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間章
ニコラス・マグワイア・中
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戦闘シーンあり。
ニコラスくんはへんたいです。
ーーー
試してみて得られた成果は上々、といったところか。
ちなみに、まっすぐ真上じゃなくて斜め方向。
「絶氷と『落星』の関係性なにあれ?」
まず「落星」の評価から、と思ったけど、結果的に絶氷の評価になる。
あれは実際に目にしてみないとわからない。
知力財力権力兼ね備えた絶氷が無理に従えているのではない。とはいえ、「落星」の気まぐれにより成立する薄っぺらい雇用関係とも思えない。
というかなんで次期当主とその雇い兵だけで強行軍に出ているのか。親の見舞いという建前にしても、せめて領地の息のかからない手懐けてる配下とか世話人とか用意するのが普通だろうに。……荷物がない方が身軽に動けるからか。絶氷はどこまで読んで行動を決めているのか、一見よくわからない。ただ妹たちの危難があるから速く帰りたいという超個人的な理由で無謀な特攻に出てるような気がしないでもないけど。
それでも、領地に長居はしない、本拠は王都にあると明白に示すことにはなっている。しかもお供が「落星」という、臣下という部類には絶対に入らない外部の人間のみ。父親含めた領内の挑発できる部分はとことんしまくってる。
(好戦的、だけど基本は待ちの姿勢。そんなんするならさっさと領地奪えばいいと思うけど、できないというより、やってないんだ。……爵位継承には詰めをかけてるんだし、それで止めてるなら絶対長女が理由に入ってるんだろうなあ。勘当撤回前提のあぶり出しとか。ありそー)
セシル・スートライト。
その傑出した才は少し調べただけのニコラスでも否定できず、なにをするかわからない警戒心を抱かざるを得ない。しかし行動基準は周囲が考えるよりよっぽど単純。そんな感じがする。
一言で言うならうちの国王っぽい。周囲は腫れ物扱いするか利用して乗っかるか振り回されるか三択。ニコラスの主は二番目だ。ギルシュバル国王やその次代はどうだか、そっちの様子は外交官にやってもらうことにする。ギルシュバル担当の外交官はレスコー卿ユーレルムだが、その補佐官にはフレデリック王子が自分の手下を押し込んでいる。王子にこき使われる同輩として少しは融通を利かせられる。王子に有益な結果に繋がるんだし。
「それで、関係性とはどういうことだ?」
「ああ、考えが逸れてた。なんかねぇ……うーん、ふさわしい言葉がちょっと……あ、共犯者?」
「は?」
エルドが凝然として言葉を失う姿に噴き出した。睨まれても笑い続けていると、目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しいようにため息をつかれた。
「……お前のような者を扱えるのはあの方くらいだろうな」
「他の奴に使わせるわけないじゃん、なに言ってんの?」
あ、舌打ちした。しかし「適当を言うな」とか投げ出さないだけ真面目な男だ。だからこその道連れ、この驚愕をエルドも味わえ。
「共犯者とはどういう意図だ」
「輪っかに絶氷も『落星』もぐるっと囲われてる感じ」
「は?」
「縦も横もなくて、上下でもない。確かに『落星』は絶氷の護衛に働いてたけど、絶氷は護衛されるに甘んじてはいないし、『落星』は護衛が本当の仕事ってわけじゃない」
ルーアン公爵家、ギルシュバルの王妃の実家が追い詰めたぎりぎりで救援に入ってきたことを伝える。
事前にそれらしい手回しがなかったことはニコラスもエルドも把握していたのに、絶氷は当然のような落ち着きっぷり、「落星」は呆れ果てるだけ。しかも途中途中で落ちた仲間まで、示し合わせたようにほぼ無傷で集合した。
つまるところ、ニコラス扮する盗賊以下は、絶氷によって知らぬ間にあの状況を仕立て上げる役者にされたのだ。
