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荒ぶるシスコンたち

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*セシルの場合*


 私には五つ歳が離れた妹がいる。初めての妹だったからそれはもう可愛がりまくった。ヒルダもまるで応えるようにずっと私の後をついて回り、私の真似をし、私と同じものを見て育った。
 両親は微笑ましそうにそれを見ていて、気恥ずかしくなったのは物心がついてからのこと。それに神童だなんだと誉めそやされるようになって、期待が負担で、気を張るようになってしまっていた。
 気づけばヒルダと距離が空いてしまっていた。

 アデルが生まれると、両親の関心はそちらに向かった。だからといって全くヒルダに構わなかった訳ではない。ただ、ヒルダを優先させるべき場面でもアデルを優先し続けた。
 それでもヒルダは妹を愛していた。両親と同じように甘やかし、可愛がり、アデルもべたべたにヒルダに懐いていた。
 ……けれど、それもやはりガタがきた。

 私とアデルは非凡だった。ヒルダは平凡だった。

 たったそれだけで済む話を、周囲はわざわざ傷を抉るように掘り、深め、私たちの絆を壊していった。両親も例外ではなく。

「優秀なご子息ですね」
「可憐なお嬢さまね」

 それで済めば、本当によかったのに。

「おや……そばにいるあの子は?」
「ああ、真ん中の娘ですよ」
「あの子は何か才能が?」
「ないと聞いているわ。優秀な兄妹なのにね」
「可哀想に。出来がいいと悲惨だ」

 何が可哀想だ何が悲惨だ。お前らがさも善人のように噂している最中、ヒルダがどんな顔で笑ってるのかも知らないくせに。知ろうともしないくせに。
 頭だけの私が、顔だけのアデルが、どれだけヒルダが大切か知らないくせに、私たちのものを土足で踏みにじるな。

「ヒルダ。君は自由にして。惑わされないで」
「お姉さま」

 三人で並んで、ヒルダを間に挟んでそっと手を繋ぐ。ヒルダが寂しくないように。ヒルダがヒルダでいられるように。
 けれど、ヒルダの美しい青の瞳は、年々曇っていった。
 ヒルダはいつからか諦めていた。私たちのようになろうと努力することではない。人に期待することを。

「……兄さま、もう、駄目だわ。姉さまが構ってくれないの」

 同類同士、素をさらけ出すことに互いに抵抗はなかった。姉の前ではどんなに弱味を見せなくても、アデルは私には見せる。

「最近距離をとり始めたの。私、姉さまに嫌われちゃった……?」
「嫌ってないよ。ヒルダはそんなことはしない」
「でも、それならどうして姉さまはあんなに冷めた目で……」
「アデル、私はしばらく家を空ける。君はここでしっかりヒルダを守るんだ」

 唐突すぎたか、アデルがきょとんと見上げてくる。これも可愛い妹に違いないが、それ以上にヒルダが大切だった。この妹も姉を優先するのだから、それでいい。私たちは何よりもヒルダが大事だから。

「兄さま?」
領地ここじゃ駄目だ。王都に連れ出す。あそこなら、ヒルダも息ができる。私はその地盤を固めるために、家を出る」

 両親には王都で人脈を作りたいと言うと、王都行きをさらっと許してくれた。「さすが私たちの息子だ」とか。……それをどうしてヒルダに向けてやれないんだ。
 そうして王都で着々と地盤を固めて早二年。
 王立学園に編入するとアレン・フォードとかいううるさい友人ができた。お前優秀すぎてムカつくと絡んできたので、好きで優秀に生まれてきたんじゃないと返り討ちにしたら何故か懐かれた。気配りもできるし意外にいい人物だとわかったので、試すつもりで妹たちのことを聞くと、「いいなー妹」と言われた。

