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閑話:糸は色染む

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 おとうさまが、王都からやって来た騎士さまに捕まったらしい。
 メイドの噂話が聞こえてからそのことを知った。

「おねえさまは?」

 思わずそこへ飛び出して問いかけると、彼女たちは一気に顔色を変えて、適当に言葉を濁してその場を立ち去った。騎士さまが王都から来たなら、王都にお住まいのおねえさまにも何かあったはずだ。それくらいなら私でもわかるのだ。私に付き添っていた侍女を振り返った。

「ねえアザレア、わかる?」
「……少々確認のお時間を頂いてもよろしいですか?その間に、奥さまのご様子をお伺いになるのはいかがでしょう」
「そうね。領主が捕らえられるなんて一大事だもの。おかあさまにも確認しなくてはいけないわ」

 アザレアは時折、私を奇妙なものを見る目で見てくる。うまく隠せていると思っているようだけど。今も笑みがちょっとだけひきつっている。どうしたのかしらね。早く参りましょうと声をかけて、やっと歩みを再開した。

 広大な屋敷内をゆっくりと歩いていく。気持ちの忙しさを露にするのはいけないと家庭教師に叱られた。余裕を見せつけなければ付け入られる、ついでに自分の心にも余裕を持たせないとどこかで失敗してしまいますよ、と理由を教えてくれたのは、血の繋がっていないおねえさまだった。だからおねえさまのことが心配だけど、言いつけ通りにするのだ。そのゆっくりした時間を考え事に使うのもいいらしい。
 考え事……。

(オルトス殿下も、なにかお関わりがあるのかしら。王都というとそれくらいしか私には考えつかないわ。殿下にお手紙を差し上げてもいいのかしら。来月にお会いできるけれど、このことをお尋ねしてもいいのかしら。おねえさまがいたら教えていただけたのに。あ、これってホンマツテントウ、と言うのよね。違ったかしら)

 この時の私は、これがレーウェンディア伯爵家の根幹が揺さぶられるほどの事態だと理解していなかった。オルトス殿下との婚約も消滅し、次期レーウェンディア伯爵夫人という身分すら剥奪されることになると、予想すらできなかった。

 私はまだ未熟で幼くて、おとうさまの庇護さえなければ無力な子どもでしかないのだと思い知らされたのは、それから数日後のことだった。










 王都からおとうさまを捕まえに来た騎士さまと一緒にお役人の方々もいらっしゃっていて、私とおかあさまは陛下よりキンシンを命じられた。お手紙を送れない。おかあさまが色々と問い質していたけれど、王都の方々に回答する許可がないのだとわかるほど、きっぱりと断っていた。私がおねえさまのことを問うと、それには答えてくれた。閉じ込められて苛々していたおかあさまが叫んだ。

「あの子のせいだわ!あの子が我が家に泥を塗る真似をしたのよ!分家の出のくせにでしゃばったことばかりするから!」

 耳を塞ぎたくなった。おかあさまがこんな風になるのはこれが初めてじゃない。私にはいつも優しいのに、おねえさまにだけはこんな風なのだ。どうしてなのかわからないけど、仲が悪い。でもおねえさまはいつも、言われるときは黙って言われるままなのだ。終わると「まだまだ頑張らないと」って小さな声でおっしゃっていたのをたまたま聞いたことだってある。最後までおかあさまを悪くおっしゃることはなかった。
 私がおかあさまに言い返すことはできないけれど、きっとおねえさまは、何も悪くない。おねえさまはいつも頑張っていらっしゃったもの。家庭教師も家令のヨシュアもおねえさまを褒めていたから、そうに違いない。

『ヘレナさま。わたくしの持ちうるもの全てで、あなたの治めるレーウェンディア家に尽くして参ります』

 王都の学園に旅立つ直前、泣くのをこらえていた私にそう誓ってくれたおねえさまがなによりも大切にしていたものに傷をつけるなんて、そんなこと、あるわけがない。
 アザレアはいい顔をしなかったけれど、お屋敷のあちこちを検分するお役人の方々と違って暇をもてあましがちな騎士さまに話しかける。答えを得られないものはやっぱり多かったけれど、ナンキンされているというおねえさまが安全なことはわかったので安心した。
 それにしてもおとうさまはなにをなさったのだろう。
 許されざる大罪だと答えが返ってきた。答えを持ってきたのはレーウェンディア伯爵領の片隅を治める分家の方だった。家名をウェルターからレーウェンディアに改める、よって私とおかあさまはもうその名を名乗ることはできないと、はっきりとおっしゃった。