そうしてまでルーアン公爵家の恩を買ったのもまた、何らかの目的へ向けた布石の一つだろう。
それもこれも「落星」の支援あってこそ成し得たことだったが、元来風任せなようでいて非常に高い矜持を持つ彼らが、わざわざそこまで追い込まれにいくわけがない。金尽くはありえず、忠誠心など持ち合わせていない。
支援というより協力がふさわしいかもしれない。
譲る譲らないという問題ではない。お互いに目的があって、その方向が合致しているからこその協調姿勢だ。
「……つまり、なんだ。同盟関係というのか?たった一人の貴族の若者と、一国を滅ぼした『落星』が」
「あ、それぴったりかも。でもさすがに二回目の国崩しはないんじゃないかなあ。それできるんだったらとっくにやってるはずだよ」
「やられてたまるか」
「混乱してる混乱してる。じゃあ落ち着きがてら。そっちはどうだった?」
「バルメルク家の影響力が増した。……お前、予見していたな?」
また笑ってしまったのを見咎められた。エルドはニコラスをじとっと睨みつけつつ、詳しく結果を語った。
詳しくといっても、バルメルク家の勝ちという、外形からはそれだけの結果しか見えてこない。ただエルドはニコラスが置いていった仕掛けのことを聞いていた。分析しながら語るとこうだ。
「未熟な貴族の根城である学園で、平民という身分の軽さを利用して散々失言と失態を掻き集めた。後見のバルメルク家が激怒し、見かねた王兄が騒動の鎮静を主導した」
「ああ、学園長なのにわざと後手に回ったんだ?」
「初日に尋問され、証言者もあったことで不問。そこを軽視したこともバルメルク家の怒りの要因になった」
バルメルク家は王兄派の中心だ。しかも教育熱心な家風は、ルーデルにもよく留学なんかの時に名前が出るからけっこう有名だ。主君を侮られ、後見を務める才子を貶められて厳しい処分を求めるのは妥当だし、王兄にそれを止める気はなかったわけだ。処分対象が王兄派国王派問わなかったことで、それなりに力を削ぎ落としつつ自らの権勢は優位に保てる。
「だけど、そこまでいいとこ取りできるもの?非難はなかったわけ?」
「……少なくとも、私の耳には届かない程度にはなかった」
「わあお。後見伏せてる風だったし、最後までうまく隠してたのか、それともうまく躱した?難易度たっか」
長女が相手の失点を狙うなら相手も同じだ。長女の失点は後見人の失点にも繋がるものを、まともに拾わせず事を果せたということ。
見込み違いなんてとんでもない。
「一体殿下の着眼点はどうなっているんだ?」
「おれも同感」
エルドのぼやきに挙手で応えると、「一緒にするな」と打ち返される。ひどいひどいと嘆けば白々しい視線が向けられた。ノリが悪い。
「……内部の撹乱はその娘一人のみなので、浮かびきれなかった種はそれなりに残っている」
「じゃあ芽吹かせる?」
「…………」
口をつぐんだエルドの目が細くなりすぎて糸のようになっている。だけど期限までまだ少し残っているのだから、やってみてもいいだろう。
「スートライトの諦めも悪くってさあ。放っといてもまた殺しに来るよ、あれ」
「……最後だ。どうせなら全部使い切れ」
「さっすがぁ。でもそれ上司は無視でいいの?」
「証拠は消せ。我が国の瑕疵さえなければユーレルムさまは目を瞑ってくださる」
「やった、暇つぶしができた。おっと」
思わず本音が出てしまった。眉間から額まで皺々の渋面になったエルドがくどくどと文句を並べはじめる前に、ニコラスは逃げを打つことにした。
光が踊る。
よく晴れた真っ昼間の明るさに溶けいるような光だ。
守りをおいて学園へ通う貴族学生を警備するため、いたずらに武威を顕示せず、制圧を重んじるゆえの武器だろう。短剣ほどの長さのそれが、鈍く煌めいている。
合わせて翻る外套というにも酷い上着。そこらの麻袋かなにかを裂いて巻き付けただけだし、頭に被っているのも適当な袋に見える。
