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蛇足・保護者兼教師の夜

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※ただのお説教タイムです。










 ヒルダと打ち合わせをした後のこと。

 本来なら子どもは寝る時間、なのだが。ドルフが呼びつけたルフマンは、きちんとした格好ですぐに訪れた。
 従僕としての立ち居振舞いは満点だが、表情だけはゼロ点だ。しかし、騎士隊長からとっくに報告を受けている以上、同情の余地はない。同時に、ヒルダの要望も丸呑みできないのはどうしようもないことだ。

「……本当に、お前の教育をどこかで間違えたかな?一体どこからあんなことを学んだんだい」
「ドルフさまのご子息ですよ」

 ルフマンがぶすくれたままそう答えたので、ドルフはまたも盛大に頭を抱えることになった。あのアホ息子、ろくに家に寄り付かないくせに、たまに帰ってきたと思ったら、なんたる置き土産をしてくれていたのだ。

「……彼女に謝りなさいと言っても、聞かないんだろうね」
「どこが悪いんです?同意は確かになかったですけど、あの方はぼくのことを嫌ってるわけじゃないですし」
「今はどうだろうね。さっき、お前のことを話に出した時の顔を見せてやりたかった」
「……どんな顔を?」
「嫌悪は少なかったが、忌避は強烈だったね。忘れたくて忘れたくてたまらないようだった」

 軽く言ったドルフはおや、と眉を上げてルフマンを見返した。無垢とは無縁で、あざとく人に甘えつつも、どこか冷めた目で周囲を睥睨するばかりの瞳が、ぐらり、と大きく揺れていた。こんな迷子のような表情は、めったにお目にかかれるものではない。

「……嫌われました?」
「わかりやすく泣いたり怒ったりしなかったところは、さすがだね」

 暗に自分で確かめろと言っているのを察したルフマンは、しょんぼりと本心から肩を落とした。
 女性に手を出したことを悪びれもしないが、嫌われたくはない。ならそもそも手を出さなければいいのに、嫌われるとは微塵も想像していなかったのだろう。

「お前は幼い。いつも私が言っていたことだ。自覚はできたかね」
「ドルフさまが悪いんです。あの男から連絡が来たと思ったら、いつになく慌てておしまいになるから」
「それで、ヒルディア嬢が心配だったから迎えの役を買って出て駆けつけてみれば、彼女は飄々としていたんだろう」
「…………」
「アレン・フォード君が隣にいたから、嫉妬した?」
「ドルフさまがもっと早く用意してくだされば、ぼくが慰められたのに!」
「彼女はお前を、弟分のようにしか思っていなかったよ。お前があえてそう振る舞っていたからだ。彼やシド・ユスティリア君だから、彼女は頼ることができた」
「ぼくだって!」
「眼中にないからと焦った挙げ句の行動が墓穴になったわけだ」

 ヒルダは今、とにかく全力でルフマンを避けようとしているが、それも仕方ないことだ。子どものしたことだから見逃してやれ、と普通の大人なら言うところだろう。しかし、ドルフはこの少年のちぐはぐな成熟さと未熟さを知り尽くしていた。
 お株をとったアレンへの当て付けのためにヒルダに口づけたこと。ヒルダなら許してくれるだろうという甘えしかない打算。子どもの一面全開でヒルダにくっつき回っていたくせに、最後は己の感情に都合よく動いて、ヒルダの元高位令嬢としての――しかも「大輪」の見本となるように己に課してきた――貞淑さを軽視した。

「私はね、怒っているんだよ」

 ルフマンはびくりと肩を揺らした。

「お前までもが、彼女を女性として貶めようとするとは、な」
「……ぇ……?」
「もう風の者からいくつか報告が来ている。彼女は研修生という身分を、口にするにも憚られる手段で手に入れたというふざけた噂が出回り始めた。彼女を寮に帰さないのも、そういう危険があるからだ。そこに至ってお前は何をしでかしたのか、言ってみなさい」
「……」
「言いなさい」
「……」

 ルフマンは青ざめて震えていた。やっと自分の振る舞いの罪深さを自覚できたのだろう。堂々と言えないほどのことをしてしまった、と。ドルフが口を憚ったのもそういうこと。なぜならそれは、ヒルダの名誉を傷つけることだから。
 現在フラれまくっているが、ドルフはヒルダを実の娘のように大切に思っていた。実の両親より愛情があることは確信している。いくら大恩ある御仁からの預かりものであるルフマン相手であっても、見逃せるものと見逃せないものがあるのだ。

「自分の都合のいい部分しか見ようとしないところが幼いと言っているんだ。視野が狭い。配慮が足りない。自制心もない」
「……はい」
「お前には、ユーゼフから女性の扱い方を、みっっっっちり学んでもらう。彼女に誠心誠意謝るのはその後だ」
「……許して、くれますか?」
「私はお前を許す。建前だけは。しかし、彼女はわからない。そもそも謝罪の場自体、彼女はすっぽかすかもしれない。私は強制しないからね。そして彼女は、いつでも私の手を離れて飛び立てる。言いたいことはわかるね?」
「……はい……」

 ルフマンがぼろぼろと涙をこぼし始めた。
 ドルフは内心でちょっと驚いていた。よくヒルダをからかっていたが、ここまで彼女を気に入っていたとは思っていなかったのだ。ルフマンは特殊な生い立ちゆえに、常に物事に対し斜に構えた態度を取る。子どもらしく振る舞って、見かけに騙され篭絡された大人たちを嘲笑うくせに、しつこく子ども扱いしてくる大人には子どもらしくない冷悧な面を見せて威嚇する。そこで気味悪がられても開き直りするくらい豪胆な性格のはず、だが。
 そういえば、ヒルダには初対面の頃から若干曖昧な態度だったような。

(……ああ、なるほど)

 甘えても時には許し時には厳しく応対するヒルダだから、ルフマンはやたらと懐いていたのだろう。ヒルダのその行動は、ルフマンを一人の人間と見なしているからこそだ。内心子どもであること――そうして大人から侮られることに不満たらたらのルフマンには、とても喜ばしいことだったろう。 
 ヒルダがそういう性質だったことが災いして、こんな変なものに好かれてしまった、とも言える。それは、今泣いているルフマンを一切慰めようとしないドルフも、ルフマンの素性を知りながらも容赦なく拳骨を落としたユーゼフも同じだが、性別や年齢の差はルフマンにとっては大きかったらしい。
 仕方なく立ち上がり、ドルフはルフマンの頭をわっしゃわっしゃと撫でた。

「明日の午前までは部屋で謹慎しておくこと。午後からユーゼフについてもらう。わかったかい」

 抑え込もうとする嗚咽で声にならないらしく、ひっくひっくと肩を揺らしながら、ルフマンは黙って頷いた。




 
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