「陛下の覚えめでたい侯爵二家に手を出したのだ。汚名を灌ぐのは容易ではない。少なくとも、レーウェンディア一族宗主の血は閉ざさねばならない」
「それは分家による乗っ取りでしょう!そんなことが許されるとお思い?ヘレナは王子殿下の婚約者なのよ?」
「婚約は無効だ。当然だろう。こんな醜聞を起こした家に殿下をお迎えできるとお思いか?全く、本当にとんでもないことをしてくれた」

 乗っ取りとはどの口がそれを言う、と呟いているのが聞こえた。おかあさまの隣でじっと見ていると、その方は私を見て、嫌な笑い方をした。アザレアがおねえさまの背中に向けるのと同じ、温度の低い笑み。

 「ヘレナさま。いえ、もうヘレナと呼ばせていただきましょう。私は一月後に正式にレーウェンディア伯爵を名乗ることを許されるが、あなたを妻にすることは金輪際ない。息子もだ。この幼さでどれほどのことを理解できているかわからないが、あなたはもうこの屋敷で暮らすことはできないし、王子殿下と結婚することもない。レーウェンディア伯爵夫人になる未来さえ消え去った。あなたの父君のせいでだ」
「わかりました」

 こっくりと頷いた。驚いた視線が二方向から向けられて、迷ったけれど、その方を見つめ続けることにした。横から腕を掴まれたけれど、振り向くのは失礼だ。

「質問をしてもいいですか?」
「……私でできる限りならばお答えしよう」
「おとうさまが、侯爵家を怒らせたのですか?お二つも?」
「そうだ」
「おねえさまは?」
「彼女もあなた方と同じように家名を名乗れなくなる」
「私たちは、もうこの土地にもいられなくなるのですか?」
「いいや。ひとまずはあなたの母君の実家に暮らしてもらうことになるが、出家するなりなんなりは自由だ。前当主の身で罪をあがなうので、あなたに刑罰は及ばない」
「あがなう……」
「あなたの父君は罰されるが、あなたを罰することはない、ということだ」
「わかりました。ありがとうございます」

 厳しいお顔をしていたわりに丁寧に教えてくれた。優しい方だ。
 それに、おねえさまにも罰がないと知ってほっとした。その直後だった。

「旦那さまだけが罰を受けるですって!?」
「おかあさま?」
「ナタリーの、あの分家出の養女の仕出かしたことを、どうして私たちが償わなくてはならないの!?」
「おねえさまが?」
「養女のしたことだと言い逃れするのは夫婦共通なのか。呆れたな。いかに直系から遠かろうと、家名を名乗るのを許したのはあなたの夫だ。そこに責任がないとでもおっしゃるつもりか?」
「え、お、おねえさまが、なにを、なさったんですか」
「ナタリーがレーウェンディア家を売ったのよ、ヘレナ!この家に住まわせた恩も知らぬふりをして!」
「でも、おとうさまが怒らせたって」
「いい、ヘレナ。私たちは、あの愚かなナタリーのしたことに巻き込まれたのよ。立派な被害者だわ。姉と呼ぶのはおよしなさい。ああ、なんておぞましいこと」
「おねえさまが怒らせたのですか?」
「違う」

 正面の方は、いつの間にか私の目の前で膝をついていた。おかあさまが私の腕をぎりぎりと握るのを、引き離してくれた。痛かったのでありがたい。

「婦女子に聞かせるのはどうかと思ったが、これでは彼女の献身も報われまい」

 それからのお話は難しい言葉が沢山使われていたけれど、その方は最後に「とにかく、彼女がいなければレーウェンディア伯爵家は一族も領地も壊滅の危機だったのだ」と一言でまとめた。そう言うならそれが事実なのだろう。さすがおねえさま。おかあさまは嘘よ!とまた叫んでいたけれど。

(どうして、もう決まりきっていることを、おかあさまは否定なさるのかしら)

 罰まで決まっているのに、変えようがないのに、どうしておかあさまは叫び続けるのだろう。おねえさまが悪いのにって。おとうさまが悪いって陛下もお認めになっているのに。

(あ、もうおねえさまってお呼びできないのね)

 私たちはただの名無しになるけれど、おねえさまはウェルディに戻るんだって。私たちの繋がりは「レーウェンディア」という家名それだけだったのだと、この日、知った。でもそれでよかったのかもしれない。だっておねえさまは――ナタリーさまはそもそも分家の者。宗主の血を最も濃く引く私が果たすべき義務を押し付けられただけだったんだもの。ナタリーさまが負わなくてもよかったものだったんだもの。

「最初から私は養子なんて反対だったのよ!!」

 ねえ、おかあさま。おとうさま。
 愚かだとおっしゃるのなら。養女としてすら認めていないとおっしゃるのなら、どうして私が生まれた時にナタリーさまをウェルディに帰さなかったの?