誰もが一度見れば思考も動作も一瞬停止すること間違いなしの、文句なしに立派な不審者だ。ニコラスさえ不覚にも見物に使っていた木の枝から落っこちそうになった。
最後の仕掛けも、下っ端学生に扮してちょこちょこ軌道修正していたのも終点に来たなら終わり。大輪と親しい首席令嬢の方は自力で逃げおおせたので大輪の方はどうかと、後で結果を聞けば済むことをわざわざ見に来たのは好奇心に他ならない。だって暇だし。
大輪の押し込められた小屋の周囲を点々と見張る学生はともかく、その従者たちには実戦経験はそれなりにあるだろう。とはいえ「それなり」程度だし、彼らが本来護衛すべき学生が同じ場にいるのだ。守るべき対象がいるからこそ、急に飛び込んできた闖入者に判断が遅れる。
その学生はたった一人、足に物を言わせて小屋へ突撃した。顔見知りか、驚いてそれらしい名を叫ぶ見張りの学生や、慌ててその背を追いかけようとする学生、それらを抑えてせめて余人を近づけないように警戒を促す従者。
ウィンスターと呼ばれていた学生は、確かスートライトの長女の所属する研究室によく出入りしていた。ざっと調べた程度だが従者などはおらず、研究室の外では孤立していた。それを学生たちも思い出したのか、忙しなく周囲を見回して増援はないだろうと気を緩めた。
その瞬間を狙ったように新手が飛び込んできた。
「な、なんだ!」
不審者の判断は正確かつ迅速だった。先に学生を落として従者の動揺した隙を狙う。鋭利さを捨て重量と頑丈さに物を言わせる武器を、その通りに突き打ちのめす。
ニコラスは枝から落ちかけた態勢から、登り直すのは止めて幹に身を隠しながら降り立った。視界を遮る枝葉がなくなり、より鮮明に詳細にその動きを確かめられる。
脳内では不審者の背格好と状況から考えられる素性を目まぐるしく検索しているが、口元がいやに緩んでいるのはなんとなくわかっていた。
(袋被ってるって。穴開けたって視界悪いし、耳だってろくに働かせられない。わかってるから奇襲かけての正面突破、ってかあの速さで走れるのもどうなの?勘?それとも元から記憶してた?や、被ったの直前だ、あれ)
小屋から最も遠い人間の側から現れ、そこから一人ひとりを確実に倒し、かつ最短で小屋に辿り着くルートを取っている。まだ襲われていない学生が怯えて立ち竦むのも予測のうちか。一度増援が現れた以上、従者らは不審者以外にもと警戒に意識を裂いてより動きが鈍くなる。不審者が最接近すれば学生を庇いながら不審者を迎え撃つように剣を振った。
重い金属音が鳴る。
「ぅわっは!」
ニコラスのとっさに押さえた口から変な歓声が漏れた。不審者は己の武器で相手の剣を押さえ付け、片足で更に踏みつけて地面に切っ先を埋めた。一瞬唖然とした従者の顎を武器で下から殴り上げて終わりだ。
悲鳴を上げて逃げようとした学生はそれよりも簡単な一撃で沈め、残すは……今一人小屋から出てきた。
「――ぐ!?」
不審者は迷いなくその学生の襟首を掴まえて、後ろから抱き込むように絞め上げた。小屋の壁に背中を預け周囲を見渡して、なにを思ったか絞め落とす前に解放して蹴り転がすに留めた。
(あ)
不審者が小屋からの物音を聞きつけたのだとわかったのは、即座に扉をぶち開けて飛び込んでいったから。直後、ぞくぞくと快感が背筋を這い上がって、ニコラスは恍惚と頬を染めた。
殺気だ。
遠目に見ているニコラスすら寸刻みにしかねないほど凄絶なそれは、急襲をかけてしばらくした今になって。遅いといえば遅い。
大輪は間に合わず壊れてしまったか。それともその後飛び込んでいった学生の縁者か。――否。
殺気に釣られるように勘が冴えた。
(殺せるのに殺さなかった)
そもそも殺す気さえなかったから、あの刃のない武器だ。
例えばあの武器が剣だったら。槍でもいいかもしれない。どれも一通り使えるはずで、その中からあえて血を流さないものを選び取り、加えて入念に素性を隠した。なんのために?
思えばどこか見覚えのある立ち回りだった。どこで、誰と?
