジカちゃんに危害がいったら目も当てられん」
「……はい」
 優しい命令にローナの表情が緩む、が。

「……待てよ?っつーことは、昼間にルアちゃんたちが差し入れに来てくれる回数が減るんじゃね?」

 誰かがボソッと呟いた声がいやに響き、ほんわかした空気が霧散した。
 ローナは顔をひきつらせた。なんで今それを言った。今いい感じに締め括ってたのに。
「かといって夜中に出歩かせるわけにもいけないし、実質、普通にもう来なくなるんじゃ……?」
「嘘だろ、癒しが」
「天使たちの祝福が」
「ハヴィンに独占される……!?」
「いや独占ってか嫁ですし」
「幼馴染みだよ!普通の!」
 祝福ってなに!?と思わず叫ぶローナである。

 そして第四大隊の男たちの涙を持ってして、事態は進展を――迎えなかった。

「頻度が減ってきてやがる」
 明らかに、謎の槍男は夜に出歩くことを減らしていた。お陰で最近やっと牢屋に空きができるようになったとダールの牢番がほっとしているというのは、シュカの持ってきた情報だ。ティリベルで確保した槍男の被害者は総じて脛に傷を持つ無頼者で、取り調べが終わればダールに収容されるような悪人ばかりだ。中には以前から追っていた罪人もいたという。一人二人はさらに特務機関ハルジアに連行されたというので、全くもって洒落にならない。そんな風にせっせとダールの牢屋の隙間を埋めてきた槍男の成果は、最近見られなくなってきている。
 警備部隊長会でも焦りが出てきはじめた。このままではなにも掴めないまま槍男を逃してしまう。沽券に関わるどころではない。
(ハヴィンの名は出せんが、少し手を捻るか)
 アイザスはこっそり決意した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...