 私とナタリーさまは、どちらが伯爵家の予備スペアだったの?






☆☆☆






 私はこれからどうすればいいのかしら。
 毎日暇があると、ずうっと考えてばかりいる。新しくレーウェンディア伯爵になるあの方は、そこまでは教えてくれなかった。宗主の地位すら転落したからには、これまでしてきたことは全て、もう、意味をなさない。
 おかあさまに尋ねたけれど、おかあさまは「あなたがこの血を統べるのよ」と、無理なことしかおっしゃらない。何度も何度も同じ事をおっしゃって、無理です、と言えばまた延々と説得――説得と言っていいのかしら。私が「そうしなければならない」理由を挙げられるの。いくつもいくつも。
 でも、おかあさま。私たちはもう名無しになったんですよ。そう告げたら落とした花瓶のようになってしまいそうで、いつも私は黙って聞くだけにしている。
 おかあさまのおにいさま――おじさまは、「これでは表にも出せんな」と、おかあさまをお屋敷の最奥のお部屋に住まわせて、そこからの出入りを禁じてしまった。
 私も歩ける範囲は決められていた。でも、しなくてはいけないことがいつまでもわからなかった。

「本来ならお前が正統な後継者のはずだったが」

 おじさまにそう言われて頭を撫でられる。既に王都に旅立ったというあの方をよくは思っていないよう。分家の中でも格がどうとかおっしゃっていた。暇をしすぎて調べたけれど、ウェルターは、同じレーウェンディア一族といえど、ほとんど血が繋がっていなかった。むしろだからこそ選ばれたのだろう。あの方は宗主の血を閉ざさなくてはとおっしゃっていた。陛下も怒らせてしまった侯爵二家もそれをお望みで、そうしなくてはレーウェンディアが滅んでしまうかもしれなかったのなら、非難なんてできないわ。

(ああ、私、なにもしてはいけないんだわ)

 考えて、考えて、考えた結果閃いたのが、その答えだった。
 なんのために名無しになったのか。私はもう、レーウェンディアのために尽くす義務も資格も権利も、持っていないのだ。むしろ――。

(新しい伯爵さまのご迷惑だわ。おかあさまもおじさまも、そのお友だちの方々も。……全部、私のせいね。私が宗主の血を引いているから)

 出ていこう。邪魔をしてはいけないもの。おねえさま……ナタリーさまのなしたことが無駄になるのだけは、絶対に、嫌だもの。
 ナタリーさま、今頃、ウェルディでお健やかでいらっしゃるかしら。きっと二度と会えないけれど。最後にお会いしたのは半年以上前だった。こんなことになるとわかっていたなら、もっとたくさんお話ししておくんだった。

「駄目だ!」
「駄目ではありません、おじさま」
「この家を出て、どうするつもりだ?」
「伯爵さまがおっしゃっていたように、神殿で尼になるのもよいかと思います。自由にともおっしゃっていましたが、なにぶん、この地から出たことがないので……」
「ならん!この屋敷から出ることも許さんぞ!」
「なぜですか」
「お前は、我らがレーウェンディアの最も正しい血を引く者だぞ!?その自覚がないのか!」
「あるからこそです」

 話にならん!とお部屋に閉じ込められてしまった。しまった、これではおかあさまと同じで、一歩も部屋の外に出られなくなってしまうわ。
 でももう決まったことなのだ。変えられないことなのだ。名無しになってしまったように、私の人生も、もう決まり。
 とにかく部屋から出なければ。

「――んなぁっ!?」

 どしん、と衝撃を受けたあとに、その人の温もりに驚いた。そして一秒後に怒られた。

「あんたなあ!こんなちっちゃいくせして飛び降り自殺とかやめてくれねえ!?おれ危うく第一発見者だったんだけど!?そうなったらトラウマだよ!心病むよ!?人一人不幸に叩き落とそうとした自覚あるんだろうな!?」
「え、あ、そ、その、申し訳、ありません……?」