(――芽が出ないんじゃなくって、出さなかったが正解か)
小屋からよろめきながら出てきた二人と、庇うように二人の背を押す不審者。見た目無事そうな大輪の方となにかを話している間に、一度はかき消えた殺気がまた漏れて、そして大輪ともう一人を「行け」と促すように強く押し出した時には鳴りを潜める。器用というか、危ういほど不安定で、相当ぎりぎりっぽい。
だけど、二人を送り出しながら殿として後を続く姿に、迷いはない。
「……あー……さいっこう」
うっとりとした笑みはどうにも直せなかったので諦めることにする。
不審者の、彼女の、あの覆面の下の顔を見てみたくなった。
時間がない中で冷静に最善を目指しながら、沸き上がる激情は全力で押さえつけて、決して最悪の際へは踏み込まないで。
あれだけ必死に理性を手放さないなんて、きっと、表情はぐっちゃぐちゃだ。
「絶対澄まし顔じゃあないよねえ。結局耐えきれなくて家出たくらいなんだもん。殺さない判断後悔してるかなあ。自分責めて泣きそうだったり?ああでも、ただの憎悪だけでもつまらない」
ニコラスは音もなく踏み出した。今日のこれまではサービスで、ここからはボーナスだ。
復活した学生や従者たちに立ち向かう彼女の死角にあえて回り込んだ。手品のようにどこからともなくナイフを取り出しながら。
「怯えが混じったらもっと見応えあるんじゃないかなあ?」
明るい陽光の下。立て続けに放ったナイフに振り返った、覆面の奥の昏く煮えたぎった瞳が、まっすぐにニコラスを睨みつけた。
ニコラスくんはへんたいです。
ーーー
試してみて得られた成果は上々、といったところか。
ちなみに、まっすぐ真上じゃなくて斜め方向。
「絶氷と『落星』の関係性なにあれ?」
まず「落星」の評価から、と思ったけど、結果的に絶氷の評価になる。
あれは実際に目にしてみないとわからない。
知力財力権力兼ね備えた絶氷が無理に従えているのではない。とはいえ、「落星」の気まぐれにより成立する薄っぺらい雇用関係とも思えない。
というかなんで次期当主とその雇い兵だけで強行軍に出ているのか。親の見舞いという建前にしても、せめて領地の息のかからない手懐けてる配下とか世話人とか用意するのが普通だろうに。……荷物がない方が身軽に動けるからか。絶氷はどこまで読んで行動を決めているのか、一見よくわからない。ただ妹たちの危難があるから速く帰りたいという超個人的な理由で無謀な特攻に出てるような気がしないでもないけど。
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セシル・スートライト。
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一言で言うならうちの国王っぽい。周囲は腫れ物扱いするか利用して乗っかるか振り回されるか三択。ニコラスの主は二番目だ。ギルシュバル国王やその次代はどうだか、そっちの様子は外交官にやってもらうことにする。ギルシュバル担当の外交官はレスコー卿ユーレルムだが、その補佐官にはフレデリック王子が自分の手下を押し込んでいる。王子にこき使われる同輩として少しは融通を利かせられる。王子に有益な結果に繋がるんだし。
「それで、関係性とはどういうことだ?」
「ああ、考えが逸れてた。なんかねぇ……うーん、ふさわしい言葉がちょっと……あ、共犯者?」
「は?」
エルドが凝然として言葉を失う姿に噴き出した。睨まれても笑い続けていると、目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しいようにため息をつかれた。
「……お前のような者を扱えるのはあの方くらいだろうな」
「他の奴に使わせるわけないじゃん、なに言ってんの?」
あ、舌打ちした。しかし「適当を言うな」とか投げ出さないだけ真面目な男だ。だからこその道連れ、この驚愕をエルドも味わえ。
「共犯者とはどういう意図だ」
「輪っかに絶氷も『落星』もぐるっと囲われてる感じ」
「は?」
「縦も横もなくて、上下でもない。確かに『落星』は絶氷の護衛に働いてたけど、絶氷は護衛されるに甘んじてはいないし、『落星』は護衛が本当の仕事ってわけじゃない」
ルーアン公爵家、ギルシュバルの王妃の実家が追い詰めたぎりぎりで救援に入ってきたことを伝える。
事前にそれらしい手回しがなかったことはニコラスもエルドも把握していたのに、絶氷は当然のような落ち着きっぷり、「落星」は呆れ果てるだけ。しかも途中途中で落ちた仲間まで、示し合わせたようにほぼ無傷で集合した。