「おれ末っ子だから、憧れてたんだよ。いい子?」
「……噂にはなってるだろう」
「それ下の方だろ?それにお前自身の見方にもよるだろ。すごい大切にしてるもんな」

 たまにアデルから近況報告の手紙が来ているが、それを読んではヒルダをあそこから救い出す準備を頑張ろうとしてきた。アレンはそれを知っている。

「……ヒルダは、どんなに言われても私たちを否定したりしないんだ。ひねくれたりもしない。純粋に思ってくれる。私も、アデルも、ヒルダのお陰で『人』になれているんだ」

 優秀だと誉めそやされる度、「自分」というものが小さくなっていく気がしていた。期待が負担になり、努力が債務になり、それでも寄り添ってくれたのはヒルダだけだった。自我の幼かった私は、ヒルダがいなければ潰れてしまっていただろう。

 そして、ヒルダは誇り高かった。努力を否定されてもやめなかった。人に期待しなくなっても、ヒルダはヒルダであり続けている。私たちを嫌わない。不遇を私たちのせいにしない。眩しく、いとおしく、だからこそやるせない。

「お前、段々デレてきたよな。それを直接言やぁヒルディア嬢も楽になるだろうによ」
「私にはヒルダが救いだが、ヒルダにしてみれば、私は毒なんだ。負い目があるのにそんな厚かましいこと言えるか」
「言わなきゃ伝わんないこともあるんだぜ?」

 その時はずっと黙り込んだ。せめて、ヒルダを私たちの呪縛から解放しないと、言えないと思っていたのだ。
 ……それが間違いだと気づいたのは、商会を立ち上げてから。

 ヒルダが自分で、まるで不要物をごみに出すように、すべての柵を切り捨ててからだった。














*アデライトの場合*



 私はとても可愛いらしい。微笑んだらみんな笑顔になる。姉さまもはじめはそうだった。
 でも、気づいたら、姉さまは張りぼての笑顔を浮かべるようになっていた。

 大好きな姉さまだった。たくさん遊んでくれた。お父さまもお母さまも叱ってくれなかったけど、姉さまだけが私を叱ってくれた。
 だから、私は多少ひねくれたところで、決定的に性格がひん曲がることはなかったのだ。

(馬鹿な人たち)

 夜会で、心のなかでふんと鼻を鳴らす。
 可愛い可愛いと、みんな外面ばかり。それで私が素を晒すと、みんな何かの間違いだとでもいうように目を見張って、瞬いて、私が大人しくするとほっとするのだ。
 ……息が詰まってしょうがない。

「アデル」

 姉さまがそっと手を握って、疲れてない?と聞いてくれる。兄さまはその向こうで、姉さまと反対の手を繋いで穏やかに笑っていた。……いつからだろう。兄さまが私に似てると思い始めたのは。姉さまといると、救われたという顔で。

「ううん。大丈夫よ。それより……」

「似ていないな」
「姉妹なのにね。私、姉妹がいなくてよかったわ」

 誰、今言った人。でもそれより姉さまが心配で、見上げると、どこか遠くを見てた。まるで聞いてませんって顔で。でも知ってる。私、気づいてるのよ。姉さまの握ってくれる手が緩んだの。お願いだからほどかないで。

「ヒルダ。君は自由にして。惑わされないで」

 兄さまと同じ顔を、私もしてるんだろう。そっと目を交わし合って、確認する。私と兄さまにかかれば、無礼な人間の一人や二人、すぐに退治できるわ。
 誰も何も知らないくせに。偽善者の顔して私の姉さまを貶めないで。

 でも、何度撃退しても、無礼な人間はまるで虫のように湧いてきて、姉さまの顔が死んでいって、とうとう私を避け始めた。
 あのどこか遠くを見つめる顔を、ずっとするようになった。

 姉さまが比較される一人である兄さまが出ていっても、姉さまは変わらなかった。ただ静かに、なにも望まず、やりたいことをし、ちゃんと侯爵令嬢として努力していた。領主の息子なのに姉さまたった一人のために力を身につける兄さまや、姉さま以外信用できない私なんかより、よっぽど姉さまの方が人間で、優しくて、賢くて、素晴らしい。
 周りに姉さまを見直すように訴えようとしても、「姉思いなんですね」の一言で片付けられる。そして私に取り入ろうとするのだ。私の思いも姉さまの努力も全部、全部。それで片付けようとする。
 実の両親でさえそれなのだから、呆れ果てるばかりだ。