 自殺と言われてその手があったか、と思ったことは黙っておいた方がよさそうだったので、そうする。それに人を不幸にしてしまうのも駄目。

「怪我はないな?痛いところは?いやもうまじでビビった。頼むからもう自殺しようとか思うなよ?風の噂でも聞こえたらおれ泣くからな?みっともなく大号泣だからな?それでも空を飛びたいなら命綱つけとけ。あと下に必ずクッション山ほど用意しろ!いいな?」
「いえ、その、飛びたくはなかったです。ただ、どうしても外に出なくてはいけなくて……」
「なおさらだろうが!」

 ものすごい剣幕で怒鳴られて、ぴえっと変な声が出てしまった。こんなにくどくどと荒々しくて情にひたすら訴えかけてくるお説教なんて生まれて初めてだ。終わる頃にはとにかくこの方のご迷惑にならないように生きていこうと思ったくらいだ。

「ルッツさん、一体なにが……って、ヘレナさま!?」
「おう、お嬢ちゃん、そっちは終わった?」
「お、おねえさま!?」
「ヘレナ、なぜそんなところにいるのだ!どうやって部屋から抜け出した!?」
「窓から飛び降りてきたからキャッチして説教してたところだよ。怪我もひとつもない。にしてもあんたがあのヘレナ・レーウェンディアか」
「わ、私はただのヘレナです」
「お姫さんは律儀だな。おれはルッツ。あんたの姉さんの友だちの兄さんに雇われてる」
「えっと……よろしくお願いします?」
「おう」
「助けてくれて、ありがとうございます」

 思わずおねえさまと呼んでしまったけど、ナタリーさまを今こうして目にできたのだから、やっぱり死ななくてよかったのだ。今さらのようにお礼を言うと頭を撫でられた。荒々しいけどこの撫で方は好きだ。あの、と問いかけようとすると、しいっと唇に人差し指を当てられた。悪戯っけな瞳がちらりとナタリーさまたちの方へ向けられる。

「レスティア卿、どういうことですか?ヘレナさまは監禁されていたのですか?まさか窓から飛び降りたとは、お部屋に制止する者もいなかったということですよね。先程伺ったこととはお話が違います。お健やかだとはどういう根拠がございますの?ルッツさんがいなければ今、ヘレナさまはお亡くなりになっていたのですよ!」
「ヘレナのお転婆にそう目くじらを立てるな。私がヘレナを死なせるつもりだというつもりか?だいたい、お前にあの子を案じる権利があると思っているのか?お前がレーウェンディア宗主の未来を絶やしたというのに!」
「だからこそ、わたくしはここにいるのです!」

 ナタリーさまが、なんだか、かっこいい。
 おじさまに一歩も引いていないし、今も一歩、大股に詰め寄った。

「わたくしがなにも知らないとお思いですか!?ヘレナさまに婚姻相手を無理にあてがおうとしていることも、卿がレーウェンディア伯爵に叛意を抱いている一族を束ねようとしていることも、気づいていないとでも!?わたくしが終わらせた罪をヘレナさまに負わせようなんて、そんなこと、絶対にさせるものですか!!」
「お……ナタリーさまが、怒ってる……」
「いやあ、吹っ切れてるなーあの嬢ちゃん。怯えんなよ、あんたのためだぜ?」
「私の?」
「いい姉さんだな」

 はい、と頷こうとしてためらっていると、また撫でられた。私の気持ちなんて全部知ってる風に。

「あんたはどうしてそんなに外に出たがったんだ?」
「尼になりたいのです。おじさまに反対されましたけど」
「……へえ?閉じ込められたのはそのせいか。ところでだな。あんたは尼さんになるのと、あの嬢ちゃんの養女になるの、どっちがいい?」
「え?」
「もう一度妹になれるってことだ。まあその分、これまでの恵まれた生活なんて送れないし労働だって待ってるけど、そりゃ尼さんも一緒だろ」

 そんな、と息が漏れた。そんなことが、できるの?許されるの?