つまるところ、ニコラス扮する盗賊以下は、絶氷によって知らぬ間にあの状況を仕立て上げる役者にされたのだ。
そうしてまでルーアン公爵家の恩を買ったのもまた、何らかの目的へ向けた布石の一つだろう。
それもこれも「落星」の支援あってこそ成し得たことだったが、元来風任せなようでいて非常に高い矜持を持つ彼らが、わざわざそこまで追い込まれにいくわけがない。金尽くはありえず、忠誠心など持ち合わせていない。
支援というより協力がふさわしいかもしれない。
譲る譲らないという問題ではない。お互いに目的があって、その方向が合致しているからこその協調姿勢だ。
「……つまり、なんだ。同盟関係というのか?たった一人の貴族の若者と、一国を滅ぼした『落星』が」
「あ、それぴったりかも。でもさすがに二回目の国崩しはないんじゃないかなあ。それできるんだったらとっくにやってるはずだよ」
「やられてたまるか」
「混乱してる混乱してる。じゃあ落ち着きがてら。そっちはどうだった?」
「バルメルク家の影響力が増した。……お前、予見していたな?」
また笑ってしまったのを見咎められた。エルドはニコラスをじとっと睨みつけつつ、詳しく結果を語った。
詳しくといっても、バルメルク家の勝ちという、外形からはそれだけの結果しか見えてこない。ただエルドはニコラスが置いていった仕掛けのことを聞いていた。分析しながら語るとこうだ。
「未熟な貴族の根城である学園で、平民という身分の軽さを利用して散々失言と失態を掻き集めた。後見のバルメルク家が激怒し、見かねた王兄が騒動の鎮静を主導した」
「ああ、学園長なのにわざと後手に回ったんだ?」
「初日に尋問され、証言者もあったことで不問。そこを軽視したこともバルメルク家の怒りの要因になった」
バルメルク家は王兄派の中心だ。しかも教育熱心な家風は、ルーデルにもよく留学なんかの時に名前が出るからけっこう有名だ。主君を侮られ、後見を務める才子を貶められて厳しい処分を求めるのは妥当だし、王兄にそれを止める気はなかったわけだ。処分対象が王兄派国王派問わなかったことで、それなりに力を削ぎ落としつつ自らの権勢は優位に保てる。
「だけど、そこまでいいとこ取りできるもの?非難はなかったわけ?」
「……少なくとも、私の耳には届かない程度にはなかった」
「わあお。後見伏せてる風だったし、最後までうまく隠してたのか、それともうまく躱した?難易度たっか」
長女が相手の失点を狙うなら相手も同じだ。長女の失点は後見人の失点にも繋がるものを、まともに拾わせず事を果せたということ。
見込み違いなんてとんでもない。
「一体殿下の着眼点はどうなっているんだ?」
「おれも同感」
エルドのぼやきに挙手で応えると、「一緒にするな」と打ち返される。ひどいひどいと嘆けば白々しい視線が向けられた。ノリが悪い。
「……内部の撹乱はその娘一人のみなので、浮かびきれなかった種はそれなりに残っている」
「じゃあ芽吹かせる?」
「…………」
口をつぐんだエルドの目が細くなりすぎて糸のようになっている。だけど期限までまだ少し残っているのだから、やってみてもいいだろう。
「スートライトの諦めも悪くってさあ。放っといてもまた殺しに来るよ、あれ」
「……最後だ。どうせなら全部使い切れ」
「さっすがぁ。でもそれ上司は無視でいいの?」
「証拠は消せ。我が国の瑕疵さえなければユーレルムさまは目を瞑ってくださる」
「やった、暇つぶしができた。おっと」
思わず本音が出てしまった。眉間から額まで皺々の渋面になったエルドがくどくどと文句を並べはじめる前に、ニコラスは逃げを打つことにした。
光が踊る。
よく晴れた真っ昼間の明るさに溶けいるような光だ。
守りをおいて学園へ通う貴族学生を警備するため、いたずらに武威を顕示せず、制圧を重んじるゆえの武器だろう。短剣ほどの長さのそれが、鈍く煌めいている。
合わせて翻る外套というにも酷い上着。そこらの麻袋かなにかを裂いて巻き付けただけだし、頭に被っているのも適当な袋に見える。
誰もが一度見れば思考も動作も一瞬停止すること間違いなしの、文句なしに立派な不審者だ。ニコラスさえ不覚にも見物に使っていた木の枝から落っこちそうになった。
最後の仕掛けも、下っ端学生に扮してちょこちょこ軌道修正していたのも終点に来たなら終わり。大輪と親しい首席令嬢の方は自力で逃げおおせたので大輪の方はどうかと、後で結果を聞けば済むことをわざわざ見に来たのは好奇心に他ならない。だって暇だし。