 ますます人間不信になった。姉さまを守りたいのにどこまでも裏目にしかでないから、姉さまに甘えることもできなくなって、でも甘えたくて、卑怯な私は姉さまから来てくれるのを願って、逆の態度ばかりとり続けた。

 そして、婚約。
 姉さまの意志など微塵も入っていない、完膚なきまでにお父さまとお母さまの「ヒルディア像」で塗り固められた婚約だった。
 姉さまの婚姻を決めるのは当主たるお父さまの役目。この時ほど兄さまが優秀なのを疑ったことはない。――なんで、さっさとこの人を退場させて、兄さまが当主にならないのよ!!

 姉さまは当然のごとく反発せず、受け入れた。
「平凡なお前には平凡な人間がよかろうよ」と、まるで、姉さまの努力を全て粉微塵にしていたのを、あっさりと。まるで、飲み物を飲むように。
 もはや、姉さまはそれくらいで痛まないほど、心がずたずたになっていたのだ。




 姉さまが婚約破棄するのに私がひと肌脱ごうとか決めた訳じゃなかった。
 最悪、姉さまとその婚約者が気が合い、仲良くなれたのなら、別に文句はなかった。恋というものは、そういうものもあるらしいから。
 でも婚約者のナジェル・サーヴェはほとんど屋敷に訪れなかった。手紙も出さない、夜会でも尽く避ける。まるで姉さまといると不幸が移るとでも言いたげなその態度がかちんときて、でも思い過ごしかもしれないと思って、直接会って確かめようと思った。
 そうしたら失敗した。

 いつ、私があの馬鹿を好いていると言った?
 いつ、私が大好きな姉の婚約者に横恋慕した?

 ……本来は想い合っていた私たちから、姉さまが僻んであの馬鹿を横取りした?


 もう我慢の限界だった。

 嬉しそうに、おめでとうございますと言ってきたメイドを殴った。久々の癇癪だ。
 そうしているうちに怖くなって、姉さまを探した。お父さまとお母さまに事実を確認するより、姉さまが傷ついていたらと思って。
 でも見当たらなかった。ついでに乗馬も嗜む姉さまに特別に用意されていた馬も消えていて、家財も少し減っていて。
 寒気がした。……これ、もしかしなくても、私、捨てられた?
 慌ててお父さまたちに尋ねると、さすがに困惑したような、でも嬉しそうな……。

「アデル。これで幸せになれるよ」

 吐き気がする吐き気がする吐き気がする吐き気がする吐き気がする吐き気がする吐き気がする!!

 あんたたちなんて親じゃない!!人じゃない!!どうして娘を捨てて喜ぶの!?引き留めたけどって、どうしてそのあと探そうとしない!?兄さまに手紙を出したけどって、やることがそれなの!?
 あんたたちだけだったのに。私たち兄妹を除けば、無条件に姉さまを愛せたのは、両親あんたたちだけだったのに!!


 それから一日、家のなかで暴れまわった。なけなしの理性の切れはしを使って兄さまに手紙を出して、方々に人を出して姉さまを探させた。
 見つからなくてますます癇癪がひどくなる。途中で大馬鹿が人身御供のようにのこのことやって来たから、遊んでやった。初めて男性の骨を折り、泣かせたけど、全然気は晴れない。というかなんであんた、私のところに来てるの?元でも婚約者だろ。探してよ。そんなだから……そんなだから、姉さまは全部を捨ててしまったんだ!
 あんたたちが捨てるより先に、誇り高い姉さまは自分から捨てることを選んだんだよ!!