「あんたの考えは正しい。由緒正しいお姫さまらしい気高さだ。けどな、あんたはまだ子どもだ。これから長い人生に選べる余地を残すのが大人の仕事で、あんたは諦めなくていいんだ。ほら、おれだってもとは外国で貴族やってたんだぜ?今は平民だけど、こうしてぴんぴん生きてる。尼さんになった場合はさすがに知らないけど、あの嬢ちゃんがほんとに姉さんになるかも知れないぞ?この機会逃すともうないぞ?」
「でも……」
「いいか?嬢ちゃんはあんたともう一度姉妹になりたいと思って、あとはあんたが選ぶだけなんだ」
「……おねえさまと、お呼びできなくなるのは、嫌です」
「なら決まったな」

 にっかり。まるで雲の切れ間から差し込む陽光のような笑顔に、胸がきゅうっと絞られた。それに戸惑っているうちに視界が変わった。慌てて支えになるものに手をやったけれど、それはルッツさまの髪の毛だった。ごわごわしてる。そのままルッツさまが歩き始めて、この方はいつもこの視点なんだ、とちょっとワクワクした。新しい風が顔をくすぐるのがとても心地いい。

「お嬢ちゃん、こっちは話がついた。さっさとずらかろうぜ」
「あ……」
「熱い演説かましてたねえ?うちの雇い主のことなんも言えないんじゃない?」
「おい、待て貴様!ヘレナをどこへ連れていくつもりだ!」
「お黙りなさい、レスティア卿。そもそもあなたは前伯爵夫人に対する保護義務はありますが、ヘレナさまに対しては一切の権限を有してはおりません。伯爵さまに一時的に委託されているだけでしょう。わたくしはきちんと、伯爵さまの許可を頂いております。それでは」
「あ、ま、待って、ルッツさま」
「ん?」

 おじさまをぴしゃりとやっつけたのも、颯爽と踵を返して歩いていくのもかっこいいおねえさま。こんなおねえさまになりたい。レーウェンディアの名を失っても、憧れは消えない。
 だから、私もけじめをつけるべきなのだ。
 下ろしてもらって、一度身なりを整える。これまで学んできた全てを捧げるように、おじさまに一礼した。

「短い間、お世話になりました、おじさま。おかあさまをよろしくお願いいたします」










 そのあと、おねえさまに謝られて抱きしめられて養子縁組の書類に署名して、伯爵さまの正式な認可が下りるまでは暫定だけど、私はヘレナ・ウェルディになった。
 おねえさまはレーウェンディアじゃなくなってもおねえさまだった。おっとりした口調が気持ちいい。まるで声で撫でられているようで、前からおねえさまとのお喋りが大好きだった。
 いっぱいお喋りをした。今回のことで私がわからないも、おねえさまは丁寧に、ゆっくり聞かせてくれた。これから王都に向かうことも教えられた。ウェルディの屋敷は手放すので、その査定に来たのがルッツさまと他数名で、しばらくおねえさまと私の面倒も見てくれるらしい。

「まだこちらでしなくてはいけないことがあるけれど。王都に行ったら、二人でアパートを借りて暮らすことになります。食事も掃除も全部わたくしたちでやり遂げなくてはなりません」
「やったことがないですが、つとまるでしょうか?」
「いや、あんたらはまずそのお上品な言葉を直しな?」

 ルッツさまの指摘におねえさまと顔を見合わせる。
 そして一緒にルッツさまを見た。

「ご指導お願いします!」
「無理!」

 即座に断られた。





 







ーーー
ヘレナはレーウェンディア次期宗主としての意識がめっちゃ強い。気高いぐらい強い。現宗主である父と分家を見下す母の影響が九割。
分家出身のナタリーのことを心の底から尊敬していたし姉として慕っていたのは、ナタリーもまたレーウェンディアの家名を背負うに足る努力と実績を積み上げているのをきちんと見ていたから。
家令と家庭教師とはナタリー大好き同盟的なものを作っていた。
オルトスとの結婚は納得しているけど王妃になるとか知らないし知らされてもいない。そのため両親のナタリーへの扱いについてずっと疑問符状態で、親子の情の薄さに繋がった。



家令がエマをナタリーの侍女に選んだのは、ナタリーに必要以上に干渉しないところを見込んでのこと。ナタリーには王都でのびのび暮らしてほしいとこっそり思っていたが、まさか仕える主人に台無しにされ、かつエマがそこまで愚かだとは思ってなくて驚愕し、後悔し、新当主に退職を願い出た。
事情を打ち明けると出家を勧められ、神殿でヘレナを待っていたら目前でかっさらわれた残念さ。しかし、それで逆に吹っ切れてそのまま僧侶として従事するようになった。
一度新当主がお祈りと称してやって来て、ナタリーたちのその後の元気な様子を教えてくれたので、もういつ死んでもいいと思っている。
しかししぶとく大往生を果たす。



ーーー
相思相愛なシスコン姉妹暴誕。 
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