大輪の押し込められた小屋の周囲を点々と見張る学生はともかく、その従者たちには実戦経験はそれなりにあるだろう。とはいえ「それなり」程度だし、彼らが本来護衛すべき学生が同じ場にいるのだ。守るべき対象がいるからこそ、急に飛び込んできた闖入者に判断が遅れる。
その学生はたった一人、足に物を言わせて小屋へ突撃した。顔見知りか、驚いてそれらしい名を叫ぶ見張りの学生や、慌ててその背を追いかけようとする学生、それらを抑えてせめて余人を近づけないように警戒を促す従者。
ウィンスターと呼ばれていた学生は、確かスートライトの長女の所属する研究室によく出入りしていた。ざっと調べた程度だが従者などはおらず、研究室の外では孤立していた。それを学生たちも思い出したのか、忙しなく周囲を見回して増援はないだろうと気を緩めた。
その瞬間を狙ったように新手が飛び込んできた。
「な、なんだ!」
不審者の判断は正確かつ迅速だった。先に学生を落として従者の動揺した隙を狙う。鋭利さを捨て重量と頑丈さに物を言わせる武器を、その通りに突き打ちのめす。
ニコラスは枝から落ちかけた態勢から、登り直すのは止めて幹に身を隠しながら降り立った。視界を遮る枝葉がなくなり、より鮮明に詳細にその動きを確かめられる。
脳内では不審者の背格好と状況から考えられる素性を目まぐるしく検索しているが、口元がいやに緩んでいるのはなんとなくわかっていた。
(袋被ってるって。穴開けたって視界悪いし、耳だってろくに働かせられない。わかってるから奇襲かけての正面突破、ってかあの速さで走れるのもどうなの?勘?それとも元から記憶してた?や、被ったの直前だ、あれ)
小屋から最も遠い人間の側から現れ、そこから一人ひとりを確実に倒し、かつ最短で小屋に辿り着くルートを取っている。まだ襲われていない学生が怯えて立ち竦むのも予測のうちか。一度増援が現れた以上、従者らは不審者以外にもと警戒に意識を裂いてより動きが鈍くなる。不審者が最接近すれば学生を庇いながら不審者を迎え撃つように剣を振った。
重い金属音が鳴る。
「ぅわっは!」
ニコラスのとっさに押さえた口から変な歓声が漏れた。不審者は己の武器で相手の剣を押さえ付け、片足で更に踏みつけて地面に切っ先を埋めた。一瞬唖然とした従者の顎を武器で下から殴り上げて終わりだ。
悲鳴を上げて逃げようとした学生はそれよりも簡単な一撃で沈め、残すは……今一人小屋から出てきた。
「――ぐ!?」
不審者は迷いなくその学生の襟首を掴まえて、後ろから抱き込むように絞め上げた。小屋の壁に背中を預け周囲を見渡して、なにを思ったか絞め落とす前に解放して蹴り転がすに留めた。
(あ)
不審者が小屋からの物音を聞きつけたのだとわかったのは、即座に扉をぶち開けて飛び込んでいったから。直後、ぞくぞくと快感が背筋を這い上がって、ニコラスは恍惚と頬を染めた。
殺気だ。
遠目に見ているニコラスすら寸刻みにしかねないほど凄絶なそれは、急襲をかけてしばらくした今になって。遅いといえば遅い。
大輪は間に合わず壊れてしまったか。それともその後飛び込んでいった学生の縁者か。――否。
殺気に釣られるように勘が冴えた。
(殺せるのに殺さなかった)
そもそも殺す気さえなかったから、あの刃のない武器だ。
例えばあの武器が剣だったら。槍でもいいかもしれない。どれも一通り使えるはずで、その中からあえて血を流さないものを選び取り、加えて入念に素性を隠した。なんのために?
思えばどこか見覚えのある立ち回りだった。どこで、誰と?
(――芽が出ないんじゃなくって、出さなかったが正解か)
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だけど、二人を送り出しながら殿として後を続く姿に、迷いはない。
「……あー……さいっこう」
うっとりとした笑みはどうにも直せなかったので諦めることにする。
不審者の、彼女の、あの覆面の下の顔を見てみたくなった。
時間がない中で冷静に最善を目指しながら、沸き上がる激情は全力で押さえつけて、決して最悪の際へは踏み込まないで。
あれだけ必死に理性を手放さないなんて、きっと、表情はぐっちゃぐちゃだ。
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「怯えが混じったらもっと見応えあるんじゃないかなあ?」
明るい陽光の下。立て続けに放ったナイフに振り返った、覆面の奥の昏く煮えたぎった瞳が、まっすぐにニコラスを睨みつけた。
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