 次の日、さすがに疲れていたら、兄さまから手紙が来ていた。引ったくるようにしてメイドから奪って、中身を呼んで、すぐに支度した。
 両親がすがり付いてきたけど、二人とも蹴り倒した。
 私は姉さまみたいに馬には乗れないけど、兄さまが見越してたのか、手紙を寄越した兄さまの私兵が連れていってくれた。こんなに乗馬が気持ち悪くなるものだと思ってなかったけど、全部飲み込んで、倒れないぎりぎりで馬を駆ってもらった。これを耐える姉さまは、すごい。
 ……だから姉さまも一日以上かけた道のりを、私は半日で遡ることができたのだった。















☆☆☆













「兄さま、さっさと領地継いで」
「それなんだが、そうするとヒルダと別れてしまうんだよ……」
「はあ?なにやってるのよ」
「……わかってるだろう?ヒルダは、もうあそこには帰らない」

 二人で話し合うのは王都の一角に立ち並ぶカフェ。仕事に夢中のヒルダはアレンに任せて、二人は作戦会議のためにここでお茶を飲んでいた。

「……私、捨てられなくてよかった……」
「呼び出した私のお陰だな、敬え妹よ」
「お兄さまどうもありがとうございます」
「……いやに素直だな」
「だって、ほんとに感謝してるんだもの」

 周囲から二人にちらちらと視線が向けられるが、お互いに気にしない。それぞれ見られることに慣れすぎていたし、構うのも面倒くさいし鬱陶しい。

「……それじゃあ、どうするの?」
「お前さえよければ、こっちの学園に編入しなさい。そのまま王都で暮らす手筈を整えよう。お前も絶縁状でももぎ取ってくればよかったのに」
「それは時間がなかったから……ってそうじゃなくて!姉さまは?」
「ヒルダは、ヒルダの意志に任せる。もう流される心配はないよ。あの子は、最後に自分を選び取ったんだ」
「……兄さまは?」
「おや、私の心配?」
「……だって!」

 セシルがぷくりとむくれた妹の頬を薄く微笑んでつんつんしてやると、周囲が悩殺された音がしたが、やはり気にしない。アデライトは、自分より劣るとは言え十分綺麗な顔立ちの兄を、上目遣いで見上げた。

「……兄さま、いつかは家を継ぐんでしょ?もう離れ離れになるの、嫌なんだもの」

 アデライトは何においてもヒルダを優先するが、だからといって兄まで軽んじているわけではない。可愛い妹の珍しい甘え方に、セシルの方が笑ってしまった。

「一人では失敗したものね?」
「あれは!」
「ちゃんと反省しなさい。……まだ決まってないけれど、当分はここで過ごすよ」

 セシルはまだ迷っている。切り捨てるには、セシルはヒルダほど身軽ではない。それに侯爵家嫡男という肩書きは、ヒルダもアデルも守るには武器になる。……これまでは失敗続きだが、両親をあそこから追い出せば、変わるかもしれない。いや、もし家を継いだら、絶対に変えてみせる。

「でも心配の種がね……」
「アレンという方ね?」
「そうなんだよ」

 二人は揃って渋面を作った。誰よりもヒルダを大切にしているから、「虫」がついたらすぐにわかるのだ。

「でも、ヒルダ姉さまが素で笑ってるのよね」
「……アレンは確かに性格がいい。ヒルダも懐いてるみたいだし……。でも目を離したらどうなるか」
「兄さま、それは友人としてどうなの?」
「友だちがいないお前に言われたくはない」
「兄さまだってアレンさまだけのくせに」
「いるのといないのではずいぶんと違うんだよ」

 子どものような言い合いのあと、また二人は同時にため息をついた。
 二人とも、初恋などしたことがなくヒルダ一筋だったから、ヒルダを狙うアレンをどうすればいいか扱いかねていた。簡単にヒルダのそばを許せるほど、二人は生易しい性格をしているわけでもないので。

「……とりあえず、牽制だね」
「ええ、そうね。私に靡かなかっただけまだまともだけど、それはスタートラインだわ」
「……あれ、なんで私たち、ヒルダをアレンと二人っきりにしてここにいるんだ?」
「はっ!そうよ!!こうしている間に姉さまが!!」
「急いで帰らないと!!」





 意外にポンコツかもしれない兄と、見た目のわりに狂暴すぎる性格の妹。
 高位貴族子女にあるまじき全力ダッシュで商会に戻った二人を出迎えたのは、柔らかく、眩しく、美しい笑顔。

「――お帰りなさい、兄上、アデル」

 誇り高き、二人の大切な花。
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